ネット上の陰謀「Qアノン」を妄信する人々によって引き起こされたアメリカ連邦議会襲撃は、世界を震撼させる事件であった。(1)
(2023/8/25)
『陰謀論』
民主主義を揺るがすメカニズム
秦正樹 中公新書 2022/10/25
<陰謀論>
・ネット上の陰謀「Qアノン」を妄信する人々によって引き起こされたアメリカ連邦議会襲撃は、世界を震撼させる事件であった。21世紀の今、荒唐無稽な言説が多くの人に信じられ、政治的影響力すら持つのはなぜか。
・2021年1月6日、民主主義を象徴する「あの」アメリカで起きた連邦議会襲撃は、世界中の人々が目を疑うような事件であった。2020年アメリカ大統領選挙において「選挙不正」を訴えるトランプ前大統領に共鳴した支持者たちが、バイデン大統領の就任を阻止せんと連邦議会を襲撃、死者を出すほどの暴力的な事態にまで発展したのである。
・何よりも、この事件が世界中を震撼させた理由は、すでに多くのメディアが報じているように、事件の首謀者たちが「Qアノン」と呼ばれる陰謀論を妄信していた点にある。
「Qアノン」は、2018年ごろからインタ―ネットで広まった陰謀論の総称である。Qアノンにはさまざまな陰謀論が含まれるが、それらの陰謀論の最大の特徴は、「ディープステート」と呼ばれる闇の秘密結社の暗躍がすべての「元凶」であると指摘する点にある。ディープステートを構成するメンバーは、バラク・オバマ元大統領やヒラリー・クリントン、あるいは熱心な民主党支持者として有名な歌手のテイラー・スウィフト
など、いわゆるアメリカ内のリベラル系有名人だとされ、さらに、ディープステートのメンバーは悪魔崇拝者や小児性愛者であり、「裏では」国際的な幼児等の人身売買に深く関わっているという主張も拡散された。
・これらはQアノン陰謀論のごく一部の主張であるが、実に荒唐無稽でバカバカしいと考える人のほうが多いだろう。ところが、驚くべきことに、少なくないアメリカ人がこうした陰謀論を支持し、さらに議会襲撃まで引き起こしたのだから、「ただの陰謀論を真面目に考えるなんてバカバカしい」と笑って片づけるわけにもいかない。
・概して、「一般人は決して触れることのない秘密の集団の企みによって政治/社会的決定がなされている」と考える点で共通している。
・結局のところ、陰謀論を陰謀論たらしめているのは、客観的なロジックや事実ではなく、個人ないし同じ考えを持つ者同士の主観的な認識であって、あるテレビ番組の言葉を借りれば、「信じるか信じないかはあなた次第」ということになる。
・こうした陰謀論の性質を考えれば、Qアノン陰謀論が議会襲撃事件をひき起こすほどに影響力を持つようになったのも単なる偶然ではなく、一定のメカニズムがあるとわかる。実際、Qアノンの陰謀論も2018年ごろには、ごく一部のトランピアン(強固なトランプ支持者)の「内輪話」だったはずが、中間選挙~大統領選をきっかけにして、たった1、2年のうちに全米中のトランプ支持者にまで伝播したのである。Qアノン陰謀論が、攻撃するリベラル系政治家や著名人を「闇の勢力」とひとまとめにするのも、もっぱら多くのトランプ支持を獲得するために単純化した言説であり、リベラルへの思想的対抗という意味はほとんど持っていない。
・しかし、だからといって、日本の社会が陰謀論とまったく無縁だと言うわけではない。
・インタ―ネット上で排外主義的な発言を繰り返す、いわゆる「ネット右翼」と呼ばれる人々による言説が典型的である。
・このように、日本でも、いつ爆発的に広がっても不思議ではない「火種」となる陰謀論が数多く見られる。
・「日本社会の中枢は、外国人に牛耳られていると思いますか?」と尋ねたところで、素直に「そう思う」と回答する人はそう多くないだろう。
・すなわち、「本音」の意識を明らかにするためには、通常のアンケート調査では不十分であり、より発展的で高度な分析方法を用いる必要がある。その分析方法のひとつがサーベイ実験なのである。
<「陰謀論」の定義――検証可能性の視点から>
<陰謀論とフェイクニュースの分水嶺>
<世界中に広がる陰謀論>
・2010年代以降、「陰謀論」が世界各国の政治・社会を大きな混乱に陥れる時代となった。
