エイリアンの来訪が何か邪悪な目的のために政府によって隠蔽されていると主張するのであれば、その人は陰謀論に与していることになる。(1)
(2022/12/17)
『陰謀論 入門』
誰が、なぜ信じるのか?
ジョゼフ・ユージンスキ 作品社 2022/4/28
・多くの人が、アメリカ人はだれよりも陰謀論を信じやすいと非難する。たしかに、アメリカはいろいろな面で例外的な国であり、それを自認するアメリカ人も多いが、陰謀論を信じることは、その中には含まれない。その点においては、われわれはごく平凡なのだ。
<陰謀論はなぜ重要か>
・2018年以降、アメリカはインタ―ネットに厳しい制限を導入しており、これは巨大な(しかしおおむね架空の)性的人身売買組織に対抗するためだとされている。FBIは数年前、「Backpage.com」という、顧客と安全に連絡を取りたいセックスワーカーが多く利用するサイトを押収している。政府は、児童性的人身売買を助長したとしてバックページを告発した。実際には、(1)そうした証拠はほとんどなく、(2)バックページはFBIによる性的人身売買の調査に積極的に協力していたという事実ににもかかわらずだ。こうした児童性的人身売買にかかわる信念の中には、ピザゲートやQアノン理論のようなより極端な陰謀論と結びついて、大規模な児童性的人身売買組織が政府高官によって運営されていると主張するものもある。性的人身売買集団をめぐるこのような陰謀論は、(1)ただでさえ弱い立場にあるセックスワーカーの状況をさらに悪化させ、(2)人身売買業者が大規模な性奴隷事業や児童誘拐を積極的に行なっているという不正確な認識を世間に植え付け、(3)権力側に大々的な権利侵害を行なわせ、(4)個人の集団が、想定される(ときには架空の)人身売買業者に対して嫌がらせや暴力的な威嚇を行なう動機となってきた。アメリカ国内に性的人身売買が存在することは間違いないが、(これは阻止しなければならない)、それに関連する政府の発表には入手可能な証拠以上の内容が含まれており、パニックを引き起こしている。そしてついには、権利の侵害が起こるようになった。
・2017年、ジェームズ・ホジキンソンは、練習に励んでいた米議会議員の野球チームを襲撃し、共和党下院議員スティーヴ・スカリら数人に向かって発砲した。ホジキンソンを焚き付けたのはどうやら、反トランプ陰謀論だったようだ。2018年には、凶悪な性的人身売買組織にまつわる陰謀論に刺激された男性の武装集団が、性奴隷となった子供と人身売買業者を探すために、アリゾナ州の砂漠でパトロールを始めた。件の凶悪な性的人身売買組織は今に至るまで捕らえられていないが、この集団によると、決定的な証拠はすでに見つかっているということだ。
<誤解の多いトピック>
・学者たちの努力により、陰謀論については多くのことが明らかになっており、本書では、現在われわれの知識がどこまで広がっているかを詳細に説明していく。
<陰謀論は以前よりも広く支持されている/陰謀論は増えている>
・また、「今」が陰謀論の全盛期だという主張はまるで正確さを欠いている。記者たちはどうやら、陰謀論の数と、そうした説を信じる人の数と、そうした信念が社会の中でどれだけの存在感を持っているかという論点を混同しているように思える。
<陰謀論とは極端なもの>
・ジャーナリストはとかく、陰謀論とは極端な意見であるとか、極端な政治的イデオロギーの信者たちが唱えるものであると説明しがちだ。たとえば、ニュースキャスターの解説者は、Qアノン陰謀論――小児性愛者からなるディープステート(正当な政府の裏で権力を行使する闇の政府)が、トランプ大統領への妨害工作を行なっているという主張――について、よくそのような言い方をする。
<陰謀論を信じるのは精神的病んでいる人>
・多くのジャーナリストは、陰謀論は精神的な疾患の一種だとみなしている。偏執的、狂気の、妄想的なといった侮蔑的な表現が使われることもある。しかし、陰謀論を何らかの精神病理と結びつける証拠はほとんどない。
<本書で取り上げる内容>
・ここまでの内容でわたしが伝えたかったのは、陰謀論を学ぶことは重要であるということだ。
・わたしはきっと、この集団やあの集団の陰謀論を正当化している、ほんとうの陰謀を陰謀論と呼んでいる、陰謀論者を侮辱している、有力者の広報係になっているといったそしりを受けるに違いない。そうした非難は陰謀論の研究においては日常茶飯事だ。
