このように日本が弱体化した最大の原因の一つが、総合的なインテリジェンス力の弱体化であることは間違いない。戦後日本は、インテリジェンスの重要性をあまりに軽視し過ぎた。(1)

(2023/10/28)

『インテリジェンス大国への道』

国家や企業を脅かすスパイ活動

丸谷元人   扶桑社  2023/7/1

・「スパイ天国・日本」などと自嘲している時代は終わった。このままでは日本は、大東亜戦争での敗北と、バブル崩壊による金融敗戦に続く三度目の敗北を味わうことになるだろう。

<スパイ天国>

・日本が「スパイ天国」だと言われて久しい。しかし、毎日都市部や地方で普通に暮らしている分にはスパイなどに出会うことはまずない。大半の人にとってスパイとは、映画や小説の中にしか出てこない非日常の存在であるだろう。

・インテリジェンス・オフィサーというと、手に汗を握るエキサイティングな仕事をしているイメージがあるかもしれないが、大半の仕事は多くの情報源から集めたさまざまなインフォーメーションを一つ一つ丁寧に集めてつなぎ合わせ、分析するという極めて地味なものである。

・そんな産業スパイ活動の中で現在もっとも知られている手法がサイバー攻撃だ。

・「技術立国・日本」にとって最大の問題は、世界のそんな激しい経済諜報戦という現実をほとんど知らず、最近になるまで経済諜報対策をほとんど実施して来なかったということだ。

・そんな平和ボケの象徴の一つが「スパイ防止法」の欠如だ。日本は世界でほとんど唯一、スパイを合法的に逮捕する法律的根拠を持たない国である。

・実は日本でも1985年、スパイ防止法の法案が出されたことがあった。それが「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」というものだ。

・とはいえ、30年前と比べて日本がさまざまな面で弱体化したことを痛感している日本人は多いだろう。失われた30年で日本経済は輝きを失い、国際社会における日本の存在力は低下し続けている。

・このように日本が弱体化した最大の原因の一つが、総合的なインテリジェンス力の弱体化であることは間違いない。戦後日本は、インテリジェンスの重要性をあまりに軽視し過ぎた。

・先に、本書の主題であるスパイ活動が、実はかなり地味な情報収集分析の結果に基づくものだと述べたが、一言に情報収集と言っても、科学技術が発達した今日ではその手法は多岐にわたる。それらを大きく分けると以下の6つに分けられるだろう。

1, 公開情報(オシント)

2, 人的情報(ヒューミント)

3, 画像情報(イミント)

4, 電波電子情報(シギント、コミント、エリント、アシント等)

5, 化学情報(主に軍事情報)

6, 防諜(カウンター・インテリジェンス)

・読者諸賢にはぜひ、本書を通じて諜報活動の本質を知っていただき、そこからスパイとは日常にありふれた存在であり、それが日本という国の国益や日本人の技術を今この瞬間も蝕み、盗み続けていることを認識し、それに対してしっかりとした対策を立てることが、皆さん自身の生活を守るのだということを知っていただきたい。

<スパイ活動>

<インフォーメーションとインテリジェンスの違い>

・「インフォーメーション」とは、パッと目に入った視覚情報や、人から聞いた伝聞情報など、五感で知覚できる情報である。一方、「情報」に加えて「知性」という意味もある「インテリジェンス」は、五感で得た情報に対して、さらにみずからの知性を元にした検討や熟慮を加えた「分析情報」である。

<孫子が定義する「スパイ(用間)」>

・スパイは「間諜」ともいうが、古代中国の兵法家であった孫子がもっとも重要視したのがまさにこのスパイ活動であり、彼はそれを「用間」と呼んだ。孫子はそんなスパイ活動こそ、戦争のような国の大事においてはもっとも重要だと指摘している。

・そして孫子は、こうも言っている。「間諜こそ戦争のかなめであり、全軍がそれに頼って行動するものである」

 つまり、そんな国家の命運を賭けた戦争に勝つためにもっとも重要なものこそ、諜報活動を通じて敵の動向を正確に伝える「間諜=スパイ(味方であればエージェントとかアセット)」であると言っている。

