イタリアのあちこちの地下や海中の基地で暮らし活動していたかなりの数の宇宙人が、百人を優に超えるイタリア人と定期的にコンタクトを取っていました。(1)

(2022/8/18)

『スペース・ブラザーズ』

――助けるためにここにいる

グラード・アートセン アルテ   2013/10/1

<宇宙政治学>

・その時代は、宇宙の兄弟姉妹たちの助けを借りて、世界教師マイトレーヤと知恵の覚者方によって開始されるでしょう。

<隠蔽から陰謀へ>

・1947年7月にアメリカのニューメキシコ州ロズウェル近郊でUFOが墜落した、という報道が当初なされたあと、隠蔽工作が初めて最大限に行われました。

<隠蔽、陰謀、憶測>

・こうしたより広い生命観と意識の進化から見ると、UFOの到来は希望を鼓舞する出来事でしかないことになります。それでは、どうして今日の非常に多くの人々がUFOを脅威と見なしているのか、という疑問が生じるかもしれません。

・その一人、ベンジャミン・クレームは最新刊でこう述べています。「アメリカ政府は、他のすべての国の政府と同様に、UFOが存在することを知っています」

・確かに、このような体験をしたのはアダムスキーだけではありませんでした。イタリア人ジャーナリストのブルーノ・ギバウディは1963年に

、空飛ぶ円盤を目撃したかその写真を撮影したと主張する人々に関するテレビ番組に取り組んでいました。彼はその年のインタビューでこう語っています。これが決して楽な仕事でないのは、「このような体験をしたか写真を撮影し、その後それについて大胆に語った非常に多くの人が職を失ったり、嘲笑や虐待に頻繁にさらされたり、何時間も当局の厳しい尋問を受けたりしたからです。そのため今は、こうしたこと全体に飽き飽きし、再び口を開くのさえ嫌がっています」。結局、この番組は没になりましたが、ギバウディは独自に調査を続けました。

・そのようなわけで、UFOについての事実と宇宙からの訪問者の実在が隠蔽され中傷されるようになってから60年間、人体への装置の「埋め込み」「生体実験」「遺伝子採取」「異種交配」を目的とした悪意ある「エイリアン(異星人)」による「アブダクション(誘拐)」、家畜の「ミューティレーション(切断)」から始まり、経済力・財力に富んだ家系の血筋を地球外または在来の変身可能な「レプティリアン」、いわゆる「イルミナティ」(あるいは、お好みの陰謀論に応じて「ネフィリム」「アヌンナキ」)による数千年来の秘密結社にたどることに至るまで、徐々に変遷を遂げてきました。彼らは、自分たちの「新世界秩序」に人類を従わせるために活動しているとされます。一方、太陽系のどこか(月 ⁉ 火星?)に隠れ、地球を乗っ取って独り占めにする機会をうかがっている「離脱文明」を信じる理由がある、と今や真剣に示唆している人もいます――まるで経済力や金融資産がまだグローバルエリート層の手中にないかとように。

<新世界秩序?>

・したがって、現在の世界秩序の構造こそ、過去30年余りにわたって徐々に個人と国家の自由と正義を損ない、国際社会を窮地へと追い込んできたものです。その一方で、極右勢力からの少なくない支持を得て、陰謀家たちはもう一つの成功を収めました。今や(新世界秩序を表す)NWOという文字だけでも、陰謀を信じやすい人々を縮み上がらせるのに十分であるからです。

・こうした誤解に沿うように、国際連合機構は、それほど新しくもないこの「新世界秩序」を確立するための、恐ろしい「イルミナティ」の手中にある単なる道具だと非難されてきました。誤った情報を信じる人々の仲間内では、世界のエリート層はこのイルミナティという名称で通っているようです。イルミナティは何千年もの間、世界を超秘密主義的かつ絶対的に支配してきたとされていますが、陰謀論を唱える人々は、この陰の実力者からなるエリート集団が、姿を変える「レプティリアン」としての「本当の」形態ではなかったにせよ、非道な活動に関与したことを示す文書証拠の痕跡を発掘したと主張し、彼らを出し抜いてしまった。

・要約すると、当初のイルミナティは、当時の専制君主――今日世界を支配している選挙で選出されたわけではない「企業権益」に相当するヨーロッパの歴史上のもの――に取って代わる「哲人王政」を提案しました。ちなみに、不朽の知恵の教えによると、元々の「哲人王政」はアトランティス文明に見られました。

・こうした知恵の覚者方は、約9万8千年前にアトランティス大陸が最終的に崩壊する最中に辺鄙な山地や砂漠の拠点に撤退したとき、まさしく秘密の一団になりました。彼らは当時も今も「光に照らされた者」であり、すべての時代において、人類が再び進化の大計画に沿って進むよう鼓舞するために、その真っ直中から教師を送り出してきました。同様に、フリーメイソン、あるいは一般に言うフリーメイソンリーは、アトランティス時代に訓練を受けていた知恵の覚者方の弟子のグループの名残です。つまり、本当の「光に照らされた者」も、歴史上のイルミナティも、想像上の「悪魔の双子」の邪悪な計画や、世界の富や資源を支配しようとする企てとは一切関係がないということです。

<一方、現実には>

・これまで見てきたように、多くの人が恐れる陰謀は、地球外生命についての当初の隠蔽の結果として、たいていは人々の想像力の所産であり、部分的には、民衆のニーズに奉仕する代わりに自分自身の限定された自己利益を守ろうとする権力者たちの昔からの現実に根差しています。

