ロシアの戦術核使用は現実的な問題として見ておかなければいけません。(1)
(2023/7/26)
『「外交オンチ」が日本経済を破壊する!』
間違いだらけの日本の「経済安全保障」
高橋洋一 清談社 2022/7/25
<はじめに>
<「外交オンチ」がわかっていない安全保障と経済の密接な関係とは>
・外交とは何か。ひと言でいうと、「貿易と安全保障について他国と話し合う」ことです。
世界のいろいろなところで行われている外交の舞台でも、そこで何が話し合われているかといえば、突き詰めれば「貿易」と「安全保障」の2点に集約されるのです。「貿易」と「安全保障」は密接につながっています。
・だから、隣国の専制国家である中国が毎年国防費を大幅に増やしている状況で、これに対して、日本も防衛費を上積みしていかないことには、戦争が起こる確率がどんどん高まるだけ。つまり、軍備を拡張しないということは、戦争をしたいというのと同じことなのです。
これは、「核」についても同じことがいえます。
・日本の周囲には、中国、北朝鮮、ロシアと三つの非民主主義国があり、そのいずれもが核保有国という、戦争の危険度が高い状況にあります。
それなのに、日本の左派は相変わらずです。
・実際に日本がアメリカと核共有するかしないかという以前の問題として、核を保有する専制国家に周囲が囲まれている日本が核の脅威から逃れるために、どのような対応をすべきかの議論は必要でしょう。
・岸田さんの「核シェアリングを認めない」とする発言は、民主党時代より後退しているのです。
そのような国防意識しかない岸田政権の2022年5月末時点での支持率が、メディア各社の調査で60%以上、なかには70%近いものもあるというのだから、これはじつに由々しき事態です。
<プーチンが「戦勝記念日演説」で犯した致命的なミス>
・仮に宣戦布告をしたとしても、先制攻撃は国際法違反になります。先制攻撃はすべてにおいてダメで、認められているのは自衛権しかありません。
<戦争の「大義名分」は「勝てば官軍」でしかない>
・ロシアの戦術核使用は現実的な問題として見ておかなければいけません。
ロシアによるウクライナ侵攻の幕引きとしては、ロシアが戦術核を使って徹底的に勝利するか、あるいはロシアが完全に疲弊するか、プーチンが病気か何かで退くなどして戦いをやめるのかのどちらかしかないように思われます。
・ロシアによる侵攻が長々と続くという予測をする人もいますが、その場合は、確実にロシアは不利になるわけだから、そうすると、戦術核を使うしか手段がなくなります。
<北欧2カ国のNATO加盟に反対したトルコの思惑>
・フィンランドとスウェーデンのNATO加盟については、長く時間をかけると紛争が起こるかもしれないので、できるかぎり早く進めることにはなるでしょう。
<中国以外のアジア諸国がすべてNATOに加盟する日>
・だから、ロシア経済も、完全に壊滅するまでにはならないでしょうが、それでもマイナス成長になることは間違いありません。
・もしロシアがなくなるか、完全に国家体制が民主化されたときは、今度はその地域までNATOに引き込んで、NATOがアジアのほうまで来るというかたちになることも考えられます。
<「集団的自衛権で戦争の可能性が高まる」のウソ>
・私は安保法制のときから「集団的自衛権があったほうが戦争の危険性は減る」といっていました。当時、総理大臣だった安倍晋三さんも、「やはり高橋さんの説は正しかったね」といってくれます。
<西側諸国によるロシア経済制裁の効果を測定する>
・西側の経済制裁によるロシア経済のダメージはどれぐらいになるか。
もしウクライナ侵攻による新たな経済制裁がなかったなら、GDPの成長率はおそらく3%か2%ぐらいだったでしょう。
その以前からロシアへの経済制裁はあったので、飛躍的に成長するわけではありませんが、それでも今回の制裁によってマイナス10いくつとという数字になるでしょう。だから、ロシアはすでに大きなダメージを受けています。
経済制裁を実行した際には制裁する側の国も返り血を浴びるわけですが、それがどれぐらいになるか。
・さらに、2023年より先については、世界経済の成長率が約3.3%の水準まで低下すると予測しています。
・世界経済の成長率が1%下がることになれば、かなりショックは大きくて、私のイメージでいうと、「ちょっとした不況」といったところです。
・成長率が1%下がれば、失業者も増えることになります。仮に日本で0.5%失業率が上がれば、30数万人は失業者が増えることになるでしょう。これも業種によるのですが、それなりに大きな問題です。
・ほかにもっと貿易依存度の高い国はたくさんあって、それらに比べれば、日本は内需が大きく、輸出入の比率では世界トップクラスぐらいに低いのです。
<「経済制裁は失敗だ」――プーチンの“強気”の根拠>
・プーチンは、「ロシアの経済状態は安定していて、経済制裁は失敗だ」といいます。
