ロシア軍はもともと兵站が弱いのです。諸兵科連合軍1個に兵站旅団1個(トラック200台)は、ロケット砲・戦車などの戦闘部隊と兵站部隊のバランスが悪い。戦闘部隊が大きすぎるか兵站部隊が小さすぎる。(1)

(2023/10/5)

『戦争のリアル』

日本の「戦争力」を徹底分析

小川和久  SB新書 2022/10/6

<危機意識が乏しい日本人こそ知るべき日本の「戦争力」>

・ロシアのウクライナ侵攻により、軍事に無関心だといわれる日本人も、これまでになく国防意識が高まっている。

<日本が戦後最大級の難局にある>

・ロシア軍の戦車や装甲車がキーウの北で、幹線道路に60キロメートルも数珠つなぎになりました。先頭車両が何台か破壊されただけで全体が身動きできなくなってしまうのに、そんな隊列をなぜ組むはめになったのか。マスコミがまともに解説するのを聞いた覚えがありません。

・一言でいえば話にリアルティがないのです。

 中国の海上輸送能力や台湾の上陸適地という本格的な上陸作戦に必要な条件、そして中国の軍事力が機能するかどうかを決める軍事インフラの検証などが抜け落ちたまま、台湾有事の空しい議論だけが高まり、人びとの不安を煽りました。

・さらに、高まる軍事的な危機を前にして、日本には日米同盟を強化するほか道がないことを、米軍や自衛隊のリアルな姿を示して説明しました。

<「ロシアによるウクライナ侵攻」のリアル――この戦争はいつまで続くのか>

<トラックの数でロシアの侵攻能力がわかる>

Q:早い段階から、「ロシアはウクライナ侵攻で首都キーウを狙う」と主張されていました。そのとおりでしたが、主張の根拠は?

A:これまた大学の同僚・西恭之さんの分析に負うところ大です。2022年1月半ばに公表した論考に沿って、「なぜ、キーウだったのか」をお話ししましょう。

ウクライナ侵攻を狙うロシアは、十数万人の兵力・兵器・物資をウクライナ国境付近へ「鉄道」で展開し、極東からも輸送しました。プーチン大統領が侵攻命令を出せば、鉄道線路の末端から前線への兵士・物資の輸送も、逆に前線で負傷した兵士・故障した兵器の鉄道線路への輸送も「トラック」が担います。

 そこで、いきなり結論です。ロシア陸軍の「トラック」を数えることで、ロシア陸軍の“外征能力”がわかるのです。

 

 具体的にいえば、ロシア陸軍のトラックが国内の物資集積地と往復して支援できる攻勢作戦は、ウクライナ南東部の前線にいるウクライナ軍を包囲殲滅するといった場合、国境からおおむね100キロ圏内に限られます。

 首都キーウはベラルーシ国境から直線距離で90キロ以上、チェルノブイリを通る道路をたどれば約150キロ離れています。そこへ機械化部隊を進めるには、第一段作戦のあと占領地の道路を修理するなどして、物資集積地を前進させることが必要です。

 米陸軍のアレックス・ヴァーシニン中佐によれば、トラックの行動範囲を計算する簡単な方法は、こうです。

 物資集積地と届け先部隊が45マイル(72キロ)離れているとき、平均時速45マイルで走行できる道路網があれば、トラック1台が1日3往復できます。荷積み1時間・往路1時間・荷下ろし1時間・復路1時間のサイクルが3回で12時間。1日の残り12時間はトラックの整備や給油、乗員の食事・休息・睡眠、個人携行火器の手入れなどにあてます。

 届け先部隊までの距離が90マイルならば、右の1サイクルは6時間となり、1日の往復が2回に減ります。180マイル(290キロ)では、1日1往復しかできません。

 ある輸送部隊が45マイル先の前線部隊をちょうど維持できている状態だとすると、前線部隊が90マイル先に進めば1日の輸送量が33%減り、180マイル進めば66%減るわけです。機械化部隊が前進して物資集積地から離れるほど、補給できる物資量は減っていきます。戦闘で道路や橋が破壊されれば、補給はさらに細ってしまいます。

