古代日本では空飛ぶ円盤UFOは神、天人、天使の乗物として敬われていました。ここに紹介した地名はその事実を物語る記録の一端です。(1)

(2022/8/30)

『UFOの光を求めて』

日本の地名とUFOの記録

橋野昇一  たま出版  1998/6

<日本の地名とUFOの記録>

<UFOの光>

・UFO………その真相を語る前に、その光を語りたいと思います。UFOは美しく輝く他の天体から飛来する宇宙船です。その光は地球製の発光体のような光ではありません。

・巨大な光の玉という表現は適切と思います。駆逐艦を包むほどの大きな玉ですから直径は100メートル以上もあったでしょう。それはUFOの接近に伴う現象と思われますが、謎の光でした。

<瀬戸内海の上空に現れた光芒に包まれたUFO>

・1965年3月18日夕刻、瀬戸内海の家島上空で起きたUFO事件は新聞や週刊誌に大々的に報道されましたが、私にとっては忘れることのできない事件でした。

 UFOを目のあたりに目撃したのは大阪発広島行きの東亜航空コンベア240の稲葉機長と馬嶋副操縦士です。

・左翼の至近距離に接近し雁行飛行をしてきた飛行物体は蛍光灯のような光を出し、大きさは光芒に包まれて不明ですが、約10~15メートルと判断されました。

・また航空機の機長の立場に立ちますとUFOを目撃してもその経験を語りません。それはIATA(国際航空運送協会)の規則になっているとか聞いたことがあります。

<UFOは自然現象に似ているが特徴がある>

・編隊飛行をよくします。ジグザグ運動をすることもあります。回転して見えることもあります。目的があるような飛びかたをします。このような自然現象は考えられません。

・日本の地名には福山市加茂町粟根に刈光の地名があります。北海道の羊蹄山の南の真狩村には光という地名があります。各地にある軽井沢という地名と田代という地名が関係深そうに位置しています。これは柳田国男著「地名の研究」に書かれています。軽井沢の意味は「高速で飛ぶ円盤の編隊」であり、「田代」は太陽円盤の降下を願う人々の気持ちを秘めた地名なのです。田は太陽円盤の太、代は降下と待望と「輿」の意味を秘めた地名文字です。

・UFOは地球上の私達の心を知っているかのように飛行します。そのために心理学者からUFOを幻覚、錯覚の類に解釈されることがあるようです。

 UFOは未確認飛行物体であり、「物」です。人の心に通じているように飛びますから古人は「惣」という文字でUFOを表現しました。

<UFOの写真にはエネルギーの光の場が写る>

・UFOの最も多い形は円盤形です。それはこの周囲にできるエネルギーの場(光の場)のために玉のようにみえることもあり雲のようにぼんやりと見えることもあります。

・また松村氏が1961年12月1日の夜撮った九州上空の巨大な宇宙母船(全長3000メートル)の写真を見ますと左の下部が波うつように写っています。

<過ぎ去った日々>

・空飛ぶ円盤UFOは神の搭乗機で、古代日本を高い頻度で訪れた。人々は憧憬と崇敬の念をもってUFOに心を向けた。古代のその真実の歴史は日本の地名に記録されているに違いないと思い、数十万の地名をたどりたずねて、私の心は果てしなき一人旅をしてきた。

<UFOとは>

・そのため、天文関係者よりも航空関係者の目撃が多いのです。しかし、天文畑の人が絶対見ないのではありません。例えば南フランスのニースにある天体観測所は世界でも最もよくUFOを目撃している天文台といわれています。なぜここでUFOがよく見られるのかは理由は分かりません。

・1948年7月23日午前2時25分、アラバマ州モントゴメリーの西方32キロで、イースタンエアラインズの機長と副操縦士が母船型UFOを目撃。

・世界中至るところで目撃され、目撃者の数はかなりあるでしょう。私も幾度か目撃しました。

<UFOに関する二つの傾向>

・私の関心を持つUFOは全く違ったもので素晴らしいものです。天使が乗っているのですから。それは私達の地球の歴史を通して、何時も天にあって地上を見守ってこられたものと私は信じています。このことは古い寺社の伝承などにも残っていますが、古代人が天敬思想をもっていたことからも分かることです。

・太陽のようなUFO、星のようなUFO、雲のようなUFO、それは古代オリエントの『有翼太陽円盤』や、キリスト生誕のときに東の三人の博士を導いていった『ベツレヘムの星』、或いはバイブルに出てくる『濃き雲』、仏教で出てくる『紫雲』など、いろいろと表現されて記録に残っています。

