Qは《小児性愛者による世界規模の秘密結社があり、民主党員や大金持ちが所属する》という主張を一つの柱としているが、8ちゃんには、幼い女の子の裸のアニメ画像が貼られることも多い。(1)

(2022/12/10)

『Qを追う   陰謀集団の正体』

藤原学思 朝日新聞出版  2022/9/20

<QAnon>

・なぜ、私はロンに密着していたのか。

 それは、陰謀論集団「QAnon」の取材の一環だった。

 キューアノン、と読む。政府の機密情報に触れられる人物、あるいは集団が「Q」であり、Qの言葉をよりどころとする名無しの(Anonymous)信奉者たちを指す。

《米国の政府やメディア、金融界は、児童の性的人身売買を世界規模で行う、悪魔崇拝の小児性愛者集団によって支配されている》。そんな荒唐無稽な作り話を柱として、2017年秋から、最初は匿名掲示板を中心に、その後は主要なSNSで広がり始めた。

 《トランプ大統領は、ディープステート(影の政府)から民衆を守る救世主だ》。そんな言説も展開された。

 

・根拠のない情報は世界中に広がり、いまもなお、現実世界に巣くっている。

 日本も、Qから逃れられなかった。Qアノンには「日本支部」のようなものがある。

 ある団体の創設者は、「Q」の投稿を翻訳し、日本に輸入した。主要なSNSからは締め出されたが、それでも、活発に陰謀論を振りまいている。また、Qアノンの主張を日本向けに応用したような派生団体の幹部らは、新型コロナウイルスワクチンに反対し、接種会場に押し入るという刑事事件を起こした。

<生まれる>

<「Q」の初投稿、Qアノンの誕生>

・Qアノンの一方的な主張は、以下のようなものだ。

・この世界には、小児性愛者(ペドフィリア)による集団があり、大規模な児童買春、虐待組織を運営している

・その組織には、米民主党の政治家やハリウッドスター、金融界の大物、メディアの人間が所属している。悪魔を崇拝したり、人肉を食べたりする者もいる

・彼らは世界を裏で操る「ディープステート」(DS=影の政府)であり、(前大統領の)トランプはDSと闘っている

・トランプがもくろむ「嵐」(ストーム)の日には、彼らが一斉に逮捕され、刑務所に送られて処刑される

 

 Qアノンが信奉するQの投稿は、2020年12月8日まで1138日間、計4953件に及んだ。これらは「Qドロップ」と呼ばれる。最初の投稿を見ればわかるが、Qドロップに書かれている内容は、どれも到底おこりそうには思えない。だが、その投稿は有志によって拡大解釈され、まるで神の言葉のように拡散していった。そして一連のQドロップは、いまではキリスト教徒にとっての聖書のように取り扱われている。

<ウソはウソであると見抜けないと難しい>

<「ひろゆきの『庭』でQアノンが生まれた」>

・ウソをウソであると見抜ける人でないと、匿名掲示板を使うのは難しい――。それが西村の「名言」だ。だが、ウソをウソと見抜けず、むしろ真実だと信じ込んでしまう人たちが、多く出現した。それこそが、Qアノンだった。

<4ちゃんがヘイトの装置に、そして乱射事件が>

<匿名掲示板はどこまで言論の自由に守られるべきか>

・こうした情報の負の循環を完全に断ち切ることは難しい。ウィリアムズは対抗策として、プラットフォームから危険な人物や投稿を排除したり、コンテンツを厳しく管理したりすることが効果的かもしれないと語る。また、ネット空間だけでなく、同時に家族や捜査当局、医療関係者らが危険を察知し、対応することも必要だと訴えている。

<「ひろゆき」はどうみる>

・なぜ西村は、批判を受けながら、しかも、本人いわく「もうかっていない」のに、掲示板の運営を続けるのだろうか。そのことについては「ユーザーもいて、なくなっちゃうのはもったいない」という言い方をしている。その真意はわからない。ぜひいつか、本人の口から聞かせてほしいと思う。

・陰謀論集団「Qアノン」が生まれ育ったのも、匿名掲示板だった。もっとも、小児性愛者や児童売買集団が世界を牛耳っているといった、根も葉もないQアノンの主張は、実は目新しいものではない。その前身とも言える陰謀論「ピザゲート」というものがある。

<Qアノンの前身「ピザゲート」とは>

・ウェブメディア「デイリービースト」のウィル・ソマーは、Qアノン現象を最初期から追ってきたジャーナリストだ。ソマーは「ピザゲートの主要な主張を拾い集めたものがQアノンだ」と言う。