<陰謀論>
・これと同じように、ドナルド・トランプがロシアと共謀して2016年に大統領選挙を不正に操作したと主張する説は、ムラー報告書の公表以前には陰謀論であり、またムラーによる調査結果を考慮したうえでも、今後適切な認識論的権威によって報告書の内容が覆されない限りは、陰謀論であり続ける。
・「地球平面説」を支持する人たちは、知識を生み出す世界中の機関はほぼ例外なく全人類をだます大規模な詐欺に加担していると訴えている。
・陰謀論を信じるとき、人はそれをひとつの説ではなく、事実として受け止めてしまいがちだ。陰謀論者はよく、自分たちの信念には証拠があるのだから、これは正当なものであると主張する。しかし、その証拠はあるいは、熱心な信者以外には説得力を持たず、とうてい関連分野の専門家を納得させられるようなものではないかもしれない。ディヴィッド・アイクは、数十年という時を費やして、古代から続く人間と爬虫類の支配種の血統が地球を支配しているとの陰謀論の研究に勤しんできた。アイクはこのテーマを取り上げた分厚い本を何冊も出版しており、そのすべてに具体的な証拠がここに示されていると書かれている。アイクの信者たちはこれに納得しているようだが、大半の人たちは、彼の言う証拠に何の感慨も抱かない。なぜなら、人はだれもが証拠を判断する基準を自ら定めるからであり、その基準はまた、対象となる陰謀論によって大きく変わりうる。
・陰謀論やそれに類する言葉には偏見が付きものであり、陰謀論者たちはそれをよく知っている。たとえ自分の唱える見解が明らかに陰謀論とみなされるものである場合でも、“陰謀論者”と呼ばれたい人はそうはいない。だからこそ陰謀論者たちは、陰謀論という言葉は、JFK暗殺にまつわる陰謀論の信憑性を貶めるためのCIAによる陰謀の一環として作り出されたものだと主張してきた。しかしながら、CIAがそうした計画に関与したことを示す証拠はほとんどないし、陰謀論という言葉はケネディ暗殺のずっと前から使われていた。また、ケネディ暗殺陰謀論はアメリカにおいてももっとも広く知られているもののひとつであり、もしCIAが造語によってそうした主張を抑え込もうとしたのであれば、それはまったくお粗末なやり方だったと言えるだろう。
<反証可能性>
・このように、陰謀論は、その誤りを証明することができないものだ。
・オバがマ大統領に就任すると、バーサー(バラク・オバマはアメリカ生まれではないため大統領になる資格がないと考える人々)たちは、彼には出生証明書がないと主張した。オバマが簡易版の出生証明書を公表すると、彼らは原本でなければ意味がないと主張した。出生証明書の原本が公表されると、それはオバマが捏造したものだと主張した。どのような証拠も、頑固なバーサーたちの心を変えることはできなかった。なぜなら、不都合な証拠は理由をつけて排除され、反論は彼らの信念に何の影響も及ぼさないからだ。
<ポスト真実の世界?>
・フェイクニュース、誤情報、偽情報は、とくに2016年のアメリカ大統領選およびブレグジット国民投票以降、重要なトピックとなってきた。
<誤情報>
・誤情報とは、見るからに誤りとわかる情報、あるいは人を誤った信念を受け入れるよう導くような情報のことであり、意図的にも非意図的にも広められる。
<偽情報>
・人を欺くという意図を持って、多くはプロパガンダという形態で広められる情報が偽情報だ。政府はときに、何らかの政治的目的のため、人をミスリードする運動を秘密裏に行なうことがある。たとえば合衆国政府の記録によると、ロシア政府は、2016年の大統領選に至るまでの数カ月間、偽情報を拡散するために動いていた。ロシアの活動の中には「2018年というごく最近に至るまで、合衆国内の不安や、さらには暴力まで煽る野心的な計画」も含まれていた。当然ながら、そうした活動に手を染めた国はロシアが初めてでも、唯一でもない。
<フェイクニュース>
・フェイクニュースは2016年の選挙後に重要なトピックとなり、もっとも正確な定義としては「ニュースメディアのコンテンツの形式を提供した、捏造された情報」ということになる。フェイクニュースは、従来の報道機関に備わっていたファクトチェックや編集者による管理といった「情報の正確さと信頼性を確保する」ための規範をもって作られたものではない。