 しかし、地球で紡ぎ出されたこれらの陰謀論はますます、いわゆる「エイリアン」の脅威と結び付けられるようになりました。

<信頼できる目撃者>

・そのような遭遇例の一つは、ロシア南部のカルムイク共和国のキルサン・イリュムジーノフ大統領に関係するものです。彼は1997年9月18日に、モスクワのアパートで地球外からの訪問者たちと会い、彼らの宇宙船に乗って何時間も過ごしたと述べました。

<バチカン関連>

・バチカンとUFOとのつながりは、最初にイギリスのサン紙で、のちに1958年7月23日にアメリカの新聞で公表されました。世界中で数多くの奇跡や治癒を起こしたとされ、「良き教皇」としても知られるローマ教皇ヨハネ23世は、1960年代に地球外の存在と遭遇していたことが明らかにされました。

・ちなみに、興味深いことに、ジョージ・アダムスキーはヨーロッパへの最期の講演旅行の間、1963年5月31日に教皇ヨハネ23世と会いました。

<霊的な視点からの真偽の確認>

・このことは、ベンジャミン・クレームによる次の主張を支える十分な根拠となります(彼の仕事は、ヘレナ・ブラヴァツキーが築いた土台と、その土台に関するアリス・ベイリーの著書にある詳細な説明を踏まえたものです)。つまり、宇宙人との本物のコンタクトは常に肯定的な性質のものであり、宇宙的なまどろみからの人類の目覚めを支援するものだ、という主張です。

<友情により宇宙から>

・「本物の地球外パイロットの写真を見てみましょう(1957年にイタリアで撮影)。――実際に見終えるのは、眼鏡をかけ、口はかなり小さく、金属製の襟のついた、柔らかく光沢のある素材でできた宇宙服を着た男性です。謎めいたブレスレットをはめ、(………)腹部に謎めいた装置を付けていることも分かります……」。1963年にイタリアで出版された本の二枚の写真に添えられた文章は、このように始まっています。

 著者は次のように続けています。「誰が、いつ、どのようにしてこの写真を撮ったのか。このパイロットはどこから来たのか。何を食べるのか。何を飲むのか。たばこは吸うのか。どのような性行動をするのか。こうした疑問に対する答えはどうなるのでしょうか。あなたはこれから数年のうちに、少しずつ段階的に、すべてのことを知ることになるでしょう(私自身は、今は明かすことのできない詳細なことを書くことになるでしょう)。差し当たって知っておく必要のあることは、彼らが人間だということです」

 この本の著者は、アルベルト・ペレーゴ(1903~1981)です。彼は世界中の多くの国の領事を務めたイタリア人外交官で、1950~60年代におけるイタリアや世界各地でのUFO目撃の歴史を文書化するのに尽力しました。

・2010年11月7日には、名高いアカデミア・ディ・ローマニアにおいて、ジャーナリストのイヴァン・チェチによって書かれた伝記が発行されたほか、「プロジェクト・ペレーゴ」と呼ばれる、地球外生命の存在に関する彼の研究についての包括的なウェブサイトが立ち上げられたことで、彼は復権を果たすことになりました。しかし、このウェブサイトは度重なるハッカー攻撃の標的とされ、長い間オフラインになるなど、すべての人が彼の復権に賛成しているわけではないようです。

・パレーゴは、好奇心をかき立てるこの写真の描写を次のように続けています。「彼らが美しいか醜いか、背が高いか低いか、太っているかやせているか、髪は茶色いかブロンドか、というようなことはあまり重要ではありません。彼らは人間であり、私たちの原子力の狂気に直面しても示される寛容と忍耐のゆえに、私たちより優れていることは確かです」

・「大気を常に浄化してくれることについて彼らに感謝しなければなりません。彼らがいなければ、大気はすでに、核爆発の残留物によって取り返しがつかないほど汚染されていたでしょう。今まで核戦争を阻止してくれたことについて彼らに感謝しなければなりません」

「こうした地球外から来たパイロットに会った人々は、彼らの知性、威厳と同情心、特に誠実で利己心のない友情のゆえに、彼らを魅力的だと描写しています。彼らが示すそうした友情は、彼らに会った人々を元気づけています。しかし、もし彼らの写真が新聞で公表されたら、どうなるでしょうか。私たちの愚かな悪意にふさわしい、ばかげたお祭り騒ぎになるでしょう」

 アルベルト・ペレーゴは、もちろん、アミチツィア――つまりフレンドシップ(友情)――のケース(事例)に関与した著名なイタリア人の一人でした。

・彼がたくさんの情報を実際に持っていたということは、二冊目の本『彼らは異星人だ!』(1958年)に掲載された空飛ぶ円盤の数枚の驚くべき写真にはっきりと示されています。彼の伝記作家であるイヴァン・チェチも、ベレーゴは地下基地や、国際的な危機への介入、さらに彼らの肉体の外観、道徳や倫理の特徴について詳しいことを知っていたと述べています。

 しかし、もっと詳しいことがすでに、ジャーナリストのブルーノ・ギバウディを通して世に出ました。「はい、私は空飛ぶ円盤のパイロットと話をしました、とブルーノ・ギバウディが認める」という見出しのもと、イタリアの週刊誌「レ・オーレ」の1963年1月後半の二つの号にインタビューの内容が掲載されました。

・ギバウディは当時イタリアでは有名なジャーナリストであり、テレビやラジオで航空や宇宙旅行について報告していました。長年の間イタリアのアミチツィアにかかわるコンタクトの中心地であったペスカーラ沖で空飛ぶ円盤の一連の写真を撮影するおよそ1年前、彼はUFOを見たことがあると主張する人々についてのテレビ番組を作るよう任命されました。彼が非常に驚いたことに、クレイトンによれば、「彼自身の国に、UFOを見たり、その写真を撮ったり、パイロットに会ったり、着陸した円盤が残した金属やその他の物質の破片を確保したりした大勢の人々がいました」