「民主党のエリート集団が子どもたちを性的に虐待したり、血を飲んだりするという陰謀論は、ウェルチの事件後、うさん臭い話として触れられないようになった。だが、突然、Qアノンとして再び現れた」

 ソマーと同様、Qアノン現象を追い続けるジャーナリスト、マイク・ロスチャイルドも「ピザゲートはまさにQアノンの先駆けであり、共通する神話を多く持っている」と話す。両者の違いについては、「ピザゲートはQアノンよりも若干選挙に特化した陰謀論だった」と指摘。「いまでは、ピザゲートがQアノンの子会社のような存在になっていて、Qアノンの中にある陰謀論の一つとして位置づけられるようになった」と説明する。

 ピザゲートによって、ウェルチが「促されて」起こした事件から3年半後、同じ首都ワシントンで、より大規模で、米国の歴史に残る事件が発生した。

 英語では“January6”と呼ばれる。米連邦議会議事堂の襲撃事件だ。

<信じる>

<連邦議会議事堂襲撃事件はなぜ起きた>

・20年11月の大統領選では、バイデンが約8100万票を獲得し、トランプの約7400万票を大きく上回った。各州に割り当てられた「選挙人」も、バイデンが306人、トランプが232人と差がついた。つまり、バイデンが勝利し、トランプは敗北した。

 だが、一部のトランプ支持者はその結果を信じたくなかった。それが議事堂の襲撃事件につながり、当日は議事が一時中断する騒ぎになった。5人の死者が出て、1年半ほどで800人以上が逮捕・訴追された。

<「暗黒のオバマ時代」の反動>

・トランプへの思いはなお強い。「彼がまた選挙に出れば、彼を最優先で考える」という。スイートはなお、2020年の大統領選でトランプが勝ったと信じている。これは、Qアノン信奉者に多く見られる。

「簡単だ。シャーロック・ホームズじゃなくたって、わかる。いいか、トランプは集会をたくさんした。いつも満員だった。立ち見も出ていた。バイデンはどうだ。ほとんど集会ををせず、来ても支持者はごくわずかだった。なぜ8千万票も取れるのか。郵便投票で詐欺行為があったからだ。投票集計機メーカーの操作もあったんだ」

 バイデンの陣営が集会を制限し、人数も絞ったのは、当時米国中に広がった新型コロナウィルス対策の一環だ。そう言うと、スイートは反論した。

・「郵便投票の不正」については、トランプも同じような主張をくり返した。だが、事実だとは確認されていない。トランプ陣営が起こした数々の裁判でも、裁判所から「証拠がない」と退けられている。投票集計機メーカーも、虚偽の情報を広められたとして、トランプの顧問弁護士らを訴えた。新型コロナウィルスが危険ではないという主張も、もちろん誤りだ。米国では2022年5月までの2年強で、100万人が亡くなった。

<証拠、証明、リサーチ、真実………Qアノンの常套句>

・ただ、スイートは、トランプが勝ったと信じる理由を「説明」する。

「ディープステート(影の政府=DS)が、メディアも、判事も掌握した。証拠がない、なんて言うのは、見ようとしていないからだ」

・ディープステートはトルコで生まれた言葉で、元々は1990年代に盛んに使われていた。トルコで軍隊が民主主義の発展を遅らせようとしたことに対し、不満を持って「ディープステートだ」と叫ぶ市民が現れ、同じような文脈でエジプトでもその言葉が使われた。一方、米国では、得体の知れない、あるいは実態のない「権力の塊」の呼称として、Qアノンをはじめとする陰謀論と密接に結びついている。トランプとその支持者は政治的なメッセージとして好んで使い、日本にもその概念が輸入されている。

・また、「証拠」「証明」といった単語は、「リサーチ」や「真実」という単語と同様に、Qアノンの信奉者がよく使う。Qアノンは、自分たちがたどりついた結論こそが唯一の真実だと思い込み、それは証拠によって証明されているのだと言い張る傾向がある。

 では、そうした情報を、どのように得ているのか。スイートは現在の情報源について、「ニュースマックス」と「エポックタイムズ」だと答えた。ともにトランプ寄りの報道で知られるメディアだ。

 インタ―ネットメディアのニュースマックスは、ケーブルテレビ局も運営する。選挙の結果が判明してから、1カ月以上にわたってバイデンを「次期大統領」と呼ばなかった。トランプの敗北が選挙人投票で確実になってからも、看板キャスターは「選挙は終わっていない」などと主張し続けていた。

