実はウクライナ戦争は、おそらく2029年前後に始まるであろう第3次世界大戦のスイッチになった可能性がある。(1)
(2023/7/1)
『日本人が知らないグレート・リセット 6つの連鎖』
2029年までに起こる本当のこと
高島康司 徳間書店 2022/10/15
・2020年から始まった新型コロナのパンデミック、そしてロシア軍のウクライナ侵攻は、その後の一連の出来事の連鎖反応を引き起こす起点となったブラックスワンである。しかし、長期化しそうなウクライナ戦争が第3次世界大戦の引き金になり、明日にでも大戦争が起こるようにどれほど見えようとも、一足飛びにそれが起こるわけではない。起点となるウクライナ戦争が第3次世界大戦につながるためには、2つの間に因果関係で連なるさまざまな出来事の連鎖がある。
それらの出来事の連鎖反応をどこかで止めないと、おそらく2029年頃には、連鎖反応の最終形態である第3次世界大戦を我々は体験することになってしまうだろう。
<はじめに>
・しかし、2022年に起こった数々の出来事は、そんな状況を一変させてしまった。第3次世界大戦はもはやファンタジーなどではなく、現実になる可能性が高い出来事になった。これを回避し、我々がこれからも生き続けるためには、大戦争へと我々を追い込む出来事の連鎖を自覚しなければならない。
<2023年以降の激変のスイッチとなった戦争>
・実はウクライナ戦争は、おそらく2029年前後に始まるであろう第3次世界大戦のスイッチになった可能性がある。その意味では安倍元首相の死は、大戦争に至る道を回避できた数少ない選択肢のひとつを失ってしまった可能性が高いのだ。
第3次世界大戦への道程は、多くの出来事が連鎖するジグザグの曲がりくねった道になるだろうが、ウクライナ戦争の長期化で大戦争へと至るキーとなるイベントは連鎖反応のように連なって起こっていく。安倍氏の死は、この出来事の連鎖反応の引き金のひとつに残念ながらなってしまったのだ。
<そもそもどうして戦争になったのか?>
・戦争が始まってしばらくして注目されるようになった動画がある。それは、オレクシィ・アレストビッチという人物の動画だ。
ちなみにアレストビッチは、ゼレンスキー大統領の顧問である。だが、得体の知れない謎の多い人物だ。
・アレストビッチの名前が有名になったのは、ロシアのウクライナ侵攻を公の場で予測していたからだ。2019年、ゼレンスキーが大統領選挙に勝利する少し前、彼はウクライナの放送局のインタビューで、ロシアの侵攻がどのようなものになるか詳細に説明した。
「もしウクライナがNATOのメンバーになりたいのであれば、いまの戦争を終わらせるデッドラインを定めなければならないのでは?」という質問にアレストビッチは答えた。
ちなみに戦争をしている国はメンバー国にはなれない規定がNATOにはある。ウクライナは2014年のマイダン革命以来、東部のドンバス地方の親ロシア派と内戦を続けている。もしウクライナがNATOに加盟したいのであれば、内戦を終わらせないとならないのでは、という質問だった。アレストビッチは次のように答えた。
(アレストビッチ):戦争終結のデッドラインはない。逆に、ロシアによるウクライナへの大規模な軍事作戦が実施されるだろう。なぜなら、ロシアはウクライナのインフラを破壊しなければならないからだ。そして、ウクライナの領土を破壊し尽くす。
インタビュアー:ということは、ロシアはNATOと直接対峙するということですか?
(アレストビッチ):いや、NATOではない。そのようなことは起こさせない。ロシアは我々ウクライナがNATOのメンバー国になる前に、攻撃しなければならないのだ。そしたらウクライナは破壊されるので、NATOはウクライナに関心を持たなくなる。これは99.9%の確率でかならず起こる。
だが、ウクライナからしてみると、NATOに加盟するためにはロシアとの大規模な戦争をしなければならない。もしウクライナがNATOに加盟しないと、10年から12年でロシアはウクライナを占領するだろう。これがいまの我々の分かれ道だ。
インタビュアー:ならば、全体的に見るとどちらの方がよいのですか?
(アレストビッチ):もちろんロシアとの大戦争だ。そして、ロシアとの戦争に勝利してNATOに加盟する。
インタビュアー:ロシアとの大規模な戦争とはどのようなものなのですか?
(アレストビッチ):ウクライナ国境のロシア軍による空爆。キーウ(キエフ)の占領、ドネツク近郊のウクライナ軍の包囲、クリミアに水を供給するためのカホフカ貯水池の攻撃、ベラルーシ領からの攻撃と新たな人民共和国の設立、主要なインフラと建造物の空爆など、要するに本格的な戦争だ。それは99%……。
インタビュアー:それはいつ起こるのですか?