・フェイクニュースの提供元は数多く、正規のニュースと区別がつきにくい。なぜなら、フェイクニュースの提供者は、権威があるように見せかけるために、従来の報道機関の形態を模倣するからだ。
・ここで指摘しておきたいのは、フェイクニュースという言葉は、政治関係者によって、正当なニュースに対して使われることも多いという点だ。
<未確認動物学>
・未確認動物学とは、動物に関する疑似科学的な研究のことであり、未確認動物学者の研究対象となるのは、生物学者によって実在が証明されていない動物である場合が多い。アメリカでもっともよく知られている例といえばビッグフットだろう。『ビッグフットを探して』、『ビッグフットを殺す』、『ビッグフットに賭けられた1000万ドルの賞金』など、この神話上の生物をテーマとして作られたケーブルテレビ番組は数多い。そうした番組ではしかし、実際のビッグフットやその証拠となるものが発見されたことは一度もない。「ビッグフットフィールド研究者協会」のような、目撃情報の追跡や標本の発見を目指して結成された活動歴の長い団体も、いまだにその目的を果たしていない。ビッグフットを見たという人は大勢いても、実物がここにいると示すことができた人は皆無だ。
・狩猟家たちからはこれまでにビッグフットの体毛と思われるサンプルがいくつも提供されているが、その大半は検査によってクマのものであることが判明している。また、ビッグフットのものかもしれないと言われた数多くの指紋からも、決定的な証拠は見つかっていない。多くの人が、自分の目でビッグフットを見たと証言しているが、分析結果はそうした目撃例はクマがすんでいる場所で発生していることを示唆しており、おそらくはクマをビッグフットと見間違えたものと思われる。
・証拠がないにもかかわらず、ビッグフットを見たと主張する人の数が多いことからは、目撃談や個人的な証言はあまり優秀な証拠とはなりえないことがわかる。人は間違いを犯したり、妄想に陥ったりするものだ。記憶がまわりからの影響を受けたり、誤った記憶を作り出したりしてしまうこともある。
・このほか、未確認動物学の対象となる生物としては、ヤギの血を吸うとされる小型の怪物チュパカブラがいる。目撃例はほぼ世界中に見られるが、おもにメキシコとラテンアメリカに集中している。怪物ネッシーは、スコットランドのハイランド地方にあるネス湖にすんでいると言われる。1933年に最初の目撃情報が公表されて以来、スコットランドの観光業に大きく貢献してきた。その後、ドラゴンや恐竜のような生物が写っているとされる写真は数多く撮影されたが、いずれも本物とは確認されていない。2003年に放映されたBBCのテレビ番組は、ソナービームと衛星追跡を用いた湖の徹底的な捜索を記録しているが、ネッシーの痕跡はいっさい見つからなかった。
ビッグフット、チュパカブラ、湖の怪物は、それ自体が陰謀論というわけではない。
<超常的な現象>
・超常的な現象は、陰謀論にまつわる議論に含まれることも多いが、それ自体は陰謀論の定義を満たしていない。超常現象は「疑似科学の一部」ではあるが、「ほかの疑似科学との違いは、その現象について、確立された科学の境界を大きく超えているとされる説明に依存していること」だ。そうした現象とはたとえば、超感覚的知覚(ESP)、テレキネシス、ゴースト、ポルターガイスト、死後の世界、生れ変わり、信仰による癒し、人間のオーラなどを指す。これと対照的なのが、超常的ではない現象に対する疑似科学的な説明であり、同じように非科学的であっても、こちらは観測可能な現象に、無理矢理にではあっても何らかの説明をつけようとするものだ。
・ゴーストとは、生きている人が感じとることのできる死者の本質のことだ。ゴーストの存在を信じる気持ちは、信者の魂には死後、永遠の命が与えられるとする宗教的な教えにとっては都合がいい。ひとつ目の問題は、そもそも魂が存在するという証拠はなく、死後に魂が人のエッセンスをここではない別の領域、たとえば天国や地獄や、その他のどこかに異動させるという証拠もないということだ。