 それだけではありません。遥かに多い表現で日本の地名に残っていました。

 日本の地名は正にUFOの記録の宝庫でした。いや、日本の地名も、日本の神話も、古代中国の神話も、日本の神道も、UFOを無視しては正しい解釈は全く出来ない、と私は断言します。

・天使はUFOに乗って、こっそり地球を訪れ、地球人の中から人を選んで直接に面接し、地上の人々を指導し守護して下さいました。その事実を私達は知っています。

 天使は宇宙人であり、私達と同じ五体を持った「人」の姿であり、翼や光輪はありません。天使の輝かしい心と姿と能力をそのように表現しているのです。

 天使は正義の守護者、偉大なる方の代理者として地球を訪れ、今もなお地球上空にあって私達を見守っています。

 天使の搭乗するUFO空飛ぶ円盤は人をさらったり、誘拐したり、傷つけたり、放射能を撒き散らすなどの次元の低い行動は絶対にしません。

 地球を訪れた天使は大きな能力をもちながら、謙虚に、待機されているのです。

<古代の天敬思想と宇宙の真相>

・古代中国の殷(いん)は天帝によってはじめられたと言われます。

 北京の天壇公園の祈年殿は天敬思想が大きく表現されています。王はここでその年の五穀豊穣を天に祈ったのです。

・いつも私はUFOの話をするたびに、ピント外れの批評をして、頭の悪い説教をしてくれる人がしばしばおりました。彼等は一流大学を出ても、著名な大学者になっても、現代科学が文化の進歩の極致に達していると考えているようです。

・宇宙の彼方から、尊い目的で現実に「天使」が地球の上空を訪れているということを知っていただきたいのです。

<UFO地名研究の発端>

・1965年10月のある夜、和歌山県新宮市に住むアマチュア天文家の島田氏が人工衛星を観察中、UFOの編隊を数回目撃しました。このことは地方の新聞に載りましたので私達の活動メンバーは早速調査に出かけて行きました。

<CBA>

・私達のグループは今は解散していますが、かつては相当活躍していた宇宙友好協会(CBA)のメンバーでした。

 

・1959年の半ばからUFOとのコンタクトが始まり、中心人物であった松村雄亮氏がUFO{空飛ぶ円盤}に招かれて搭乗し、遥かな宇宙空間に浮かぶ巨大な母船に案内されるという事件に発展しました。そこで、あらゆる空想科学小説よりも桁外れに超えた体験をして、UFOがなぜ地球を訪れたかを伝えられました。

<大いなる前兆>

・UFOを否定しても、UFOは昔から日本を訪れていた証拠があります。それは現代科学的には証明できませんが、日本の地名には無数に記録されています。古人はUFOが降下してくるのを待ち望んでいたのです。地名はそれを物語っています。

 私は古文書にもない真実を地名を解読することによって知ることができました。

<神が降臨された特定の「磐」>

・それから私はこう想定しました………

 日本神話では宇宙船を天の磐船、天の鳥船、或いは天女の浮橋と呼んでいます。また神の降臨される処、あるいは神の住まわれる処は磐座(イワクラ)とか磐境(イワサカ)と呼ばれ、そこにある岩は『磐』と書きます。ところが、その字を分析すれば、石の上に船の変形した般を書いてあります。ですから磐という字は正に着陸態勢になった宇宙船が岩の上にあるのを表わしています。

<那智のマンダラ>

・一冊は「那智に詣でて」という本で、熊野郡那智山曼荼羅の一部が表紙にされていますが、他の一冊は「那智の火まつり」という本で、その光景が表紙になっていました。曼荼羅に描かれた太陽と滝の絵を見た私は喜びでわき上がりました。それは太陽を描いているのでしょうが、UFOソックリなのです。太陽が滝の在る低空にまで降りてくるはずがありません。それは背後の木立よりも低く描かれています。なぜ低空に下りた太陽を描いたのでしょうか。

 それは、古人が太陽や月を現代人よりも、もっと身近なものとして受け取っていたからではないでしょうか。

 古人にとって、太陽は現代人が考えるような遥かな宇宙人空間の天体ではなく、低空にでも降りてくるような存在として感じていたのかも知れません。

 太陽の神は太陽円盤(つまり空飛ぶ円盤)に乗って地球を訪れ、地上の人々に天の恵みを送る宇宙人でした。そこに古代人の太陽信仰と天敬思想が生まれたのです。

・それは古代オリエントに於いても同じで、太陽信仰は空飛ぶ円盤への限りない思慕と一致していました。決して自然に対する恐怖や自然崇拝から太陽を拝んだのではなかったのです。