・ギバウディはインタビューの中で、宇宙からの訪問者の何人かと面会するように招待されたことを明らかにしました。その際、その面会を調整した人物を含めて、数名の証人が立ち会いました。自分自身の体験から、彼は次のように認めています。人間という形態は「宇宙全体を通して普遍的であり、全般的な調和の一部となっています――しかし、こうした考えは一般に、あり得ないとして地球人によって拒否されてきました。疑いもなく、ほとんどいつもそうであるように、真理はあまりに単純すぎるため受け入れられないのです」。クレイトンはギバウディのインタビューの要約を次のように続けています。「したがって、あらゆる表面的な違いは別として、宇宙の至るところにいる人間は私たちに似ています……彼によると、こうした宇宙からの訪問者は、多くの異なった世界から、この危機の時代に私たちの惑星にやって来ています。(……)」

・「今起こっていることは要するに、地球人の幼児期の文明がまさに重大な危機を迎えているため、宇宙から来た存在が自分たちのことをもっと私たちに明かそうと用意を整えているということです。したがって、ギバウディは彼らの好意と、私たちを助けたいという彼らの願いを確認しています。(………)彼らのねらいは、核による惨事を阻止することです。彼らは、それが回避できなくなった場合には介入するという強い意図を示した、とギバウディはきっぱりと述べています」

・「愛、憎しみ、友情、中世、連帯のような『人間的』な感情が、彼が会った異星人たちに見られたかどうかを次に問われ、ギバウディは力強くこう答えました。『私が彼らに関して体験したことにより、彼らの中には良い感情が途方もなく強い一方、悪い感情はほとんど皆無だと断言することができます』」

・ペレーゴ領事は、イタリアでのジョージ・アダムスキーの主要な連絡相手でもありました。彼の名前と住所は、1959年時点での国際的な「知らせる運動(GAP)」の各国通信員リストにも見られます。

・フレンドシップ・ケースを感動的かつ劇的に再構成した素晴らしいビデオドキュメンタリー「イル・カーソ・アミチツィア」によると、イタリアのあちこちの地下や海中の基地で暮らし活動していたかなりの数の宇宙人が、百人を優に超えるイタリア人と定期的にコンタクトを取っていました。一方で、同じような計画が他のヨーロッパ諸国やシベリア、南アメリカ、オーストラリアでも同時に進行していました。

・2003年に亡くなる少し前、著名なイタリア人の心理学者・神学者であったブルーノ・サマチツィアは、宇宙から来たこうした人々との体験を公開する決心をしました。その体験は1956年に始まり、1970年代後半まで続きました。この事例、特に宇宙の兄弟たちに由来する情報は、他のコンタクティーから来る情報と多くの点で著しく類似していますが、関与した人々が宇宙船への乗船に招待されず、むしろ地下基地や水中基地に入ることを許可されたという点で異なっています。

・この不思議な体験をしてから数日後、彼らはアスコリオイチェーノの城に行き、そこで次のような声を聞きました。「やあ、友人たちよ、冷静でいてください。というのは、私たちの一人の姿を見せようと思うからです。準備はできていますか。それとも、できていませんか」。宇宙のフレンズ(友人たち)と初めて会ったとき、彼らは感情を高ぶらせました。壁の向う側から一人目、次に二人目が姿を現したからです。二人ともイタリア語を話しましたが、一人の身長は2.5メートル以上あり、もう一人は1メートルしかありませんでした。

・サマチツィアの話は、ステファノ・ブレッチャの本『数多くのコンタクト』のフレンドシップ・ケースに関するセクションの大部分を構成し、多くの詳しいことを伝えています。関与した何人かの宇宙人の様々な人柄だけでなく、こうした宇宙の兄弟たちが示したユーモアの感覚も見事にとらえています。思いがけずおかしいものになった一つのエピソードが描かれています。友人たちから普段は「ポプラ」と呼ばれていた身長3メートルの地球外生命ディムピエトロが、そろそろサマチツィアの妻のラファエラさんに自己紹介してもよい頃だと判断した時のことです。ラファエラさんが帰宅したとき、彼女はミラノのアパートのキッチンの床にディムピエトロが座っているのを見ました。彼がそうしたのは、自分の背の高さで彼女を怖がらせたくなかったからです。あいにく、人間の姿をした「ポプラ」がキッチンにいるのを見たとき、彼女は怖くなって寝室へと逃げ込み、夫が帰るまで閉じこもっていました。ディムピエトロはイタリア中東部最大の基地の司令官でした。一方、ミラノに近いコモ湖の下や、ボローニャ、ローマ、ペスカーラ、ピネートなどには、より小さな基地がありました。

・最初に遭遇したとき、イタリアの友人たちは次のように言われました。「今は人類の歴史において危機の時です。私たちは征服するためにここにいるのではありません。征服すべきものは何もないからです。私たちは何世紀にもわたって地球におり、この惑星のあちこちにある秘密基地で暮らしてきました」。そして、人間に比べてかなり倫理的な人生観に関する懸念に応えて、「私たちの善良さと真実は、人間の懸念よりも強いでしょう」と述べました。

<友情を培う>

・ブルーノ・サマチツィアは宇宙人のことを、コンタクトが始まった年を指す「56」という数字と、勝利(Victory)を表す「V」を二つ並べた「W」を組み合わせて「W56」と呼んでいますが、宇宙人は自分たちのことをAkrij(「アウクリー(Aukree)」と発音する)と呼んでいました。興味深いことに、サマチツィアによると、Akrijという語は様々な形で地球の言語に入り込んでいます――それは、サンスクリット語では「聖者」、エジプト語では「神々」、ギリシャ語では「高い場所にいる人々」を意味する一方、アラビア語の似たような言葉は「友人のグループ」と訳すことができます。