・たとえば、アメリカでは、新型コロナウイルスに対するワクチン接種がはじまってすぐより、「コロナワクチンには、実はマイクロチップが埋められている」とか「コロナワクチンを摂取したら、磁石が体につくようになった」などといった陰謀論が、フェイスブックやティックトックなどのソーシャルメディアを通じて急速に広まった。
<「陰謀論」の定義>
・陰謀論の多くは荒唐無稽な言説ではあるものの、しかし、それを信じる人もまた後を絶たない。
・デジタル大事泉によれば、陰謀論とは「ある事件や出来事について、事実や一般に認められている説とは別に、策謀や謀略によるものであると解釈する考え方」とされる。
・たとえば、前記のマイクロチップ陰謀論では、その主体をビル・ゲイツとしているが、実際には、彼の協力者や関係者、あるいは所属する団体――ビル・ゲイツ財団のような――を含んでいることは明白である。
・これらの議論も含め、差し当たって本書では、陰謀論を「重要な出来事の裏では、一般人には見えない力がうごめいている」と考える思考様式であると定義しておきたい。
<陰謀論とフェイクニュース>
・陰謀論は、ある重要な出来事の原因を、一般人には知り得ない強大な力に求める点にその特徴がある。とはいえ、多くの人にとって、陰謀論は、近年で言うところのフェイクニュースやデマ、あるいは、ロシアによるウクライナへの侵攻で話題となったプロパガンダなどと同じく、単なる「偽の情報」だとみなされているかもしれない。
・もっとも、フェイクニュースには、こうした話題のように明確かつすぐにははっきりしないような言説もある。たとえば、日本でも昨今話題になった「新型コロナワクチンによる不妊説」はその好例である。
・言うまでもないことだが、陰謀論であってもフェイクニュースであっても、人々や社会を混乱させる情報である点で共通している。とくに、ワクチン不妊説のように、我々の日常生活に関わる「リアル」なフェイクニュースであれば、なおさらである。ただし、フェイクニュースは、メディアや専門家による「事後的な検証」によって、その情報の精確さは示すことができる。それに対して、陰謀論は、専門家であれメディアであれ、それが陰謀なのかどうかを早期に検証して真偽を定かにすることが極めて難しい。その点が、フェイクニュースと陰謀論で大きく異なる点だと言える。
<「陰謀論」を信じるということ>
<「陰謀論者」とは誰か>
・ただしそう考えると、陰謀論サイトの情報を信じて陰謀論者になってしまったユーザー(2次的陰謀論者)は、サイト運営者の「カモ」になった被害者という側面もある。陰謀論のネットワークは、ある陰謀論者が陰謀論を吹聴して、それを信じてしまった人がさらに陰謀論者となって………という形で、クモの巣のように拡大を続ける。
<「陰謀論を信じる」という感覚>
・「陰謀論者」には、政治的動機を持つ場合だけでなく、経済的な動機を持つ者もいることを紹介した。これらは「陰謀論者」という側面では同様であるものの、「陰謀論を信じるかどうか」について考える上では、この2つの動機の違いは明確に弁別して考える必要がある。
<日本人の陰謀論的信念>
・本書では、以降の章で、個別具体的な陰謀論を取り上げて、日本人の「陰謀論的信念」が、どの程度/どのように形づくられているのかを検討していきたい。陰謀論に関する研究では、しばしば、ある陰謀論を信じている人は、まったく別の種類の陰謀論をも信じる傾向にあると指摘される。
<陰謀論的信念を可視化する>
・さて、この調査では、国内外の先行研究において、「陰謀論的思考」の概念を測定する際に用いられる尺度を使って、15の質問を行っている。具体的な質問内容は、以下の通りである。
【質問文】
▼政府は、罪もない市民やよく知られた有名人の殺害に関与し、そのことを秘密にしている。(有名人)
▼国家権力は、世界を実際に支配している小規模で未知の集団が持つ権力にはかなわない。(未知集団)
▼秘密組織が地球外生命体とコンタクトをとっているが、その事実は大衆には伏せられている。(地球外)
▼ある種の病原体や病気の感染拡大は、ある組織による慎重かつ秘匿された活動の結果である。(病気感染)
▼科学者の集団が、大衆を欺くために証拠を操作、ねつ造・隠蔽している。(科学者)
▼小規模の秘密の集団が、戦争の開始といった世界の重要な意思決定に関わっている。(戦争)