・死後の命というのは、魅力的な概念ではある。自らの死を恐れている人、永遠に生きたいと願う人、愛する人を失うことに耐えられない人にとってはとくにそうだろう。人々は毎年大金を支払って、ジョン・エドワードや、テレビ番組『ロング・アイランド・ミディアム』に出演するテレサ・カプートといった霊媒師を通して、亡くなった家族とコンタクトを取ろうとする。しかし、そうしたチャネラーたちが、制御された科学的条件下において自らの能力を証明できたことはなく、彼らが行なう死者との“コンタクト”は、あの世とのつながりというよりは、豊富な経験に基づく推測、あるいは事前に調査による産物であるように思われる。このほかよく耳にする主張としては、リインカーネーション、信仰療法、体外離脱といったものがあるが、これらはいずれも制御された科学的条件下においては実証されえない。
・超自然的な信念は必ずしも陰謀論的な性質を持つものではないが、多くの陰謀論には超自然的な要素が含まれている。超自然的という言葉を、わたしは神、天使、悪魔、運命、因果といった自然でない力に関するという意味で使っている。たとえば「セイラムの魔女裁判」は、超自然的な要素を陰謀論に混ぜ合わせて、女性たちが悪魔と共謀していると非難したものだ。
・エイリアンを信じる気持ちは、その人がエイリアンをどのような概念だと考えているかによって、超自然的なもの、超常的なもの、そして疑似科学的なものに分けられる。エイリアンが地球を訪れて大勢の人々を拉致したと信じるのは、そうした証言は証明が不可能である以上、疑似科学である。一方で、宇宙のどこかにはおそらく何らかの生命体が存在するだろうと主張するのは、科学的な態度と言える。エイリアンの来訪が何か邪悪な目的のために政府によって隠蔽されていると主張するのであれば、その人は陰謀論に与していることになる。
<まとめ>
・用語の定義は常に重要だが、陰謀論を論じる際にはとくにそうだ。なぜなら、使用する用語によって、われわれがその理論にその程度の正当性を与えるかが示されるからだ。陰謀という言葉の使われ方はさまざまだが、本書においては、有力な個人からなる少人数の集団が、自らの利益のために公共の利益に反して極秘裏に行動していることを指す。そして陰謀論とは、有力な個人からなる少人数の集団が、自らの利益のために、公共の利益に反して秘密裏に行動した/行動している/行動するだろうという、信頼に足る証拠なく対象を非難する認識のことを指す。
<ケネディ陰謀論への支持>
・アメリカでもっとも安定した支持を得ている陰謀論といえば、おそらくケネディにまつわるものだろう。50年以上にわたって、アメリカ国民の50パーセント以上が、この陰謀論のいずれかのバージョンを信じてきた。一部の世論調査では、ケネディ暗殺陰謀論を信じる人は80パーセント近くに達している。これはアメリカだけの現象ではない。たとえば2017年にフランスで行われた調査は、同国民の50パーセント以上がケネディ暗殺陰謀論のいずれかのバージョンを信じていることを示している。
・大半の調査では回答者に対し、陰謀あるいは隠蔽工作が行なわれたと思うかを尋ねている。このような質問に対しては、暗殺にまつわる何らかの陰謀説を信じてさえいれば、だれでも肯定的な答えを返すことができる。これに続けて、だれがケネディ暗殺の陰謀を企てたのかと尋ねれば、実にさまざまな答えが返ってくる。CIA、フィデル・カストロ、マフィアが関与していると考える人もいれば、わからないという人も少なくない。要するに、ケネディ陰謀論信念の標準的な測定結果とされるものは、いくつもの互いに相容れない陰謀論を信じている人の数を合わせたものだということになる。ふたつ目の理由は、JFK暗殺陰謀論があらゆる文化の中に浸透していたことだ。この陰謀の謎を解くことを目的として、数々の映画、TV番組、書籍が作られてきた。そうしたすべてが合わさって、ケネディ暗殺の陰謀信仰を再生産する文化を作り出している。ケネディにまつわる陰謀論を信じる人があまりに多いせいで、若い世代は例外なく大人になる過程でそれらに触れる機会を持ち、陰謀信念が根付いていく。
<異星人陰謀論への支持>
・第ニ次世界大戦以降、アメリカ人は、異星人やどこか別の世界からやってきた存在に魅了されるようになった。そうした思い入れが生まれるきっかけとなったのが、1947年にニューメキシコ州ロズウェルに異星人が乗った宇宙人が不時着したとされる事件だ。数十年がたつうちに、この話は奇妙で、複雑に込み入った、陰謀めいたものになっていった。米軍は、ロズウェルの砂漠ではおかしなものは何も発見されなかったと繰り返してきたが、陰謀論者たちは、軍は異星人の宇宙技術、遺体、武器を回収したと主張している。この事実からは、陰謀論的な物言いは、地面の上に棒とアルミホイルがあるという程度のことで爆発的に広まることがわかる。