ロシア経済が安定していることの理由のひとつとして、2022年3月には急落していたロシア通貨のルーブルが、すぐに回復して右肩上がりになっていることを引き合いにしています。
ルーブルが回復したのは、たしかにそのとおりなのですが、しかしロシアはルーブル安から回復させるために金利をものすごく上げたのです。
・雇用のために金融政策があるということが日本のマスコミはまったく理解できないので、テレビでは「円安だから金利を上げろ」などとトンチンカンな解説がなされますが、金利政策が雇用のために行われるというのは世界の常識です。簡単なロジックをいえば、金利を低くするとものへの投資が増えるのと、人への投資、つまり雇用が増えるにはパラレルだからです。金利を下げてすぐには設備投資も起こらず、雇用もすぐには増加しないためにややわかりにくく、そこがマスコミの人間には理解不可能なのです。
為替のために金利を上げてしまえば、国内の経済がダメになる。これは金融政策の典型的な間違いなのです。ちなみに、金利を上げると為替が高くなりますが、これは為替を安くして自国経済だけがよくなる「近隣窮乏化政策」の正反対の「自国窮乏化政策」になってしまいます。こうした結末は、国際機関の世界経済モデルや内閣府などの経済モデルでも確認されています。
・プーチンはルーブルの為替レートだけを見て安定したといいますが、暴落したルーブルを持ち直すために、ものすごく金利を上げたことの意味がまったくわかっていないのです。ロシア経済の今後がどうなるか、そこから先は予測できます。
ロシアは政策金利を20%にまで上げ、そうすると普通の民間金利は20数%だとか30%になるわけです。そうなれば当然、経済活動はものすごくダウンします。
ロシアの金融当局は、そういうところまで考えずに、あるいはわかっていたとしても、プーチンがルーブル下落に激怒すれば、それを是正するためだけに金利を上げざるをえなかったのでしょう。
しかし、これは経済制裁への対応策としては完璧なミスで、金利を必要以上に上げてしまったことです。ロシアの国内経済はものすごく下がることになり、その結果として、おそらく年率10%程度のGDPマイナスとなるでしょう。
・しかし、本来であれば、為替操作のために金利を変える政策はやってはいけないのです。
・金利だけを勝手に上げてしまうとどうなるか。世界経済モデルで予測される話をわかりやすくいえば、次のとおりです。企業活動がすべて停滞してしまうから、まともに生産ができなくなって、供給が減って、モノの値段が上がります。モノがつくれないのだから、雇用も減って、人々の所得も減っていくことになります。
実際、ロシアが20%にまで上げた金利をすぐに段階的に下げたのも、「インフレリスクに対応するため」だとロシア中央銀行が発表しています。
<ロシア中央銀行の金利アップは「経済オンチ」の最たるもの>
・いまの日本の金利はほとんどゼロですが、これでほかへの影響を何も考えずに金利だけ20%まで上げたらどうなるか。
債券を持っている人は儲かるだろうかと思うかもしれませんが、企業のほうは運転資金などの借り入れがすぐに回らなくなって、企業倒産がバタバタと相次ぐことになるでしょう。企業倒産が増えれば、その分だけ雇用がどんどん失われて、国民の所得がどんどんなくなります。
金利を動かせば、すべてのところに影響が出てくるからこそ、適正な金利にしなければいけないし、そのために、中央銀行は金利の運営を注意深く行うことが求められます。
・しかし、今回のロシアは、まったく何も上がっていないときに上げてしまったのだから、まったくダメです。結果的には、まず所得が下がって、そのうちに物価も上がるスタグフレーションになってしまいます。
ロシアにも、きちんとした経済の専門家はいるのですが、そういう人たちは、みんな辞めてしまったり海外に逃げたりしています。
・経済の運営は、「何かの条件があったときに、何かを変えれば、どのような効果になるか」という理屈がすべて頭に入っていないとできません。
いきなり何かのことが必要だといって、そこにだけ向けた対策をやってしまうと、じつはそれが思いのほかいろいろなところで逆の影響があるということがわからないのでは失格です。
その意味では、経済というのは難しいのかもしれませんが、ルーブルのレートだけを見て金利を変えたというのは完全にアウトです。
日本でも、「円安が進んでいるから」といって金利を変えてしまったら、やはりアウトです。
・だから、ロシアの場合は、ルーブルの暴落についてはあまり気にしないで放置しておくというのが正しいやり方でした。それでも経済制裁はありますから、そこに耐ええるために、国家財政などで備蓄していたものを放出しながら耐え忍ぶというのが普通の政策です。
そんな普通の政策がわからずに、経済顧問みたいな人も国外逃亡してしまうから、もうやっていることはメチャクチャなのです。
<デフォルトで影響を受けるのは誰か>