▼未確認飛行物体の目撃情報やうわさの中には、実際の異星人との接触から注意を逸らすために計画的に作られたり、仕組まれたものがある。(UFO)
▼いくつかの重大な出来事は、秘密裏に世界を操っている小集団の活動の結果である。(秘密組織)
▼異星人からの接触の証拠は、一般市民には伏せられている。(異星人)
▼マインドコントロールをを可能にする技術は、人知らず使われている。(MC)
▼現在の産業に不都合な先進技術は隠されている。(先進技術)
▼政府は、犯罪行為への関与を隠すために、一般人をカモにしている。(カモ)
▼新しい薬や技術の実験は、市民に知らされることなく、また同意を得ることなしに、日常的に私たちに対して行われている。(新薬実験)
▼多くの重要な情報は、私利私欲のために市民から慎重に隠蔽されている。(隠蔽)
▼日本政府は、日本に対するテロ行為を容認あるいは関与し、その関与を偽装している。(テロ)
・あるいは、より広くSF的に語られるような話題として、異星人の存在の証拠が隠されているかもしれないと考える人は、およそ27%にのぼる。加えて、いわゆる都市伝説でよく聞かれる「秘密結社」のような、国家権力を超越する隠された秘匿組織の存在を認め、そうした闇の組織が社会に重大な影響を持っていると考える人はそれぞれ約24%、さらにそうした組織が地球外生命体とコンタクトをとっていると考える人も約18%にのぼる。
・それゆえに、「こんな荒唐無稽な意見を正しいと思う日本人が3割近くもいるのか」と思う人もいれば、「たった3割程度しかいないのか」と感じる人もいるだろう。
<陰謀論が持つ病理>
・以上の結果からも、「この日本で陰謀論なんて信じているのは、ごくごく一部の特殊な人だ」とは言い切れないことがわかるだろう。
・Qアノン陰謀論では、アメリカは「ディープステート」と呼ばれる闇の組織に支配されており、トランプはそれと戦う英雄であると位置づけられている。つまり、Qアノンを信じる人にとって、トランプを批判する友人に「真実」を伝え、トランプ支持を訴えることは「アメリカのため」ということになる。
<「癒やし」としての陰謀論>
<現実と「あるべき現実」の乖離>
・そもそも、陰謀論を信じる人々は、今、目の前で起きている出来事や状態を是認できないという強い考えや意見を持っている場合が少なくないことが既存の研究でも明らかになっている。
<陰謀論者が抱えるジレンマ>
・前節の内容をふまえると、半数以上の日本人は陰謀論的信念を持っておらず、陰謀論を信じる者は社会全体で見れば少数派であると言える。
<陰謀論に「政治ネタ」が多い理由>
・ここまで、多数派と少数派という区分から、陰謀論者の心理的・社会的な背景を説明してきた。そして、多数派と少数派という区分が色濃く反映される営為のひとつが、まさに「政治」である。
<選択的メカニズム>
・もっとも、政治に関する陰謀論に接触したすべての人がその種の言説を信じるわけではない。
<政治への関心が陰謀論を引き寄せる>
・選択的メカニズムにもとづけば、政治にまつわる陰謀論を見聞きする機会は誰しもに均しくあるわけではなく、そもそも政府に関心があるかどうかによって接触頻度が異なるはずである。
<動機づけられた推論>
・もうひとつ、選択的メカニズムに関連する重要な論点がある。それは、陰謀論に接触したあと、人々がどのようにしてその言説を信じるかである。
そもそも、人々の根底には、各々の政治的な経験にもとづいて形作られた独自の「レンズ」があり、それを通して、政治の出来事を解釈している。
<動機づけられた推論にもとづく陰謀論の受容>
・動機づけられた推論は、「誰が陰謀論を信じているのか」を検討する学術研究で頻繁に登場する重要なメカニズムである。
<誰が陰謀論によって「救われる」のか?>
・上記のような傾向は、自分が信じている、あるいは強く共感する意見や信念が揺さぶられるような「見たくない/受け入れたくない事実」から人々を逃避させる格好の材料に、陰謀論がなりうることを示唆している。
<陰謀論の蔓延と「SNS悪玉論」の正体>
<本章のまとめ>
・本章では、主にソーシャルメディアと陰謀論的信念がどのように関連しているのか、またSNSでは陰謀論が野放しになっていて社会的に悪影響だと考える「SNS悪玉論」の実態について、各種のデータ分析を通じて明らかにしてきた。