 古代ペルシャのダリウス一世が崇拝した太陽神アフラマツダは有翼太陽円盤に乗った人物として描かれています。そしてこの太陽神は直接にダリウス一世を指導した宇宙人でした。つまり太陽神は現代一般に考えられているような観念的な神ではありませんでした。

 古代日本の神も同じで、豪族でもなければ自然を人格化した観念的なものではありません。古代人の考え方は、素直で素朴であったのです。

<熊野本宮大社>

 ・新宮市から西北に熊野川に沿い、車で約1時間上ると熊野本宮大社です。この社は昔、川の中州にありました。その聖域は嘗て荘厳な空気の漂う中に壮大な宇宙船が着地した処なのかもしれません。

<玉置神社>

・熊野大社の奥宮である玉置神社は奈良県最南端、紀伊半島南部の深山にあり、樹齢千年を超すという大杉が生い茂り、静寂、幽玄そのものです。絶壁の多い険しい山中になぜ、社を造営したのかと不思議に思われます。この路の険しい深山を、神の乗る神輿が駆け巡ったと伝えられています。なぜでしょうか。いうまでもなく神輿とは天翔ける乗物UFOであったからでしょう。

<玉前神社と日前神宮>

・千葉県東部の一宮町玉前(タマサキ)神社があります。ここに残る伝承をたどってみると神代の昔、祭神玉依姫がここの東南方の太東崎に姿を現しました。西暦550年には海上に不思議霊妙な輝く玉が出現と伝えられています。

 それが玉前神社の創建にかかる事件でした。UFO「玉」と玉依姫の守護を祈念して神社が建てられたのです。

・ここは『天照大神の前霊を祀る』と説明が書かれ、鏡が御神体とされています。しかし、鏡はあくまで偶像です。そして前霊とは太陽神の出現に先立って現れるものですから空飛ぶ円盤UFOに違いありません。太陽神は太陽のように輝く円盤に乗って来られる宇宙人に違いない、と思いました。

<二見興玉(おきたま)神社>

・三重県伊勢の二見浦にある二見興玉神社の由緒によると、昔、二見浦の夫婦岩の沖合に、鏡岩とも興玉神石とも呼ばれる岩の台地があったということです。

 宝暦年間(1751~64)の津波で海に没し暗礁となりましたが、ここは昔、猿田彦大神の降臨された史跡です。二見興玉神社はその史跡を拝む社なのです。

 猿田彦命は海上を照らし、UFOに搭乗して日本各地にエンゼルヘアーを降らし、空を飛ぶ神でした。真赤な顔でヒゲモジャの姿に描かれるのはその為です。三重県の椿大神社(ツバキオオカミヤシロ)、出雲の国の佐太神社や琵琶湖畔の白鬚神社をはじめ日本各地に祀られている偉大な神でした。

(註)「興」は先にふれた古代オリエントの有翼太陽円盤の表現文字。

<矢田坐久志玉比古神社>

・速玉、玉置、玉前、興玉に次いで久志玉、船玉などが問題になりました。山門郡山市の矢田にある久志玉比古神社は奈良県随一の古社で天より日本各地に降臨された饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)を祭ります。

<玉来>

・福岡県、熊本県、大分県に玉来(タマライ)という地名があり、大分県には玉来川があります。地名研究の草分けの柳田国男は農作物を貯蔵する意味の「たまる」「たまり」から変わったものであろうと解釈しました。しかし私はこの文字を重視して「玉来る」つまりUFOの「玉」が飛来する、という意味にとります。

<星と船は宇宙船>

・日本の地名の中には星と船の文字が付いた処がしばしば見られます。大星山と大船山、星尾と船尾、星上山と船上山、星原と船原、星岡と船丘、高星と貴船。このように星と船が対等に使われています。星と船に共通するものといえば、「宇宙船」「人工衛星船」です。古人は特殊な動きをする星、天人の乗る星を知っていたのです。

・日本神話の天の鳥船や天の磐舟も、アイヌ神話に出てくる神人オキクルミ・カムイの乗るシンタも天と地を往復する宇宙船でした。

 世界の各地で遥かな昔、古墳などの壁画として太陽の舟が描かれています。それも天国と地上を往復する宇宙船です。天国とは遥かな宇宙の他の天体「星」の世界です。そのような現代科学で理解できないほどの遠い世界からUFOが時間空間を越えて訪れています。多くのアカデミックな科学者は、自己の理論に固執するために宇宙船UFOをまだまだ否定し続けることでしょう。