・この先、「ロシアがデフォルトするのではないか」といった話もよく聞かれます。
・これが最初で、元金が戻ってこないとなれば、次に「ロシアとの取引や投資はやめましょう」という話になります。ロシアに投資したものが滞ることになれば、外資系企業はだんだんロシア国内で企業活動ができなくなります。
・ロシアが昔、ソ連の共産主義の時代に何が問題だったかというと、正常な企業活動ができなくて、国民が欲しい物品をきちんと供給することができないことでした。
だから、これまで外資系企業が供給をしていたものがなくなるということは、ソ連時代の品不足、供給不足に近い状態になるわけです。
・ソ連の時代には慢性的なインフレで、スーパーマーケットに行ってもモノが少ないから買えなくて、みんな並ばなければいけないような状態でした。並ばなければいけないほどに供給が少ないということだから、もちろんすべての物価が高くなります。
企業活動ができなければ、経済発展もしません。経済成長はマイナスになるけれども物価が高くなるという、本当のスタグフレーションです。
・日本でも、「近々に日本はスタグフレーションになる」などという話をする人がいて、実際には日本ではスタグフレーションはなかなか起こらないのですが、おそらくロシアでは、すでに起こっているはずです。ソ連時代には、しばしばそういうことがあったのですが、その時代に戻るような感じになるでしょう。
<ロシア経済が崩壊しても戦争は終わらない>
・虐殺などの戦争犯罪が明らかになっていくにつれて、EUを中心にして、追加の経済制裁が次々と発表されています。
・さらに、EUは、それまで欧州経済への影響を懸念して制裁対象から外していたロシア銀行最大手のズベルバンクについても、国際的な資金決済網であるSWIFTから排除することを制裁案に明記しました。
そうすると、ロシア経済は今後、ますます苦しくなっていくでしょう。
・最初の経済制裁の段階でもロシアの経済成長はマイナス10%程度になっていて、これだけでもリーマン・ショックより下げ幅は大きかったのです。
これに追加の制裁となれば、すぐにデフォルトになってもおかしくはありません。そうなったときのロシア経済のマイナス成長はソ連崩壊のときと近いものになるのではないか。
ソ連崩壊のときには10%を超えるマイナス成長が2年程度続きました。そのころは、まだいまほど外資が入っていなかったため、インフレ率は3桁にまでなりました。インフレ率100%以上ということは、つまり物価が2倍以上になるということです。
今回は中国など経済制裁に加わっていない国もあるので、インフレはそこまでいかないかもしれませんが、経済成長がマイナスになって、所得が下がって、物価が高くなるというスタグフレーションになるのは確実のように思われます。
「お金がなくなって戦争ができなくなる」などという人もいますが、そこは意外とそうでもありません。軍事費については当面、必要分のお金を刷って賄うことになるはずです。軍事にお金をかけられないから戦争をやめるということは、これまでの世界の歴史を見ても、ほとんどありません。
その分、さらにインフレ率が高くなって国民生活は困窮することになりますが、どんなに国民が苦しくても、戦争は続けるでしょう。プーチンが急病で引退するか、クーデターにでもならないかぎり、戦争は続くことになるのだろうと思います。
<「金本位制移行」は眉唾レベルの話だ>
・国債の支払いは、日本人ならすべて円建てでやっていますから、円で支払うのは当然です。しかし、ロシアはドル建てでやっているのに、それをルーブルで払うというのでは約束違反で、これが国家破綻のファーストステップといえます。
・これからロシアはハイパーインフレになりつつあって、お札を刷らなければいけない状態で、そのときに金本位制は取り入れません。ロシア債務の名目価値が高くなるだけです。
ハイパーインフレとお札を刷るというのは同時並行的に起こってくる話で、インフレが高くなるからお札が足りなくなって刷らなければならない。
普通の経済状況なら、インフレになりそうなときには引き締めのために刷らなくなることもできますが、いろいろな支払いが出てくるからそれができないのです。
いずれにしても、ロシア経済が大変な状況になっているのは間違いありません。
<「GDP比ワースト30位」でも防衛費増額を認めない左派政党>
・それなのに、日本は相変わらずボケていて、安倍さんが講演で防衛費増額のことをいえば、相変わらず立憲民主党や共産党は「けしからん」と言い出すし、連立与党の公明党すら防衛予算を上げることに難色を示します。
<軍事費と戦争の相関関係を数量的に分析する>
・私はアメリカに留学していたときに軍事費と戦争の関係などを数量的に分析したのですが、戦争確率を減らすには、大きくは三つぐらいの手段しかありません。