・この言葉は、国家の指導者にとっては非常に含蓄のある言葉である。国家を守り、将兵や一般国民を不必要に苦しめないためのインテリジェンスを最重要視するだけでなく、身の危険を冒して平時から情報収集や工作活動を行うエージェントやアセット(スパイ)たちの価値を理解して厚遇できる人間こそが、国家のリーダーたる資格がある、ということである。

<五種類のスパイ>

・孫子はそんなスパイを五つのタイプに分類している。

「間者には五つの種類がある。郷間、内間、反間、死間、生間である。これらを同時に運用すれば、敵には決して露見することがない。これは人智を超えた働きをする。為政者にとっては宝そのものである」

・最初に出て来た「郷間」というのは、これはリクルートされた敵国の一般市民を指す。これは今の日本国内にも官民を問わず、かなり存在しているはずだ。

・その次が「内間」であり、これはリクルートされた敵国政府の役人(公務員)である。政府内で勤務している人間であるため、郷間では絶対に得られない政府内部の重要な機密情報が得られるという点では極めて重要だ。

・スパイの種類における三つ目は「反間」という。これはもともと敵国のスパイであったが、こちらに寝返らせた、いわゆる「二重スパイ」である。孫子はこれをもっとも重視したというが、その理由が面白い。

・孫子が挙げた四つ目のスパイは、偽情報を敵国に信じ込ませる専門家だ。それが「死間」である。この「死間」が騙すのは、何も敵だけではない。彼らは味方をも騙すのだ。

・そして最後の五つ目のスパイが「生間」だ。これは、我々にとってもっともイメージしやすいスパイであり、適地に潜入して情報収集を行い、それを国に持ち帰って報告するアセットである。

・ここまで挙げた五つのスパイのうち最初の三つは、いずれも元々は敵国にいた人間をこちら側にリクルートするという方法で得たスパイたちだ。

<日本に浸透した巨大な国際スパイ網>

・ゾルゲを支援していたのは尾崎だけではない。ゾルゲの助手で、童話作家であったルート・ヴェルナーは、ゾルゲの愛人として活動したソ連のスパイであったが、彼女は日本に使用された原爆を開発した「マンハッタン計画」のために、ドイツ人核物理学者クラウス・フックスをアメリカ側に引き入れた人間でもあった。ちなみにこのフックスは、原爆開発に多大な功績を残したが、その後はソ連の、そして戦後は中国の核開発にも協力したという不思議な人物であり、この男の背後に一体誰がいたのかということをさらに深く追求してみる必要もあるだろう。

 

<敵国スパイだった陸軍参謀>

・こんな敵方のスパイは、なにも前線部隊にいただけではない。残念なことであるが、それは日本軍の中枢にもいた。その中で、今でもスパイ疑惑が拭えないのは、大本営参謀の瀬島龍三であろう。

 この人物は、大東亜戦争では超エリートの大本営参謀、その後にソ連の捕虜となって11年間の抑留生活を経て総合商社伊藤忠へ入社し、その後は中曽根政権のブレーンなどとして政財界で大きな影響力を持った人物だ。対中国ビジネスでも大きな「成果」を挙げており、彼が会長を務めた総合商社からは民間人初の駐中国大使まで出している。

 この瀬島に関しては、少なくとも重要電報を2件握り潰した疑いがある。

・では、堀少佐の電報がなぜ共有されてなかったかというと、それを当時大本営にいた瀬島龍三が途中で握り潰してしまったからだ。このことを瀬島は、昭和33年(1968年)、シベリア抑留から帰国したのちに東京都港区虎ノ門にあった共済会館で堀元少佐と面会し、カレーライスを食べながら、自身があの電報を「握り潰した」と白状している。

<大量の日本人を殺したスパイ>

・こんな裏切りをした瀬島が行ったもう一つの撹乱工作がある。それが終戦間際に在スウェーデン日本大使館にいた駐在武官の小野寺信陸軍少将が発信した電報を瀬島が握り潰したケースだ。