 ロシア陸軍には10個の兵站旅団があり、それぞれトラックが約200台配備されています。同中佐によれば、「諸兵科連合軍」1個に兵站旅団1個とトラック200台を割り当てると、物資集積地から90マイル以内の部隊へ補給するのが精一杯。180マイル離れた部隊へ補給するには、トラックを400台と倍増することが必要です。

 ウクライナ国境付近に展開した諸兵科連合軍4個は、それぞれ多連装ロケット発射機56~90両を持っています。発射機1両のロケット弾装填にトラック1台を要するので、諸兵科連合軍1個がロケット弾を全部撃てば、再装填に56~90台のトラックが必要です。これだけで兵站旅団の持つ通常貨物トラックの半分近くが食われてしまいます。

 諸兵科連合軍1個には、さらに野戦砲大隊6~9個、防空大隊9個、機械化・偵察大隊12個、戦車大隊3~5個が配備されていますから、大型兵器の弾薬のほか迫撃砲弾・対戦車ミサイル・銃弾・食料・工兵資材・医療品などもトラックで運ばなければなりません。

・兵站旅団のもつ「戦術パイプライン大隊」は、占領地に3~4日間でパイプラインを敷設する能力がありますが、敷設完了までは、燃料はタンクローリーで、水は給水車で運びます。

 戦闘車両が満タンで出発すれば数百キロ先まで行けそうなものですが、ヴァーシニン中佐は、「装甲車両はアイドリング中も燃料を大量に消費する。給油の必要性は走行距離ではなく出発後の経過時間で決まる」と指摘しています。つまり、36時間以上かかる攻勢作戦では、タンクローリーを少なくとも1回送って装甲車両に給油する必要が生じるのです。

「ロシア陸軍の攻勢作戦の範囲は、トラックの輸送能力から百数十キロに限られる」というヴァーシニン中佐の分析は、ロシア軍の前身であるソ連赤軍が第ニ次大戦中、数百キロ進撃する攻勢作戦を繰り返した史実と、矛盾するように思われるかもしれません。

 じつは、独ソ戦後の赤軍の輸送能力は、アメリカが供与したトラック・機関車・貨車などに支えられていました。

・以上のように西さんが解説する兵站能力の限界は、ロシア軍も自覚しています。

 ロシアが一方的に独立を承認したウクライナ東部2州から西へ、あるいはクリミア半島から北へ、ロシア軍が100~150キロ進出することは、さほど難しくありません。

 しかし、その先、首都キーウへの進撃は、補給線が長く伸びすぎ、非常に難しくなります。猛反撃するウクライナ軍に補給線を断たれ、孤立してしまっては、作戦は頓挫してアウト。ドニエプル川の渡河作戦にも大きな障害となります。

 一方、ロシア軍はベラルーシでベラルーシ軍と合同演習を繰り返し、そのたびに使った装備を残置して集積しました。ベラルーシ・ウクライナ国境からキーウまで約150キロ(90マイル強)の道は、ロシア軍の兵站能力からして、遠すぎる距離ではありません。

 また、現ウクライナ政権を「急進派とネオナチ」「反ロシア・プロジェクト」といった言葉で罵倒したプーチン大統領は、政権の打倒と親ロシア政権の樹立を目論んでいるでしょう。速攻でキーウを陥落させ、現政権を崩壊させてアメリカやNATOと交渉するといった狙いです。

 以上を総合して、ロシアはウクライナ侵攻でまず首都キーウを目指す作戦計画を立案し実行する、と私は結論しました。

 オースティン米国防長官が「ウクライナ国境周辺に集結した10万規模のロシア軍は、複数の都市や大規模な領土を奪取できる」といい、侵攻はプーチン大統領の決断しだいとの見方を示したのは2022年1月28日でした。

 これより前に私たちは、ロシア軍はキーウを狙うとわかっていました。軍事をリアルに見るとは、こういうことなのです。

<なぜロシア軍はキーウ攻略に失敗したのか>

Q:北から攻めたロシア軍はキーウ手前で停滞。やがて首都攻略を諦め、東部・南部への攻撃に切り替えました。どうしてですか?