ひとつは、国防費を高めること。もうひとつは、同盟に入ること。あともうひとつは、相手国が民主主義国家かどうかがポイントで、非民主国が相手の場合は戦争をしかけられる確率が高くなります。日本の周囲には中国、北朝鮮、ロシアと非民主国が三つもあって、これはかなり危険な状況だといえます。
<岸田総理自身で実現する気が見られない「憲法改正」>
・他国の憲法を見てみれば、緊急事態条項のない憲法というのは、日本国憲法以外にほとんどありません。
「なぜ、日本国憲法にはないのか」というぐらいの話で、これがなかったせいで大変なことがたくさんありました。
たとえば、新型コロナのときに非常事態宣言を発することができませんでした。それで、普通なら非常事態、マーシャルロウというところを、緊急事態宣言などといってお茶を濁すようなことしかできなかったのです。
<なぜ、日本国憲法には「緊急事態条項」がないのか>
・世界各国はそれぞれ新型コロナのときにいろいろな私権制限を行っていました。普通の国は私権を10割近く制限するかたちで行動制限を行っていましたが、日本はほかの先進国と比べて制限の強度がほぼ半分でした。憲法に「私権の制限はできない」とある以上、いくら頑張っても半分ぐらいしか規制ができなかったのです。
<「経済オンチ」が知らない「為替」のカラクリ――「円安」「円高」をめぐるメディアのデタラメ>
118<日本の高度経済成長は「1ドル360円」のおかげだった>
・そのように、いまも華々しく語られることが多い日本の高度成長期の原因が、じつはよくわかっていなくて、「これだ」という決定打がなかなかないのです。
さまざまな見解があるなかで、ひとつの事実をいうと、「高度成長期の日本は、経済の基礎のところで、すごく下駄を履かされていた」ということがありました。
1949年4月25日から1971年8月15日まで22年間にわたって円ドルの為替は固定相場制で1ドル360円とされていました。
完全な変動相場制となったのは1973年2月からで、それからもダーティフロートなどといわれながら、1ドル200円ぐらいの時代が続きました。
・本来、その時期にどれぐらいの為替レートが適正だったのかを計算すると150円ぐらいになります。
・プラザ合意以降は本来の実力勝負となって、実際の為替レートと、本来あるべき為替レートはほとんど一緒になりました。
そして、日本の高度成長はそこで終わっているのです。
・だから、私はこの為替レートこそが高度成長の決定打ではないかと思っているのですが、やっぱり「プロジェクトX」のような「頑張った日本人の物語」が好きな人も多いので、私の説はなかなか多数派になっていきません。
・しかし、いくつかのヒントはあります。日本のお金の量とGDPは連動するわけですから、金融緩和して円安になるとGDPは増えます。10%ぐらい円安になると、1%ぐらいGDPが伸びるわけですから、これを続けることでGDPは伸ばせる。これはいちばんいいやり方です。極端にいえば、つねに円を20%ぐらい増やしていけば、GDPは2%伸びることになります。
<メディアが解説する「円安の理由」のデタラメ>
・2022年5月、FRBは22年ぶりとなる0.5%の利上げを発表しました。
なぜ、利上げをするのかというと、アメリカでは現状、総需要が総供給を上回っていてインフレ率が高くなっているから、過熱を抑えるという意味での利上げです。
・日米の差は、主に財政出動の差によるものです。アメリカは大規模な財政出動を行ったから、総需要が総供給を上回りました。
・何が間違っているのか。一つめは、ウクライナ侵攻によって戦争が長引くことが日本経済にとって悪影響になるといいますが、ロシアとの取引は日本よりヨーロッパやアメリカの方がはるかに大きいのです。だから、日本より欧米のほうがはるかに影響は大きい。
・ちなみに、経済が悪くなると通貨安になると思っている人がよくいますが、そんな因果関係はまったくありません。「日本の経済が悪くなるから、日本売りで円安になる」などと説明をする人がいますが、まったくの間違いです。
二つめについても貿易収支と為替はまったく関係ないということは完全に証明されています。
・三つめの金利差は、それなりに当たってはいます。為替というのは二つの国の通貨の比です。
・しかし、そこまでややこしく考える必要もなく、ただたんに「二つの通貨の交換比率だから、二つの通貨の量の比率でだいたいが決まってくる」と説明すればいい。為替とはそれぐらいの話なのです。
・このようなマスコミの姿勢に対して、「日本のことを悲観的にいいたいだけの自虐思想だ」などと評する向きもありますが、それより、まず経済のことを何も理解していないということが大きいように思います。わざと悪くいっているのか、本当に理解していないのかは、いくらか話を聞けばわかります。
・それで、「円安になって大変だ」などという言い方をするのですが、彼らは「円安になるとGDPが伸びる」ということも知らないのでしょう。
アベノミクスにしても、民主党政権のときに円高になって大変だったから、それを引っくり返したのが第一歩だったのです。