・当時の日本は、不可侵条約を締結していたソ連に対して終戦工作を期待していたわけだが、そのソ連は対日戦開始に向けて着々と準備していたのだ。もし日本がこの小野寺電報をしっかりと受け取り、把握していたのであれば、ソ連への仲介など頼まずに別の方法での早期和平の道もあったであろうし、満州での大量の日本人婦女子がソ連軍に蹂躙されることもなければ、60万もの日本軍将兵がシベリアに抑留されることもなく、さらには北方領土を失うことさえなかった可能性はあるだろう。

・こんな何十万もの日本人の命を無駄に奪うきっかけを作った瀬島龍三は、11年間のシベリア抑留ではソ連情報部の尋問でも筋を曲げず、共産主義に洗脳された日本人抑留者の一部による暴行などにも耐え、仲間の日本人捕虜たちを助けながら、ひたすら祖国へ帰ることを願ったとして、山崎豊子の『不毛地帯』のモデルにもなっている。

 ・しかしこれはどうやら神話であったようだ。初代内閣安全保障室長を務めた元警察官僚の佐々淳行は、著書『私を通りすぎたスパイたち』の中で、「昭和30年代、ソ連大使館員の尾行を続けていると、その館員と接触する日本人ビジネスマンがいた。それが瀬島だった」と記している。

 戦後日本でソ連などのスパイと戦い続けてきた佐々氏は、ある時に当時の上司でのちに官房長官となる後藤田正晴に対し、「瀬島がシベリア抑留中最後までKGBに屈しなかった大本営参謀だというのは事実ではありません。彼は、『帰国したら反ソ反共を装い、ソ連の批判を慎み、日本共産党とも接触せず、保守派として成長し、大きな影響力をもつようになれ、そのときKGBが肩を叩くからソ連のために働け』。つまりスリーパーとしてソ連に協力することを約束した。いわゆる『誓約引揚者です』と述べ、

「ソ連大使館のKGB容疑者を張り込み、尾行し、神社仏閣・公園などで不審接触をした日本人を尾行して突き止めたのが、当時伊藤忠のヒラのサラリーマン、瀬島龍三氏だったのです。外事の連中は当時から皆知っています」と言っている。

<暴露された日本人スパイたち>

・そんな瀬島がソ連の大物スパイであったことを証明する事件が起きている。それが1954年に発覚したラストヴォロフ事件だ。

・アメリカ亡命したラストヴォロフは、ここで驚くべき事実を発表している。なんと、1950年までにソ連のエージェントとなった日本人は約500名もおり、情報提供者などの支援者を含めればその数なんと8千人以上に上るとし、自身も36人もの日本人エージェントを管理していたと言ったのだ。

 ラストヴォロフは、「これらの人物は共産主義革命のため、モンゴルのウランバートルに存在した第7006俘虜所において特殊工作員として訓練された」と証言したのだが、そのスパイの一人として名指しされたのが瀬島龍三であった。

 

・つまり、戦時中から多くの日本人将兵や一般婦女子を殺させる利敵行為に手を染めていた瀬島龍三は、戦後もソ連で徹底的に訓練されたエージェントであり続けたわけだ。

 また、ノモハン事件の際に対日心理戦に従事し、戦後は抑留元日本兵の赤化工作を行っていたイワン・コワレンコは、笹川陽平氏に対してこのように述べている。

「瀬島はラーゲリ(収容所)では静かで目立たなかった。ただある時、ラーゲリの集会で演説を始めた。何を話したかは記憶にないが、演説の終わりに、突然、ソビエト共産党万歳、日本共産党万歳と、両手を挙げて大声を発したのには正直いって驚いた。ひょっとしてこの男は対日工作に使えるかもと考えた。(中略)ラーゲリで瀬島が3年間近く行方不明になったことが、今も日本では謎とされているようだが、話は簡単。ウラジオストック郊外の一軒家に、女中もつけて、ソ連側検事証人として準備させていたのだ」

・こんな大物スパイが、一切の社会的な制裁も、刑事告発もされることなく、それどころか政財界の重鎮として戦後日本に影響力を持ち続けることができたという点で、戦後日本はおめでたいスパイ天国であったわけだ。