・その結果、多くの人が、「自分自身はウェブ上の陰謀論やデマ情報に騙されないが、自分以外の多くの人はきっとそうした情報に騙されているだろう」という認識を持っており、さらに、このような第三者効果の認識は、とくにツイッターの利用頻度が高いほど感じる傾向にあることも明らかとなった。
<ソーシャルメディアは陰謀論の温床か?>
・このような結果から、あらためてソーシャルメディアと陰謀論の関係を考えてみたい。ソーシャルメディアは陰謀論を広める元凶であるという言説は、もしかしたら、その実際とは離れて、私たちの思い込みが増幅される中で生み出されたものだと言えるかもしれない。
<政治的な考え方と陰謀論受容>
・本章では、陰謀論の拡散におけるソーシャルメディアの影響力の実態を検討してきた。それでは、実際に陰謀論を信じやすい人には、どのような特徴があるのだろうか?
<小括――「普通の日本人」における陰謀論受容のメカニズム>
<本章のまとめ>
・本章では、「普通の日本人」と自認する人々が、どのように/どの程度、陰謀論の受容と関連しているのかについて検討してきた。
<普通自認層の陰謀論受容>
・これまでも述べてきたように、一部のネット右翼やオンライン排外主義者たちは、自分たちを「保守」とか「右翼」と位置づけられることを嫌い、自らを「普通」だと自称する傾向にある。しかし、この「普通」という定義の中身は、極めて曖昧である。
<小括――リベラル派における陰謀論受容のメカニズム>
<本章のまとめ>
・本章では、主にリベラル派・左派が中心となる野党支持者における陰謀論の受容メカニズムについて検討してきた。
・したがって、政治的イデオロギーとしてリベラル派・左派の考え方を持つ人々においても陰謀論を信じている可能性は十分に考えられる。
・これらを総合して言えば、リベラル派においても、陰謀論と無縁ではなく、むしろ、自身の望む政治的目標が達成されないことに対するフラストレーションが陰謀論を引き寄せている可能性が高いことが示唆されたと言えよう。
<陰謀論は民主主義を奪う>
・近年の世論調査の結果を見ても、リベラル派を主な支持者とする野党群への支持率は極めて低い状況が続いている。
・そうした状況下で、リベラル系野党の弱体化自体が陰謀論をより蔓延しやくすしているという「負のサイクル」についても、考えをめぐらせる必要があるだろう。
<「政治に詳しい人」と陰謀論――「政治をよく知ること」は防波堤となるか?>
<政治の知識は陰謀論の防波堤となるか?>
<「正しい知識」と陰謀論>
・前節では、政治的関心の高さが陰謀論を受容しやすくなる効果を持つことを明らかにした。
<COVID-19の起源をめぐる陰謀論>
・この点を明らかにするために、以下では、現在も議論が続いているCOVID-19の発生原因をめぐる「陰謀論」を事例としてデータ分析を通じて検証したい。
・とはいえ、著名な論文雑誌のひとつであるサイエンス誌には、科学者18人による連名で、十分な科学的根拠が得られるまで、自然由来説と武漢ウイルス研究所起源説のいずれもの可能性を考慮した上で、政府が責任を持って調査すべきとする提言も発表されており、その真偽については、未だ明確な結論が出ているわけではないという状況にある。
・武漢ウイルス研究所起源説を唱える論者は、最初にCOVID-19の症状が確認された華南海鮮卸売市場と武漢ウイルス研究所が揚子江をまたいですぐ近くにあることが、この説の傍証になると考えているようである。とはいえ、世界中の多くの科学者や情報機関が、COVID-19は自然発生的に生まれたものであるとの説(自然発生説)を支持していることも勘案すれば、COVID-19の発生源が武漢ウイルス研究所であったり中国政府自身であったりするという説を信じることは、根拠があやふやで不確実な言説を受容していると捉えることができる。
<ヴィネット実験による検証>
・前述したような武漢ウイルス研究所起源説や中国政府の関与によるウイルス蔓延説を題材として、政治的な知識のある人が信じるのか、それとも知識がない人が信じているのかを検証する。
・ヴィネット実験は、より専門的に言えば、ランダム化要因配置実験と呼ばれる方法のひとつとして位置づけられている。