<数字で読み解く「円安」の動向>
・為替が動くと「悪い円安だ」という話になって、それで「金利を高くしろ」という人が必ず出てきます。
しかし、この手の話をする人は、はっきりいって為替の素人です。とくに政策のほうをやっている人間から見ればド素人といえます。
為替にはいくつかの原則があるのですから、為替の動きを説明しようというときには、その原理原則をきちんと見なければいけません。
まず、大原則として、「変動相場制のときに為替の動きに対応してはいけない」ということがあります。
・これはよく間違える話で、ロシアがそうでした。ルーブルの下落は日本の円とは桁違いでしたが、その価値を高めるために金利を上げたのは大間違い。韓国もときどきウォン安を気にして金利を上げますが、これはマクロ経済政策としては間違いです。
ロシアも韓国も為替を見て右往左往することで失敗する典型例です。じつは何もしないのが正解なのですが、そのことを忘れて、狼狽して金利を上げてしまいました。
それと同じことで、円が下がったからといって、大騒ぎして「利上げしろ」といっている識者がいましたが、まったく話になりません。
・国内の金利を上げるということは、マクロ経済政策としては縮小政策になります。つまり、マクロ経済政策において大規模な財政出動をしたくないという思いを持っている財務省が裏でいろいろ工作をしているのではないかと私には感じられるのです。
「金利を上げろ」という人は、間違いなく「原油価格が上がったから」という。これは事実です。そして、「原材料費が上がった」「円安になると、さらに上がる」といって、最後にこれを「インフレだ」という。
しかし、日本の場合、インフレにはなかなかなりません。
・では、この為替の動きというのは、実際のところ、そこまで大変なのか。
エコノミストが説明するときには、一般的に「金利差で為替が決まる」というのですが、もっと正確にいうと、金融政策の差で決まります。
金融政策を金利の動きで見るというやり方もあるのですが、マネタリーベースというお金の量で見るほうが簡単です。マネタリーベースを増やすのが金融緩和策、減らすのが金融引き締め策といいます。つまり、マネタリーベースで見た日米の金融政策の差で円ドルの為替が決まるということです。
・具体的にいえば、2022年5月時点の日米のマネタリーベースは日本600兆円、アメリカ5.4兆ドル。日本は金融緩和なので1割増しの660兆円、アメリカは金融引き締めなので、1割減の4.86兆ドルと予測すれば、660兆円/4.86兆ドル=136円/ドルとなります。要するに、マネタリーベースの予測と為替の動向には密接な関係があるのです。
・日々の為替をやっている人にとっては死活問題なのかもしれません。しかし、これをいっては身も蓋もないのですが、日々の為替がどちらに動くかというのは、統計的にはランダムウォークといって、予測は不可能なのです。
・一方のアメリカはインフレ傾向が出ていますから、長期金利を上げて引き締めすることを発表しています。そうすると、アメリカのマネタリーベースはあまり上がらず、日本のマネタリーベースは上がっていくという予想になります。
<まったく意味のない「円の実力」という表現>
・アメリカがインフレになっているのに、なぜ日本はインフレにならないのか。
日本の経済状況を見ると、総供給が570兆円ぐらいであるのに対して、総需要は540兆ぐらいしかないのです。総供給のほうがはるかに大きい状況ですから、日本はなかなかインフレが加速しないということです。
・現状の日本における正しい政策としては、「金融緩和はこのまま続けて、個別価格の上昇に対しては、ガソリン税の減税と消費税の特定物品の軽減税率を実施して、それとともに大型の補正予算を打つ」ということになります。
・岸田内閣では、おそらくこのすべてをやらないのでしょうが、そうなると、これを「悪い円安だ」などといって正しい政策を実施しないことを正当化するような論調が、これからマスコミに出てくることになるのでしょう。
・まず、この記事のなかに「実質実効為替レート」という言葉が出てくるのですが、マーケットの人に聞いても、誰もこの言葉は知らないでしょう。なぜかというと、そんなものは指標として使わないからです。
・実質実効為替レートというのは為替レートと同じことです。
・それなのに、なぜ「円の実力」という表現をするのかといえば、そうすることで、なんとなく円高のほうがいいと思わせたいというだけのことです。あえて「実力」ということで、あたかも為替が安くなったのを悪いことのように説明したいだけなのです。
・円はこの50年間、上がったり、下がったりはありましたが、BISの統計を見ると、50年前に比べて円安でも円高でもありません。ところが、先に名を挙げたイギリスやメキシコ、スウェーデンなどの国は、はるかに自国通貨安になっています。