アレストビッチ:もっとも危険な年は2020年と2022年だ。
これがインタビュー動画でもやりとりだ。戦争は予告されたように2022年に始まった。そして、まさにここで述べられているような地域をロシア軍は攻撃している。
<戦争は事前に仕掛けられていた? 報道されない真実>
・2012年以来NATO内部からウクライナをモニターしてきた元スイス参謀本部の大佐、ジャック・ボーは、2022年前後にロシア軍の侵攻をいわば予言したアレストビッチの発言を、NATOにはウクライナを加盟させる長期的な計画があった証拠だとしている。
<ロシアが2月24日に軍事進攻した理由>
・この記事を読むと、そもそもロシアがなぜ2022年2月24日にウクライナの軍事侵攻に踏み切ったのか、日本ではまったく知られていない理由が明かされる。ロシアのウクライナ軍事侵攻の可能性が意識され始めたのは、2021年3月末であった。このときロシアは10万人を超える規模の軍隊をウクライナ国境に配備し、軍事演習を実施した。軍事演習終了後も軍は19万人まで増強され、撤退しなかった。さらにロシアは、ベラルーシとの合同軍事演習も実施した。
・実は2021年3月24日、ゼレンスキー大統領はクリミア奪還の政令を発し、南方への軍備配備を開始したのだ。同時にバルト海の間でNATOの演習が数回行われ、それに伴いロシア国境沿いの偵察飛行が大幅に増加した。ロシアはその後、自軍の作戦遂行能力をテストするために、いくつかの演習を実施した。
つまり、そもそもロシアによる軍事演習の実施は、ゼレンスキーのクリミア奪還攻撃に対する構えだったのだ。日本ではプーチンの領土拡大欲が理由だとされているが、そうではない。
その後、10月から11月にかけて行われたロシアの軍事演習は終了し、事態は沈静化したかに見えた。しかしウクライナ軍は、ドローンを使って親ロシア派のドンバス地域の燃料庫を攻撃した。これは、ドンバス地域の親ロシア派に自治権を与えた2015年の「ミンクス合意」に違反した攻撃だった。
・ここでウクライナは、依然として「ミンスク合意」の順守を拒否していることが明らかとなった。これは明らかにアメリカからの圧力によるものであった。プーチンは、マクロンが空約束をしたこと、西側諸国が合意を履行するつもりがないことを指摘した。
<ウクライナ軍のドンバス攻撃>
・他方、東部ドンバス地域ではウクライナ軍の攻撃は続いていた。2月16日以降、ドンバスの住民への砲撃は、劇的に増えていた。EUもNATOも、西側政府も、そして西側のメディアも反応せず、見て見ぬふりをしていた。アメリカやEU諸国は、ドンバスの住民の虐殺について、それがロシアの介入を誘発することを知りながら、意図的に沈黙し無視してきた。
・2月17日、バイデン大統領は、ロシアが数日以内にウクライナを攻撃する可能性があると発表した。なぜ、彼はこのことを知っていたのだろうか?答えは明らかだ。自分たちからゼレンスキーに圧力をかけてドンバス地方を攻撃させ、プーチンが反撃するように仕向けたからである。
このように、2014年以来NATO側からウクライナの情勢をモニターしてきた本格的な軍事専門家は、今回の戦争をアメリカが仕掛けた実態を書いている。
<アメリカの長期計画>
・ブレジンスキーは、多極化した世界を認めない。「アメリカの優位性のない世界は、暴力と無秩序が増え、民主主義と経済成長が低下する」とし、「予見可能な将来において、アメリカのグローバルリーダーシップに代わる唯一の真の選択肢は国際的無秩序である」と言い切っている。
そしてブレジンスキーはこの著書のなかで、次のようにアメリカの外交政策の骨子を総括する。
・ソビエト連邦の崩壊により、アメリカは唯一のグローバルパワーとなった。
・ヨーロッパとアジア(ユーラシア)を合わせた面積、人口、経済規模は世界一である。
・アメリカはユーラシア大陸を支配し、他国が米国の支配に挑戦することを防がなければならない。
・今回、ブレジンスキーの弟子が多い「CFR」と米国務省は、かつてのアフガニスタン戦争と類似したシナリオを計画した。今度はウクライナを舞台に戦争を仕掛けてロシアを巻き込み、ロシアの国力の衰退とプーチン大統領の失脚を狙ったのが今回のウクライナ戦争の真実だ。
<決して弱くはないロシア>
・要するにロシアは財政的に非常に健全で、また民間部門よりも公共部門の方が大きいので、経済制裁による民間部門の落ち込みの影響はあまり受けない。またエネルギー価格も高騰しており、輸出も堅調だ。したがって、欧米の制裁があってもロシア経済は相当に長い間持ちこたえるだろうという予測である。
・おそらく、これがもっとも現実的な予測であろう。主要メディアで喧伝されているロシアのGDPのマイナス15%を超える落ち込みという状況にはならない可能性が高い。また、経済制裁をきっかけとして、中国とロシアによる新しい決済システムの構築をベースにして経済圏として自立するという楽観的な見通しもある。事実、ロシアは中国やインド、またブラジルなどのBRICS諸国との経済関係を強化しており、貿易額は急増している。これがウクライナ戦争による経済制裁から受けたマイナスを補っている。ロシアの国力消耗という「CFR」と軍産複合体の狙ったシナリオは実質的に頓挫しつつあるようだ。