・「私は『陰謀論』という言葉が好きではない」。スイートは顔をしかめ、続けた。「陰謀論はUFOがもうすぐ降りてくるとか、そういう類いのものだ。立証されている事実は、陰謀論にはなりえない」

 だが、「トランプが勝った」という陰謀論こそが、議事堂襲撃事件につながった一因だ。

・スイートは当初、議事堂まで行くつもりはなかった。ホワイトハウス前の広場でトランプの演説を聴いて、すぐに帰るつもりだった。だが、演説でトランプはこう促した。「議事堂に行って、勇敢な議員を励まそう」「共和党員に誇りと大胆さを与えよう。この国を取り戻すのに必要だ」

 スイートはその言葉に従った。なお、トランプは支持扇動したとして、後に下院で弾劾訴追されている(上院における弾劾裁判で無罪に)。

・「彼(バイデン)のことは好きになれない。もし彼が正当な方法で勝ったのなら、100%支持するさ。彼は私の大統領だとね」

 まだ、トランプが勝ったと信じているのか。スイートは「そう思っている」と言った。「どうしても、バイデンに8千万票が入ったとは信じられないんだ」と。

 スイートは起訴内容を認め、2021年11月に有罪判決を言い渡された。1カ月の自宅待機、36カ月間の保護観察、500ドルの損害賠償、それに60時間の社会奉仕活動という内容だった。

<極右メディアが増幅装置に>

・スイートが主な情報源としていたのは、「ニュースマックス」だった。2020年の大統領選では、トランプ寄りの報道を続けてきた「FOXニュース」が、激戦となった南部アリゾナ州におけるバイデンの「勝利確実」をいち早く速報。そのことに対して、トランプは激怒したと伝えられた。トランプのコアなファンの間では「FOX離れ」が発生し、代わりにニュースマックスが存在感を増していった。

・「常識的に考えて、ジョー・バイデンが歴史上、大統領候補の中で最多の票を得たなんてありえない」

・「米国には報道の自由があります。つまり、視点を持つことが許されています。全てのジャーナリストが完全に中立であるという考えは、全くの誤りです。誰もがバイアスを持っていると思います。重要なのは、公平でバランスのとれた、両方の側面を提供しようとすることです」

・「バイデンは集会で人を集められなかったが、トランプはいつ集会を開いても満員だった。バイデンが勝っているはずがない」。これは、ニュースマックスで度々なされていた主張だ。

 もっとも、ルディーは「陰謀論を広めているのでは」という質問に対し、早口で言葉を返してきた。「我々が陰謀論を広めたことは一度もありませんし、陰謀論に肩入れするようなこともしていません。ご承知のように、この国のメディアはトランプ陣営とロシアとのつながりを2年間にわたって指摘し続け、結局何の証拠も見つかりませんでしたよね。しかも、なぜ報道が間違っていたのかについての説明も一切なかった。それこそが本当に大きな陰謀論だと思います」

「我々は、大統領選でイレギュラーな投票が大量にあったと信じています。その大半は郵便投票によるものでした。これまでの選挙のようには適切に処理されていない大量の郵送投票があったのです。そして、それは大統領が選挙に負けた理由の一つでした」

<ラビットホールに落ちる人々――ある女性の体験>

・「ラビットホール」は、うさぎの巣穴という意味だ。英国の小説『不思議の国のアリス』で主人公が入り込むことから、「はまったら抜け出せない」という意味を持つ。

 現在、米国では陰謀論集団「Qアノン」の主張にはまってしまう人たちを「ラビットホールに入り込んだ」と表現する。

・信頼できる友人に聞いてみた。「ねえ、これってほんとなの?」

「本当さ」。友人は、フェイスブック(FB)動画のリンク集を送ってきた。そこにあふれていたのは、Qアノンの主張だった。

《世界は、悪魔を崇拝する小児性愛者の集団。ディープステートによって運営されている》《トランプが、世界から人びとを救うために大統領になった》。そんなQアノンの主張を、バンダービルドは徐々に信じるようになった。

・《国境の壁がなければ、メキシコから連れてこられた子どもが「組織」に入れられ、虐待を受け、犠牲になる。それが政府とハリウッドのエリートたちがやろうとしていることだ》

 結局、当時のQアノンの主張の行き着くところは、《大統領選でトランプが勝たなければ、あらゆるひどいことが起きる》というものだった。

<隔離された世界、見守った婚約者>

・FBやツイッターなど、主要なソーシャルメディアの陰謀論に対する締め付けは厳しくなっている。だが、テレグラムのそのグループのメンバーは、79万人に上っていた。1人がQアノンから抜け出し、Qアノンの主張に反論する活動をしていたとしても、それが全体の状況を改善できるような規模ではないのだ。