・作家のステファノ・ブレッチャはこう述べています。彼らの科学は明らかに進歩しているにもかかわらず、「W56は、上の位の存在としては行動しませんでした。それどころか、彼らはとても友好的で、ほとんど兄弟のようでした(そのため、非常に多くの人が独自に彼らに名前を付けました……)」。

<世界規模の努力>

・宇宙人の進歩したテクノロジー、知識、そして偉大なアバターや(ブラヴァツキー夫人のような)高位の弟子の能力を思い出させるような自然法則に対する支配力など多くの詳細は別として、この事例の特筆すべき特徴は、ジョージ・アダムスキーのGAP(知らせる運動)と類似していることです。GAPは、アダムスキーを通して宇宙の兄弟たちから来る最新情報を、それぞれの国の興味を抱いた人々に転送する連絡協力者の国際的ネットワークのことです。アダムスキーの使命を徹底的に調べてみると、私が最初の著書で明らかにしたように、UFOの到来は単なる一つの出来事ではなく、人類がいのちの霊的現実に目覚め、霊的ハイアラキーの兄たちが日常世界に戻るのを支援するために起きているということが分かります。一方、フレンドシップ・ケースは、アダムスキーのGAPが孤立した試みではなく、宇宙の兄弟たちによる持続的な世界規模の努力の一環であるという十分な証拠を提示しています。

・しかし、残念なことに、年月が経つうちにイタリア人の友人たちの間で不和が生じ、ついにグループは離散しました。それによって、CTRに対抗するW56の能力が弱体化したと考える者もグループの中にはいます。CTRとは、W56の利己的な対抗勢力、「逆の」地球外生命のことで、それほど利他的でない理由のためにここにいる者たちのことです。同じことが、世界中の17のGAP支部にも起こりました。ジョージ・アダムスキーが他界し、彼は忘れ去られるのに最もふさわしい人間だとほとんどの人が感じるほどの人物破壊工作が行われたことにより、GAP支部は衰退していきました。

<地下基地>

・地下基地の存在は、1950~60年代には周知の事実ではなかったかもしれませんが、過去数十年間に、UFO活動の目撃に関連して十分に裏づけられてきました。

・2005年1月9日付のインディアン・デイリー紙には、「中国、インド両国はヒマラヤ国境地帯の構造プレート奥深くにある地下UFO基地について知っている」と題する記事が掲載されました。その記事によると、ラダック地方の中印国境紛争地域には世界的にも訪れる人が非常に少ない地域の一つであり、合意によりどちらの国でも警備が行われていないが、その両側に住む地元の人々はUFOが地面から上がってくるのを見たと報告しており、インド、中国両政府は地球外生命の地下基地の存在に気づいているといいます。

・その記事は、きらめく三角形の船がその地域の地下のどこかから現れて、ほぼ垂直に上昇するのは別に珍しいことではない、という地元ガイドの言葉を引用しています。インドの国境警備員は、その地域でこうした光を目撃した好奇心の強い巡礼者から問われ、光る不思議な物体が地下から現れること、そして、誰も近づけるなと命令されていることを認めました。誰にとっても明らかであることをインド政府が隠そうとしていることに地元の人々は驚いている、とその報告には書き加えられました。地元の学校の子どもたちが絵画展に参加したとき、「絵画の半数以上が空中の不思議な物体に関係しており、山から出てくるところを描いたものもあった」とその記事は記録しています。

・ベンジャミン・クレームが1959年以来一緒に働いている知恵の覚者は、報道された目撃は本物であり、その地域は長らく火星からの宇宙船の地下基地となってきたことを確認しました。もっと以前の2000年4月にベンジャミン・クレームは、アルゼンチンのコルドバ州とパンパ地方からの似たような報告は本物であると確認しました。村人たちは地球外訪問者のための「着陸台」を話題にし、そうした訪問者と交流していると語っています。

・イギリスの研究者ティモシ―・グッドは『エイリアン・ベース――地球外生命との遭遇』という本の中で、ドイツ人ビジネスマン、ルートヴィヒ・パルマンの体験について書いています。パルマンは、ブラジルとペルーの国境地帯にある地球外生命の基地へ連れて行かれたと述べています。

それから2年後、グッド氏は『アンアースリィ・ディスクロージャー』という本で1章を丸ごと費やし、地球上にある地球外生命の基地について書きました。グッド氏はその章の中で、ジョージ・アダムスキーがアラスカのある造船技師から個人的な手紙で告げられたことを次のように紹介しています。「アラスカ州の特定の地域には宇宙船が定期的に着陸しているといいます。その無名技師は、身長90センチから約2メートルまである人間型の存在を見たと主張しました。私が『エイリアン・ベース』で明らかにしたように、アダムスキーの主張の多くは却下することができないものです」

・2010年にパブロ・デッシーは2006年にアルゼンチンのコルドバ地方で撮影されたビデオから取った数枚の驚くべき静止画像を公表しました。彼は、首都ブエノスアイレスの北東にあるオンガミーラ地域でハイキングをしていた一行の中にいました。彼らの一人、モニカ・コルは少し高い場所から近距離で何人かの仲間を撮影していました。彼女が家でその画像を見た時に初めて、明らかに光の階段もしくは出口を通って地下から出てこようとしている、人間の格好をした光が見えました。撮影中、居合わせた人々にはその存在も出口も見えませんでした。読者から質問を受けたベンジャミン・クレームは、その画像が固体の地下構造から出てこようとしている、エーテル体で見える宇宙の兄弟たちの画像であることを確認しました。