・たとえば、1997年のCNNにによる世論調査の結果は以下の通りだ。
質問に回答した成人1024人のうち、4分の3近くが、自分はUFOを見たことがなく、見たことがある人も知らないと答えた一方で、54パーセントが、地球外に知的生命体が存在すると信じていた。回答者の64パーセントが、異星人は人類に接触したことがある、半数が、異星人は人類を誘拐したことがある、37パーセントが、異星人は合衆国政府に接触したことがあると答えた。
・これらは異常に高い数字であり、おそらくは世論調査にミスがあったか、この時期に人気を博していたTV番組『X-ファイル』の影響によって、異星人への興味が高まっていたものと考えられる。ひとつ重要な点は、調査の質問が一般的なものになるほど、引き出される同意のレベルは高くなるということだ。たとえば、宇宙のどこかに何らかの生命体が存在するかと聞かれた場合、これに同意するアメリカ人は約60パーセントにのぼる。しかし、より具体的な、たとえば、われわれに似た人間が宇宙のどこかに存在するかという質問をした場合、同意するアメリカ人は約40パーセントに過ぎない。異星人に拉致された、あるいは拉致された人を知っていると答えたのは、無視できるほどではないものの、ごく少数であった。
・異星人の存在を信じる気持ちは、程度の差こそあれ、世界中に浸透している。2005年には、地球外生命体が過去のどこかで地球を訪れたことがあると思うかという質問に対して、アメリカ人の24パーセント、カナダ人の21パーセント、イギリス人の19パーセントが思うと答えている。欧州数カ国とアルゼンチンを対象に2016年に実施された世論調査は、回答者に「人類は異星人と接触したことがあり、この事実は一般市民から意図的に隠されている」という内容に同意するか、しないかと尋ねている。同意すると答えたのは、アルゼンチン人の25パーセント、ポルトガル人およびイタリア人の11パーセント、イギリス人の9パーセント、ポートランド人の8パーセント、スウェーデン人およびドイツ人の6パーセントだった。
・爬虫類人エリート陰謀論は、政府が人間以外の生命体との接触を隠蔽していると非難するのみならず、次元を移動したり、姿かたちを変えたりすることができるトカゲたちが、ひそかに地球を支配していると主張するものだ。イギリス人のデーヴィッド・アイクが提唱したこの陰謀論は、世界各地での講演のチケットが売り切れるほどの注目を集めているが、熱烈な人気を博す一方で、あまり幅広い支持は受けていない。
<移民陰謀論>
・ここで話題を、宇宙からやってくる生命体から、外国からやってくる人たちに移そう。移民の周囲にはいくつもの陰謀論が引き寄せられてくる(その多くが外国人嫌悪、人種差別、自分たち以外の存在に対する生来的な不安に結びついている)。2018年に行なわれたアメリカ人を対象とした世論調査では、55パーセントが、政府は移民のために納税者や社会が負担する真のコストを隠していると考え、41パーセントが、移民に反対する声を上げる者は「沈黙の申し合わせ」によって罰せられていると認識し、40パーセントが「過去20年間、合衆国政府は移民政策を通じて、意図的にアメリカ社会の民族的多様性を高めようとしてきた」という意見に同意していた。アメリカ人の中には、多様性はコストのかかる強制された計画であるという強い意識がある。
<経済陰謀論への支持>
・経済学にまつわる陰謀論はいくつもある。経済学は素人にはとかくわかりにくいものであり、だからこそ、経済的成果に関しては、教科書的で複雑な説明よりも、陰謀論による説明の方がはるかにとっつきやすい。イスラエル、スイス、アメリカの回答者を対象としたある研究において、いくつかの異なる経済現象について質問したところ、陰謀論的な見解を受け入れている人の数は、「教科書的な」経済学の見解を受け入れている人と同程度であることがわかった。
<まとめ>
・陰謀論や特異なものへの信念が一般市民の間にどの程度広まっているかを測るうえでは、おそらくは代表的サンプルによる世論調査が最適な方法であると思われる。
・世論調査には確かに問題もあるが、ここで紹介した数多くの調査結果は、だれもが少なくともひとつの陰謀論を信じていることを示唆している。そして一部には、数多くの陰謀論を信じている人たちもいる。陰謀論の中には多くの支持者を集めるものもあるが、大半はごく少数の興味を引くだけだ。また、陰謀論としてよく知られている一方で、世論調査ではさほど支持を得られていないものもある。