A:2022年2月24日に侵攻を開始しキーウをめざしたロシア軍部隊は、5日後には首都の北25キロ付近で停滞、後ろの幹線道路には全長60キロ超の車列が連なり、身動きがとれなくなりました。

・「この3日間、識別できる前進をほとんどしていない」、「兵站が大破綻。多くの車両が泥にはまって動けない」と語っています。

 こうなった理由は、ロシア軍の兵站という大問題をはじめ、車両の整備不良・故障・戦闘による破損、悪路の泥濘、主要道路の渋滞、ロシア兵の士気の低さ、ウクライナ軍の善戦などです。

・西さんの論考からわかるように、ロシア軍はもともと兵站が弱いのです。諸兵科連合軍1個に兵站旅団1個(トラック200台)は、ロケット砲・戦車などの戦闘部隊と兵站部隊のバランスが悪い。戦闘部隊が大きすぎるか、兵站部隊が小さすぎるのです。ロシア国内で鉄道を駆使するときはそれでよくても、道路しかない場所では大問題です。

・日本は国土の4分の3が山地ですから、平野や盆地は人が集中し、道路も高密度に張りめぐらされています。ところがロシアやウクライナは、国土が広いわりにGDPが小さく、道路網の整備が容易ではありません。だから鉄道依存が強まります。

・しかも北の寒い土地です。雪が凍りつく1~2月ならまだしも、春の雪解け期には上層の黒土と下層の粘土からできた土壌が排水不良を起こし、ひどく泥濘みます。

 ロシア語の「ラスプティツァ」は、ロシア・ベラルーシ・ウクライナの雪解けの時期や、泥濘んだ道の状態を指す言葉です。昔からロシアを守ってくれる「泥将軍」なる言葉もあります。

 2021~22年のヨーロッパは暖冬で、東部ほど気温が高いとの長期予報でした。ウクライナの雪解けも例年より早く、ロシア軍はこのラスプティツァに足を取られました。キャタピラを履いた戦車ですら、思うように動けなかったのです。

 戦車を主力とする機械化部隊と戦うとき、守る側は「歩戦分離」ということを狙います。

・凍土が解けた泥濘みは戦車が尻を振るほど滑りますが、全輪にチェーンをつけた装甲車でも、さらに戦車からは引き離されてしまいます。今回のウクライナ戦争では、こうして歩戦分離を泥将軍がやってくれた面があるのです。

・第ニ次大戦では、現ウクライナ北東部にあるハリコフ(現ハルキウ)をめぐってナチス・ドイツ軍とソ連赤軍が4度にわたる「ハリコフ攻防戦」を戦いました。

・この経緯を見れば、雪解け前の凍土の上での戦闘はあっても、雪解けが始まると戦闘が止まり、乾燥した5月以降に再開されたことがわかります。

 もちろんロシア軍が80年前の戦史を知らないはずはありません。雪解け前の原野や畑が例年どおりに凍った状態であれば、ロシア軍は一本道だけに頼らず、いくつもの方面から進撃できました。そして2022年の雪解けが早いこともわかっていました。

 それなりに泥濘にはまってしまったのは、「2日でキーウを攻略せよ」と命じたプーチン大統領の前に、ロシアの軍部が異議申し立てできず、“無謀な作戦”と知りながら実行せざるをえなかったからだ、と思われます。

<ウクライナ軍が善戦した秘密>

Q:ドローンからの撮影か、道路上のロシア軍戦車が次々に破壊されていく動画が印象的でした。ウクライナ軍が善戦できた理由は?

A:こうしたウクライナ軍の頑強な抵抗には、隠された秘密があります。

 クリミア併合のころ最低の状態にあったウクライナ軍は、その後、アメリカの軍事顧問団の教育訓練を受け、組織や人事が徹底的にたたき直されました。

・これに対してロシア側は「演習と聞かされていた」「本当の目的を知り、行きたくなかった」と話した若い捕虜がいたように、戦争に消極的な兵士が少なからずいます。しかも、モスクワはじめ大都市出身の若者が死傷して反戦ムードが高まることをおそれ、少数民族や貧しい地方の出身者を最前線に出している模様です。

<戦車戦にならなかった秘密>

Q:ロシア軍がキーウ攻略に失敗したあと、テレビでは識者の皆さんが「次は平坦地が続く東部の戦いだから戦車戦になる」といっていましたが、そうなっていないようですね。なにか理由があるのですか?