<消されるスパイたち>

・ラストヴォロフは瀬島以外にも、シンガポールで数千人の華僑の処刑に関与したとされる浅枝繁春中佐や、戦争末期に対米戦争の継続のためソ連と同盟すべきと主張した種村佐孝陸軍大佐、さらには関東軍航空参謀だった志位正二陸軍少佐といった旧日本陸軍エリート将校らがソ連の

スパイであると名指ししている。

 これを受けて浅枝繁春と志位正二は警視庁に自首したが、志位については大東亜戦争の敗戦でソ連に抑留されてからスパイとなり、昭和23年(1948年)11月にシベリアから復員すると、そこからGHQ参謀第2部

に勤務して抑留帰還者の調書に加えて、ソ連や中国の地誌を作成していたそうだ。志位はその後、昭和26年(1951年)10月に、GHQに在職のままソ連国家保安委員会(KGB)に雇われ、昭和28年(1953年)11月からは外務省アジア局で調査員として働き始めながら、事実上「二重スパイ」として勤務していた。

 志位の仕事は、日本の再軍備に関する情報をラストヴォロフに毎月報告することであり、計30回、合計で約50万円の支払いを受けていたという。

<「スパイに死を!」>

・第ニ次大戦当時、ソ連の機関には「スメルシ」という言葉があったそうだ。これはロシア語で「スパイに死を!」という言葉の、イニシャルを綴ったものであるが、スパイ行為が発覚した場合、彼らは殺されてしまうケースが少なくなかった。

<多くの対米諜報活動を行う中国>

・実際に中国は、産業スパイに加担する企業にはさまざまな優遇を行うようであり、海外にいる中国人留学生を半ば脅迫する形でスパイに仕立て上げ、人海戦術でのオープンソース情報収集と、外国企業との合弁や研究開発施設の誘致、サイバー攻撃などで他国の先端技術を盗み出しており、つまり中国は投資や貿易、文化交流のもならず、観光客や留学生をも「武器」として使いながら、各国に浸透しているのだ。

<活動実態が見えない中国情報機関>

・中国のスパイ活動というのは、日本でもかなりの規模で進行しているはずで、日本には中国のスパイが5万人はいるだろうとも言われている。しかし、その活動実態がなかなか見えないのが実情だ。

<インテリジェンス大国への道>

<アメリカへの盲目的な愛>

・本書では、日本がスパイ防止法と対外情報機関の欠如によって、一体どのくらいの政治的・経済的損失を被ってきたか、そして海外主要国の諜報活動がどれほどの規模で行われてきたのか、という点について説明を試みたが、もちろんこれらはほんの氷山の一角に過ぎない。

<スパイ防止法の制定>

・そうしていつまでも騙されないために、そして盗まれ続けないためにも、今の日本に必要なものは少なくとも三つあると考えている。その中で一番重要なのがスパイ防止法の制定だ。

<サイバー対策>

・本書では、サイバー領域についてはあえてほとんど触れなかった。その理由の最たるものは、筆者がサイバー戦の専門家ではないというものであるが、それと同時に、サイバーとは情報詐取や破壊工作活動の手段の一つにすぎず、諜報活動全体をサイバーだけで語ることはできないと考えているからである。

・筆者が言いたいのは、サイバー対策は非常に大切であるし、現状のかなりの遅れを早急に取り戻す必要はあるが、今は多くの企業がサイバーだけに注目して、物理的な、あるいはその他の方法による情報漏洩や不法侵入の対策を軽視してしまっているということである。

 そもそも、日本が遅れをとっているのは、何もサイバーだけではなく、宇宙や電磁波の領域でもそうだし、ウクライナ戦争で戦場の様相を一気に変え始めているドローンにおいても全く同じである。つまり今の日本が遅いのは、新しい変化に対する反応とか意思決定なのであり、これはすなわち、戦後約80年間ずっと「認知戦」において日本人が敗北してきたこと、そしてそのことにすらいまだに気づいていない結果なのである。サイバーその他における対策の遅れは、憲法改正ができないとか、スパイ防止法ができない、あるいは対外情報機関が作れないといったことと基本的には同じことなのだ。