<まとめ>
・心理学者は、陰謀論やその他の特異なものへの信念に関連する多くの要因を特定している。その要因は、認知的要素、性格的特性、心理学的条件の三つのカテゴリーに分類される。そうした要因は、具体的にどのような人が、陰謀論に触れたときにそれを信じる可能性が高いのかを明らかにすることができる一方で、そもそもの段階で人を陰謀論に触れさせる、より広範な社会的・政治的な要因までは考慮されていない。
<陰謀論の政治学>
・陰謀論はそもそも政治的なものだ。陰謀論においては、権力を持っている人間と、その権力がだれも見ていないところで何に使われているかに焦点が置かれる。たとえば爬虫類人間陰謀論でさえ、重要な真実が世間から隠されている/権力が秘密裏に、謎めいた関係者によって行使されている/その関係者はわれわれに危害を加えようとしているといった、政治的な主張を持っている。
<権力の座>
・権力はどこに存在するのだろうか。イルミナティ、フリーメイソン、ビルダーバーグ会議、スカル・アンド・ボーンズなどの組織が、ひそかに権力を持ち、これを濫用していると非難する陰謀論は数多い。著名な陰謀論者であるイギリスのデーヴィッド・アイクは、数千年前に異次元からやってきた爬虫類のエリートが、人類と交配したと主張している。アイクによると、あらゆる国、政党、王室、企業のリーダーは、爬虫類と人間のハイブリッドであるという。このバカバカしい説は、政治や経済のエリートたちは人間でさえないと示唆しているのだ。これは、反ユダヤ主義者が歴史的に主張してきたユダヤ人観とよく似ている。
・アイクがまず提示するのは、「邪悪なファミリーのネットワーク」が人類をひそかに支配しているという、やや平凡な主張だ。
共和党と民主党、またこれに相当する世界中の政党は、ひそかに社会に張り巡らせた網である「多国籍企業」組織を介して、イルミナティの血統によって所有されている。………選挙でだれが「勝つ」にせよ、ロスチャイルド・イルミナティのネットワークが………政府を動かしている。
ただし、アイクがこのネットワークの権力を握る主体として挙げているのは、さほど平凡な存在ではない。それは“人間ではない”爬虫類のエリートだ。
・イルミナティの血統は、人類と爬虫類のハイブリッドであるということに、わたしは確信を持つようになった。……ロスチャイルド家とその血族ネットワークが執拗に、絶え間なく交配を繰り返すのは、彼らが自身の「特別な」遺伝的特徴を保持しようとしているからだ。これは一般人と交配すればすぐに薄まってしまうだろう。………人間社会をひそかにコントロールしている爬虫類族は、この次元と非常に近い次元から来ているが、そこは可視光線の範囲を超えており、そのためわれわれには見ることができない。一方、彼らは可視光線の範囲に入ったりそこから出たりすることができ、また地球内部には爬虫類族の“都市”や基地が存在する。軍の最高機密の地下基地には、そこにつながっているものもある。ロスチャイルド家のようなハイブリッドの血統は、地上の可視光の範囲内で爬虫類人の計画に奉仕している。
・アイクが唱える爬虫類エリート論は、世論調査においてはさほど支持されていないものの、文化的には大きな影響力を持っている。小規模なアリーナで行なわれる一日がかりのイベントは、チケットが売り切れることもしょっちゅうで、アイクは聴衆に、ダンスをして陰謀を吹き飛ばそうと呼びかける。
<党派的陰謀論>
・人によっては、権力構造全体を非難する陰謀論に熱意を注ぎ、陰謀の主体がどこに所属しているかについてはあまり問題にしない場合もある。ジム・マーズのようなそうした陰謀論者にとっては、党派性も策略のひとつに過ぎない。
外交問題評議会のような秘密結社が、民主党と共和党の両方でリーダーシップをとっているため。第ニ次世界大戦以降、アメリカの外交政策に大きな変化はなかった。両党を支配するグローバルエリートは、グローバリストの目標に沿わない人物が大統領にならないよう手を回している。エリートのグローバルアジェンダの基礎である永続的な戦争状態にアメリカを置くために、あらゆる努力が払われている。