<安倍元首相の死と開いてしまったパンドラの箱>
・このようにみると、安倍元首相の死の意味は非常に大きいように思う。ウクライナ戦争の和平交渉が必要なときに、それを仲介できる理想的な人物がいなくなったのである。
ロシアの欧米への憎しみは深い。また欧米のロシアへの嫌悪感と敵対感情は強烈だ。ウクライナは停戦を最後まで拒否し、国土の荒廃を覚悟したゲリラ戦を選ぶかもしれない。
・停戦合意ができないと、ウクライナ戦争は泥沼化する公算が高い。すると、戦争の長期化でエネルギー危機、食料危機、高インフレ、景気後退、国内の抗議運動の激化というすでに各国で起こっている一連の状況がさらに悪化し、それがまた白人至上主義者の本国帰還、欧米国内の暴力の激増、そしてアメリカの内戦に近い状況という出来事の連鎖のリミッターを解除するスイッチの役割を果たすことになる。
・こうした一連の出来事は、これ以外の多くの出来事が付随して起こるジグザグのコースの始まりとなる。そして2029年前後には、ロシア軍のヨーロッパ侵攻から第3次世界大戦が始まると筆者はみている。まだ7年ある。うまくいけばこの出来事の連鎖を止めることができるかもしれない。だが、止められない場合でも、少なくとも我々個々人は出来事の余波を最小限にくい止め、それに対処することができるはずだ。本書はそのために書いた。
<中国の共同富裕の試み>
・社会的格差の拡大に起因した矛盾が無視できなくなったいま、中国の習近平政権が立ち上げ、注目されているのが「共同富裕」の概念である。
・一方で中国では月収1000元(約1万7000円)程度で暮らす人が約6億人にも上る。0から1の範囲で格差の度合いを示す数値にジニ係数があるが、中国は公式な数値を発表していないものの、社会が不安定になるとされる0.4をかなり超えていると見られる。これはかなりの格差だ。
・格差が国民の分断をもたらし、深刻な国内対立を招いてアメリカがこのよい例だ。中国共産党は、現代のアメリカを反面教師としながら、格差の放置と固定化がもたらす体制上の危険性を認識していると思われる。この危険性を回避し、共産党の一党独裁体制を永続させるためには、格差を共産党の手によって解消しなければならないというのが、習近平政権の認識だろう。
<取り締まりと再分配>
・この「共同富裕」の宣言の前から、習近平政権の取り締まりは加速していた。2020年11月、「アリババ」の「アント・グループ」が上海と香港の証券取引所に上場するのを阻止するという驚きの決定を下した後、中国当局はボーイズラブ、塾などの教育サービス会社、芸能人のファンクラブ、さらには若者のビデオゲーマーまで、幅広い分野で取り締まりを開始した。すでに中国では、14の「取り締まり」が企業や個人に対して同時に行われているという。
そして、これらの取り締まりの多くは、「共同富裕」の概念のもとで行われている。取り締まりの目的は、「過剰な所得を合理的に調整する」ことや、高所得者や企業に「蓄えた富の社会への還元」を促すことが目的だ。ちなみに習近平政権は、富の分配の方法として以下の3つをあげている。
第1次分配:市場メカニズムによる分配
第2次分配:税制・社会保障による分配
第3次分配:個人や団体による自発的な分配
<ドゥーギンの新ユーラシア主義>
・ドゥーギンは欧米の民主主義と市場原理とは異なるロシア的な理念を新ユーラシア主義と呼んでいる。
・ドゥーギンの「新ユーラシア主義」の思想はさほど複雑なものではない。それぞれの国の文化は独自な価値を有しているので、この文化的な価値を尊重し、それに基づく社会システムを形成すべきだとする主張だ。
ドゥーギンによると、20世紀までは、(1)自由民主主義、(2)マルクス主義、(3)ファシズムという3つの思想が社会形成の基礎となる思想として存在していたという。しかし21世紀になると、マルクス主義もファシズムも姿を消し、「自由民主主義」が唯一の思想として残った。
・どの文化圏も、その文化に独自な社会思想を基盤にしてユニークな社会を構築する枠組がある。この権利を追求し、グローバルな「自由民主主義」に対抗する第4の思想の潮流こそ「新ユーラシア主義」である。
・ロシアは、このユーラシア的価値の守護者として振る舞い、どこでも同じ価値を強制する「自由民主主義」とグローバリゼーションに対抗しなければならない。そして、ロシアが「新ユーラシア主義」の守護者となることで、中国は中華文化圏の、ヨーロッパは欧州文化圏の、そして北米は北米文化圏のそれぞれまったく独自な価値を社会思想として追求し、それぞれ独自な社会を構築することができる。
<ウクライナ戦争はロシアの欧米決別宣言>
・ドゥーギンの主張するこの新ユーラシア主義は、ロシアやロシアの勢力圏の中央アジアの国々だけではなく、欧米全域の極右運動、そしてアメリカのコアなトランプ支持層にも人気だ。