<星と船の地名>

・宇宙船「星」と「船」のつく地名を拾ってみます。

① 島根県の星上山454メートルと、鳥取県の船上山(センジョウサン)616メートルは明らかに星と船の神、宇宙船に乗った神の名に因んで付けた山の名です。

星上山の東5キロの地点に岩舟町(安来市)があり、西の笠松山には延命地蔵尊が岩の舟に乗って降臨した伝承があります。

船上山は大山(ダイセン)1711メートルの北側にあり、絶壁が切り立った山です。後醍醐天皇がここで自ら金輪法を修したところ、七日目の夜、三光天子(日天子、月天子、明星天子)の出現したとのことです。宇宙人と会見したと言うのでしょうか。

② 大坂の北東部の交野市に星田妙見という星の信仰にちなんだ史跡があります。ここには隕石が祀られていますが、隕石を祀っている社は岡山市北東の星神社や名古屋の南方、星崎にもあります。UFOに憧れていた古人の心の表れでしょうか。

星田妙見の近くでは、弘法大師が行をしていたとき、七旺星(北斗七星)が降りてきたという伝承があります。北斗七星が下りてくるはずはありませんからUFOでしょう。

<笠は空飛ぶ円盤の形>

・岩手県遠野市の西方の笠通山(カサノカヨウヤマ)は面白い名です。UFO{笠}が通うという山であるから否定しようがありません。

・鹿児島市の南部には笠松と光山の地名が西と東に隣接しています。これらはUFOの光とUFO「笠」を待つ人々の記録です。

<星と船と笠>

・千葉県中部の高星山と笠森(笠森観音)

 鎌倉市の北部の笠間と大船(大船観音)

 名古屋市南部の星崎と笠寺(笠寺観音)

<鍋と笠は空飛ぶ円盤の表現>

・鍋超山という面白い名の山が東北地方に3つあります。鍋の形をしたUFOが山をこえていったのでしょうか。しかし、それだけではなく、別の意味があります。越は「輿」の意味も含んでいるからです。

・笠掛山男は笠の形のUFOが天翔る山の意味です。

 鏡山は反射鏡の山ではありません。鏡のように丸くて平たい山でもありません。丸くて平たいのはその上を飛んだUFOなのです。そして水晶峰は水晶が産出する処の意味ではなく、鏡と同様にUFOを形容するもので、水晶のようにキラリと輝くUFOでした。

・福島県の御鍋神社は神の乗る円盤を祭る所でしょう。新潟と福島の県境近くには笠倉山と鍋倉山が二対あります。岩手県遠野市には鍋倉神社と、笠通山(カサノカヨウヤマ)があります。

・鍋割山という変な名前の山が岩手、群馬、神奈川、熊本の各県にありますが、それは鍋降り山のことです。鍋を割ったような形の山というのではありません。岩手県には3ケ所、鍋割という地名があり、鍋割川もあります。こうして各地に待望のUFOが降下したのです。、乱れた世相の世界にはUFOは忘れられ、UFOも降りてこないのではないでしょうか。

<鍋→黒→国>

・地名の中でUFOを表す「鍋」はしばしば「黒」という字に変えられました。鍋は煤で黒くなるからです。

・出羽三山の伝承によれば、開祖蜂子皇子は三本足の烏に導かれて羽黒山にたどりつき山を開いたといいます。それで烏の羽の色から羽黒と名付けられたと云う説明がありますが、それは間違いです。三本足の烏の伝説が元になっています。つまり三本の着地用の脚をもった空飛ぶ円盤UFOなのです。

 黒の字のつく地名は色々あります。みんなUFOの意味が隠されています。

・兵庫県の北部、日高町には美しく丸い山容の神鍋山(カンナベヤマ)があります。勿論ここは素晴らしい宇宙船「神鍋」が飛んできたに違いないでしょう。ここは神のいます山、神奈備(カンナビ)の語源にもなっています。

<鼎(カナエ)>

・その昔、UFO「神鍋」は清浄な雰囲気の場所に三本の脚を出して着地しました。鍋、釜に三足を付けた器は鼎ですが、鼎の形のUFOは古代中国に着地しました。そのため、鼎は王の権威の象徴として重宝されたのです。日本も中国も同じで、鼎の形のUFOは着地していたはずです。中国では鼎をテイと読みますが、日本では神鍋から変わってカナエと呼ばれました。