<これまでの陰謀論と決定的に違う点とは>

・Qアノンの主張の中味は、これまで見てきたように、実はさほど目新しいものではない。「小児性愛者」や「児童の性的虐待」、「ディープステート」といったキーワードがからむ陰謀論は、米国で2000年ごろからあったという。

 だが、これまでの陰謀論と決定的に違う点もある、とウシンスキは言う。

「集団化し、信者がそれをアイデンティティーとみなしていることだ。自分は影の政府と戦っている『一員』であると考え、Qの暗号を解読したり、リサーチしたりすることに積極的に関与している。単なる陰謀論というより、カルト集団という側面がある」

<ハーバード卒、マンハッタン在住のエリート女性がなぜ?>

・Qアノンの信奉者というと、「田舎に住んでいる孤独な白人男性」というイメージが浮かぶかもしれない。ただ、それは違う。幅広い層に浸透している。

・「小柄で白人の私が、タフな黒人の子にいじめられても、学校も先生も何もしてくれなかった。人種差別だと非難されるのが怖かったんだろうと思います。私は安全を感じることができませんでした」

「法と秩序がないんです。トランプが言っているでしょう。最近のリベラルはタガが外れてしまっていると。それと同じです。全員の気持ちを尊重しようとしすぎて、常識をおっぽり出してしまっていたんです」

・だが、そんなとき、「大きな方向転換」をする出来事があった。きっかけは「Qアノン」の前身のような陰謀論である「ピザゲート」だ。

 内部告発サイト「ウィキリークス」が16年11月の大統領選の直前になり、クリントン陣営のメールを次々と暴露した。その中に、首都ワシントンのピザ屋「コメット・ピンポン」店主とのやりとりがあった。

 それが大きく曲解され《ピザ屋の地下には世界を牛耳る小児性愛者の闇集団の拠点があり、クリントンら民主党のエリートが所属している》などとする虚偽の主張がうまれた。前章で詳しく触れたように、それが「ピザゲート」だ。

・「もちろん、すべてのトランプ支持者がQを信じているわけではありません。ただ、Qの信奉者は、トランプが正しい位置にいることを知っています」

<私は「デジタルソルジャー」>

・「トランプは人身売買と戦う救世主だ。世界を相手にするには、強くなければならないんだ」。そう信じるようになった。

・ギルバートは自らを「デジタルソルジャー」と位置付ける。パソコンの前で1日を過ごし、「第2の独立戦争に情熱を傾ける。Qが、現状の世界に勝つ日を信じて。それができるのは、「Qコミュニティーの人たちはわかっている」という確信からだ。「いまは、大いなる覚醒が起きているんです」

・2020年の大統領選が終わり、同年12月を最後に、5千件近く続けてきた投稿をやめていたQ。

<「悪魔崇拝の………」米市民の16%が同意>

・《米国の政府、メディア、金融界は悪魔崇拝の小児性愛者たちに支配されており、その集団は世界規模で児童の性的人身売買に手を染めている》

 これがQアノンの主張の柱だが、5%が「完全に同意する」、11%が「おおむね同意する」と答えた。

・米国の5~6人に1人がQアノンの主張を信じている――。そんな衝撃的な調査だ。だが、取材した私の肌感覚としては、驚きはない。「私はQアノンではない」と言う市民でも、Qアノンの主張を信じていることがある。

 Qアノンの信奉者は、どこにでもいる。そしてそれは、米国だけの話ではない。

<追う>

<Qは複数いる?>

・この世界は「ディープステート」(DS)なる影の組織に操られていて、その組織には米民主党のエリートやハリウッドスターらが所属し、彼らは児童虐待や人身売買に手を染め、前米大統領のトランプこそが、人びとを救い出す救世主だ――。

 そんな荒唐無稽な陰謀論を信じ込む集団「Qアノン」。これは2017年10月、後に「Q」と名乗る人物の投稿に端を発する。

・Qの正体は、欧米の研究者やジャーナリストら「Qウォッチャー」が長く気にかけてきた。様々な角度から検証がなされ、「Qは複数いる」というのが定説になっている。

<南アフリカ在住の男、疑われる「動機」>

・それが、8ちゃんの管理人、「コードモンキーZ」。多くの研究者から「Qではないか」と疑われている、ロン・ワトキンスだ。

 ロンは8ちゃん全体の管理人という立場上、スクランブル化されていない実際のIPアドレスのほか、書き込みをした端末情報、書き込みの履歴を見ることができた。言い換えれば、Qの真の同一性を認めることができるほぼ唯一の人物だった。

