地政学上、ロシア、ウクライナという当事国のみならず、日本の安全保障、さらには第ニ次世界大戦以降、築かれてきた国際秩序の行く末をも左右しかねないというのが、ウクライナ侵攻の本質的な位置づけである(1)
(2023/6/14)
『新・図解 地政学入門』
世界の「今」を読み解く!
高橋洋一 あさ出版 2022/12/15
・よりよい、より広い土地を巡る戦争の歴史=「地政学」を見れば、過去・現在・未来の各国の野心と日本の立ち回り方がわかる!
地政学とは「世界の戦争の歴史を知ること」だ。
・すべての戦争には、地理的条件による各国なりの「切実な事情」が絡んでいる。
<地政学>
・なぜ、ロシアはウクライナに侵攻したのか。ロシアの「切実な事情」とは何か。
・そもそも地政学とは何か。本文でも詳しく話すが、ひと言で言えば地政学とは「世界の戦争の歴史を知ること」だ。
地球上のどんな位置にあり、どんな地理的危機にさらされ、あるいは地理的好機に恵まれながら発展してきたか。
地理的条件によって、一国の危機意識も戦略思考も何から何まで変わる。その国の性格、俗に「国民性」「お国柄」などと呼ばれるものの根幹にも、地理的条件が大きく関わっているといっても過言ではない。
これら危機意識や戦略思考が目に見える形で現れるのが、戦争だ。
置かれた地理的条件によって、それぞれの国の生き残りや発展をかけた野心が生まれ、そこから、さまざまな戦争が起こってきた。
<ロシアから見た世界――肥沃な土地と不凍港が欲しい>
・ロシアの国として原型は、9世紀末、主に東スラブ人が現在のウクライナ首都の周辺に築いたキエフ公国である。
キエフ公国は着々と国力を高め、10世紀末に最盛期となるが、13世紀前半、モンゴル人の侵攻を受けて征服される。
・これほど巨大な領域を占めながらも、ロシアの拡張路線が止まることはなかった。
なぜかといえば、北極海に面した領土では豊かな農耕などかなわず、冬ともなれば港も凍りついて使いものにならないからだ。ロシアはただただ肥沃な大地と凍らない港(不凍港)を求めて、南方への野心をたぎらせていたのである。
・これからロシアが関わった戦争を見ていくが、どの戦争でも、とにかく南に進出したいロシアの野心がよくわかる。
・また、1917年にはロシア革命が起こり、ロシアは世界初の社会主義国家・ソ連になった。
これが第ニ次世界大戦後の東西冷戦の元となる。
・クリミア危機(2014年)、ウクライナ侵攻(2022年)には、ソ連が崩壊しロシアとなった今でも、西欧諸国との押し合いは続いているということが端的に現れている。
<ロシアの主な戦争の歴史 1768年~>
1768年: 第一次ロシア・トルコ戦争 ふたたび南下政策が活性化したロシアが、オスマン帝国へ侵攻。
1787年: 第二次ロシア・トルコ戦争 ロシアが併合したクリム・ハン国をめぐる争いが発端。孤立無援となった、オスマン帝国がロシアに屈せざるをえず、ロシアのクリミア半島領有権を認める。
1804年: 第一次イラン・ロシア戦争 中東方面への南下政策の一環として、ロシアがイランに侵攻。
1812年: モスクワ遠征 ナポレオン戦争の一環。
1826年: 第二次イラン・ロシア戦争 アルメニアの領有権をめぐって始まった戦争。
1853年: クリミア戦争 もとは、断続的に続いているロシア・トルコ戦争の一種。
1856年: アロー戦争 直接関わってはいないが、南下政策を諦めきれないロシアが、東アジア方面へと目を向けるきっかけとなった。
1877年: 露土戦争 この戦いで、オスマン帝国は大きく弱体化。
1904年: 日露戦争 ふたたび東アジアに目を向けたロシアと日本の利害がぶつかった戦争。日本に敗戦し、東アジアへの進出を諦めざるをえなくなった。
1914年: 第一次世界大戦
1939年: 第ニ次世界大戦
1991年・2014年: ソ連崩壊とクリミア危機
2022年: ウクライナ侵攻 ウクライナのNATO加盟を防ぎ、ロシアに組み込もうと始まった戦争。「ウクライナはロシアにすぐ占領されてしまうだろう」という見方が大半だった中、長期戦となっている。
<ロシア・トルコ戦争とポーランド分割――帝国の完成>