・「爪」は地名の中ではUFOの三本の足を表わす象形文字として使われています。

<爪>

・「爪」のつく地名を拾ってみます。

 日爪(滋賀、岡山)、橋爪(長野、岐阜、福井、京都、愛知)、爪木(茨城)、折爪岳(岩手)、爪崎(岡山)、爪木崎(静岡)などです。

<稲妻と雷神>

・明石市の稲爪神社は古く面白い名のお宮です。

 ここの祭の日は昔から天気がよいのに急に雷が鳴り、にわか雨が降り出すそうです。しかし、すぐ快晴になるというので稲妻の神が祭られています。上空でUFOの神が天気を操作しているのかも知れないと言ったら、UFO否定論者はあざ笑い、或いは馬鹿げた話だと言うでしょう。

・京都市の上賀茂神社は別雷神(ワケイカヅチノカミ)を祭っています。

社務所発行の小冊子によれば、キリスト教の唯一の神エホバと同じ方だと解釈しています。雷神は「自然現象に人格を持たせたもの」と解釈する人がいますが、実は神は「大自然、宇宙の法則を自由にコントロール出来る方」です。古代の人々は、決して自然そのものを礼拝したりはしませんでした。神は人の姿をしてUFOに乗って天を翔け巡り、光り輝き、ときには大宇宙船や大宇宙船団の急速な移動によって雷鳴を起こします。

<UFO降下と神の降臨>

・山口県下松市に降松神社があります。クダマツとは神の降臨を待つという意味です。下松駅の近くに降松神社の元宮である金輪神社があり、『鼎大明神』が祭られています。金輪も鼎も「空飛ぶ円盤」UFOであり、この神社の創建の時代には既に人々の信仰の対象となっていたのです。

・このように昔の人は神様は3本脚の鼎から出てこられた方であると信じていたのです。

 

<鼎の転化>

・大分県豊後高田市に鼎、美和、玉津があり、鳥取市にも叶、美和、玉津があります。これは鼎と叶が同じ意味である事を暗示しています。美和とは空飛ぶ円盤を表す「箕輪」から転化したものであり、玉津とは玉のようなUFOの神のことです。

・観音という仏教の言葉もUFO「鼎」の意味を秘めていると思われます。なぜなら観音菩薩という方は、UFOの乗って降臨された人ですから。それは光り輝くように美しき宇宙人であり、決してETのような滑稽な、グロテスクな、映画に出てくる宇宙人ではありません。

<「打」と「吹」に秘められた意味>

・「打上」「吹上」「打越」という地名が日本中に分布しています。吹上、打越は多く、打上、吹越は比較的に少ない地名で。

 打つとは、発射することで、吹くとは、風を起こすことです。つまり打上も着地したUFOが上昇することを意味する言葉と解釈できます。これを現代に当てはめてみると人工衛星や宇宙船と発射などに似た表現と思われます。

・埼玉県吹上町の西南に箕輪があり、長野県伊那市北部の吹上の周辺に箕輪町、南箕輪村、中箕輪、西箕輪があります。箕輪はUFOを表す重要な言葉です。

・打越の「打」には、UFOを待つという意味の「内」の意味が含まれ、「越」には「輿」の意味が含まれると思われます。したがって打越はUFO「輿」の飛来を待つという意味にもとれるのです。

<三俣・三又・桑>

・空飛ぶ円盤は三本の脚で着地し、その下部から宇宙人が降りて来ました。「俣」という字は日本で作られた国字です。正に天人の口を表し、空飛ぶ円盤を表す文字と思われます。

<大桑原>

・福島県須賀川市の西部に大桑原(オオカンバラ)という大字の地名があります。その西南は天栄村白子です。そしてその東南には興味深い宇宙的史跡、泉崎横穴古墳があります。大きな石室の壁画には、UFOを迎える人々の絵が描かれています。その下に4人が手をつなぎ足をひらいて立っています。多分女性がUFOに搭乗する貴人に供物を捧げているのでしょう。

<二子と十三>

・二子と十三という地名の意味は極めて重要です。

 二子(フタゴ)とは、一体何を意味するのだろうかと地図の上で調べてみますと宇宙船のフネが「二子」と書かれ、フタゴとかフジと読まれ、双子、二児、双児、両子、二田子、富士、藤と変わったことがわかりました。

・十三はトミ(鳥見で飛行物体を見るという意味)であり、宇宙船を見るという意味に解釈されます。

<三保は三俣から転化したか>

・静岡県の三保の松原羽衣伝説で有名です。この海岸に羽車神社と書かれた小さな祠があります。神代の昔、大国主命が三穂津姫とアベックで羽車に乗って飛んできた処だといいます。富士山の見える景勝の地に何と楽しい伝承があることでしょう。宇宙の神人スサノオノミコトに指導を受けた大国主命が羽車という飛行機に乗って飛んできたのかも知れません。三保の松原はそういう処なのです。三俣のUFOが着陸し、天女が現れたのが羽衣伝説になったのかも知れません。