・個人的には、そんなアジア研究所に諜報的な観点を導入し、そこと公安調査庁が内閣情報調査室と一緒になれば、かなりレベルの高い対外情報機関ができるのではないかなどと考えているくらいだ。そういった人々に加え、市井に眠っている優秀な人々を多く掘り起こし、社会的地位や待遇を高めた防諜機関や対外情報機関に彼らを配置してそのキャリアをインテリジェンス・コミュニティで完結させ、さらに退職後は企業の防諜や市場調査・戦略立案部門などに配置するといった流れを作ることができれば、その後は多くの人が黙っていてもインテリジェンス・コミュニティに門を叩くようになるだろう。

 一方で、優秀な人材と言っても、偏差値だけが高いペーパー試験エリートだけを集めたところであまり意味はない。インテリジェンス・コミュニティにおいて求められる、つまり現場で使える「本物のエリート」を養成していかねばならない。

・では、そんなインテリジェンス要因に必要な資質は何かというと、筆者が常日頃考えているのが、以下のようなものだ。

/ 明晰な頭脳と柔軟性/ 強烈な愛国心と日本人としての誇り、そして誠の心/やんちゃさを持っている人間/ 誰とでも仲良くなれる人間/ 天邪鬼の視点を忘れない姿勢/ 反対意見、対立組織の意見をよく聞ける姿勢/ 政治と軍事、歴史、文化人類学への興味/ 高い外国語能力と海外生活経験/ マクロとミクロの両方の観点を持てること/ カネのにおいに敏感で、損得勘定が早い/ 一生を諜報稼業に捧げる覚悟/

・そして、そんな彼らに教え込むべき「マナー」としての国際常識は、以下のようなものだ。

/ 「人間の野蛮性はちっとも克服されていない」/ 「国際政治とはヤクザのシマの取り合いと同じである」/ 「国際機関も嘘はつく。人道団体も人殺しに加担する」/ 「人間は、権力と金のためなら何でもする」/ 「金は大善を成し、大悪をも成す」/ 「金の流れを追えば大抵のことは見えてくる」/ 「言っていることとやっていることが違うのが国際社会」/ 「綺麗事を言う奴はだいたい胡散臭い」/ 「勝てば官軍、負ければ賊軍」/ 「負けた者は沈黙し、死んだ者は忘れ去られる」/ 「どんな悲劇や不条理も報道されなければなかったことになる」/ 「有色人種と低所得層の命は『安い』」/ 「メディアと教育は洗脳の道具になることがあり、日本人は今もGHQの精神的奴隷状態にある」/ 「日本は右も左もほとんど米国の喜ぶことばかり言っている」/ 「日本以外はどの国も徹底した自国ファーストである」/

・その中で、世の中には「騙す人」と「騙される人」の二人しかいないと言われるが、そんなことはない。世の中には第三の人間もいると筆者は常に考えている。それが「騙されない人間」だ。そしてインテリジェンス・オフィサーこそ、そんな、決して騙されない人間にならなければならない。なぜなら、彼らが騙されてしまったら最後、国家と国民全部が騙されることになるからだ。

・インテリジェンスなき国は滅びるが、一流のインテリジェンスを持つ国は永く繁栄するものだ。その中で孫子は「間諜こそ戦争のかなめであり、全軍がそれに頼って行動するものである」と言い、「兵は詭道なり」とも言った。つまり、インテリジェンス・オフィサーとは、騙し合いと裏切りが横行する国際社会のなかで、日本の国家的運命を切り開く最高の頭脳を持ったエリートたちであり、また企業にとっては組織防衛のかなめだ。彼らのようなアセットは、時に数十万の兵、あるいは数兆円の利益に匹敵し、大切な日本の国益と日本人の人命を守ることができる偉大な「力」なのである。