・不凍港や肥沃な土地を求めて南下したいロシアと、それを食い止めたいオスマン帝国との戦いは、16世紀から繰り返されてきた。ロシア帝国成立後も、じつに200年もの間、断続的に繰り返されてきた。
まずここで取り上げるのは、1768年の第一次ロシア・トルコ戦争の前段から1787年の第二次ロシア・トルコ戦争までの流れである。
・エカチェリーナ2世の時代となったロシアでは、ふたたび南下政策が活性化し1768年、オスマン帝国への侵攻が始まった。
これが第一次ロシア・トルコ戦争である。
結果、勝利したロシアは、キュチュク・カイナルジャ条約によってオスマン帝国領だったクリム・ハン国の保護権とともに、ボスポラス海峡とダーダネルス海峡の商船通行権などを得た。
・第二次ロシア・トルコ戦争は、ロシアが併合したクリム・ハン国をめぐる争いが発端となった。
・こうして1787年、第二次ロシア・トルコ戦争の戦端が開かれた。
この戦争では、オーストラリアがロシアを支持し、イギリスとスウェーデンがオスマン帝国を支持した。
しかし、オスマン帝国の深くにまで軍を進めたロシア軍の勢いを前に、イギリスとスウェーデンは手を引く。結果、孤立無援となったオスマン帝国はロシアに屈せざるをえず、ヤッシー条約によってロシアのクリミア半島領有権などを認めた上、さらに領土を削り取られることになった。
勢いに乗ったロシアだったが、そんな折の1789年、フランス革命が起こる。王政をひっくり返す革命の余波を恐れたロシアは、オスマン帝国との戦争を中断し、講和したのだった。
この第一次・第二次ロシア・トルコ戦争と同時期に行われたのが、1772年、1793年、1795年の3度にもわたる「ポーランド分割」である。
ロシア、プロイセン、オーストリアが、領土拡大を図ったのだ。
最後の分割後にはポーランドに残された領土はゼロ、つまりポーランドという国そのものが消滅してしまった。
<「引いたら押される」が常識の国際政治>
・ここまで、中国、ロシア、ヨーロッパ、アメリカの4つの切り口から、戦争の歴史を概観してきた。戦争は「より広い土地、よりよい土地が欲しい」という一点に集約される。言い換えれば、国家は「より多くの富」を求めて、領土拡大を渇望してきたのだ。
・今いる土地だけでは狭すぎる。今いる土地でとれる作物だけでは足りない。だから、ほかの人たちが住んでいる土地も欲しくなる。「ください」といって得られないことはわかっているから、力づくで奪おうとする。
・とはいえ国際社会の基本姿勢は、今や「不戦」になっている。
・つまり、戦って自分を守るためではなく、戦わずして自分を守るために、しっかり武装しておくということだ。
こちらの実力を軽く見積もられたら、相手は「勝機あり」と見て先制攻撃をしてくるだろう。言ってしまえば「なめられたら攻められる」――えげつない論理でがあるが、これが国際政治の現実なのだ。
だから、他国の脅威を感じている国は軍備を整えて、「こちらに手を出したら、痛い目を見るのはそちらだよ」と示す。同盟国を作り、「こちらに手を出したら、同盟関係にあるA国やB国などと手を組んで反撃するぞ」と匂わせる。
こうした牽制効果により、お金も人も浪費する戦争を避けようとしてしているのが、今の国際社会の趨勢だ。
<地政学的リスクで考えれば明確すぎる「集団的自衛権」の是非>
・同盟とは、持ちつ持たれつの関係だ。「同盟国が迫られたら力になる」という約束を相互に交わさなければ成り立たない。
・1000人以上の戦死者を出した軍事衝突を「戦争」と定義した場合、第ニ次世界大戦以降、地球上では39の戦争が起こってきた。その39回のうち、じつに15回がアジアで起こっている。現代のアジアは、紛れもなく世界の中でもっとも戦争が多い地域なのだ。
・これまでも触れてきたように、民主主義国家同士では戦争が起こりにくいという国際政治の理論がある。つまり、アジアで戦争が多いのは、アジアには民主主義国家が少ないから、といえるのである。
第ニ次世界大戦以降、民主度の低いアジアは、戦争が多い地域になっている。しかも日本の周りには戦争関与国が多い。