<フレンドシップは続く>

・ブルーノ・サマチツィアは、イタリアの友人たちのグループの地球外生命とのコンタクトは1970年代後半まで続いたと述べています。一方、ニコラ・ドゥーバーへの情報提供者は、コンタクトは1990年頃まで続いたと述べています。宇宙人は様々な基地を持ち、複数の「フレンドシップ」計画がヨーロッパ中で進行していたことを考えると、両方とも正しいのかもしれません。1980年のジョルジョ・ディビトントのコンタクト、1981年のマウリッツオ・カヴァーロのコンタクトなど、いくつかの個別のコンタクトの事例がイタリアで発生していましたが、フレンドシップの活動のさらなる証拠が1980年代後半に南アメリカから出てきました。

<宇宙からのさらなるフレンドシップ>

・エンリケ・バリオスの本『アミ 小さな宇宙人』を読むと、同じようなことが関係してきます。この本は、子どものためのおとぎ話に見せかけていますが、生命と宇宙の秘密について説明するものです。それだけでなく、この本を読めば、生命と宇宙の秘密を体験する手助けが得られ、読者は、例えばべートーベンの「歓喜に寄せて」を聞いた時と同じ喜びと一体感を味わうでしょう――この歌も人間の同胞愛を称賛しているのは偶然ではありません。

 バリオスは1985年8月にある経験をし、それを受けてこの本を書きました。彼はその経験について詳細を一切明らかにせず、質問にも答えていません。「子どもの童話のように、おとぎ話のように」書くよう提案されたようです。「そうでないとひとはみな、きみをうそつきか頭がおかしいんだと思うよ」。

<誤った分割>

・私たちはここで、ある漠然とした感傷的な考えとしてではなく、宇宙の接着剤、銀河系同士や地域社会同士を結びつける自然界の力としての「愛」について話しているのだということを再び思い起こすべきです。

・宇宙の兄弟たちがこの普遍的な真理、黄金律を是認していることを示す驚くべき事例が、明るい白色のUFOが2011年1月28日未明にエルサレムの「神殿の丘」上空に現れ、少なくとも三人の別々の人によって撮影された時に起こりました。

<宇宙船内部>

・イタリアのフレンドシップ・ケースでは、多くの驚くべき詳細が明らかにされました。何人かのコンタクティーは、宇宙人がどのようにして地下基地を建設するかを描写しました。一定の空間を作りたいところに地球の物質の分子を集積させ、それを圧縮して固い壁にするといいます。

 ある巨大な基地が非常に深いところに、大陸プレートの底にあると言われていました。それは地球外生命のヨーロッパ全土での活動拠点であり、主に機械類を収容していました。もっと小さな基地は居住区として使われていました。

・ドイツのフレンドシップの主人公「ハンス」によると、ステファノ・ブレッチャの本『数多くのコンタクト』で引用されているように、宇宙人は磁力を用いて、使用する物質のフォースの線が緊密により合わさった構造物を生成します。この手順には「物質を『開く』という特性」が含まれており、物質を横向きに圧縮する、つまり「物質そのものを押しつぶす」ことによって、「桁外れに高い密度の……信じがたい強さを持った」半透明の壁ができます。「このようにして彼らは、周囲のテクトニック構造には明らかに全く損傷を与えずに、基地になり得る空洞を開くことができました。(………)そのような構造物は、それを生成した場が活発である限り安定していました」。単にスイッチを操作するだけで、その領域は元の状態に戻りました。

・地下基地に入るのは、よほどの体験であったようです。ブルーノ・サマチツィアはこう記しています。「私は自分の足元の地面が震えているように感じ始めました。作動中の空気削岩機の近くにいる時に感じるのと同じ感覚でした。自分たちの下に空っぽの部屋があるのではないか、自分たちの体重で地面が崩落してしまうのではないかと心配でした。しかし、地面はひとりでに開いて、誰かが出てきました。【その人は】彼が昇ってきた穴の中心にある空いた領域へと歩を進めるよう私たちに言いました。そこに落ちてしまうのではないかと心配でしたが、彼は特定の場所に足をのせるように言いました(そこには目に見えるものが何もありませんでした)。足をのせてみると、何らかの目に見えない踏み段が、私がその穴に落ちるのを防いでいるように感じました。それから、この目に見えない床は、垂直な通路の中へと降りていき始めました」

・著しい類似点が、『天国を越えて――コンタクトの話』の著者マウりッツオ・カヴァーロによる描写に見られます。これは、2005年に海中基地に連れて行かれた体験についての話で、彼はパオラ・ハリスとのインタビューでこう述べています。「私たちが海中のある地点へ行くと、周りの水が渦のように周り始めました。それはハリケーンのように見えたため、もちろん、怖い思いをしました。それから、私たちとボートは下降し始めました。下降している間、辺り一帯に水晶の壁が見えました。水はもう液体ではなく、個体でした。水の壁はトンネルのように硬く、そうした壁が光線のように開く地点まで降りていきました」

 

・サマチツィア、ドイツ版フレンドシップのコンタクティー「ハンス」、そしてカヴァーロは、基地とその入り口を物質的な観点から描写しています――いくつかの基地は確かに、地表の下にある固体物質構造のようです――が、多くのものは実際のところ、エーテル物質構造です。そうした場合には物質を移動させる必要はなく、本章の書き出しで描写されているように、固体物質をただ「曲げる」ことだけが必要となります。