<八保という地名>

・兵庫県の南西部に八保という地名があり八保神社があります。古い地図によっては八俣と書かれています。八俣は出雲神話にでてくるヤマタノオロチを連想して感じがよくないので、八保と書き替えたのかも知れません。ところが面白いことに八保の近くに落地(オロチ)という地名があります。このあたりがヤマタノオロチの発祥の地なのでしょうか。とすれば、ヤマタノオロチという言葉は高速UFO「矢俣」の着陸地点という意味になります。

 スサノオがヤマタノオロチという大蛇を退治したという神話が怪しくなってきます。或いはUFOに乗ったスサノオが降下し着陸した場所という意味なのかも知れません。

<八と三>

・日本の地名には「三」と「八」の数字がよく用いられています。三はUFOの三足の三という数を表わす以上に「箕」の代わりに使われています。そして八は「矢」の代わりに書かれています。箕と矢は農具と狩猟の代表的な道具であるのみならず、いずれもUFOに関係深い表現文字なのです。

<箕輪は空飛ぶ円盤で前方後円墳の原形>

・箕輪は「風を起こして飛ぶ輪」の意味で、羽車と同じような表現であることがわかりました。羽車も箕輪も「空を飛ぶ車」の意味でした。

 この謎が解けたとき、私は夢を見ているような気分になりました。そこで農具の「箕」と円盤の「輪」を並べてみると何と、それは前方後円墳の原形だったのです!

 やはり日本の巨大な古墳はUFOの飛ぶ姿を模して造られていたのです。

<箕輪の周辺>

・山形と宮城の周辺に船形山、前船形山、後白髪山がそびえています。船形は宇宙船、白髪(しらひげ)はエンゼルヘアーの意味です。そして船形山と白髪山を結ぶ線を底辺とした正三角形の頂点に「箕輪権現」の鳥居のマークがあります。ここは宇宙船UFOとエンゼルヘアが見られ、「空飛ぶ円盤の神が顕現された」ところなのです。

<箕輪の転化(琵琶など)>

・琵琶湖は、長野県暗部の美和湖と同様にUFOにちなんだ名で、琵琶の形に似ているから、というのではありません。

<諏訪>

・長野県の諏訪湖、諏訪大社周辺は昔、須羽という地名でした。諏訪は須羽から転化したもので、須はヒゲ、つまりエンゼルヘアーです。

<箕と羽>

・UFOの飛行のメカニズムを表す『箕』と『羽』は日本の地名の中に広く組込まれています。

<氷室>

・氷川神社の祭神スサノオノミコトは天から降りて来られ、大蛇を退治した英雄神とされています。UFO「箕輪」に乗って出雲の国に降臨された天人かも知れません。

<蛭子大神>

・日本の神社は色々な神が祭られていて、多神教のように考えられていますが、神様の名前が変わっていても同じ方も多いと思われます。キリスト教のエホバはイスラム教のアッラーと同一の方であることは言うまでもありませんが、日本の神道では、上賀茂神社の祭神、別雷神(ワケイカズチノカミ)が同じ神と言われています。

 饒速日尊(ニギハヤヒノミコト)も、スサノオノミコトも猿田彦大神も、ゾロアスタ教の太陽神アフラマツダも、みな同じ方かもわかりません。この神々は御姿を現された地域により、また神を祭る人々により、色々と呼び名を差し上げるのではないかと思います。

 ここで、蛭子大神について考えてみます。この神は通称恵比寿(エビス)さんと呼ばれている方であり、昔から庶民の信仰を集めてきました。

 古事記にはイザナギ、イザナミ両神の間に最初に生まれた手足のない子で、捨てられ流された子であると紹介されています。

 これはまともな話ではないとわかりますが、それだけではなく、全く天に唾するような話です。

・蛭子大神はただ天翔るだけではなく、もうすこし重大な作業をなされる神でした。それは「簸」のもう一つの意味、穀物を選別するように、良いものと悪いものをふるいわける作業です。

 つまりキリスト教、ユダヤ教、イスラム教に当てはめるならば、最後の審判のときに、正しい人を救って神の国にいれる作業を表すのです。つまりキリスト教のキリストと同じ方かも知れないのです。簸子が蛭子に変えられたのは、天を無視し、或いはイメージダウンの策略が行われたからではないでしょうか。