「ソビエト連邦の崩壊後、我々は2つの段階を経てきた。1990年代には、どんな条件でもいいから西側世界に溶け込もうと必死に努力したが、これはあまりうまくいかず、ロシアを外部からのコントロールするシステムが確立された。プーチンが政権を取ってからも、ロシアの主権という条件のもとで、西側世界に溶け込もうとした。成功はしなかったが、主権を強化し、それが2022年2月24日につながった」
<欧米とは決別したロシア独自の社会経済モデル>
・「ロシアが独立した文明であること、ロシアのアイデンティティーは国家でもなく、民族でもなく、文化型であり、開かれたアイデンティティーであることを正しく、主張したのはユーラシア人であった。それはある意味で、すべてを吸収した帝国である。
その中心はロシア人である。そして、自分達の運命をロシア民族の運命と結びつけるすべての民族に開かれており、彼らは我々の運命に参加する適切かつ完全な機会を得ることができるのです」
・ウクライナ戦争で欧米との完全な分離は決まった。もはや後戻りはできない。ロシアはユーラシアの大国であるというその本来の文化的なアイデンティティーを基礎にした新しい社会経済モデルをこれから構築しなければならない。しかしながら、これには時間がかかるため、当面は欧米のモデルを代替えしたシステムを構築する必要がある。そしてその間、真にロシア的な社会経済モデルを準備すべきだということだ。
・ドゥーギンがウクライナ戦争を機に完全に欧米と決別し、ロシアの独立した社会経済モデル構築へのシフトを提唱する理由は、欧米のグローバリゼーションのシステムはすでに限界に達し、早晩消滅する運命にあると見ているからだ。
<ソ連崩壊後の苦難の歴史の共有>
・一見してわかるように、ドゥーギンのこのようなロシアの独自性の主張と欧米との完全な分離宣言の背後には、アメリカが主導したグローバリゼーションへの強い敵意がある。ドゥーギンのナショナリスティックな思想と理念は、ロシア国内の保守的な政治家、軍や治安機関、そして国民の幅広い保守層から広範な支持がある。
・このNATOの東方拡大こそ、ドゥーギンとその支持層が主張する欧米への不信感の理由のひとつである。
・ウクライナ戦争以降は、ロシアによる独自の政治経済モデルの導入と、ユーラシア全域を対象にした、地域の文化的な多様性を基礎にしたロシアによる緩い文化的な統一の実現を目指すということだ。
<アメリカはユーラシア的秩序を絶対に認めない>
・では、ロシアが分離を強調している欧米は、ロシア主導のユーラシアの統合的な秩序を認めるのだろうか?
ある程度その存在を認めるのであれば、ウクライナ戦争後にロシアと欧米の間で、新しい世界秩序の構築に向けてなんらかの協議が可能となるだろう。だが、そのようなことは基本的にないと考えたほうがよい。
なぜなら、欧米がロシア主導の独自の社会経済モデルや、ユーラシアの秩序を認めることは、絶対にないからだ。
<ユーラシア経済圏の優位性と終わらない対立>
・このような新冷戦は、劣勢で機能しなくなっている民主主義の欧米と、強固な管理主体を持ち、さらなる発展の可能性のある権威主義的なユーラシア圏との対立だ。経済的にも政治的にも後者が圧倒的に優勢なだけに、ユーラシア的秩序の存在を一切許容しない欧米との対立は、一層先鋭化せざるを得ない。この厳しい対立こそ、ウクライナ戦争が解除した第5の連鎖である。この対立は毎年激しさを加え、数年後には大きな戦争に至るであろう。筆者は2029年頃だとみている。
<2023年からの台湾有事と日本の食糧危機>
<第6の連鎖反応:台湾有事と日本の食糧危機>
・ウクライナ戦争ではからずも先鋭化した欧米型とユーラシア型の本源的な対立、つまり民主主義と自由な市場を基本原則とする体制と、社会と経済の上にそれを管理する主体としての国家を置く体制との本源的な対立は、必然的に第6の連鎖を生んだ。台湾有事の可能性である。そしてそれは、早ければ2023年にも始まる日本の食糧危機をもたらす。アメリカがウクライナ戦争の支援でくぎづけになっているタイミングは、中国にとっては台湾の併合を一歩進めるには格好のチャンスになった。
・ペロシ下院議長の台湾訪問に反応し、東シナ海を所管する中国軍の「東部戦区」は台湾周辺で軍事演習を開始した。台湾の北部や南西部、それに南東部の空と海上で軍事演習を行ったほか、台湾海峡でも長距離の実弾射撃などを行った。
<自衛隊も作戦計画に入っている>
・このように、南シナ海と台湾付近の海域で中国軍と米軍の空母部隊が睨み合う状況なので、予想外の軍事衝突の可能性もあるとして警戒されていた。米中の専門家は中国軍は軍事演習の実施だけで、武力衝突の可能性はほとんどないとしている。だがアメリカは、台湾海峡で有事が発生した際の計画はすでに準備しており、それが中国側から明らかになっている。
8月2日、北京に本拠を置く軍事専門のシンクタンク、「南シナ海戦略情勢啓発」は、空母レーガン打撃群がバシー海峡の東側海域におり、中国側はレーガンの動きを監視していると述べた。
・このシンクタンクの推測が正しいとすると、台湾有事で中国軍との戦闘状態になった場合、すでに自衛隊も米軍の作戦行動に組み込まれ、戦闘に参加することになっているということになる。もしそうだとすると、中国との戦争の規模にもよるだろうが、小競り合いの範囲を超えて、本格的な戦争になるような場合、日本国内の米軍基地が真っ先に中国軍の攻撃対象になるだろう。いまは考えられないかもしれないが、最悪なケースではこのような状況も想定しておいた方がよい。留意しなければならない。