<武漢ウイルス研究所起源説に関する実験のデザイン>
・前述した要領にもとづいて、ここでは、以下に示すようなウイルスの発生源をめぐる仮想のシナリオを作成し、そのシナリオ内の6つの属性に含まれる水準をそれぞれランダム化する形で・ヴィネット実験を行った。
<「正しい」政治知識との関連>
・本節で注目するのは、政治的知識の多寡との関連についてである。そこで、以上の実験データを用いて、政治的知識の高い人と低い人で、陰謀論を信じる程度に差があるのかを中心に検証する。
<実験結果>
・具体的には、政治的知識が高い、あるいは中程度の人々のあいだでは、武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説がかなり強く信じられていることがわかる。それに対して、政治的知識の低い層に限定した場合、これら2つの水準の信頼区間が、基準となるラインと重複していることから、明確にそれぞれの説を信じるとは言い切れないと解釈できる。ただし、「アメリカの製薬会社」とか「世界的な秘密結社」といった、まさに荒唐無稽な陰謀論については、どのような知識レベルの人であっても否定的に見ているようである。
・これらの結果をまとめると、COVID-19の発生源に関して、武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説といった、未だ明確にされていない不確かな内容を信じる傾向にあるのは、政治的知識が中程度以上の人々に限定されているのであり、政治的知識が低い人は、そうした説を信じる傾向を明確には指摘できない。また、典型的な陰謀論で見られるような組織(製薬会社や秘密結社)は、政治的知識の程度とは無関係に、全般的に信じられていないと見ることができる。
<小括――「政治に詳しい人」における陰謀論受容のメカニズム>
<本章のまとめ>
・1つ目の実験は、第3章でも取りあげた3つの陰謀論を再び取り上げて、さまざまな対象に向ける関心の度合いとの関連について検証した。その結果、政治的関心や時事的関心の高い人ほど、陰謀論をより受容しやすい傾向にあること、そして同時に、日常生活に関係するプライベートなことへの関心の高さは、むしろ陰謀論の受容を防ぐ効果があることが明らかとなった。
・2つ目の実験は、COVID-19の発生源に関する武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説を取り上げ、政治的知識の多寡との関係について検証した。少なくとも現時点では、中国政府関与説はいくつかの公式的な団体の検証により否定されているし、武漢ウイルス研究所起源説についてはその真偽が明確になっていない。また多くの科学者や情報機関は、自然発生説を支持していることを念頭に起きつつ、以上2つの説を誰が受容しているのかについてヴィネット実験を行った。実験結果からは、世論全体で、武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説が受容されていることが明らかになったが、その傾向は、主に政治的な知識が中程度以上の層によって支えられていることもわかった。同時に世界的な秘密結社とかアメリカの製薬会社が関与していたというような「荒唐無稽な俗説」については、政治的知識の多寡に関係なく、明確に信じられていないことも確かめられた。
・以上2つの実験結果を総合すると、政治的関心が高く、政治的な知識の高い人のほうが、「それらしい」陰謀論を受容しやすい傾向にあると結論付けられよう。
<「政治に詳しくなること」の副作用>
・もちろん、一人ひとりが日頃から政治の話題に接し、政治のことを考えることは、民主主義の維持・発展という観点から重要であることはいうまでもない。ただし、本章の分析結果が示すように、「過度に」政治への関心を持つことは、本来得る必要のない情報に近づくだけでなく、陰謀論を信じやすくしてしまうというリスクがあることにも目を向けるべきである。
・政治に詳しくなることの副作用に接するほど、「何事もほどほどに」というありふれた警句の深さが身に染みるのである。
<民主主義は「陰謀論」に耐えられるのか?>
<特効薬なき「陰謀論」から逃れるために>
<「誰が陰謀論を信じるか」を知ること>