・では、なぜ高度成長期に円高になったのかというのも簡単な話で、最初に1ドル360円と言う時代がありましたが、あれは適当に決められたものだったのです。
なぜ、1ドル360円に決められたのか。「円形は1周すると360度だから、円も360円にした」という説があるほどに根拠の薄いものでした。
あらためて計算してみると、実際には1ドル150円ぐらいにすべきだったようで、それが360円という、ものすごい円安の為替レートに決まったことは、日本にとって非常にラッキーなことでした。
・日本では変な水準に為替が決められて、それをキャッチアップする過程で高度成長も一緒に起こったから、円高がいいと思い込んでいる人がいるのですが、しかし、これははっきりいって間違った認識です。
<「円安ドル高」でプラスになる人、マイナスになる人>
・日本銀行の黒田東彦総裁は円安ドル高について、「現状ではプラス面のほうが大きい」と発言しました。しかし、日本商工会議所の三村明夫会頭は、「デメリットのほうが大きい」といっています。
なぜ、180度言い分が異なるのかというと、三村会頭は中小企業を代弁していて、黒田総裁は経済全体を考えての見解だからです。
・自国通貨安は、しばしば「近隣窮乏化策」ともいわれるのですが、それは逆にいえば自国経済がよくなることを意味しています。
では、主として大企業で構成されている経団連の十倉雅和会長が円安についてどう見ているのかというと、「大騒ぎすることではない」という見解を示しています。
・円安傾向を受けて、「円高は国益」「製造業が海外に拠点を移しており、円安メリットは小さい」といった議論も聞かれます。しかし、これが誤りであることは、民主党政権時代の円高で日本経済はどうなったのかを思い出せば明らかです。
「製造業が海外に拠点を移しており、円安メリットは小さい」との意見は、輸出のメリット減少をいっているだけで、これも正しくありません。海外に拠点を移していれば、その投資収益があるはずで、この円価換算収益は円安メリットを受けているのです。
海外から政治的な理由で自国通貨安を是正しろとの要求があるのなら、それは想定内のことですが、国内からそうした声があるとは驚きしかありません。円高は明確に「国益」に反するからです。
・ちなみに、ウクライナ侵攻を受けたあとのIMFの世界経済見通しでは、2022年には日本だけが経済成長すると指摘していました。
これは、日本だけが金融緩和を続けていて、その効果が世界経済のマイナスを補っているという理由からなのです。
<円安のほうがGDPが伸びるカラクリ>
・アベノミクスへの批判として、「トリクルダウンは起こらなかったじゃないか」という声があります。「一部の富裕層を優遇しただけで、その富が貧困者まであふれて落ちてくることはなかった」というのです。
しかし、アベノミクスにおいて、データも理論も、多くの部分を私が提供してきたのですが、その私は一回もトリクルダウンということをいったことはありません。安倍さんも、2015年の国会で、トリクルダウンについて、「われわれが行っている政策とは違う」と明言しています。
・これまで何度もいっていることですが、アベノミクスというのは世界標準の政策です。マクロ経済の観点からは金融政策と財政政策があって、ミクロ経済の観点からは規制緩和政策を行う。これは世界のどこでも同じで、それをうまくやるか、やらないかの話です。
・これまでに記してきたように、円安になったほうがGDPは伸びるのです。だから円高になった民主党時代は当然ダメでした。
経済政策をなんのためにやるかというと、最後は雇用なのです。雇用が確保できて、給料が上がれば、非常にいいかたちになります。
・雇用が増えたというと、今度は「正規、非正規がある」というのですが、民主党のときには正規がマイナス50万人、非正規がプラス100万人程度だったものが、アベノミクス時代には正規がプラス200万人、非正規がプラス220万人程度にまで増えました。つまり、正規も非正規も、アベノミクス時代のほうが増えているのです。
・しかし、実質賃金が下がったのには理由があって、雇用を増やすときには、実質賃金がある程度下がるのです。雇用が増えると、それまで無職の人が雇用されるので、その人たちは最初は給料が低いわけです。だから、過度期にはどうしても平均値は下がってしまうのです。
とはいえ、名目賃金も雇用も圧倒的に改善されたことはたしかな事実で、雇用が一気に増えて、給料の低い新人が増えたから、実質賃金は下がったということです。何も悪いことはありません。
・アベノミクスにおいて、少なくとも雇用についてはほぼ満点。賃金に関しては満点ではないにしても、すごくひどい数字ではなかったといえます。雇用者を増やすという結果を導くために経済政策を行っていて、そのとおりの結果になったのです。
・民主党の人が「円高のときがよかった」といったところで、いったいどこがよかったのか。「失業率が高かったでしょう」で終わる話で、経済がわかっていない人たちは見ているところが違うのです。