・さらに、米シンクタンクの「ストラトフォー」などによると、今回の演習が中国の軍事改革の深さ、広さ、有効性を証明するものとなったという。そして、人民解放軍が台湾海峡の中国線と台湾の12カイリ線を越えたいま、人民解放軍の実戦を想定した軍事訓練はニューノーマルなものとなったと指摘する。
・現実の兵器や弾薬の補給が必要なため、計画だけでは訓練は完遂できない。この演習を迅速に実施できたことは、中国共産党の戦争への備えが非常に高いレベルに達していることを示している。このような態勢は、軍事作戦を短時間で実行に移すことができる準備がすでに整っていることを示している。
・そしてこれは、中国が、将来の演習をシームレスに実戦に移行するかどうかを決定できるようになったことを意味する。
<軍事演習の内容から見えるもの>
・これを見るとわかるが、今回の人民解放軍は、台湾をいかようにでも武力制圧できる複数の方法があることを見せつけたのだ。これは、中国にその意思があれば、台湾の武力統一は可能であることをはっきり示した。この台湾を6つのエリアで包囲する軍事演習は、これから中国がこの地域で行う演習のノーマルなスタイルになることが予想される。
<台湾有事と日本の食糧危機>
・このように、台湾を全方向から包囲するような軍事演習がこれからは中国のノーマルになる可能性が高い。台湾周辺の緊張はかなり高まる。中国はさらに台湾に圧力をかけるために、軍事演習の名目で台湾を全方位的に封鎖し、台湾からの輸出入をブロックすることも可能になる。もし中国が米軍の反応が鈍いと判断すると、このような経済封鎖に踏み切ることも十分に考えられる。
・さらに台湾の経済封鎖は、台湾有事の可能性を示唆するので、東シナ海と南シナ海における日本のシーレーンの通過に危険性が出てくる。もしそうした事態になれば、農産物の海外依存率の高い日本で食糧危機が起こる可能性が出てくる。これを具体的に見てみなければならない。
<食料価格の現状>
・日本の陥る状況を正確に理解するためには、まずは世界の食糧供給の現状を見ることが必要だ。
国際的な食料価格だが、すでにウクライナ戦争前から高騰していた。最大の小麦生産国である中国は、2021年の雨で作付けが遅れたため、今年の作柄は過去最悪になっている。さらに世界第2位の生産国であるインドの異常気温に加え、アメリカの小麦地帯からフランスのボース地方まで、他の穀倉地帯でも雨不足が収量を圧迫する恐れがある。東アフリカでは、過去40年間で最悪の干ばつに見舞われている。
・しかし、2023年にはさらに暗い展開になる可能性がある。価格だけでなく、ウクライナにおける来年の作付けの失敗や、農家の年間コストの3分の1以上にもなる肥料価格の高騰といった構造的な要因によって、多くの人々が食糧に手が届かなくなり、世界はかつて考えられなかったような真の食糧不足を経験するかもしれないという暗い予測まである。
<日本は大丈夫なのか?>
・このような状況なので、近い将来日本でも本格的な食糧危機が起こり、我々の生活基盤が根底から覆されるのではないかという恐怖さえ感じる。我々の周囲でさまざまな生活物資が急速に上昇するのを感じる。そのような可能性はあるのだろうか?
・ところで、食糧危機には2つの異なったタイプがある。ひとつは、食糧の国際価格の高騰から国内の物価が高騰し、食糧が買えなくなる状態である。これは、食糧の供給はあるものの、これを買うことができない状態である。もうひとつの食糧危機は、供給の絶対的な不足や、物流が寸断され、食糧そのものの入手が困難になる状況だ。
・言ってみればこの2つは、前者が食糧は十分にあるものの価格が高い状態であるのに対し、後者は食糧そのものがなくなる状態である。食糧危機を語る場合、この2つを分けて考えなければならない。
・周知のように、日本の食料自給率は低い。2020年に発表された最新のデータでは、わずか37%しかない。しかし、意外に思うかもしれないが、2020年に「国連食糧農業機関(FAO)」がまとめた113カ国の食料安全保障状況を調べたデータでは、日本は9位とランクが高い。これは100ポイントを満点とし、食料価格、値ごろ感、食料資源、安全性、品質などの指標で比較したランキングだ。以下のようになっている。
(1) フィンランド 85.3(2)アイルランド 83.8 (3)オランダ 79.9% (4)オーストリア 79.4 (5)チェコ 78.6 (6)イギリス 78.5 (7)スウェーデン 78.1 (8)イスラエル 78.0 (9)日本 77.9 (10)スイス 77.7 (11)アメリカ 77.5 (12)カナダ 77.2