・現代の科学で認知されている三つの界層の上に在る界層の存在は、普及の知恵の教えを学ぶ者にとっては新しいことではありません。こうした教えによると、固体、気体、液体の上には四つの物質レベルがあり、これらはエーテル物質界層として知られています。ちょうど氷、水、水蒸気がそれぞれ異なった振動数で振動するのと同じように、四つのエーテル物質レベルの原子はそれぞれ、すぐ下のレベルよりも高い振動数で振動します。

・濃密な物質形態は、エーテル物質レベルに存在する青写真が凝結したものです。これは、イギリスの生物学者ルパート・シェルドレイクが「形態形成場」という仮説を提示したことから、それほど秘教的な概念ではなくなりました。形態形成場とは一種の記憶バンクのようなもので、自然はそこから様々な固体の物質形態を回復します。また、この仮説により、生命はそれ自体を表現するにあたって、濃密物質形態だけに依存しているわけではないことも理解しやすくなるはずです――生命はエーテル物質形態においても同じくらい十分にそれ自体を表現することができます。様々な教えによると、太陽系内の他の惑星でも実際に、生命はそのように表現されています。

・事実、ジョージ・アダムスキーも会っていた火星出身の人物ファーコンによってジョルジョ・ディビトンはこう告げられました。「この宇宙は、あなた方が知っている物質宇宙の向こうに無限の領域を含んでいます。あなた方の科学によって観測される唯一の次元は物質次元です。……宇宙には物質次元だけがあるのではありません。長さ、幅、深さだけでなく、生命の現実のずっと偉大な豊かさをも包含する、超物質次元(複数)があるのです。その結果として、あなた方が後方、前方、上方、下方、内側、外側と呼ぶすべてのものが時代遅れの概念になります。高度な宇宙になればなるほど、その生命力は新しい自由な形態で表現され、意識はますます包括的な見方へと拡大します」

・この点で、エーテル物質界層という概念は決定的に重要です。ベンジャミン・クレームはこう述べてさえいます。「より繊細で精妙な物質レベルであるエーテル界のエネルギーについての実相を理解しない限りは、UFO現象の理解は始まりませんし、どんなふうにしてミステリーサークルが創造されるかを理解することはできません。これら二つのことは完全に関連しているからです」。しかし、原子の振動率を下げることによって宇宙線が目に見えるようになる、あるいは振動率を元の状態に戻すときに視界から消えるという原理は、エンリケ・バリオスの主人公アミが地球の友だちのペドロに次のように説明している通り、実際のところそれほど理解しがたいことではありません。「自転車の車輪がはやく回転しているとき、スポークは見えないだろう。あれとおなじように、われわれはこの円盤の分子がはやく動くようにするんだ」

・実際、クレームはこう述べています。「大型船(6キロの長さのものまであります)の多くは母船や、実験を行う船なのです」

 人々を不安に陥れようとする集団的自衛権は、宇宙の訪問者たちが遺伝子採取、異種交配、装置の埋め込みなどの残虐行為を行っているとして非難しますが、宇宙の訪問者たちがエーテル物質で存在しているという事実は、そうした残虐行為のために誰かが誘拐されるという可能性を排除します。ベンジャミン・クレームはこう述べています。「肉体のまま宇宙船に連れて行かれる人はおりません。それは不可能です。こうした宇宙船は固体物質ではありません。宇宙船に連れて行かれるには、濃密な肉体から離れてエーテル体で宇宙船に行かねばなりません。宇宙船自体がエーテルだからです。それは物質ではありますが、エーテル物質なのです」

<宇宙旅行>

・アダムスキーは、「驚異の大母船内部」を書いたとき、宇宙人が宇宙旅行のために用いるこの無制限のフリーエネルギーの源についてほのめかしました。「径約60センチの柱が1本、ドームの天井から床の中心を下方へ伸びている。後に聞いたところにやれば、これは円盤の磁気柱で、これによって“自然力”を利用しながら推進するとのことだ」。火星人のファーコンはこう説明します。「この円柱の頂上は普通はプラスになっており、ごらんのように床を突き抜けている下部はマイナスになっているのです。しかし必要なときにはボタンを押すだけで両極を逆にすることができます」。のちに、1958年に、アダムスキーはこう付け加えました。「彼らの宇宙船のパワーは宇宙空間から吸い寄せられるということで、これは私たちが肉体を生かしつづけるために呼吸をするのと同様です。………大自然と調和して生きている別な惑星から来る人々は、このエネルギーを利用する方法を学んでいます。しかし地球人は互いに敵対し合っているので、彼らはそのプロセスの詳細を私に説明しませんでした」

・同じ考えがオルフェオ・アンゲルッチ著『円盤の秘密』の中にも見られます。「………円盤は、あらゆる場所にある磁力を引き出すことによって動力を供給され、制御されていました。このようにして、円盤の活性化された微粒子は、全宇宙に内在するエネルギーを取り入れ、変換しました」。一方、作家のティモシー・グッドは『アンアースリィ・ディスクロージャー』の中でこう記しています。あるアメリカ空軍将校によると、地球外からの船は「地球の磁場を利用しつつ、一種の電磁気的な推進力を使っている」と。

 しかし、惑星間を移動するのに、実際の推進力は全く必要でないようです。アダムスキーはこう告げられました。「私たちのスピ―ドという意味は地球のそれとは全然違います。宇宙船が出発しますと、そのスピ―ドは宇宙の活動と等しくなるのです!飛行機のように人工的に推進されないで、宇宙船は“宇宙の流れに乗る”のです」。「空飛ぶ円盤」という用語に関して、アダムスキーはこう告げられます。「私たちは地球人が言っているように“飛ぶ”のではありません。機械的な方法によって引力を無効にしてしまうのです。あなたがそれを“無重力”と表現しています。………だから私たちの宇宙船は進行方向に急角度で方向転換したり、地球の飛行家や科学者たちを不思議がらせるようなスピ―ドで動いたりできるわけです」