A:それは双方の戦車戦力の中心をなす旧ソ連が開発したT-72と、同じ設計思想で生まれたT-80やT-90の運用に理由があるのです。

 T-72の車高は2メートル20センチ前後と極端に低く、改良型では改善されたものの、初期のモデルは身長160センチ以下の乗員しかは乗務できませんでした。車高を低くして、被弾面積を減らそうという考え方だったからです。ちなみにアメリカのM-1は2メートル40センチもあります。

 そしてT-72は前面装甲を極端とも言えるほど強化しています。これは戦車壕に身を潜め、砲身だけを突き出して防御する場合に、低い車高と相まって強みを発揮します。しかし、全体の重量42~45トンの相当部分を前面装甲に食われる結果、側面や背面、上部の装甲は薄くならざるをえないのです。

 そのロシア軍戦車が平坦地形で戦おうとすると、側面を狙われるし、ジャベリン対戦車ミサイルなどは上部装甲を狙うトップアタックモードで攻撃してきます。いくら弁当箱のようなリアクティブアーマーをまとっていても、戦車の機動力を発揮する戦いには向かないのです。

<ロシアの「大隊戦術グループ」の弱点>

Q:ウクライナ軍は、2014年から東部でロシア軍や親ロシア武装勢力と戦ってきた。その教訓が生きている、とはいえませんか?

A:ある程度は、そういえると思います。ロシア軍の「大隊戦術グループ」を紹介し、ウクライナが過去の戦闘から学んだ教訓を考えることにしましょう。

 侵攻1週間前の時点でアメリカ政府は、ロシア陸軍に約170個ある大隊戦術グループ(以下BTG)のうち120~125個がウクライナ側地域から60キロ以内に展開している、と見ていました。BTGという戦闘単位は、おおむね大隊本部・戦車中隊1個(戦車10両)・機械化歩兵中隊3個・対戦車中隊1個・砲兵中隊2~3個(自走榴弾砲6門から多連装ロケット砲6両)、防空中隊2個で編成されます。

 ウクライナがロシアの侵攻に持ちこたえられるかは、ウクライナ軍が「ロシア軍BTGの弱点を突くことができるか」にかかっていたわけです。

・BTGの最大の弱点は、歩兵の数に余裕がないことです。BTGのおもな攻撃力は砲兵で、全体として“貴重な志願兵”である歩兵を温存する編成になっています。

 歩兵部隊の死傷者が増えると、BTG同士で歩兵を融通しなければ戦力を回復できませんし、国内の厭戦世論を高めてしまう戦略的な影響も無視できないからです。

・8年前の教訓を一言でいえば、ウクライナ軍は、ロシア軍の砲撃と正面攻撃に耐えることができれば、BTGの歩兵部隊を釘付けにして迂回し、武装勢力の攻撃に成功する可能性があります。今回も、この教訓を生かしながら戦っているように見えます。

 しかし、キーウを諦めて東部・南部に転じたロシア軍は、2022年5月にマリウポリのアゾフスタリ製鉄所を陥落させるなど攻勢が目立ちました。

<第ニ次大戦前夜のズデーデン併合と酷似>

Q:ロシアのウクライナ侵攻は、過去の歴史と重ね合わせることができると思うのですが、どうでしょう?

A:2014年のクリミア併合当時、ドイツのショイブン財務相は「ヒトラーのズデーテン併合を思い起こさせる」と警告しました。

・今回のロシアの動きは第ニ次世界大戦前夜のドイツの動きと、2014年時点よりもはるかによく似ている、というのが私の見方です。

<旧ソ連時代の核シェルターが機能>

Q:ロシア軍は首都や東部ほか、中央部や西部の都市にもミサイルを撃ち込んでいます。ウクライナの人びとはよく耐えているものだ、と思うのですが。

A:さらに、多くの人が知らないのは冷戦時代、ソ連が国策として核戦争に備える核シェルターを全土に設置したことです。

 核シェルターの多くは、大規模工場・プラント・行政機関・公共施設などの地下深く造られ、大都市の地下鉄駅は初めから核シェルターです。

 放射性物質や煙から収容者を守るフィルター付きの換気・冷却装置や発電機を備え、3日間の食料・飲料水・燃料も備蓄しています。マリウポリの製鉄所の地下でウクライナ側が立てこもっていた地下5階のシェルターは、その典型です。多くの避難者の姿がニュースに映し出されたキーウの地下鉄の駅は深さ105.5メートルと世界でもっとも深い駅です。