・そこで消費増税をやったのはたしかに失敗でしたが、本来ならGDPが増えた分で財政出動などができるわけです。輸入価格が上がって困るという人には補助をするとか、ガソリン減税もそのひとつです。消費税の軽減税率適用というのもそうでしょう。
・そこで、ほかの数字で今後の雇用がどうなるかを見ていくことになります。
将来の雇用を予測するときに重要な数字としては、総需要と総供給の需給ギャップ、つまりGDPギャップがあります。総供給が多いというかたちでGDPギャップが大きければ、モノが余っているのだから、つくり手はいらないということで、失業率は上がります。
<岸田総理が株式市場に疎いバックボーン>
・「岸田に投資を」といいながら、2022年4月11日に衆議院から公開された資産を見ると、岸田さんは株式などの金融資産を持っていませんでした。そのため、ネットなどでも「株を持っていない人に株をすすめられても」という声が見受けられました。
岸田さんの家系には役人や政治家がいますから、その影響で岸田さんも株をやらないという可能性はあるでしょう。政治家が株をやっていると、ときどき変なことになるのでやらないということはあるし、役人も仕事の関係で重要情報に触れるからやらないというのはよくあります。
・岸田政権の取り巻きを見ても官僚が多くて、首席秘書官は経済産業省の官僚だし、副長官にも財務省の官僚がいます。一般的な役所のルールどおりであれば、官僚は現役のうちは株式投資をしてはいけないことになっていますから、まったく株式をやったことのない人間ばかりが岸田さんの周囲にはたくさんいることになります。
<「経済オンチ」としかいいようがない日銀審議委員人事>
・彼らは、なぜほかの国で行われている「普通の」金融政策がわからないのか。まず「勉強していない」ということはあるでしょう。
いまの世の中の教科書などは、「普通の金融政策」についてきちんと書いていませんから、そんな教科書を読んできた秀才みたいな人にはわからないのです。
<何もしていないのに批判されない本当の理由>
・2021年10月19日の衆院選において、私は岸田総裁のもとでの選挙となると、ある程度議席を減らすだろうと想定していました。
・しかし、実際には自民党の議席は15しか減りませんでした。
自民党が負けなかった主な原因として考えられるのは、やはり立憲民主党が共産党との選挙協力で「立憲共産党」になったことでしょう。
<この程度の税金控除では国民の給料は上がらない>
・2022年4月1日から賃上げ促進税制が適用されることになりました。
・マスコミの報道を見ると、なんとなく岸田政権が決めたことのように思うかもしれませんが、制度自体は、たしか2013年ごろにはもうできていました。それの控除率をちょっとだけ高めるといったぐらいの話なのです。
・賃上げするためのいちばん簡単な方法は、外国人労働者を日本に入れないで人手不足感をつくることです。そうなれば、企業としてはどうしても人を雇って仕事をしなければならないので、給料を弾むしかなくなります。
それを税制でやろうということ自体が、政策手段としては初歩的な間違いだといえます。
しかし、産業界からの要請で、これからも外国人労働者を日本に入れるということになると、ますます賃上げは難しくなるでしょう。
このように見れば、岸田政権のやっていることが、いかに支離滅裂であるかがわかるはずです。
岸田さんは「聞く力」などといって、いろいろな話を聞いて政策実行しようと考えているのでしょうが、そうすると、こういうことになるのです。
<「過去最大55兆円の経済対策」の内実>
・ほとんどのマスコミは役所にいわれたそのままを書いているだけですから、もとになる資料を読まねば真実はわかりません。
・この数字を見ると、まあ真水は30兆円ぐらいだろうということになるのですが、ここには新規に国債を発行して調達するお金だけでなく、過去の余った分を回したものもたくさん入っているはずです。
・それが何を意味しているかというと、もはや政調会長も総務会長もほとんど意味がなくなっているということです。
これまでは、「政務調査会審議会のプロセスと総務会のプロセスを経ないことには、自民党の経済対策とはしないから、政府の対策にもならない」ということだったのです。
<消費増税したくてウズウズしている頭の古い面々>
・補正予算30兆円のうち、何兆円かは新規国債に依存するわけですが、仮に30兆円のすべてを新規国債でやったとしても、真水は30兆円レベルにしかなりません。
ところが、本来必要な仕事量から現在のGDPを引いた数字、GDPギャップは40数兆円ですから、30兆円では足りません。
需給ギャップは必ずすべて埋めることが財政政策の大原則ですから、そうすると真水が最大の30兆円だったとしても、それでもまだ必要な分の6割ぐらいでしかありません。
<徴税に電子マネーを導入したくない増税派の本音>