・宇宙人のコンタクトの相手からエンリケ・バリオスに対しては、これは「慣性をうち消してしまう」と説明されています。バリオスはアミにこう語らせています。「われわれは、ふつう“飛行”ということはしない」。「時間空間の収縮やゆがみ」を通して「より適切には。“位置する”と言ったほうがいい」。ただし、宇宙の広大な距離を移動することについて、ベンジャミン・クレームはこう述べています。「空間と時間が“一緒になる”のではなく、実際には、高次のレベルでは時間も空間も存在しません。それらは幻想です。空間の支配者である方々(宇宙の兄弟たち)は、私たちから考えれば、数秒の“時間”の間に膨大な“距離”を移動することができます」

<核からの脱却>

・『ジョージ・アダムスキー ――不朽の叡智に照らして』で示されたように、核分裂技術が発見され、核爆発や核実験が行われるようになって以来、核実験や原子力発電所によって大気中に放出された放射能を中和するために、宇宙人たちは最大限のことを行ってきました。アダムスキーによると、彼らの介入がないならば、「現在よりももっと多くの放射能が広がるでしょう」。一方、ベンジャミン・クレームは、科学者たちは放射能がエーテル界層に引き起こす損害を測る機器を持っていないと述べ、それを「かつて地球上で起こった最も致命的なエネルギーの放出」と呼んでいます。それは肉体の免疫システムを弱体化させ、「アルツハイマー病の増加、記憶力の減退、方向感覚の喪失、そして人体の防御システムの全身的な崩壊を引き起こします」

<テクノロジーの共有>

・ポール・ヘリヤーは自著『トンネルの向うに見えた光――人類のための生存計画』の中で、2009年のコペンハーゲン気候サミットの成果を効果的でないとして切り捨てる一方、クリーンで安全なエネルギーへの移行に役立つ利用可能な地球外テクノロジーの開示を要求しました。

・ベンジャミン・クレームによると、「彼ら【宇宙の兄弟たち】がロシアやアメリカの科学者と共にある程度働いているのは事実です。彼らは科学者たちに印象づけを行い、また研究室で共に働くという両方の仕事をやっています」。クレームは、地球外生命の協力によって開発されたテクノロジーの一例として、「地球上のすべての動きを監視するための」テクノロジーについて記しました。それは明らかに、1980年代におけるロシア人とアメリカ人による大規模な軍縮の呼びかけの背後にあった理由でした。

<テクノロジーと認識>

・ベンジャミン・クレームによると、「テクノロジーは人間活動の結果です。すべての進化における前進は、テクノロジーに前進を伴います。私たちの現在のテクノロジーは、(………)秘教の観点からは、螺旋のより高い曲がり目におけるアトランティスの魔術です」。

<ディスクロージャー ――すべては大計画に沿って進む>

・もしも地球外生命つまり宇宙人との遭遇がいつも肯定的な性質のものであり、誘拐しているのではなく人々を宇宙船への乗船に招待しているのであり、不快な実験も行われていないとすれば、「否定的な」ETについての話には全く真実性がないのでしょうか。

 確かに、ジョージ・アダムスキーがコンタクトした宇宙人は、「どん欲になって他人に権力をふるっている」人々は他の世界でも見られることを確認しました。さらに、ルウ・チンスタークによると、アダムスキーは、太陽系には「私たちに対して友好的でない惑星が三つある」とも述べました。アダムスキーは1963年12月の会報で、この表明について次のように説明しました。「最近、いくつかの金星の宇宙船が敵意ある宇宙の旅行者によって攻撃されました。しかし、彼らの宇宙船の装備の一部であるはねのける光線を使ったことにより、敵意ある者たちの宇宙船は損傷を受けましたが、人命が失われることはありませんでした」。

・それでも、サマチツィアは、「コントラリアン(反対意見を持つ)」地球外生命、いわゆるCTRのグループに言及しています。彼らは人類の福祉よりも自分たちのことを気にかけ、イタリア人のコンタクティーたちが「W56」と呼ぶグループと張り合っているように思えます。サマチツィアによると、CTRは「科学だけを崇拝し、そのため、非常に(冷たい心をしています)………。彼らは一種の『科学倫理』を持っています」。

<法と秩序>

・しかし、これは、誰もが私たちの惑星に来て、この場所を荒らし回ることができるという意味ではありません。ベンジャミン・クレームによると、「この太陽系システムにおけるすべての惑星のすべてのハイアラキーはお互いに連絡し合っており、地球外的意味で起こるすべての出来事は法の下に起こります」。彼はまさしくこう述べています。すべての惑星は「異なった段階にある生命であふれています。私たちは中間の段階にいます。金星はこの惑星と比較すると信じられないほど進化しており、木星、水星、土星や他の惑星にしてもそうです。彼らが私たちに実験を行う必要など全くないのです。彼らは知っています」。さらに、「実際、すべての惑星を代表する惑星間の議会のようなものが存在するのです。宇宙の兄弟たちは、地球人が自らの無知によって引き起こした困難を克服するのを援助するためにここにいるのであり、マイトレーヤや私たちの霊的ハイアラキー全体と共に救済の仕事をしています」