<科学的に暴く。鍵は「文体」>

・陰謀論集団「Qアノン」が信奉する「Q」の一連の投稿は「Qドロップ」と呼ばれる。そして、それらは複数の人物によるものというのが、研究者やジャーナリストら「Qウォッチャー」の間で主流な見方となっていることは、すでに触れた。

・ロテンらは5千件近くに上るQドロップから、URLや他者からの引用などを除いた一連の文字列を、プログラムが組まれた特殊なソフトウエアに読み込ませた。

・だが、ロテンたちは水面下で、新しい分析に取り組んでいた。それはまさに「Qは誰か」を暴こうとする試みだった。

<「ロンの文章とQドロップに強い類似点」>

・科学的に「Qは誰か」に迫ろうとしたのは、ロテンたちだけでない。その分析結果をよりう確かなものにしようと、フランスの研究者2人も別途、異なる手法で分析にあたっていた。

・ロテンたちスイスチームがQの「容疑者」6人の文章をソフトウエアに読み込ませた一方、カフィエロとカンプスのフランスチームは、その6人を含む13人の文章を人工知能に学習させ、それぞれQの投稿「Qドロップ」と比較させた。Qドロップは10万語以上、比較対象の文章は計1万2千語以上に及んだ。分析するには十分な数だという。

 スイスチームが導いた結論はこうだ。

「Qの投稿者が入れ替わったと考えられる17年12月以降、ロン・ワトキンスの文章とQドロップが圧倒的に似ている。それ以前のQドロップについては、それほど明確ではないが、ポール・ファーバーを初期の投稿者と考えることは合理的に思える」

 フランスチームはどうか。

「ほとんどの期間で、ロン・ワトキンスの文章とQドロップに非常に強い類似点がみられた。ただ、8ちゃん移行以前は乖離がみられ、その期間のQドロップは、ポール・ファーバーと圧倒的に似ていた」

 つまり、違う手法で、別々に分析したにもかかわらず、ほぼ同じような結論が出たのだった。

 最初はファーバーがQとして投稿し始め、その後、ロンに切り替わったのではないか――と。

この分析結果については、協力して分析にあたっていた米紙ニューヨーク・タイムズ(NYT)が最初に報じた。

 私はロンとファーバーにNYTの記事のリンクを送り、「何かコメントはあるか」と聞いた。ロンからは「NYTを読む時間がない」、ファーバーからは「ナンセンスだ」とそれぞれ返事があった。

・一方でファーバーは、自分の文章がQから影響を受けた可能性については否定しなかった。「私たち全員がそうだった。Qの解説をしたり、Qについて書いたりした人たちはみな、間違いなくそのスタイルから影響を受けている。それは間違っていない」

 オリジナルの「Q」、つまりロンから「乗っ取られる」前のQは誰だと、ファーバーは考えているのか。それを問うと、「米軍の幹部クラスの人間たち」という。

 ファーバーはなお、Qを信じている。インタビューでは、ロシアによるウクライナ侵攻について尋ねたが、他のQアノン信奉者と同じように、「ロシアにも侵攻する合理的な理由がある」とか「ウクライナには米軍の生物兵器の研究所がある」とか、そういう主張をくり返した。「Qアノン陰謀論」という言葉については、こう言った。「腹立たしい。ただ、かまわない。私はとても幸せな陰謀論者だ」

<ロストドロップが示すものとは>

・Qの素性を解明しようと試みた調査は他にもある。欧州を主な拠点とする調査報道機関「ベリングキャット」によるものだ。ベリングキャットは、公になっている情報(オープンソース)を精査し、明らかになっていない事実を掘り起こすことを得意とする。

・Qは4ちゃんや8ちゃんに時折、時計や万年筆、街の景色などの画像を意味深げにアップロードしていた。男性らは、その画像に添付されているメタデータを分析し、「Qがどこから投稿したのか」を探った。

<悔いる>

<「8ちゃん」を作った車いすの青年>

・電動車椅子に乗って、彼は自宅の裏口から現れた。

 フレドリック・ブレンナン、28歳。匿名掲示板「8chan」(後の8kun=

くん)を作った青年だ。

 8ちゃんは、陰謀論集団「Qアノン」が信奉する「Q」の主な投稿先だった。生まれた場所が「4ちゃん」なら、「8ちゃん/8くん」は育った場所といえる。

<ゲーマーゲート事件、集った「最悪のユーザー」>

・それは、「Q」の背後にいると疑われている、ジム・ワトキンス、ロン・ワトキンス親子が大きく関わっている。ブレンナンは14年、8ちゃんの運営・管理の権利をワトキンス親子に譲渡し、フィリピンで数年間、親子と一緒に働いていた。