これには、アジアではないが、非民主主義国のロシアも含まれる。
・日本では「個別的自衛権ならいいが、集団的自衛権はダメ」という主張も見られるが、まったく筋が通らない。
国際常識では集団で守り合うことが自衛権の前提となっており、「個別」と「集団」の区別なく「self-defense」といわれている。逆に言えば、集団的自衛権を否定することは、自己防衛の権利や可能性すら否定するも同然である。
・「民主主義国家同士は、まれにしか戦争をしない」という民主的平和論を実証したものだ。
この本によれば、同盟関係の強化は戦争リスクを減少させる。
より具体的にいえば、
・きちんとした同盟関係を結ぶことで40パーセント
・相対的な軍事力が一定割合増すことで36パーセント
・民主主義の程度が一定割合増すことで33パーセント
・経済的依存関係が一定割合増加することで43パーセント
・国際的組織加入が一定割合増加することで24パーセント
というパーセンテージで、戦争リスクが減少するという。
・外交とは、ひと言でいえば「安全保障」と「貿易」について話し合うことである。
・一部の野党のいっていた、集団的自衛権の行使は戦争リスクを高めるというのは、過去の戦争データを見れば、ウソであり、国際社会では恥ずかしい意見である。
もう一度いうが、ウクライナ侵攻を受けてNATO加盟を申請したフィンランドとスウェーデンに対しても同じことがいえるかどうか、よく考えてみればいい。
・こういう人たちは、集団的自衛権と集団安全保障の違いをまったく理解していない。その程度の理解で、集団的自衛権の行使を批判するのであるから、お里が知れるというものだ。
集団的自衛権は、各国が行使する自衛権であり、集団安全保障は国連が行使するものだ。国連の集団安全保障の行使の前には、各国の自衛権で対処せざるをえないので、各国の集団的自衛権は、国連の集団安全保障までのつなぎの措置だ。
これは、国連の集団安全保障が警察、集団的自衛権が個人の正当防衛に対応していると理解すればわかりやすい。
PKO(国連平和維持活動)は、その名のとおり、国連の集団安全保障である。これでわかるだろう。安保法に反対していた識者やマスコミは、警察活動と個人の正当防衛の違いすらわかっていないのだ。
その程度の知識しかない人は、やはり間違っている。
集団的自衛権を行使すると戦争リスクが高まると主張する人も多いようだが、どんなデータや数値を元に言っているのか教えてほしいくらいである。
・集団的自衛権は、日本を戦争に駆り立てるものではない。むしろ正反対で、強い同盟関係を作っておくことで牽制効果を高め、戦争を回避するものととらえるべきだ。
まだまだ「より広い、よりよい土地」を求め、実力に訴える可能性がある国に対し、信頼できる同盟国とともに集団で守り合う姿勢を「見せる」ことは、自己防衛の基本なのである。
<日本にとって最大の脅威は、やはり中国>
・第ニ次大戦以降、アジアは最大のリスク地帯。その只中にある日本にとって、最大の脅威となる国はどこか。
「赤信号」が灯っているのは中国と北朝鮮であることは、いうまでもない。
・その上、中国の漁民には「疑似海軍」という一面もあるといわれている。
厄介なのは、内実は海軍も同然であっても、表向きが漁民では軍事的に対応することができない点だ。要するに、「漁民」であることを隠れ蓑に、彼らは中国政府から海軍に匹敵するような任務を与えられている。そう懸念されているのである。
たびたび触れてきた「民主的平和論」に従って考えても、やはり中国は民主主義国家より戦争を起こしやすい国、脅威と見るべきなのである。
・それに加えて、中国は、日本全土を射程に収める中距離弾道ミサイルを2000発も保有している。
日本が取りうる策は長距離の巡航ミサイルの配備だが、これは、いってしまえば飛行機のようなものだ。猛烈なスピードで飛んでくる弾道ミサイルとでは、威力の差がありすぎる。
それでも「ないよりはマシ」ということで、防衛予算内ではあるが、日本は大量の巡航ミサイルを保有する見込みだ。
・なぜ、「ここまで中国を危険視するのか。理由はたった一つで、中国が大きな独裁主義国家だからである。