<惑星的変化>

・何年も経ってから、ベンジャミン・クレームはこう表明しました。「『宇宙の兄弟たち』は(………)主に火星と金星から来ますが、木星、水星および他の惑星からも来ます。彼らは地球の周りに光の輪をつくって、地球の回転が地軸からズレないように守っています。それは少しだけ地軸からズレているのですが、この輪のおかげで、カルマの制限以内で、多くの破局の予言者たちが予測している地軸のシフトが防がれているのです。それが起こることはないでしょう。(………)光の輪を誰も動かすことはできません。彼らの援助なしには、この惑星はおそらく混沌の中にあったことでしょう」。彼はのちに、この光の輪が1979年に地球の周りに置かれたことを付け加えました。

・実際、ベンジャミン・クレームはまさしく最初の本で、UFO到来の究極的な理由をすでに挙げていました。「………基本的に、霊的使命を持ってここにおります。その使命の一部は、光の勢力がエネルギー的に均衡を回復するまで、この惑星が損なわれないように保っておくことです。これは成就されました。1956年から1959年の間に、この世界は岐路に立った時期がありました。地球の将来が、かかっていました。ハイアラキーによって、そして高度な惑星、特に火星と金星のハイアラキーによって、この惑星を爆発させるようなところまで高まっていた悪を抹殺するために、あらゆる努力がなされました。宝瓶宮の霊的時代の幕開けを阻み、ハイアラキーの外的顕現と、キリストの再臨を阻むための、悪の勢力の最期の努力でした」

<意識のつながり>

・ジョルジュ・ディビトントは母船を訪問した際に、母船の人々がいかに熱心に、彼とその仲間が三界(物質的、情緒的、メンタル的表現の階層)における私たちの生命のエネルギー的・霊的基盤を理解することを望んでいたかを描写しています。ディビトントはまた、彼らが肉体のエーテル対応物をどのように見せられたかも描写しています。「三人の衣服は、淡い色が混じり合ったものの中に溶解するように見えました。それから再編成され、やがて、同じ男性、女性、子どもであるけれども以前とは同じでない、きちんと服を着た三人の人物を見ることができました。肉体の色調は今や、きらきらと光る青色の特質を帯びているように見えました。まるで、光り輝く内側の光源によって照らされているかのようでした。体は以前より何となく軽くなったように思えました。まるで二つの体が重なり合っているかのようでした。私たちは、三人それぞれの別個の体をはっきりと見分けることができましたが、それらは一つのように見えました」

・こうした大いに拡大した生命観についての更なる証言は、メキシコ人コンタクティ、カルロス・ディアズによって提供されました。地球外生体とのコンタクトは1981年1月に始まりました。雑誌関係の業務のためメキシコシティー近郊のアフスコ公園にいたとき、彼は車から30メートルのところに大きな卵型をしたオレンジ色のUFOを見て、それを写真に収めました。同年3月になって初めて、彼が描写するには「人間のように見える地球外生命」からコンタクトを受け、それは今まで続いているといいます。ディアズ氏はそうしたコンタクトを通して、すべてのいのちがつながり合っているという認識と、環境を保護する必要性を吹き込まれたと述べています。

<希望の宣言>

・同時に、大衆から隠してきた情報について各国政府が声明を出すならば、ベンジャミン・クレームの言葉を借りれば、各国政府が「政治的な自殺行為をする」ことになるのは明らかです。しかしながら、各方面から、現代は他に類を見ない時代であるという明確な指摘がなされています。

・デスモンド・レスリーは1958年の小説『驚異のルッターワース氏』の中で、これが起こるかもしれない一つの方法について創作的な説明をしています。その話は、主人公である一人の宇宙の兄弟(スぺース・ブラザーズ)が、地球上のどの個人や企業、国家も独占できないように無尽蔵で無料のクリーンエネルギーへの鍵となるものを世界のすべての国に配布することによって、「壮麗な時代」の幕開けをする劇的なシーンで終わります。宇宙の兄弟はその時、国連総会の全出席者をメンタル的にオーバーシャドウし、次のメッセージを伝えます。「この力は地球を変えてしまうでしょう。小さな集団的自衛権や個人が、大衆のお腹を空かせておくことで大衆を支配することはもうできなくなるでしょう。飢えや欠乏や寒さはなくなるでしょう。やがて、病気もなくなるでしょう。人間が絶えず自然と闘うのではなく、自然と調和して生きるようになるにつれて、人間は病気の原因を取り除くことになるからです」

 小説として出版されたとはいえ、この話はジョージ・アダムスキーの使命を基にしており、話の75パーセントはノンフィクションだと著者がのちに語ったことを覚えておくべきです。

<エピローグ>

・陰謀論は、初期のコンタクティーが報告した体験や事実を効果的に否定したため、批判的思考は今や大体において陰謀論思考になっています。しかし、単なるそうした争いならまだしも、離脱文明に想像を巡らすあまり、身近にある実際の課題から目を逸らすならば、物質性の勢力が情報戦に勝利することを許すことになるでしょう。そうした課題は人間が作り出したものであり、人類が一つであることを理解し、その事実に基づいて行動する能力に欠けている結果です。

「エネルギーは思考に従う」ということに、今や多くの人が気づいています。

<訳者あとがき>

・この本は、要人や当局者を含む多くの人物の証言を元に、UFOとスぺース・ブラザーズ(宇宙の兄弟たち)は恐ろしい存在ではなく、人類を助けるために地球を訪問していることを実証しています。

 著者のデラード・アートセン氏は、散逸し忘れられていた情報を発掘するとともに、最近明るみに出た情報もあわせて提示するなど、UFO関連の様々な情報を統合したうえで結論を導き出しています。

・アートセン氏は、UFOと宇宙の兄弟たちについての探究は自らの「好奇心」によるものだと語っていましたが、本書に凝縮されたこの分野における彼の業績は、オランダ人の合理主義という伝統や、未知のものを究明し新しい時代を切り開こうとする精神につらなっていると思わずにいられません。

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