・財務省は、どうも税率のことばかりをいって、徴収のやり方や徴収漏れの話はあまりしようとしません。昔は税収を上げるのは税率だったから、その考え方で凝り固まっているのです。
しかし、いまは税率を上げるより先に、不公平にやっている人からきちんと取るための手立てがあるのです。
かつては申告のときに領収書をすべて提出しなければダメでしたが、電子マネーになれば履歴を見ればすべてわかります。データになれば機械処理もやりやすくなって、事務コストも低減されます。
<トリガー条項発動を「検討する」と発言した背景>
・「一定条件を満たせばガソリン減税を実施する」という、いわゆる「トリガー条項」では、本来、「ガソリン価格が1リットル160円を3ヵ月連続で超えた場合」に発動されることとされていました。
このトリガー条項が導入されたのは2010年のことでしたが、その翌年に東日本大震災が発生したことで、「復興財源を確保するため」という理由で凍結されていました。
しかし、原油価格が高騰したことで、これを解除するかどうかという議論が起こったわけです。
<「検討する」は「やるやる詐欺」にすぎない>
・それにしても、岸田さんは相変わらず、たんなる絵に描いた餅で「検討します、検討します」ばかりで、これでは「やるやる詐欺」も同然です。
トリガーではない現状のやり方であれば、ガソリン補助金は予算の予備費で出せますから、当分は続けられます。
それだけだと、価格はなかなか下がりませんから、その意味でトリガー発動をするのが筋といえば筋なのです。しかし、それをやるにあたっては法改正と予算措置が必要だから、そこの準備をしないことにはできません。
<冗談にしか聞こえない「難しい判断と決断の連続」>
・2022年4月4日、岸田さんは就任半年を振り返って、「難しい判断と決断の連続」とコメントしていました。
まるで冗談としか思えません。検討するというばかりで何も判断などしていたようには見えないからです。
<やるべきことをやった菅前総理、やりたいことが見えない岸田総理>
・前総理の菅さんは最初から「これをやらなければいけない」といって、そこをやっていきました。マスコミが考えるより先に行くから、そうすると叩かれることも多かったのですが、本来こういう時代は先に先にと先手を取ってやらないとダメなのです。
しかし、岸田さんはこのままずっとできないままなのでしょう。
<断言しよう。岸田総理は「経済オンチ」である>
・2022年5月15日の「読売新聞」に掲載された同社の世論調査によると、岸田政権の新型コロナ対応を評価する声が62%ということで、これは2020年2月に同様の調査を始めてから初の60%越えだったそうです。
私には岸田政権の新型コロナ対応の何を評価するのか理解できません。
・「もろい支持層だから、あっという間に急落することもある」という人もいますが、いまのところ何もする気配がないから批判されることもなく、しばらく岸田政権の支持率は高いままでしょう。
<安倍元総理の「日銀は政府の子会社」発言が叩かれた理由>
・岸田政権の支持率が高いなか、安倍さんばかりが批判される。その代表的な事例を検証していきましょう。
2022年5月9日、安倍さんが大分市内で開かれた会合のなかで、「日銀は政府の子会社だ」と発言したことに対して、財務省はすごく慌てたのでしょう。
・こうした内訳についても、マスコミはまったく知らずに記事を書いています。「日本経済新聞」などは、ご丁寧に長期債務残高の推移グラフを掲載していましたが、あれもすべて財務省から資料をもらって貼りつけているだけです。
<数字を出されるとパニックになる「経済オンチ」のマスコミ>
・財務省がマスコミに記事を書かせることで何を主張したいのかというと、これは「税収で支払うべき」というところをいいたいだけなのです。
そうして、安倍さんの「日銀は政府の子会社だ」という発言を、なんとか否定したいのです。
<アベノミクスが掲げた「インフレ率2%」目標の意味>
・「インフレ率2%」という目標はアベノミクスのときから政府が掲げてきたものです。
しかし、日銀にはプライドの高い人たちが多いので、いちおう「政府と日銀が共有している目標だ」という言い方をしています。政府が立てた目標に日銀が従っているということになると、「日銀が政府の子会社だ」ということがバレてしまいます。
・親会社である政府がインフレ率2%という目標を出しているのに、日銀がその目標を達成できないのだから、本来なら政府は怒らなければいけません。しかし、2%というのはあくまでも目標であって、本来の目的である失業率の低下は実現していて、雇用がよくなっているのだから、あまり目くじらを立てることはありません。
金融政策においては雇用がいちばん重要で、失業率2.5%ぐらいにまで下がったのだから、そこはこれでOKなのです。
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