・たしかに中国にも憲法はあるが、問題はその中身だ。
・ところが中華人民共和国憲法の前文には「4つの基本原則」なるものが制定されており、その一つは「中国共産党の指導」である。
つまり、国の最高法規である憲法において、共産党が国を動かすことの正当性が織り込まれている。
憲法とは本来、政府を制限するものであるべきなのに、中国の憲法は、実質、共産党の一党独裁体制を支えるものになっているのである。
だから、中国は立憲主義ではないといっているのだ。
・このように、民主主義のロジックも立憲主義の常識も通用しない国を、隣国にもっているということを、日本人は理解しておかなければならない。
<日本を本当に守るには――戦争抑止できる「妥当な防衛費」の実質額>
・島田氏とは、かつて安倍氏の秘書官を務めていた人で、前防衛大臣・岸氏の信頼も厚かった。「防衛費2倍」など日本の防衛力強化や防衛の長期計画の立案には、適任の人材だった。
・とある興味深い新聞記事を目にした。
「欧米が用いるNATO基準では海上保安庁への予算は防衛費との位置づけになる。今の防衛費のGDP比は0.95パーセントだが、NATO基準なら1.24%になる」というのだ。
・そもそも、「建設国債」「特別国債」と分けている先進国は、今や日本だけだ。
欧米では、50年ほど前に債務の区分が撤廃されている。なぜなら「意味がない」からだ。すべての国債は統合政府のバランスシート上で資産・負債として扱われる。
耐用年数は、そのなかの資産価値の動向に多少関係するだけで、各種の政府意志決定には、それほど影響しない。
だから債務の区分には「意味がない」し、それを撤廃している欧米では、「耐用年数によって、建設国債対象か否か」という議論が、そもそもないのである。
・2022年8月4日には、中国が発射した弾道ミサイルのうち、5発が日本のEEZ内に落下する、ということがあった。日本の玄関先に脅迫文が届いたようなものだ、
ウクライナ侵攻がどう終結するかにもよるだろうが、かねてより中国は台湾を付け担っている。その先に見据えているのは、もちろん尖閣諸島だ。
こうした国が近隣にある日本の安全保障上、NATOの基準(海保の
予算も防衛費に含める)であっても、「GDP比3パーセント以上」が必要と見ておかしくはない。
そして、この水準を達成するのは、増税では無理だろう。やはり防衛国債が最善の手法である。
<「三正面作戦」が迫られる日本の安全保障>
・日本は長年、「ロシアをあまり敵に回さないように注意しつつ、中国に対峙する」というスタンスでやってきた。
ところが2022年2月、ウクライナ侵攻でロシアが正体をあらわにして以降、仮想敵国は中国一国ではなく、ロシア、中国、北朝鮮の三正面作戦を考えなくてはいけなくなってしまった。
・中国が付け狙っている尖閣諸島は、「沖縄県石垣市」だ。歴代の石垣市長は、尖閣諸島に行政標識を立てることを日本政府に要望してきた。というのも、日本が施政権を行使し、実効支配している土地でないと、日米安保が適用されないからだ。
無人島で、行政を担う公務員も配置されていなくとも、行政標識を立てれば、施政権をもって実効支配していることになる。台湾と目と鼻の先にある自治体の長は、やはり危機意識が違う。
しかし、この石垣市からの要望は、中国を刺激したくない日本政府によって拒否されてきた。
・日本を取り巻く状況も、厳しさを増すばかりだ。
肝心要の日米安保体制はしっかり保ちつつ、その他の国々とも連携して、揺るぎない安全保障を構築していかなくてはいけない。
アメリカ以外で固く連携したい国を挙げるとしたら、筆頭はインドだ。
・同じ非アングロサクソン国として、インドとアングロサクソン国の間をとりもつ外交努力を結実させることが、民主主義国の連携強化、そして何より日本自国の安全保障のために求められている。
<ソ連崩壊とクリミア危機――小さな半島にかけたロシアの「切実な思惑」>
・ソ連では、1985年に共産党書記長に就任したゴルバチョフによって、1986年からペレストロイカ政策が行われた。ペレストロイカとは「再構築」「改革」を意味する。