・これを見ると、一般のイメージとはかけ離れているので、かなり驚くかもしれない食料安全保障の全体的な評価では、日本はスイス、アメリカ、カナダよりも高い評価なのだ。その理由は、日本の低い食料自給率は、政府の減反政策によって人為的に作られたものだからだ。もし政府が減反政策の廃止を決定すると、コメの生産は増大する余地がかなりあり、食料自給率の引き上げが潜在的には可能だ。コメは減反で500万トンから600万トン程度減産しているので、これを止めると日本の食料自給率は100%に近づくと見られている。
さらに、いま日本では、年間600万トンに上る食品ロスが出ている。これは食べられるのに捨てられた食品のことである。これは毎日10トントラック、1640台分の食品を廃棄していることになる。これを軽減すれば、日本が食糧不足に陥ることはまず考えられない。
<台湾有事と物流の寸断>
・このようにみると、日本の現状では食料の国際価格の高騰による物価上昇にも、また、物流の寸断による供給の絶対的な不足にも基本的には対応は可能である。もちろん、日本国内では十分に生産できない食料の価格は上昇するだろうし、また輸入している食料を国内で生産するとコスト高になる可能性はある。だがそれでも、日本の潜在的な食料生産力が「FAO」が指摘する通りであれば、近い将来日本が食糧危機に陥ることはまずないと考えたほうがよい。
しかしながら、食糧危機が起こり得る事態がひとつだけ考えられる。それは、物流の寸断のスピードがあまりに速い場合だ。食糧の供給量が不足する可能性が将来あるとき、政府は減反政策の停止、休耕地の耕作地への転化、未使用地の農地への転換、フードロスを削減するシステムの導入などの施策の実施で対応する。
・では、食糧の物流が一気に遮断されるというのはどういう状況だろうか?それはまさに、台湾有事で南シナ海と東シナ海の情勢が緊張し、食糧の輸入ルートであるシーレーンが使えなくなった場合だ。要するに台湾有事である。日本の農産物輸入先国を見ると、第1位はアメリカで24.5%、次に、中国12.4%、オーストラリア6.8%、タイ6.8%、カナダ6.2%、ブラジル5.1%となっており、この上位6カ国で農産物輸入額の6割以上を占めている。台湾有事でシーレーンが遮断されると、これらの農産物の輸入が途絶するのだ。
<どのくらいの食糧が不足するのか?>
・もしシーレーンの遮断で6割を超える農産物の輸入が途絶してしまうような状況が一気に起こってしまうと、食糧危機が発生する可能性は高くなる。最終的には政府や企業は対応するだろうが、食糧が不足する状態が一定期間続くことはあり得ることだ。では、そうした状況になったとき、どのくらいの食糧が不足するのだろうか?
これを試算している専門家がいる。農林水産省出身で、キャノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏だ。山下氏の試算を見てみよう。
山下氏によると、シーレーンの寸断による食糧危機に近い状態を日本は過去にも経験しているという。それは、終戦直後の食糧難である。このとき、コメは大凶作だった。当時の農林省が管轄する東京の深川倉庫には、都民の3日分のコメしかなかった。輸入で入ってくるコメは実質的にゼロである。戦前は、朝鮮や台湾という植民地からのコメの輸入があったが、それもなくなった。シーレーンの寸断による輸入途絶と同じ状況だ。
・1946年当時の日本の人口は7千万人だったが、そのうち1千万人が餓死すると言われた。コメ、麦、イモなど多くの食糧は政府の管理下に置かれ、国民は配給通帳と引き換えに指定された小売業者から買う配給制度が導入された。
もちろん、シーレーンが台湾有事で全面的に遮断された場合は、小麦や肉類も輸入できない。輸入穀物に依存する畜産はほぼ壊滅する。最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦後の食生活に戻るしかなくなる可能性が高い。
1946年当時のコメの1人1日あたりの配給は、標準的な人で2合3
勺(しゃく)だった。年間では125キロである。
・そして、山下氏の試算によると、現在、1億2500万人に2合3勺のコメを配給するためには、1400万トンから1500万トンの供給が必要となる。しかし、減反で毎年コメの生産を減少させているため、2022年産の主食用米の供給量は675万トン以下になるようだ。ということは、もし近い将来、シーレーンの遮断による輸入途絶という危機が起きると、家畜用のエサのコメや政府備蓄米を含めて、必要量の半分をわずかに上回る800万トン程度のコメしか供給できない状況になる。
・また、このようなシミュレーションの結果は、遮断されるシーレーンの規模によっても異なるはずだ。有事が台湾海峡周辺に限定され、それも短期間で危機が終結する場合と、戦争が南シナ海と東シナ海に及び、さらに日本の周辺海域にまで拡大し、長期化する場合とでは、食糧危機の規模も期間も大きく異なってくる。
<台湾有事の可能性>
・これが台湾で有事が発生し、シーレーンが遮断されたときの日本で発生する食糧危機の具体的なシミュレーションである。かなり深刻なものになる恐れがある。