<●●インターネット情報から●●>

「中国は220万の軍隊の他に150万の武装警察と800万の民兵を持っている。日本のスケールが中国の10分の1だとすれば、15万の武装警察と80万の民兵が要ることになる。しかし、そんな話をする人はどこにもいない。つまり、国家安全保障戦略は、看板はよく出来ているが中身は看板に相応しくないものだ、と言わざるを得ないのだ」、「ともあれ、先々の有事に備えるに越したことはありません。兵力でいえば、武装警察隊や武装海上保安隊の設置が急務です。中国には武装陸海警察部隊が150万人、民兵が800万人いるとされ、人口比で日本がおよそ10分の1だとしても、海保も含めて15万人の保安警察隊、それから地元に密着した80万人の民兵が求められるところです。後者については、現在の消防団員数がおよそ80万人なので、これを転用するのも一つの手でしょう。またミサイル潜水艦の建造とともに、弾頭の保管場所については別途検討するとして、地上発射のミサイル装備や核・通常弾併用の米軍ミサイルの国内設置なども実行する必要があります。そうした配備を伴わずに「敵基地攻撃能力」を議論したところで、いざ有事となれば間に合いません」と 冨澤 暉(とみざわひかる) 元陸上幕僚長が述べています。

(「週刊新潮」2022年3月24日号 掲載)

(2023/6/27)

『有事、国民は避難できるのか』

「ウクライナ戦争」から日本への警鐘

日本安全保障戦略研究所  国書刊行会  2022/10/10

<ウクライナ戦争の教訓から緊急提言――日本に「民間防衛」が必要――>

・2022年2月24日に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻(ウクライナ戦争)は、日本をはじめ世界中に深刻な衝撃を与えました。特に、戦後の平和ボケの中で戦争のことなど全く念頭になかった日本人にとって、その衝撃は計り知れないものとなりました。

 ウクライナ戦争が日本人に突き付けたことは、①戦争が始まれば国土全体が戦場となり、安全な場所などないという現実です。

 また、②民間人を保護することによって、戦争による被害をできる限り軽減することを目的で作られた国際法は安易に破られるという現実です。

 いま、国際情勢も安全保障環境も激変する中で、日本は空想的平和主義から現実的平和主義への大転換を迫られています。

・ウクライナ戦争では、ロシアは「国連憲章第51条に基づいて『特別軍事作戦』を行う」と述べ、ロシア軍がウクライナ領土に侵攻しました。それをJus ad Bellum(戦争法)に照らして大多数の国家が非合法であると明確に意志表示しています。

 ウクライナ戦争では、多数の民間人が犠牲になるとともに、国内外併せて1300万人の避難民が発生しています。このロシア軍による攻撃は、ジュネーヴ条約第1追加議定書52条2項の軍事目標主義を逸脱しています。つまり、Jus in Bello(戦争遂行中の合法性)の考え方に明らかに反しています。

・本書では、特にJus in Belloに違反する民間人への戦争被害をいかに極小化するかについて「民間防衛」というテーマで考察しています。

・提言の主要な事項は、憲法への国家非常事態及び国民の国防義務の規定の追記、民間防衛組織とそれを支援する地方予備自衛官制度の創設、各地域の国民保護能力と災害対処能力の拡大などです。

 

<はじめに>

・こうした緊張状態が加速する中、2023年2月24日にはロシアがウクライナに軍事侵攻しました。非戦闘員である民間人の犠牲者は日々増加しているとの報道が毎日のように流されています。

・NPO法人「日本核シェルター協会」が2014年に発表した資料によれば、本書で「民間防衛」研究の対象とした米国、韓国、台湾、スイス4か国の「人口あたりの核シェルターの普及率」は、アメリカが82%、韓国(ソウル市)が300%、スイスが100%であり、各国ともに緊急避難場所を確保していますが、日本はわずか0.02%にしか過ぎません。

 台湾は、本資料には入っていませんが、100%です。台湾では、全国の公的場所には必ず地下壕を用意することが法的に義務付けられており、年に一度は必ず防空演習も行われています。

 世界各国では、核ミサイルの脅威に対する備えの重要性を認識し、いざという時の避難場所として、核シェルターの整備を政府主導で進めています。しかし、わが国は唯一の戦争被爆国であり、周囲を中国、ロシア、北朝鮮などの核保有国に囲まれているにもかかわらず、核シェルターの普及が全く進んでおらず、議論すら行われていません。

 

・このため、世界の国々は、武力紛争事態において国民の生命及びその生命維持に必要な公共財等を守るために軍隊以外の政府機関及び地方自治体並びに民間組織及び一般国民が参加する、国を挙げて行う「民間防衛」の制度を整備しています。