・こうしたソ連国内の政治状況の変化の影響で、東ドイツでは民主化運動が勃興、1989年にベルリンの壁が壊されたのである。
その直後の1991年にはソ連が崩壊し、冷戦は終結した。
ペレストロイカは、あくまでも一党独裁が60年以上続いたことで停滞した社会を立て直すための政策だった。だが内実を見れば、それは民主的な改革にほかならず、結果、ソ連という一党独裁連邦国家そのものの崩壊を招いたのである。
・東西冷戦がソ連の崩壊で終結したことは、社会主義イデオロギーの敗北を意味した。
だからソ連の傘下にあった東ヨーロッパの国々は、軍事的にも経済的にも、西ヨーロッパに仲間入りしていったのだ。
ロシアからすれば、いわば「仲間」をすべて西側に奪われたことになる。
・放っておけば、西欧の勢いがロシアにまで及びかねない。
2014年のクリミア危機の根本には、こうしたロシアの危機感があった。
ロシアにとってウクライナは、西欧の影響を食い止めるための重要な緩衝国である。だからロシアはウクライナの動向につねに目を光らせてきた。ウクライナの政権が西欧寄りと見れば野党を応援し、ロシア寄りの政権と見れば支援し、という具合である。
・ウクライナのほうも、ソ連崩壊時に独立は遂げたものの、ずっと揺れ動いてきた。
ロシア帝国時代にはウクライナ語の使用を禁じられるなど、辛酸をなめてきたウクライナにとって、ロシアからの独立は悲願達成だったといえる。
しかし、今となっては国内には少数派とはいえロシア語を話す人々がおり、産業はロシアに大きく依存しているなど、複雑で酷な事情がある。
・もちろん、NATOもEUも、「加盟したい」といって簡単に加盟できるものではない。
・はたから見ていると、なぜ、そんな総スカンを食らってまで、大国ロシアが小さなクリミア半島にこだわるのかと不思議だったかもしれないが、ロシアには、どう非難されようともクリミアを併合したい事情があったのだ。
クリミアについては、ロシア系住民が多く、半島内にロシアが2045年まで租借しているロシア軍港(セバストポリ)があり、また、戦後1954年まではロシアに帰属していたという歴史経緯もあった。
あの小さな半島をめぐり、かつての冷戦構造のせめぎ合いが、いまだに渦巻いていて、それが拡大したのが2022年のロシアによるウクライナ侵攻だった。
<ウクライナ侵攻――NATOの「東方拡大」を食い止めたい>
・先に述べたとおり、ロシアにとって、ウクライナは、絶対に西側に組み込まれてほしくない「緩衝地帯」だ。
2022年2月のウクライナ侵攻は、そういう意味では、ロシアにとって切実な危機感から起こったといえる。戦争を起こしてウクライナのNATO加盟を防ぎ、さらにはウクライナをロシアに組み込んでしまおうという魂胆だ。
・そうすれば、あの疎ましいNATOの東方拡大を食い止め、資本主義と民主主義から国を守れる――というのがロシア側の「正義」である。
社会主義・独裁主義国のロシアは、何がどうしても、西側の価値観には取り込まれたくないのだ。
・アメリカとしては、ロシアには一刻も早くウクライナから手を引かせたい。しかし力で追い詰めすぎるのも悪手である。
というわけで、限定的な支援にとどまっているのだ。
それだけに、この戦争は長引くことが予想される。
実際、ロシアが戦術核の使用をも辞さないことをちらつかせている今、いつ、どのような形で終息するのか、いろいろと予測は飛び交っているが、実際のところ、どのシナリオが有力であるかはわからない。
<日本にとって「対岸の火事」ではないウクライナ情勢>
・この長引く戦争を憂えている人は多いだろう。
・「侵略を許せない」というのが一般心情かもしれまいが、もっと大局的に考えれば、日本にも危険が及ぶ可能性がある。「ウクライナ人がかわいそう」といった同情しか感じていないとしたら、考えが浅すぎて、まったくお話にならない。
「民主主義国同士では戦争は起こりづらい」というのは、データが示す国際政治学の常識だが、日本は、中国、ロシア、北朝鮮という非民主主義国を近隣国にもつ。
しかも3国とも核保有国だ。近隣国との防衛費の差が大きいほど、戦争確率が高まるというのも、データが示す国際政治学の常識である。