 膨張し続けたQアノンについて、ブレンナンはいま、何を思うのか。

「僕は、集合知というものを信じていた。大勢の人たちがいて、そこに質問を投げれば、きっと 正しい答えを導きだすのだと。でも、ネットの群衆は違った。そこに知恵はなかった。行きつく先は、陰謀論だった」

<「はじき出されて、ここに置き去りにされている」>

・8ちゃんは文章のほかに、誰でも画像を投稿することができる。当然、そのデータ量は膨大になる。ただ、人種差別的なものなど投稿内容のあまりの過激さから、広告はつきづらかった。サーバーを増強しなければ運営できない。

<深まるワトキンス親子との溝>

・フィリピンで働いていたブレンナンだが、8ちゃんの運営方針をめぐり、ワトキンス親子との溝は深まっていく。

・ブレンナンは言う。「Qが誰か、確信している。ロン・ワトキンスだ。初期のQは違うと思う。ただ、Qを乗っ取ることができたとしたら、彼しかない。Qの力を盗みたかったんだろう」

 

・それでは、8ちゃんにおける言論はどうなのかという疑問が浮かぶが、それはここでは取り上げない。フィリピンでは、名誉棄損で有罪になれば刑務所に入れられることもありうる。20年2月、ブレンナンは訴追を恐れ、米国に戻ってきた。

 それから、2年がたった。フィリピンに比べ、米国の介助費用は驚くほど高く、身の周りの世話を気軽に頼める人も少ない。

<闘う>

<「Q」と対峙するジャーナリストたち>

・陰謀論集団「Qアノン」は、多くのジャーナリストや研究者が注目する。

 なぜ、一般には支離滅裂に思える主張を信じるのか。どのようにしてこれほどの規模になったのか。そして、「Q」とは誰か。調べるべき対象は尽きない。

・ソマーは16年から、米国の右翼運動や陰謀論を精力的に取材してきた。後に名が知れ渡る極右団体「プラウドボーイズ」を最初に取材した記者の一人でもある。

・それからもう、4年以上がたった。だが、Qアノンの信奉者がいなくなる気配はない。むしろ米国に、強く根を張っている。

 ソマーはその理由について、トランプや共和党が否定するどころか奨励するような発言をしたこと、ソーシャルメディア企業の対応が遅かったこと、新型コロナウィルスが広がったこと――の3点をあげる。

・Qアノンの主張自体は「小児性愛者の集団がいる」「影の政府が国を操っている」というもので、実際には以前からある陰謀論と大きく変わらなかった。

<Qの解毒剤になるように>

・「Qアノンの人たちの主張は、できるだけ真剣にとらえようと思っている。単純にバカだ、狂っている、とは言いたくない。なぜ、彼らが信じるに至ったのか、それを理解したい」

・現在は幅広く陰謀論をカバーするビューは、Qアノンについて「1800年代の『反メイソン党』に似ている」という。

 米国史上初の第3党で、「フリーメイソンは世界を牛耳る秘密結社だ」という陰謀論を主張の柱とする。1832年の大統領選では8%近くの票を集め、当時、複数の州知事まで誕生した。「ディープステート(影の政府)が芸能界、メディアを支配している」というQアノンの主張と、確かに重なる部分が多い。

 主張自体には大きな目新しさがないQアノンは、なぜ、ここまで大規模になったのか。

<増殖する「QなきQアノン」>

・ビューは、三つの点をあげる。

 一つは、トランプの存在だ。「ワシントンの部外者として大統領になり、支持者は『ヘドロをかき出す』ことを期待していた」。

 二つ目は「ゲーム化」。パソコンの前で謎めいたQの投稿を分析、解読し、その「真実」を広めることで「自分が世界を変えている、大いなる目覚めの一助になっていると感じさせた」。それが、拡大につながったという。

 

・ただ、それから新型コロナウィルスが流行する。それが三つ目だ。「陰謀論者が自宅でパソコンに触れる機会が増え、過激化するのに必要な条件が整った」

 Qは20年12月を最後に、投稿をいったんぱたりとやめた。それでも、陰謀論から抜け出せない信奉者たちは多い。いわば「QなきQアノン」だ。

<怒りに突き動かされて………潜入した女性>

・「私が話したQアノン信奉者の多くは、社会から排除されていると感じていました。自分たちだけの、小さなバブルに入り込んでしまっているんです」

<Qの正体に最も近づいたドキュメンタリー監督>

・「Qの背後には、ロン・ワトキンスがいる」――。それが、3年間で実に1700時間。Qアノン現象を撮り続けたホバックの導いた説だ。

<ロンが口を滑らせた?>

・ホバックは調査の結果として、他の研究者らと同じように「初期のQはロンではない」と考えている。ただ、「ロンが(8ちゃん移行後の)Qと密接な関係にあると、100%確信している」と断言した。