・「フリーメイソンやその他の友愛団体」は、一般には党派性を持たないと考えられている。共和党支持者も民主党支持者も、同程度の割合でこの選択肢を選んでいた。党派主義的な選択肢に比べて、フリーメイソンに対する懸念を表明した人は非常に少なかった。これが示唆しているのは、少なくともアメリカにおいては、党派主義的な対立が陰謀信念の重要な要因であり、フリーメイソンのような集団が陰謀にかかわっていると考える傾向はどちらの陣営でもほぼ同程度であるということだ。
<1パーセント>
・アメリカでは多くの人たちが、1パーセント理論は陰謀論とは言えないと考えている。彼らは、1パーセントの人たちがほんとうに経済や政府、あるいはその両方を支配していると確信している。しかし、この考えは経済や政治を研究している認識論的権威によって真実であると証明されたわけではない。経済学者は、少人数の集団によって経済が支配されていると唱える説を陰謀論に分類している。政治学者は何十年も前にそうした説に疑義を呈している。そして、正式な経済学や政治学の教科書で、1パーセント理論を事実として提示しているものをわたしは見たことがない。
<陰謀論は敗者のもの>
・アメリカの選挙においては、どちらの陣営も同程度に、相手側が不正によって勝利を得ようとするのではないかとの疑念を抱く。しかし、勝者が発表された後、不正を主張する陰謀論を唱えるのはほぼ敗者側に限られる。
<まとめ>
・陰謀論は権力の使用と濫用に言及する。故に陰謀論は政治的意見であり、ほかの政治的意見とほぼ同様に理解することができる。
<トランプ大統領、インタ―ネット、陰謀、陰謀論>
・2016年のアメリカ大統領選挙が、近年のほかの大統領選と異なっていた点は、陰謀論をもとに選挙戦の論争が繰り広げられたことだった。候補者たちは相手方のことを、遠大な陰謀に関与している、あるいはあやしげな陰謀論を広めていると非難した。
<ドナルト・トランプの大統領出馬>
・選挙戦を通じて、トランプは、選挙では不正が行なわれるとの主張を繰り返し、予想外の勝利を収めてから何カ月もたったあとでさえ、あの選挙は何百万もの不法投票者によって汚されていたと言い続けた。
・破壊的な候補者であるトランプは、党の主流派の土俵では勝負することができなかった。彼は公職に就いたことがなく、党の主流路線を超越した政策概念を持っていた。共和党エリートにとって好ましい候補者ではなかったし、支持も比較的少なかった。成功するためには、トランプは党の主流から外れた支持層を動員するレトリックスタイルを構築しなければならなかった。
トランプが採用した解決策は、われわれが「陰謀論政治」と呼ぶものだ。知名度の高い政治家が陰謀論を唱えた場合、一般的には、主流メディアや党上層部からあざけりや罵声を浴びさせられる。しかしトランプには、ありきたりのやり方で権力の座に就くつもりはまるでなかった。彼は陰謀論を利用して破壊の政治を実践し、従来の政党ネットワークから外れた、無数の非伝統的なイデオロギー集団の中に支持層を築くことに成功した。
・2016年の候補者の中で、陰謀論を選挙戦で大々的に活用したのはトランプだけではない。前章でも言及したバニー・サンダースは、「不正操作」という言葉を頻繁に使い、自分が敗北したときには相手側が不正を働いたと主張し、「1パーセント」が政治・経済システム全体を不正操作しているというアイデアに基づいて選挙戦を戦った。サンダースもドナルド・トランプも、それぞれの党の予備選挙で獲得した票は全体の40パーセントだったが、トランプは、ほかの共和党候補者20人が残りの票を分けあったおかげで勝利することができた。陰謀論政治はまた、ブレグジット投票にも見ることができる。いくつもの陰謀論が、「離脱」への投票を促すために利用された。そして当然ながら、EU離脱に投票したイギリス人の方が、残留に投票した人たちよりも陰謀論を信じる傾向が強かった。
<トランプ=ロシア陰謀論>
・ヒラリー・クリントンは、民主党の予備選挙でバーニー・サンダースを破り、選挙戦本番に臨んだが、トランプと戦ううえではときに陰謀論を利用した。ドナルド・トランプは陰謀論者なのだから大統領には相応しくないと発言しながら、一方で、クリントンは、トランプがロシアの重大な陰謀にかかわっていると主張した。「トランプは何かを隠している。それが何であるか。われわれはこの先ずっと推測し続けることになるだろう」。大統領選の討論会で、クリントンはそう述べている。