・ウクライナ戦争がロシアに利する形で終結すれば、中国が、まず台湾、そして尖閣諸島から沖縄へと食指を伸ばす可能性が高まる。
いずれも海に隔てられているため、もちろん、ロシアがウクライナに侵攻するようにはいかない。だからといって、台湾が難攻不落かといえば違う。制空権を握ってしまえば、空から上陸できるからだ。
・しかし現実を見れば、ゼレンスキー大統領は逃げず、ウクライナ軍は大健闘して持ちこたえ、ウクライナは世界中の民主主義国を味方につけた。
・ただし、ウクライナはかつて核保有国だったが、日本の非核三原則のように核を廃棄した。その結果、ロシアから侵攻を受けたのも事実だ。もしウクライナが核を保有していれば、ロシアもそう簡単に侵攻できなかっただろう。
この意味で、日本の非核三原則や憲法6条さえあれば国の安全が保たれるという日本の平和主義は、リアルな国際社会ではまったく無力であることがわかってしまった。
・地政学上、ロシア、ウクライナという当事国のみならず、日本の安全保障、さらには第ニ次世界大戦以降、築かれてきた国際秩序の行く末をも左右しかねないというのが、ウクライナ侵攻の本質的な位置づけである。
<本当は地政学というより「海政学」――海洋国家こそ覇権をとれる>
・地理的条件が国家の動向を左右する、それが地政学の前提だと話した。
地理といっても、より厳密に、とりわけ近代以降でいえば、重要なのは「陸」よりも「海」だ。海を制する海洋国家が、覇権を握るといっていいだろう。
・海を渡って他国へと進出するためには、「海」を制さなくてはならない。「よりよい、より広い土地をめぐる押し合い」は、舞台を陸から海へと移したのである。
・たとえば、19世紀半ばから20世紀初頭の時期は、かつてローマ帝国が地中海世界を席巻した時代の呼称「パクス・ロマーナ」になぞらえ、「パクス・ブリタニカ」と呼ばれている。
当時のイギリスは、産業革命による生産力増強と植民地政策によって、他のヨーロッパ諸国を圧倒していた。
いわれます。「一人勝ち」状態のイギリスに挑戦しようとする国はなく、結果的に大きな戦争の起こらない、比較的平和な世界が保たれていたのだ。
・このように、アメリカ大陸を掌握しつつ、大西洋および太平洋の向こう側の国々と強い結びつきを作ることで、アメリカは両方の大海を制したことになる。
冷戦時代はソ連との二極だったが、1991年にソ連が崩壊するとアメリカの一極時代が始まる。世界一と言われる強大な軍事力を背景に、アメリカもまた海を制することで覇権国家になったのだ。
<なぜ、戦争になるのか? 今は少しはマシな「平和な時代」なのか?>
・なぜ、今まで数多の戦争が起こってきたかといえば、人が「より広い、よりよい土地」を求めてきたからだ。
しかし、今や世界の趨勢は「不戦」に向かっている。つまり、積極的に戦って土地を奪うより、戦争を避けようという力学が働きはじめている。
いったいなぜなのか。戦いに懲りた人類がより「賢く」なり、戦いを避けて共存共栄することを目指すようになったからといえる。
・人類の戦争の歴史をまとめた「暴力の人類史」(スティーブン・ピンカー著)という本がある。
・そこには、土地を奪い取るために人が行ってきた数々の残虐行為、大量殺戮なども紹介されているが、なかでも興味深かったのは、人類が起こしてきた戦争を死者数の多き順に並べた図表である。
この図表の注目すべきところは、著者が死者数を20世紀中盤の人口に対する数に換算し、ランキングしなおしている点だ。つまり総人口という「分母」を同じ条件にした上で、戦争ごとの死者数を比べたのである。
トップ21位のうち、死者の絶対数でいうと1位は第ニ次世界大戦だ。
しかし人口換算後のランキングを見ると、1位は中国唐の時代(8世紀)に起こった「安史の乱」で、実際の死者数3600万人は人口換算後には4億2900万人にも達している。
その次はモンゴル帝国の征服(13世紀、人口換算後死者数は2億7800万人)、中東奴隷貿易(7~19世紀、同1億3200万人)、明朝滅亡(17世紀、同1億1200万人)と続く。
分母を揃えると、戦争で払われた犠牲を同じ条件のもとで比べることができる。