・ある研究者は、人口20万程度の中都市で数十~100か所、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市には数百~1000か所以上の核シェルターがあったとします。ソ連の重要な工業地帯だったウクライナでも多数建設されました。

・ウクライナだけでなく、スイスやフィンランドも核シェルターの設置に熱心な国として知られています。スイスは全国民を、フィンランドでも全国民の7割を収納できるシェルターの設置が法的に義務づけられています。

<いつ終わるのか、ウクライナ戦争>

Q:2022年2月に始まったウクライナ・ロシア戦争は、いつ終わるのでしょうか? 今後どんな点に注目していくべきですか?

A:本書を執筆している2022年9月中旬現在で、ロシアのウクライナ侵攻から半年がたちました。国内のマスコミ報道は“ウクライナ疲れ”ともいえそうな低調なムードです。

・このように眺めると、「ウクライナ問題は長期化する」という見方のリアリティが強まってきます。

<中国・台湾問題のリアル――軍事的合理性のない「台湾有事論」に踊らされるな>

<軍事的合理性のない「台湾有事論」>

Q:ロシアのウクライナ侵攻で、「次は中国の台湾侵攻では?」とおそれる台湾有事論が広がっています。どう考えますか?

A:それは、日本で取り沙汰されている「台湾有事論」には“科学的な視点”が欠け、軍事的合理性もない、ということです。

・この状況を見て私が思い出したのは、1970年代後半の「北方脅威論」です。米ソ冷戦が激しさを増した当時、日本国内では「何十個師団ものソ連軍が北海道に上陸侵攻してくる」という危機感が高まり、マスコミも煽るような報道を繰り返しました。

・ところが現実には、ソ連の海上輸送能力には明らかな限界がありました。リアルな姿をとらえれば、ソ連が北海道に投入できるのは3個自動車化狙撃師団、1個空挺師団、1個海軍歩兵旅団、1個空中機動旅団にすぎません。

 まだ弱体だった自衛隊ですが、米軍と力を合わせれば、攻めてくるソ連軍の半数を海に沈めるだけの能力はありました。

・今回の台湾有事論にも同じ側面が色濃く出ている、と私は考えています。

<台湾に侵攻するには「海上輸送能力」が不可欠>

Q:ソ連の北海道上陸作戦ができなかったように、海上輸送力に限界があるから中国の台湾上陸作戦もできない、ということですか?

A:単純な台湾有事論は、「中国軍が数年以内に台湾本島を攻めて占領しようとする」というものですから、そこで台湾侵攻の成否を分けるカギは、台湾への「着上陸作戦」です。

・軍事の常識に「攻める側は守る側の3倍以上の兵力が必要」というものがあり、「攻者3倍の法則」と呼ばれています。

・現在は、軍の装備品が北方脅威論の時代より大型化しています。100万人規模の兵力で計算すると、必要な輸送船の船腹量は3000万トンから5000万トンという膨大なものになります。これでは中国が保有する商船の船腹量6200万トン(2020年末)の大半を占めてしまいます。経済活動に従事する船をすべて台湾に振り向けることなどありえませんから、中国は充分な船舶を台湾上陸作戦に投入できないことになります。

・このあと中国軍の能力について詳しく述べますが、中国軍は台湾海峡で航空優性(制空権)も海上優勢(制海権)も握ることができません。

・それを考えると、台湾海峡を船で渡る中国軍の兵力100万人の半数程度が洋上で撃破される、と見てよいでしょう。

<どこにでも「上陸適地」があるわけじゃない>

Q:台湾有事論が非科学的な第一の理由は、海上輸送能力を考慮していないこと。では第二の理由は?