 わが国においても、遅ればせながら、武力攻撃事態等において、国民を保護するための「国民保護法」が作られ、2004年に施行されました。

<諸外国の民間防衛を知ろう>

<諸外国との比較による真の「民間防衛」創設に向けた日本の課題>

<諸外国の民間防衛を知ることの意義>

・その際、日本の唯一の同盟国である米国、日本と同じように中国や北朝鮮の脅威に直面し、かつ自由、民主主義などの基本的価値を共有する隣接国の韓国と台湾、及び「永世中立」政策を採り世界でも最も民間防衛に力を入れているスイスの4か国を対象とする。

<諸外国における民間防衛の概念>

・一般に諸外国では、自然災害及び重大事故に対応する措置を市民保護と称し、武力攻撃に対する被害の最少化を民間防衛と位置付けており、民間防衛こそが軍事行動―国防と密接に連動した概念である。

<民間防衛の歴史的変遷>

・戦時に国民を保護する体制を意味するものとしての民間防衛の起源は、欧州における第一次世界大戦時の空襲経験にその緒を見ることができる。

<民間防衛と市民保護の関係性>

・民間防衛と市民保護の関係性をみると、国家レベルの民間防衛が、地方レベルの市民保護の発展を促してきたという各国に共通した特徴をみることができる。

<「共同防衛」を基本とする米国の民間防衛>

<アメリカ合衆国憲法>

<全般>

・わが国の現行(占領)憲法の起草に当たって、基礎史料の一つとされたアメリカ合衆国憲法は、その前文で、次頁のように宣言している。

 われわれ合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保証し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。

・なかでも、「…、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、…」の記述は、州政府を束ねる連邦国家が、各州および国民の力を結集して社会全体で国を守ろうとする強い決意を表わしており、それを踏まえて、付帯的な内容が、立法、行政及び司法の各条項に定められている。

 まず「連邦議会の立法権限」では、「宣戦布告」、「陸軍の設立」、「海軍の設立」、「軍隊の規則」、「民兵の招集」、「民兵の規律」に関し規定している。

 「大統領の権限」では、冒頭の1項目で「大統領は、合衆国の陸海軍、及び現に合衆国の軍務に服するために召集された各州の民兵の最高指揮官である」と軍の統帥権について規定している。

・なお、米国議会は、1950年5月に、それまであった沿岸警備隊懲戒法を含むすべての軍事犯罪に関する法律をまとめた『軍事法典』を可決、施行している。

 以上の他に、連邦議会の権限の冒頭にある徴税の項で、「共同の防衛および一般の福祉のため、租税、(…)消費税を賦課徴収すること」として、税徴収の主要な目的は防衛のためであることを明記している。

<日本国憲法とアメリカ合衆国憲法>

・日本国憲法の成立過程研究の第一人者とされる米国のセオドア・マクネリー博士の研究によると、日本国憲法の前文は、時系列的に、①アメリカの独立宣言、②米合衆国憲法、③リンカーン大統領のゲティスバーグ演説、④米英首脳による大西洋憲章、⑤米英ソ首脳によるテヘラン宣言、⑥マッカーサー・ノートの6史料を基礎として作られた。

・すなわち、米国憲法は、連邦法律の執行、反乱の鎮圧及び侵略の撃退を目的とする軍務に服する組織として民兵団を設けることを定め、その招集、編成・武装・規律及び統率に関して規定する権限を連邦議会に、将校の任命及び訓練の権限を各州にそれぞれ与えている。

 その歴史は、アメリカ合衆国の植民地時代に遡る。当時、各植民地は志願者から成る民兵団を結成した。それは基本的に入植民による自警団であったが、独立戦争では大陸軍とともに重要な戦力の一翼を担い、また独立後も国内外の紛争・事案にたびたび動員されたことから、1792年民兵法が制定され、究極の指揮権を州に与えた。

<米国民の「国防の義務」>

・国防の義務については、ほとんどの国の憲法に明確な規定がある。しかし米国の場合は、さらに踏み込んで、修正第2条で「規律ある民兵は、自由な国家にとって必要であるから、人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」と規定し、国民の民兵としての必要性を強調するとともに、武器を保有する権利すなわち武装の権利を保証している点に大きな特徴がある。