「彼は、Qアノン現象の要だ。Qの背後にいるのは彼だけではないが、彼なしではQは機能しない。ロンが、確かにQの投稿を託していたかどうか。(未解明の)問題は、それぐらいしかないのではないか」

<「Qはトランプだ」>

・この日の集会には、言葉を交わさなくても「Qアノンの信奉者だ」と分かるトランプ支持者もいた。

・「数の力って大事なのよ。家でじっとしているより、一人でも多くこういうところに来て、反対派を圧倒しないといけない。自分たちが『正しい側』だと思うひと、つまり、トランプに支持を示すのが、あるべき姿だと思うのね」

<閉じなかった「パンドラの箱」>

《全体像を把握しているのは、両手で数えられる(10人以下)ほどだ。そのうち、3人だけが非軍人だ》

 陰謀論集団的自衛権「Qアノン」が信奉する謎の人物「Q」は、2017年10月に投稿を始めた5日後に、そんな投稿をした。信奉者たちは、これを「Qの正体」として見る。そして、「Q」はある人物に極めて近いと推測する。それがトランプだ。

<Qアノンと共依存のトランプ>

・トランプはまた、大統領選間近の20年10月の対話集会で、NBCテレビの司会者から「事実無根だとはっきり言い、Qアノンを全面的に否定してもらえないか」と諭された。

 しかし、ここでも「Qアノンについてはよく知らない」とうそぶいた。「彼らが小児性愛に強く反対していることを知っている。非常に懸命に戦っていると。ただ、何も知らない」

 ネット上でも、トランプは積極的にQアノンの主張を広めていた。

<「陰謀論を信じることで、人生に意味を与えられる人が存在する」>

・杉山には、忘れられない専門家の言葉がある。一つは「陰謀論を信じることで、人生に意味を与えられた人が存在する」。もう一つは「陰謀論を信じる人を説得することはほぼ不可能だ」。Qアノンの信奉者は、Qの言説を信じることをよりよりどころとしており、その内容が真実であろうが虚偽であろうが、頭ごなしに否定することは意味をなさない。

 だからと言って、Qアノン関連の動きを一切無視することもできない。

<広がる>

<陰謀論が日本語圏で拡散した「意外な理由」>

・2021年になってから、英語話者の集団では大きな変化が起きた。1月6日に米連邦議会議事堂が襲撃されたことを受け、ツイッター社は「Qアノン」に関連する7万以上のアカウントを凍結。この結果、影響力の大きかった20アカウントのうち、16アカウントからの発信が止まった。

<日本特有の文化「ブログ」が大きな役割>

・ハイタワーによると、日本のQアノンの特徴としてあげられるのは、情報の拡散にブログが活用されていることだ。「米国ではブログ文化はほぼ死んでいる。日本でブログが果たした役割はすごく大きい」

<再び、追う>

<「私はQではない。それが真実だ」>

・ロン・ワトキンス。1987年4月生まれのアジア系米国人。最近まで数年間、札幌に暮らしていた。2021年10月からは拠点を米南部アリゾナ州に移し、連邦下院議員をめざして、選挙活動を続けていた。

・答えはこうだった。「多くの人が僕に聞いてくるけど、答えはいつも同じなんだよね。僕はQじゃない」

<謎めいたロン・ワトキンスの半生>

<まるで「Q」の代弁者>

・「長くQだと疑われている」(CBS)

 「ほとんど主要なQアノン研究者がQだと推測する」(ワシントン・ポスト)

 「Qアノンの主な推進者であり、Qだと疑う人もいる」(ニューヨーク・タイムズ)

 ロンは米メディアで、そのように形容されている。ただ、ロンは取材に対し、Qであることをくり返し否定した。

・また、Qは《小児性愛者による世界規模の秘密結社があり、民主党員や大金持ちが所属する》という主張を一つの柱としているが、8ちゃんには、幼い女の子の裸のアニメ画像が貼られることも多い。Qの投稿先としては、ふさわしくない印象を受ける。

・Q関連の議論は当時、8ちゃん以外のプラットフォームでも活発になっていた。Qの投稿の「解読」に使われ、過激な投稿が相次いでいた匿名掲示板「レディット」は18年9月、「規則違反」を理由に、Qアノン関連の議論の場を閉鎖した。