A:第二に、台湾本島の「上陸適地」という問題があります。台湾有事論を振りかざす人で、この問題に触れた例を、残念ながら私は知りません。

・台湾海峡を渡るとき半数が海の藻屑、台湾上陸直前や上陸中にまた集中攻撃を受けるというのでは、100万人のうち何万人が上陸できるのか、という話です。

 かろうじて上陸できたとしても、限られた数の中国軍が台湾の主要部を占領できるはずもありません。予備役200万人が手ぐすね引いて待ち構えており、まして人口2300万人以上という全国土の占領など、はなから不可能です。

 もちろん中国軍は、成立しない上陸作戦は立案しません。これが内外で騒がれている台湾有事論のリアルな現実です。

<軍高官のポジション・トークに騙されるな>

Q:軍高官や軍当局が事実と異なる話をすることがあるのは、なぜですか?メディアがそれを見抜くのは難しいでしょう?

A:「ポジション・トーク」という言葉を聞いたことがおありでしょう。自分の立場を重視し、もっぱら自分の立場からの発言ばかりすることです。

・「6年後」証言のデビッドソン司令官は、着任が2018年5月で、2021年4月の退任が決まっていました。だから退任直前、長年務めた海軍の役割と中国の増大する脅威を強調し、海軍の予算の増額や新兵器の導入が必要と訴えました。これには、古巣への“置き土産”のような意味もあっただろう、と思います。

・前統合幕僚長もその一人ですが、マスメディアでは、海上自衛隊の海将OBや航空自衛隊の空将OBが語る台湾有事論が影響力を持っています。ところが、彼らの台湾有事論には、着上陸作戦の軍事的な常識が決定的に欠けているのです。

 というのは、自衛隊の高級幹部を目指すエリートが学ぶ指揮幕僚課程で、海上輸送の計算式や上陸適地を学ぶのは陸上自衛隊だけだからです。海空自衛隊のエリートには、この基礎知識を身につける機会がないのです。

<自衛隊は一点豪華主義の軍隊>

Q:自衛隊には世界最高水準の突出した部分があり、それで米軍を守っている。なぜ、そういう姿になったのですか?

A:日本の自衛隊は、いくつかの部分が世界トップクラスであるものの、他の部分は世界の平均か、もっと低いレベルにとどまっています。“一点豪華主義”といってもよい軍隊なのです。

<核共有は日本にふさわしいか>

Q:「核武装」は必要ないとしても、せめて日本はヨーロッパのような「核共有」を、という意見については?

A:「核共有」は、アメリカの核兵器を同盟国の運搬手段に搭載して使う方法です。安倍晋三・元首相は2022年3月に「日本も議論を進める必要がある」と述べています。

 議論するのは結構ですが、NATOが核共有に至った脅威や目的を整理し、日本が同じような状況にあるかどうかを比較検討するのが、順序というものです。

・結局、ヨーロッパの核兵共有は、もともと東から大平原を侵攻してくるワルシャワ条約機構軍の地上部隊や航空機の大群を撃破するために、アメリカが小型の戦術核兵器を必要な国に置くことがおもな目的で、それを各国と海を隔てた日本にそのまま適用しても、ほとんど意味がないのです。

 日本の「核武装」論は、リアリズムの対極にある妄想のようなもの、とお話ししましたが、それがダメなら少なくともという発想の「核共有」論も、リアリズムとかけ離れた短絡的な発想です。実態を調べもせず、核兵器をめぐる言葉遊びのような議論を重ねても、虚勢を張る以上のものではありません。

<サイバー防衛は侵入テストから始まる>

Q:日本のサイバー防衛能力については、どうしますか?日本はIT先進国ではないですか?

A:意外かもしれませんが、日本はIT先進国ではありません。とりわけコンピュータ・ネットワークのセキュリティには、著しい後進性が残っています。

<日本の未来を切り開くために>

<巨大災害や原発事故、感染症も平時の戦争だ>

・南海トラフ巨大地震の被害想定は、最悪のケースで死者30万人以上、直後の停電2710万件、断水3440万件、電話9割規制、都市ガス停止180万戸などです。西日本の電力は半減してしまうとの予測です。

・2020年から始まった新型コロナ禍は2022年8月、陽性報告20万人以上・死者300人以上という日が続き、日本は“世界最悪”の戦いを強いられています。

<安全と繁栄を実現するための課題>

・ウクライナ・ロシア、台湾・中国、北朝鮮と、日本を取り巻く国際環境が厳しさを増すなか、私たちは巨大災害や新型コロナ感染症とも戦わなければなりません。

【外交・安全保障】

① 尖閣諸島の領有権について、エストッペル(禁反言)の法理に基づき、国際社会に強く発言し続け、同時に国際司法裁判所への提訴について、中国が嫌がろうとも対応を求め続ける。