<米国の「武器保有権」と銃規制問題>

・アメリカでの銃の所持は、建国の歴史に背景があり、アメリカ合衆国憲法修正第2条によって守られているアメリカ人の基本的人権である。

 全米で適用されている銃規制の法律では、銃販売店に購入者の身元調査を義務づけ、未成年者や前科者、麻薬中毒者、精神病者への販売を禁止し、また、一部の自動機関銃などの攻撃用武器の販売を禁止している。

・銃販売、保持するための許可証の取得、使用など銃に関する法律は州によって異なり、カリフォルニア、アイオワ、メリーランド、ミネソタ、ニュージャージー、ニューヨークなどの州は銃規制が厳しく、銃の所持禁止区域が設定されている。

・しかし、近年、銃乱射事件が劇的に増加し、銃規制強化を訴える世論が高まりを見せている一方、米国社会では銃規制より、自衛のための銃器に関する正しい使い方の教育、情報、訓練の必要性と強化を求める動きも広がっている。

なお、2022年5月に発生した南部テキサス州の小学校銃乱射事件など相次ぐ銃乱射事件を受け、上下両院が超党派で可決した銃規制強化法案にバイデン大統領が署名して6月25日、同法が成立した。本格的な銃規制法の制定は28年ぶりで、21歳に満たない銃購入者の犯罪暦調査の厳格化や、各州が危険と判断した人物から一時的に銃を取り上げる措置への財政支援などが柱となっている。

<「国家警備隊」あるいは「郷土防衛隊」としての州兵>

<連邦政府と州政府との関係>

・州政府は連邦政府の下部単位ではない。各州は主権を有し、憲法上、連邦政府のいかなる監督下にも置かれていない。ただし、合衆国憲法や連邦法と州の憲法が矛盾する場合には、合衆国憲法や連邦法が優先する。

<州兵>

・州兵は、アメリカ各州の治安維持を主目的とした軍事組織で、平時は州知事を最高司令官として、その命令に服するが、同時に連邦の予備兵力であり、連邦議会が非常事態を議決した場合には、アメリカの連邦軍の一部として、大統領が招集することができる。

<兵役制度と予備役制度>

<兵役制度>

・米国の兵役制度は、志願制である。

 予備役は、現役の連邦軍および州兵とともに米軍を構成する重要なコンポ―ネントの一つであり、「総合戦力」として一体的に運用される。その勢力は、約80万人である。

<予備役の目的>

・予備役の目的は、戦時または国家緊急事態、その他国家安全保障上必要な場合に、米軍の任務遂行上の要求に応えるため、動員計画に基づいて部隊および人員を確保・訓練し、現役に加え、必要とする部隊および人員を提供することである。

<予備役としての州兵>

・民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもつ州兵には、陸軍州兵と空軍州兵があり、連邦と州の「異なる二つの地位と任務」を付与されている。

<米国の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>

<憲法前文における「共同防衛」の欠陥>

・連邦制を採る米国の憲法は、その全文で、国家の安全を保障するためには、「共同防衛」が重要であることを強調している。この共同防衛では、中央の連邦政府から州・地方政府に至るまで、また軍官民が一体となり、社会全体で国を守る防衛体制が必要であると説いている。

<米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」の欠如>

・米国の州兵は、植民地時代の志願者から成る「自警団」としての民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもち、地域の緊急事態等において、大規模災害対処や暴動鎮圧等の治安維持などの主任務に携わっている。

・このような、多種多様な任務の急増に応えているものの、自衛隊は前掲の「主要国・地域の正規軍及び予備兵力」に見る通り、その組織規模が列国に比べて極めて小さいことから、本来任務である国家防衛への取組みが疎かになるのではないかとの懸念が高まっている。

 自衛隊は、中国や北朝鮮からの脅威の増大を受けるとともに、ロシアに対する抑止にも手を抜けないことから、本来任務であり国家防衛に一段と注力する必要がある。そのため、自助、共助を基本精神として具現化すべき、米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」が欠如していることは大いに懸念されるところである。

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