<復活した掲示板、復活した「Q」>

・20年11月の大統領選が近づくと、Qアノンの信奉者たちは、トランプを勝たせるために必死になった。一方、ツイッターは同年7月、フェイスブック、ユーチューブは10月にそれぞれ、Qアノン関連のアカウントやコンテンツを除去していた。

 ただ、それはごく一部にすぎず、Q現象全体を取り除くことはもちろん、できなかった。そうするには、あまりにも信奉者が増えすぎていた。

<「あなたはQか?」再度の質問に………>

・もう一度聞いてみた。「あなたはQか」ロンは答える。「Qじゃない。Qとは関係ない。Qの投稿を書いたことも一度もない」

・ロンは2020年11月の大統領選当日、Qの投稿先だった匿名掲示板「8くん」(旧・8ちゃん)の管理人を辞めた。5千件近い投稿を続けていたQは、この日以来、5件しか投稿していなかった。

<最後の告白>

・ロンはこの頃、密着を続けるドキュメンタリー監督のカレン・ホバックに、こう告げている。「僕のツイッターを見たら、僕がいま公にやっていることがわかるでしょ。ここ10年近く、毎日、こういうリサーチを匿名でやってきたんだよ。いまはそれを公にやっているだけ」「(Qの投稿期間にあたる)この3年間は、インテリジェンスの訓練のようなものだった。インテリジェンスの仕事をどう進めるのか、それをみんなに教えてきた。それが、僕が匿名でやってきたこと」

 ホバックはこのやりとりを受け、「ロンがQの背後にいる」という自信を深めたという。

・「言葉を使えば、なんでもできるようになる。言葉は、武器になる」。そんなロンのセリフが耳に残っている。

<疑惑は疑惑のままで>

・2022年8月2日、ロンが立候補していたアリゾナ州で、中間選挙に向けた予備選があった。11月の本選で民主党候補と戦う共和党の候補を決める選挙だ。

・結局のところ、「ロンがQだ」という疑惑は、疑惑のままだ。

本人や関係者、研究者らへの取材から「ロンはQだった疑いがある」とは言える。いくら本人が否定しても、「偶然」では片付けられないことが多すぎる。

 ただ、新聞記者として、「ロンがQだ」と断定はできない。それは本人が、なにかしらの物的証拠とともに認めるまで変わらない。

・朝日新聞デジタル用の連載をおおむね書き終えた2月24日、ロシアがウクライナに侵攻を始めた。私は国連担当記者として、今度はそちらに集中することになった。

<Qアノンとウクライナ侵攻>

・ただ、この陰謀論を、Qアノンの信奉者たちは好んで取り入れ、増幅させた。英語圏のQコミュニティーではロシアによるウクライナ侵攻後、「プーチンは世界的な『プランデミック』が再びやってくることを防いだのかもしれない」といった主張が目につくようになった。

「プランデミック」はQアノンの信奉者が好んで使う用語で、「新型コロナウィルスのパンデミック(世界的流行)はディープステート(DS=影の政府)によって計画(プラン)されたもの」という意味を持つ。

・「Qアノンの信奉者は、あらゆることに疑問を抱いている。世界秩序や、現在のシステムを疑っている。プーチンについても『システムを履そう、壊そうとしてくれている』とありがたがっている。トランプの代わりのような存在になっている、と言えるかもしれない」

・「生物兵器研究所を『真実』だと言い、そのメッセージを増幅させる。そうやって偽のシナリオを信じた人たちが、なんらかの行動に出る可能性もある。米議事堂襲撃事件もそうだった。陰謀論はひとを傷つける動機になる。ロシアは、米政府や日本政府に対してなにかしらの行動をするよう個人を動機付けしている、と言うこともできる」

 17年10月、匿名掲示板の1件の投稿から始まった「Qアノン」。この集団を事実上擁護してきたトランプがホワイトハウスから去れば、その運動は縮小するのではないかという予測が、一部であった。それは誤りだった。

<「彼ら」と「私たち」の違いとは>

・「陰謀論を信じることを彼らは選んだ。私たちは選ばない。その間に、いったい何があるのか。それが私のなかで、ずっと考えていることです」

<匿名掲示板>

・また、仮にQが投稿をやめても、Qアノン、あるいはQアノン的な集団がなくなることは少なくともしばらくはありえない。それが考えられないほどに、Qアノンは我々の社会に深く、根を張っている。

 その証拠に、Qが「不在」にしていた1年半の間、Qアノンは消えなかった。

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