すると、死者の絶対数では1位だった第ニ次世界大戦は9位、第一次世界大戦に至っては16位(絶対数では13位)になるのである。
・ピンカーはこれらの点に注目し、今まで戦争を起こし残虐の限りを尽くしてきた人類だったが、20世紀以降はぐんと平和的になってきたと指摘しているのである。
<暴力の人類史、死者数>
1、 第ニ次世界大戦(20世紀、5500万人)(20世紀中盤の人口に換算、5500万人)
2、 毛沢東(20世紀、主に政策が原因の飢餓、4000万人)(換算後4000万人)
3、 モンゴル帝国の征服(13世紀、4000万人)(換算後2億7800万人)
4、 安史の乱(8世紀、3600万人)(換算後4億2900万人)
5、 明朝滅亡(17世紀、2500万人)(換算後1億1200万人)
6、 太平天国の乱(19世紀、2000万人)(換算後4000万人)
7、 アメリカンインディアン撲滅(15-19世紀、2000万人)(換算後9200万人)
8、 ヨシフ・スターリン(20世紀、2000万人)(換算後2000万人)
9、 中東奴隷貿易(7-19世紀、1900万人)(1億3200万人)
10、 大西洋奴隷貿易(15-19世紀、1800万人)(換算後8300万人)
11、 ティムール(タメルラン)(15-19世紀、1700万人)(換算後1億人)
12、 英領インド(大半は妨げたはずの飢饉)(19世紀、1700万人)(換算後3500万人)
13、 第一次世界大戦(20世紀、1500万人)(換算後1500万人)
14、 ロシア内戦(20世紀、900万人)(換算後900万人)
15、 ローマ滅亡(3-5世紀、800万人)(換算後1億500万人)
16、 コンゴ自由国(19-20世紀、800万人)(換算後1200万人)
17、 30年戦争(17世紀、700万人)(換算後3200万人)
18、 ロシア動乱戦争(16-17世紀、500万人)(換算後2300万人)
19、 ナポレオン戦争(19世紀、400万人)(換算後1100万人)
20、 中国の国共内戦(20世紀、300万人)(換算後300万人)
21、 ユグノー戦争(16世紀、300万人)(換算後1400万人)
<「民主主義国家同士は戦争をしない」という国際政治理論>
・前項で見たように、データ上、人類は20世紀になってぐんと平和的になった。
そこで登場するのが、拙著『バカな外交論』でも示した「民主的平和論」だ。ひと言でいえば、「民主主義国家同士は戦争をしない」という、国際政治理論である。
・もちろん、民主主義国家同士は「絶対に戦争をしない」わけではない。
しかし、民主国家は独裁国家に比べ、「戦争を起こす確率が絶対的に低い」といえる。なぜなら、民主主義という政治システムは、根本的に戦争とは相容れないからだ。
ピンカーも指摘していることだが、民主主義国家では「個人の価値」が「国家の価値」に勝る。
・さらに民主主義国家においては軍部ですら、「なるべく戦争を避ける」という国の基本姿勢の影響で、かつてよりずっと好戦的でなくなっているようだと、ピンカーは指摘している。
このように、個の価値が高まったことで、いわば「戦争の抑止効果」が政治家、民衆、そして軍部の三重にも働いているのが、民主主義国家なのである。
20世紀になって、人類はそれ以前に比べるとマシで、少し平和的になった。それは、民主主義という政治システムが成熟し、定着しつつあるからだ。
領土を奪い取るでのではなく、お互いに持っているものを対等に交換する(つまり自由貿易をする)ようになったという意味で、現代の平和を「資本主義的平和」「自由主義的平和」と呼ぶ学者もいる。
・フォークランド紛争が起こった当時、アルゼンチンは軍事政権だった。ナショナリズムに駆られたガルチェリ大統領がフォークランドの帰属問題をとりざたし、陸軍を上陸させたために、イギリスは陸海軍を派遣し奪還したのである。
・民主主義とはひと言でいえば、基本的に「話し合い」によって問題を解決する政治システムであり、この政治システムを共有する国同士は、基本的に「話せばわかる」間柄だ。それが通用しないのが独裁主義国家というわけだ。
0コメント