・この数年来、新聞やテレビ、あるいはソーシャルメディアなどで、「陰謀論」が引き起こしたさまざまな問題に大きな注目が集まった。トランプの数々の発言、コロナ禍を引き起こした未知のウイルスに関する怪しいうわさ、ワクチンをめぐる奇想天外な説、ロシアのウクライナ侵攻に関するものなど、数え出すとキリがないほどに陰謀論が溢れ出し、社会的にも重要な問題として広く知られることになった。
・ツイッターの分析によると、「ウクライナ政府はネオナチ」というロシアの言い分を拡散している人のうち、約87%が反ワクチン系のツイートを、さらに約47%の人がQアノンに関する陰謀論を拡散していた。
<各章の振り返り>
・以上のように、本書では「誰が、なぜ陰謀論を信じるのか」という問いに対して、一貫してデータ分析を通じて明らかにしてきた。
・もう一方の、政治的知識と陰謀論受容の関係については、COVID-19の発生源に関する陰謀論を事例としたヴィネット実験を通じて検証した。その結果、政治的知識が中程度以上の、より知識レベルの高い人ほど、COVID-19の発生源について、武漢ウイルス研究所起源説や中国政府関与説といった真偽不明な説を信じていることがわかった。これらの知見を総合すると、政治的関心・政治的知識のいずれにおいても、それらの程度が高いほど、つまり政治的に洗練されている人のほうが、むしろ陰謀論を受容しやすい傾向にあることが明らかになった。
<人には人の陰謀論>
・「なぜ」陰謀論を信じるかという問いと、「誰が」陰謀論を信じるかという問いは、質的に見てもやや異なる話題ではある。
<陰謀論から逃れるために>
・こうした知見を元に、陰謀論を信じるメカニズムを考えると、陰謀論のほうが人々にすり寄ってくるというよりも、むしろ、人々が好んで陰謀論にすり寄っていくという解釈のほうが妥当だとも言える。
<陰謀論から民主主義を守るために>
<政治家も発信する陰謀論?>
・そもそも、陰謀論が社会的に大きな問題となるのは、社会の構成員の相当数がそれに影響を受けて変化が起きたときである。
・日本で、陰謀論が、欧米圏のように大きな混乱を引き起こす事態とまでなっていないのは、現状では陰謀論を信じる人がそこまで大多数となっていないからだと考えられる。
・政治家や政党を研究する政治学の分野では、合理的選択理論の観点から、政治家のさまざまな行動の原理を「再選欲求」に設定して分析することがある。
・こうした政治家が持つ再選欲求の高さを考慮すると、政治家の側は、常に陰謀論を発信するインセンティブを持っていると考えることができる。
<陰謀論が生む社会の分断>
・残念ながら、こうした陰謀論を広めようとする者がごく少数でもいる限り、陰謀論は拡散し続け、連鎖が収束することはない。
<陰謀論と決めつけることの問題>
・さて、ここまで本書では、陰謀論を「目の敵」のようにして議論を展開してきた。
<マスメディアと陰謀論>
・では、どのようにすれば、何が正しい情報で、何が陰謀論かをうまく弁別できるのだろうか。そのためには、やはり公式的な情報に対する社会的な信頼感が必要となるだろう。
・他方で、「マスメディアが伝える情報を鵜呑みにすることなかれ」といったメディアリテラシー論もしばしば指摘されるところである。
<自分だけの「正しさ」を求めすぎない社会へ>
・より巨視的に見れば、人間は好奇心を持つことによって、さまざまな「進化」を遂げてきた。またそうした進化によって、人は、物心ともに豊かな生活を享受できているとも言える。
・同時に、人間が好奇心を持つ限り、どれだけ啓蒙が行われようとも、陰謀論がこの世から消滅することもないだろう。
・日々、洪水のように情報があふれ、明らかに情報の供給過多が起きている現代社会は、ますます複雑でわかりにくくなっている。
<コロナ禍>
・当時、確かに欧米圏では陰謀論が社会を席巻していたが、日本では、さほど大きな問題にはなっていなかった。
・新型コロナウイルスの起源やワクチンをめぐる陰謀論、アメリカ大統領選の「不正」を騙る陰謀論、さらにはロシアとウクライナ、旧統一教会関連――。次から次へと新たな陰謀論が沸き上がってくる。
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