・また、日本政府は危機管理能力は低い。台湾を包囲するような中国の軍事演習の実施で、台湾有事が突然に起こる可能性ははるかに高まっている。筆者の周囲では、外資系企業やシンクタンクのマネジャークラスの人々で、日本での食糧危機の発生を真剣に憂慮し、備蓄に励んでいる人が意外に多いのを最近発見した。日本政府の対応能力を信用していないようだ。台湾有事並みの想定外の事態が複数同時に発生した場合、政府の対応能力にも限界があるかもしれない。ということでは、我々も
最悪の事態を考え、最低限の備蓄は行ったほうがよいだろう。
これが、ウクライナ戦争が引き起こした第6の連鎖である。
<大戦争に至るタイムライン、日本は大丈夫か?2023年以降の激変期>
<6つの歴史的な地殻変動が連鎖>
・さらに、ロシアと中国に主導されたユーラシア圏の欧米圏からの分離と緊張の高まりは、中国に台湾を武力統一する機会を与える。これが引き起こす日本の食糧危機が第6の連鎖になる。
このようにウクライナ戦争は、6つの歴史的な地殻変動を連鎖させた。そして、最終的にはこの二つの陣営の根源的な敵対関係は、第3次世界大戦をもたらすはずだ。
<戦争までの具体的なタイムライン>
・このような連鎖反応を前提にすると、大戦争に至る具体的な出来事が見えてくる。ウクライナ戦争を起点とする6つの連鎖反応の結果、先鋭化した欧米型とユーラシア型の2つの極が最終的に衝突するステージができあがった。
(アメリカ国内のさらなる混乱)
・第1の連鎖の結果、ウクライナで実戦経験のある白人至上主義者がアメリカに帰国する。かねてからアメリカでは、金融危機で国内経済が混乱し、国内の対立と分断が頂点に達しているので、彼らの帰国で対立は一層暴力化する。これは中間選挙が行われる2022年11月から2024年の大統領選挙の時期に激しくなる。
(2029年にも起こるロシアのヨーロッパ侵攻の開始)
・ロシアはドネツク、ルガンスク、サボリージャ、ヘルソンの4州をロシアに併合し、ウクライナを支援している西側に全面戦争を宣言した。
いまのところロシアは、ウクライナと欧米が根負けするまで戦うだけの持久力は残っている。インフレと国内混乱に耐え切れなくなった欧米が、ウクライナの武器支援を縮小させると、ロシアは優位となるに違いない。
その後プーチンは停戦交渉を提案するが、アメリカを中心とするNATOはこれを受け入れることはない。両者の矛盾と敵対関係は一層激化する。アメリカの混乱による国力の低下をチャンスと見たロシアは、2029年頃になると、フィンランドからヨーロッパ全土への侵攻を開始するだろう。
(中国の台湾武力統一と中国の拡大)
・アメリカの分断とヨーロッパの混乱は、中国にとっては、台湾を武力統一する絶好のチャンスとなる。中国はアメリカや日本との衝突を最小限に抑え、一気に台湾を占領する。その後中国の拡大は、アリューシャン列島からハワイまでの「第3列島線」まで及ぶ。
<グレート・リセットと戦後の体制>
・これらの出来事が一気に起こるわけではない。筆者の見るとろころ、それぞれの出来事が起こるにはそれなりに時間がかかるので、2028年ないし2029年には、両陣営の最終的な衝突となる大戦争が起こる。
これまでの第1次と第2次の2つの世界大戦の持続期間を参考にすると、この戦争は3年は続きそうだ。2029年から2032年くらいまでの期間となるだろうか。
実は、いまの両陣営の鋭い対立から大戦争に至る過程全体が、拙著
『グレート・リセット前夜』に書いたグレート・リセットなのだ。世界の秩序のみならず社会の秩序も根本的に再編成される。このときに出現するのが、国民を管理する高度管理社会だ。
しかしこの管理社会は、欧米型とユーラシア型でモデルが異なってくるだろう。このモデルの違いは、いずれ機会があれば詳述する。
<6つの連鎖の根底にある対立と日本>
・最後に、これから日本でなにが起こるのかを書いておきたい。この大変動のなかで日本にも大きな変化が待っていることは間違いない。大戦争が起こる前に、日本は変化せざるを得なくなる。
・すでに書いたように、民主主義と自由な基本原則とする体制と、社会と経済の上にそれを管理する主体としての国家を置く体制との衝突である。
・では日本はどうなるのだろうか?日本でも、国内で噴出する矛盾を抱え込むために国民を管理する、ユーラシア圏型の高度な管理システムを導入する方向に動かざるを得なくなるだろうと思われる。
・SNSが巻き起こす運動は、いつ起こるか予想がつかないゲリラ豪雨のようなものだ。長い間先進国では、国民の大多数は安定した中産階級に属しており、それが社会のストレスを耐えられる水準に管理していた。
もちろんこの状況は日本も例外ではない。すでに第1章にも書いたように、2022年7月8日の山上容疑者による安倍元首相の殺害は、社会的ストレスが要人へと向けられて発散される新しい段階に突入した。
・一方、ユーラシア経済圏を主導する国家が社会と経済を管理する権威主義的な体制では、中国がそのよい例のように、SNSの暴走は国家によって管理されている。社会がゲリラ豪雨のように突発的に起こる変動によって撹乱されることは少ない。国家統治上好ましくないSNSの投稿の連鎖が危険な水域に達する前に、徹底して管理されてしまう。
<凋落する欧米と選択が迫られる日本>