・興味深いのは、トランプがロシアの陰謀にかかわっていると考えていたのは民主党支持者だけではなかったことだ。政府関係者も、どうやら2015年という早い時期からこれを信じていたようだ。現在、トランプ=ロシア陰謀論の起源についての調査が行なわれており、この説はどのように始まったのか、政府内のだれがこの説に基づいて行動し、トランプ関係者を盗聴していたのか、また、政府は選挙運動中にトランプを「スパイ」していたのかどうかに焦点が当てられている。
・ロシアと共謀したアメリカ人は存在しないというムラーの調査結果は、トランプ=ロシア陰謀論を取り上げた主流報道の一部が、いかに現実離れしたものになっていたかをよく示している。利益という動機が、トランプ=ロシア報道の多くには見てとれる。
・トランプ=ロシア陰謀論にまつわるエピソードは、たいそうな皮肉を含んでいる。民主党のエリートたちは、選挙が不正操作されるというトランプの主張に対し、そんなことはありえないと主張していた。にもかかわらず、自分たちが負けると、今度はすぐにその敗北を、選挙を不正操作する巧妙な計画のせいにしたのだから。
<モラルパニックと金銭的インセンティブ>
・アメリカ合衆国をはじめとする多くの国では、ここ数年間、政治におけるソーシャルメディアの役割が懸念されてきた。ドナルド・トランプの当選、ブレグジット投票、世界中で起っているポピュリズムへの傾倒は、インタ―ネット、とりわけソーシャルメディアに原因があると言われている。新たなコミュニケーション技術は、陰謀論の拡散にどのような影響を与えているのだろうか。民主主義を守るために、政府がソーシャルメディアを規制する必要があるのだろうか。
<インタ―ネットが悪いのか>
・インタ―ネットやソーシャルメディアはほんとうに、陰謀論、疑似科学、ヘイトスピーチ、人種差別、過激主義などの巣窟になっているのだろうか。陰謀論的な物言いが新たな形ではびこるようになったのは、インタ―ネットのせいなのだろうか。陰謀論を含むおかしなものを人が信じる原因をインタ―ネットに求めるのは、あまりに簡単だ。なんといっても、おかしなものはインタ―ネットでは簡単に見つかるのだから。
<インタ―ネット上では権威ある情報の方が強力>
・既存の証拠は、インタ―ネットは一部の人たちが考えているほど陰謀論者に有利に働くわけではないことを示している。陰謀論を主張するサイトは数多いが、そうしたものを探し出そうという傾向をもとから持っていない限り、人がそれを見つけることはない。つまり、大半の人にとって、陰謀論に触れる場は主流のサイトである可能性が高い。
<どうすればよいのか>
・大半の陰謀論は無害だが、一部には健全な懐疑心を不健全なレベルにまで高めている陰謀論や陰謀論者も存在する。その結果、ときには暴力が発生する。陰謀がしつこく主張されることによって、民主主義が阻害されることもある。自分の敵対者が自分の対する陰謀を企てていると思い込んでしまえば、交渉は不可能になるかもしれない。そのコストを知ったうえで、陰謀論の禁止を求める声もある。
・これまでの議論ではずっと、政府こそが、陰謀論と実際の陰謀の両方を提供する最大の主体であるという事実が見過ごされてきた。もし政策立案者が、陰謀に与することのない、よりオープンで透明性の高い政府を掲げるなら、そしてもし政治家が大衆を操る手段として陰謀論を広めることがなかったならば、人はそもそも陰謀論の必要性をさほど感じなくなるのかもしれない。政府や政治家が自らの行ないを改めてくれればすばらしいが、陰謀論の場合と同じように、スケープゴートを作る方がはるかに容易なのだ。
<まとめ>
・教育は常に優先されなければならない。批判的思考を持つよう人に教えることは、よりよい信念につながる。また、たとえ専門家と意見が対立する場合でも、専門的知識は尊重すべきだ。政治的な透明性と説明責任は、陰謀論による度を越えた影響を緩和することはできても、陰謀論をなくすことはできない。れわれはまた、陰謀や陰謀論に与することのない政治家を選ぶ必要がある。
<訳者あとがき>
・著者は陰謀論をテーマとした論文を数多く発表している精力的な研究者であり、本書についてのレビューにおいては、「この分野についてだれよりもよく知っている」人物であると評されている。
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