② 日中漁業協定の棚上げ海域のうち、尖閣諸島周辺の適用除外海域については、エストッペルの法理から見ても日本の領海であることを国際社会に強く発信し、協定の改正を求め続ける。

③ 領海に関する国内法を新たに制定し、少なくとも中国・ベトナムの領海法なみに強制力のともなう執行を可能とする。

【安全保障】

① 弾道ミサイル防衛について、新たな装備が導入されるまでの間は、戦場で友軍の支援を求めるのと同じ発想で、米海軍のBMD対応イージス艦を日本側の費用・人員負担で配備し、「いまそこにある危機」に対処できるようにする。

② 反撃力としての敵の先制攻撃を抑止する能力を「打撃力」として位置づけ」、量的には韓国のキル・チェーンの規模などを参考に、海上自衛隊の艦艇と陸上自衛隊の特科部隊にトマホーク級の巡航ミサイルを配備する。

③ 核抑止力については、非核三原則のうち「持ち込ませず」を「必要に応じて持ち込むことができる」に変更し、アメリカの核の傘による抑止機能を万全なものにする。

【災害対策】

① アメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)などを参考に、感染症対策を含む災害への司令塔機能を整備する。「屋上屋を架すがごとし」とする反対論、つまり現在の体制で対処できるという官僚機構の主張には根拠がなく、容易に論破できるものばかりである。まずは小規模なチームを発足させ、実務を進めていくなかで、適正な規模に整備していくことが現実的である。

② アメリカの疾病対策予防センター(CDC)に相当する組織を、日本版FEMAの外局的な組織として発足させる。

③ 日本に1か所も存在しない危機管理要員の教育訓練施設を、関東・関西などブロックごとに設置し、国家的な災害対策能力の向上を図る。

④ 将来、南関東で必ず起こるとされる直下型地震に備え、首都・東京の抗堪性を高めるとともに、関西圏に副首都を建設し、東京とのホットバックアップ(システムを停止せず常に情報と機能を共有)によって、災害時に国家機能を継続できるようにする。

【サイバー・セキュリティ】

① 先進国でもっとも遅れている日本のサイバー・セキュリティを国際水準に向上させるため、ホワイトハッカーなど国際的な専門家からなるチームを発足させ、あらゆる角度から日本の脆弱性を探り、リアルタイムで対策を講じていくとともに、洗い出された問題点をもとにサイバー防衛の青写真を描く。

・これらを実行に移すことができるのは、国家のリーダーたる内閣総理大臣をおいて他にありません。

<国家の司令塔を機能させる>

・じつは私は、右のような問題を、これまで繰り返し提言してきました。しかし、残念ながら採用されるまでには至っていません。そうなってしまう理由がいくつかあります。

 第一に、日本は国家としての司令塔機能が充分ではありません。これを早急に改善しなければいけません。

<「拙速」こそ危機管理の要諦>

・第二に、「拙速」こそが危機管理の要諦であり、人災は「巧遅」から生まれるのだ、という思想を徹底する必要があります。

<国際水準を知らない「井の中の蛙」>

・第三に、日本の従来の危機管理の多くは、世界に通用しない“井の中の蛙”ともいえるものです。世界を広く見渡し、国際水準から見て合格点をつけることができない危機管理は、その時点で失敗なのです。

<民主主義の基本は記録と検証>

・第四に、日本は“検証”する――「まず起こったことを正確に記録に残し、一息ついたら、責任問題はさておき、しっかり検証しようではないか」という部分が非常に弱い。

 この点を改める必要があります。既に指摘した図上演習・拙速・国際水準の三点とも、しっかりした検証作業を通じて実現できることは、いうまでもありません。これが民主主義を機能させる基本となります。

<「オペレーション希望」>

・それは、戦後最大級の難局に直面する日本で、危機や不安を煽る一方の無責任な言説ばかりが広がり、冷静な分析に基づく議論がなされず、それを踏まえて人びとに“安心”と“希望”をもたらす政策も一向に打ち出されない、という深刻な問題です。

0コメント

  • 1000 / 1000