・もちろん、自由と民主主義を基盤にしたシステムのほうがよいに決まっている。これにはあまり異論はないはずだ。しかし、ウクライナ戦争後、改めて先鋭化している欧米と中ロ主導のユーラシア圏の対立は、民主主義のシステムではもはや社会が維持できなくなっている可能性を見せつけている。ロシアの哲学者、アレキサンドル・ドゥーギンは、自ら作り出した矛盾に耐え切れなくなった欧米が自壊するのは時間の問題だと見ている。
<思想によるテロ正当化の階段>
・では、要人の殺害を正当化する思想とはどのようなものになるのだろうか?「悪いやつだからやっちまえ!」というような単純なものでは広い共感は得られない。殺害があたかも正しい行為であるかのように正当化する思想ではないと、広い共感は得られない。これは仮説であるが、そのような思想は現代の日本で人気のあるスピリチュアリズムを基礎に出てくる可能性がある。
・いまでは、スピリチュアリズムにはまったく関心がないという日本人のほうが少数派になりつつあると言ってもよいだろう。この日本版スピリチュアリズムが、日本社会への鬱積した不満の爆発を正当化する思想として利用される可能性はある。
・それが近年、啓示を与える存在が、記紀神話に出てくる神道の神々であるケースが非常に多くなっているのだ。これらの日本の伝統的な神々は、これにつながった人間の口を通して個人の悩みに応えたり、またその人間の将来を予言したりする。
そして、そうした啓示には日本の未来についての内容も非常に多い。記紀神話に出てくる日本の古代の神々が実際に降臨し、国家と民族の未来に対する啓示を与えるというわけだ。
・実は、戦前の日本の国家神道にも、記紀神話を通して日本古来の神々とつながり、これを直接体験するケースが非常に多かったのだ。戦前の日本特有のスピリチュアリズムである。また、神秘主義と言ってもよい。
・さらに、1932年に、大蔵大臣だった井上準之助や三井財閥総帥の団琢磨を暗殺した「血盟団」を率いた日蓮宗の僧侶、井上日召の神秘体験は壮絶だ。
<明治末期から急に増える記紀神話の神秘体験>
・こうした青年層が引き付けられたのは、記紀神話による神秘体験だった。先に書いた渥美勝と同じように、記紀神話の直感的な読み取りを通して神国日本と自己同一化し、日本の神々と交信して自分の生きる意味を見いだす道だった。当時の日本にはこうした神秘体験には、井上日召のような、人知を超えた超越的なものの体験も含まれる。記紀神話のみではない。
いずれにせよ、そうした日本独自のスピリチュアリズムは、関東大震災や度重なる恐慌で疲弊した昭和初期の日本ではさらに勢いを増していった。そして、日本社会の歪みを糺す方途として、テロを正当化した。
<では現代は?>
・もちろん、当時と現代とでは状況は根本的に異なっている。しかし、バブルが崩壊して長期的な低迷期に入り、終身雇用制や年功序列などの伝統的な雇用環境が崩壊した90年代以降の日本でも、雇用の不安定な契約社員や派遣社員が激増し、所属する共同体のないネット難民化した人々が急増している。この状況はさらに悪化し、膨大な数の「無敵の人」を生み出している。
そしていまの日本でも、そうした人々が強く引き付けられ、生きる目的を実感するひとつの手立てになっているのが、いまのスピリチュアリズムなのではないだろうか?
<ウクライナ戦争後の状況>
・ウクライナ戦争は、かねてからあった民主主義と自由な市場を基本原則とする体制(欧米)と、社会と経済の上にそれを管理する主体としての国家を置く体制(ユーラシア)との衝突を先鋭化した。プーチンの思想的なブレーンとされる哲学者のアレクサンドル・ドゥーギンは、ウクライナ戦争後、「我々は、西側諸国と取り返しのつかないほど根本的に決別した」と述べ、これからは欧米には一切依存しないロシア独自の社会経済モデルを作ると宣言している。
さらに、「私たちが西洋から切り離されても、西洋そのものが私たち抜きでもおかしくなってしまう」として、欧米の民主主義と自由な市場のシステムでは、社会の安定性の維持が困難になる限界点に差しかかっているという認識も示している。
・いま日本は、こうした国内の鬱積したストレスをコントロールして、社会の持続性を確保できるかどうかが問われている。もし日本がこれに失敗すると、日本は必然的に、国家が社会と経済を管理し、社会の持続性を保証するユーラシア型の体制に移行せざるを得なくなるだろう。すると、日本はゆっくりとユーラシア圏の方に引き寄せられ、吸収されるのかもしれない。
・しかしもし、これから日本が社会矛盾の爆発に対処するひとつの方途として、ユーラシア型の社会モデルの方に引き寄せられるのであれば、日本は明治以来のアイデンティティーの再構成の時期に入る。ただ今度は、欧米でもなくアジアでもない、ロシアを含んだもっと大きなカテゴリーとしてのユーラシアである。こちらのほうが落ち着きがよいだろう。いずれにせよ日本は、歴史的大転換の過程にある。そのなかで、日本独自の社会経済モデルが出てくる可能性もある。それはそんなに悪いものにはならないかもしれない。希望を持ちたい。
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