<エンゼルヘアー>

・UFOが上空を通過するとき、白い髪の毛のような物質が落下することがあります。それは世界各地で報告されていますが、大抵の場合すぐ昇華して消えてしまい、あとに何の痕跡も残しません。

<古文書の中のエンゼルヘアー>

・エンゼルヘアは昔、日本各地によく降ったようです。『塩尻拾遺』には「いつとても光り物(UFO)流れ飛びし頃は毛のある事珍しからず」と書いてあり、また享保9年(1724)6月25日には「東部にも雨中に毛降る。長さ数十尺に余る。色白く馬毛の細きが如し」と記録しています。

<「興」は有翼太陽円盤>

・中央の同の字を同心円に置き換え、両側を羽の字に見立て、それに基盤の一を引いて、足を付けると、興という字はまさに「有翼太陽円盤」ソックリです。

 それは古代ペルシャでは太陽神アフラマツダの搭乗機として描かれたゾロアスター教のシンボルマークであったのです!

<天の鳥船>

・鹿児島垂水市の北東方に「鵃岳」(ビジャゴタケ)があります。日本の神話に出てくる神の「天の鳥船」にちなんでつけられた山名でしょう。ところで一方、天の鳥船は「興」という地名文字で表されていたのです。

<アイヌ語は原日本語>

・アイヌの始祖オキクルミカムイはシンタという乗物に乗り、日高庁沙流郡平取町の宇宙的な聖地ハヨピラに降臨した神人です。

・シンタ(真太)は神の搭乗機、太陽円盤です。そして平取町は「円盤が通る町」の意味であり、ハヨピラ(速平)は高速飛行する円盤の意味です。これも伝承と一致します。古代日本ではUFOを「俣」と書きました。それは天人の円盤を表す国字ですが、古文書には殆ど用いられず、地名には広く使われています。

<岩戸神話の誤謬>

・天の岩戸神話と戸隠神話とはどういうことを言っているのか調べてみます。日本神話の代表的なこの神話について、色々の解釈がなされています。ある人は日食を恐れた古代人が創作したものであると解釈し、またある人は人間の性的本能の立場から解釈しようとしています。それはさておき、地名の解釈の観点から考えてみましょう。

・ところが、矛盾があるけれどもおもしろいのは、岩戸はなんと長野県の戸隠まで飛んでいって戸隠山が出来たという話です! 岩の扉がなぜ宮崎県から長野県まで飛んでゆかねばならないのしょうか。私はふと「天ノ岩戸」は「天ノ磐船」ではないかと考えました。つまりUFOが戸隠山まで飛んでいったことを無視したので、わけの分からぬ話になってしまったのではないでしょうか。UFOはどこにでも飛んで来ます。戸隠山のような絶壁の多い山や滝や巨岩を標的にしてよく飛んできました。

 つまり岩戸とはUFOに関係がある言葉かも知れないのです。

<光を待つ>

・山口県の光市、その隣は下松市です。ここには降松神社がありますが、その意味は「神の降臨を待つ」ということです。降松神社の元宮は、下松駅の近くの金輪神社で鼎大明神が祀られています。金輪は金色に輝く円盤であり、鼎(カナエ)は着地したUFOの形です。

<不知火の謎>

・シラヌイはプレアイヌ語で「宇宙の火」の意味ですが、白縫、不知火と当て字され文字どおり「知られざる火」になってしまいました。

<ビデオに写された不知火>

・その夜、私はシラヌイの最もよくみえるという不知火町の永尾神社の境内へ行きました。

<松尾とは何か>

・これだけでも松尾はUFOを待つ処という意味のようです。

<「邑」は回るUFOの象形文字>

・「邑」は三巴として描かれ、神社によくみられる紋章でUFOの象形文字です。

<「由」は燃えるUFOの象形文字>

・「由」は燃えているように見えるUFOの象形文字です。

<葉巻型宇宙母船を表現する文字>

・1960年の暮れに松村雄亮氏は九州上空で巨大な母船の写真を撮りました。それは夜空に浮かぶ全長3000メートル、高さ(太さ)300メートルの巨大な葉巻型母船でした。

・葉巻型UFOは地名文字として「筒」と「立」が使われています。

<十三>

・キリスト教国では十三の数は不吉な数とされています。しかし日本ではむしろ好まれる数です。

<ファチマの奇蹟>

・その時、人々は白色に輝く楕円形の球が、晴れた青い空をよぎって降りてくるのを見ました!

・しかし、ファチマから遠く離れた地域では何事もありませんでした。太陽に異常があったのではなく、降りてきたのは巨大な球状に輝くUFOだったのです。

<チプサン古墳>

・チプサンとはプレアイヌ語で十三の意味、チプは船の意味です。ここでも船は宇宙船の意味です。チプサン古墳の壁画には七つのUFOを見上げ、両手を上げている人の絵が描かれています。その人は王冠をかむりズボンをはいています。

<二子>

・熊野速玉大社の「速玉」がUFOであることに気付いた私は、「速」の字の付く地名を探していましたところ、宮崎県北部の速日峰と富山市の速星が見つかりました。

<鼓のUFOの白子の天使>

・ある人から聞くところによりますと、白い衣を着た観音様が鼓に乗ってこの浜に来られたとも言います。要するに宇宙人がUFOに乗ってきたに違いありません。

<UFOの変形>

・UFOはその周囲にできる特殊な空間、フォースフィールドのために写真に撮るとハッキリ写りません。だから証拠写真を撮るのは難しいことです。

<駒ヶ岳>

・駒ヶ岳は北海道、青森、岩手、山形、福島、神奈川、新潟、富山、長野、山梨などに雄姿を競っている山々です。駒はUFOを表す熊の転化したものかも知れません。

<天狗岳>

・日本各地に天狗の名の付く山は沢山あります。UFOと宇宙人に関して何も分からなくなった人々が作り上げた妖怪かもしれません。

・古文書でも、空飛ぶ円盤、宇宙人、神、天人は忘れられ、歪曲して伝えられ、そこに生まれたのが天狗という言葉だったのかも知れません。

 ところが一般庶民の間では天狗信仰があったところをみると、天狗は観音と同様、庶民を守って下さる存在であったようです。

 佐太大神を猿田彦と変えたように、天使を天狗にしてしまったのかもしれません。

<古代の航空標識>

・丸は標識として最も見やすいので標的になるからです。古代人が空からの来訪者に「ここへ降りて下さい」という意志表示をしたのでしょうか。そのような史跡は世界中各地に分布していると思われますから。

<十文字>

・日本には十文字、十文字山、十文字原などの地名があり、特に東北地方に多く、次いで関東、九州、中国地方に見られますが、なぜそういう名が付けられたか忘れられています。

・遥かな空の彼方の天使、神の乗る船UFOに届けと、信号の火をつけた処ではないでしょうか。暗くなった夜、輝く宇宙船の光を待ち、神の守護を祈って、人々は十文字の火をともしたに違いありません。私はそう考えています。

 

<UFOを呼ぶ迎え火>

・古代の人々はきっと、空に向かって天使の乗る宇宙船に歓迎の信号を送ったに違いありません。それは昔も今日も同じなのです。否、現代の多くの人々はこのことを忘れ、ただ、不思議な飛行物体としか思っていないのです。

<聖なる岩>

・イスラエルの聖地エルサレムの『岩のドーム』は最も重要な史跡の一つです。イスラム教の伝説によれば、マホメットがここから昇天したと言われる直径17メートル位の大きな岩があり、その岩を覆うように金色のドームが建てられています。マホメットが昇天したときこの岩は空中に舞い上がり幾世代も空に浮かんでいました。

<聖なる岩山>

・旧約の昔、モーゼが神より十戒を受けた聖地シナイ山は、シナイ半島の南部、砂と岩の荒野の中に聳える険しい山(ジュベル・ムーサ、2285メートル)です。巨石や絶壁の多いこの山に似た日本の山を挙げるとすれば長野県の戸隠山、京都府の笠置山、奈良県南部の玉置山、それからスケールが遥かに小さいが、兵庫県の雪彦山や滋賀県の太郎坊山など数多くあります。

・光、神の降臨、そして特定の岩、岩の山、それは日本国中に多く、至る所に分布しています。そしてその伝承は薄れてしまって、殆ど消えてしまいました。しかし日本の至る所に、山に川に岩に、小島に、峠に、滝や谷川に、神の搭乗機UFOの光が輝き、壮大な音響が神々しく轟いたに違いありません。

<結び>

・古代日本では空飛ぶ円盤UFOは神、天人、天使の乗物として敬われていました。ここに紹介した地名はその事実を物語る記録の一端です。

 日本には世界に比類なき豊富な地名があり、その地名文字も読み方も多種多様で、その一つ一つが貴重な文化遺産となっています。しかし、その意味は全く理解されていません。

 その理由は人々が古代日本を訪れた『空飛ぶ円盤』UFOについて、何もかも忘れ去ったからに他なりません。

<あとがき>

・本書は1987年に近代文芸社より出版した「日本の地名とUFOの記録」の改訂版である。

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