【老猴魅(ろうこうみ)】台湾南部の村里に出る、長生きしたサルから変化した妖怪で、女性にいたずらをするのが好き。狡猾な性格で、逃げ足が速い。神さまの力を借りれば、本体をつかまえられるかもしれない。(1)
(2025/1/9)
『台湾の妖怪図鑑』
何敬堯(著) 魚儂(イラスト) 出雲阿里(翻訳)
原書房 2024/4/12
<はじめに>
・台湾妖怪の痕跡は、口伝や文献、実際の景色や物として残されています。筆者は十年間の研究で、妖怪伝説にゆかりのある土地を五百箇所訪れ、五百種類の妖怪を見つけ、その成果を「妖怪図鑑」シリーズにまとめました。
<水の妖怪たち>
<龍女:龍王の娘>
・台湾の民話には、龍女がよく出てくる。たとえば澎湖諸島の火鰐の物語や、蘭陽平原の亀将軍の物語だ。文学作品にも頻出し、たとえば19世紀末の文人、陳鳳昌(ちんほうしょう)が書いた『暗澳(あんおう)』という作品にも、人間の男と龍女の恋物語が描かれている。
【龍女】
・深海の龍宮城に棲む、美しくてやさしい女性。天真らんまんで、束縛を嫌う。龍王の娘という恵まれた境遇だったが、愛のためにすべてを捨てた。
【妖怪ファイル】
・台湾の伝説に登場する龍女は、しばしば龍宮に帰りたくないと言う。龍女にとって、龍宮での華やかな暮らしよりも、自由と愛のほうが大切なのだ。
<妖怪探訪記 鬼子空(きしくう)の怪談>
・呉さんは「鬼子空」にまつわるもう一つの不思議な物語を教えてくれた。この土地に棲む水の霊は、人間の夢に自由に出入りすることができるのだという。
<水鬼(スイグイ):身代わりを求める亡霊>
・水鬼は、水のなかに人間を引き込み、溺れさせる。
【水鬼】
・水に棲む妖怪で、人に災いをもたらすため、とても恐れられている。台湾では、水鬼が人間を水中に引っ張って溺れさせるのは、自分の身代わりにするためだと言われている。
【妖怪ファイル】
・新北市の「大豹渓」に出る水鬼は有名で、水難事故がよくニュースになる。
<金星人魚:幸せの石珠(せきじゅ)>
・台中市の石岡区金星里(いしおかくきんせいり)は、漢民族の客家人が住む村であるが、ここには不思議な人魚伝説が残っている。
【金星人魚】
・かつて、台中市の石岡区金星里には「人魚の堤防」と呼ばれる堤防があり、そこには人魚が棲んでいたそうだ。
【妖怪ファイル】
・金星里の「人魚の堤防」はすでに崩れ落ち、もうその姿を見ることができない。
<山の妖怪たち>
<青人(あおびと):狡猾な怪物>
・1910年、『漢文台湾日日新報』の「呉賽嶼(ぎさいじま)」という記事に、青人の怪談が紹介された。
【青人】
・青人は、体は人間に似ているが、全身が青黒い怪物だ。野生の熊のように大きくて強そうな体つきをしている。狡猾な性格で、人間を食べる。
【妖怪ファイル】
・台湾では昔から、外海に人食いの魔物がいると信じられていた。日本統治時代の記録によると、南投(なんとう)県のブヌン族には「魔女島」の伝説がある。
<蛇首(へびくび):ヘビ人間の怪談>
・清の時代の台湾では、蛇首の怪談がよく知られていた。
・船に着くと、泉州の男はこのように説明した。「あれはこの土地のあるじで、蛇首と呼ばれる妖怪だ。獰猛で、空も飛べる。俺は少し前にこの島に流れ着いたが、ほかのやつらは、みんなあの妖怪に食われてしまったよ」
【蛇首】
・蛇首は、頭がヘビで体が人間の姿をした獰猛な妖怪。空を飛び、人間を食べる。
【妖怪ファイル】
・台湾の離島には、ヘビの妖怪の伝説が多い。
・普段は洞窟にいるが、ときどき美しい女の姿に化け、村の男を誘惑する。ヘビ女に精気を吸われると死んでしまうが、その抜け殻には不思議な力があり、幸運な者だけがこれを手に入れられるという。
<鉤蛇(かぎへび):恐怖の巨大ヘビ>
・すると、草むらに鹿をくわえた巨大なヘビが現れた。ヘビは頭を高くかかげ、鹿を何度も吐き出しては、のみ込んでいた。兵士たちはそのヘビに近づかないよう、ゆっくりとその場を通り過ぎた。これが「鉤蛇」という巨大ヘビの伝説である。
【鉤蛇】
・清の時代、漢民族のあいだでは、台湾島には鉤蛇というヘビがいて、鹿を丸のみするほど大きく、しっぽで獲物をつかまえると言われていた。
【妖怪ファイル】
・福安宮のそばに畑を持つ葉さんによれば、三匹の妖怪はもともと近くにある仙掘池(せんくついけ)で人助けをしたりしていた。だがその後、三匹はある霊穴をめぐって争い、土地神に霊穴を譲り、自分たちは石になってそばに仕えた。
<蛇郎君(じゃろうくん):妖怪の結婚>
・ヘビの青年「蛇郎君」の不思議な物語は、漢民族のあいだで広く知られている。ヘビが人間の女性と結婚するというこの物語は、中国の福建省や広東省のあたりが起源だと言われている。漢民族が台湾に移住するとともに、この物語も台湾に伝わり、百年にわたって親しまれてきた。
【蛇郎君】
・巨大なヘビの精で、美しい青年の姿に変身できる。ある年老いた父親を脅し、娘をよこせと迫ったことがある。
【妖怪ファイル】
・蛇郎君の物語では、三女が紅亀餅からもとの人間に戻るという部分は、特に興味深い。実は、福建省や広東省で知られている蛇郎君の物語に、紅亀餅は登場しない。つまり、これは物語が台湾で独自の発展を遂げ、台湾人にとってより親しみやすいものへと変化したことの証なのだ。
<虎姑婆(フーグーポー):暗夜の人食い妖怪>
・台湾で有名な妖怪物語といえば、「虎姑婆」だ。それは、山の奥深くに棲む虎の妖怪が、人間の老婆に化けて子どもをだますという伝説だ。
【虎姑婆】
・山の奥深くに棲む虎が老婆の姿に化け、人間をだまし、子どもを食べるという。
【妖怪ファイル】
・虎姑婆が食べ物について嘘をつくシーンは、台湾のなかでもいくつかのバージョンがある。
<老猴魅(ろうこうみ):セクハラ妖怪>
・動物が長生きしたり、動物の死骸が天地の霊気を吸ったりすると、妖怪になることがあるという。たとえばこの老猴魅は、サルから生まれた妖怪だ。この妖怪は人々を困らせ、とても恐れられていた。
18世紀、台湾南部鳳山県(現在の高雄市、屏東県)には、老猴魅という妖怪がいたそうだ。日没の頃に村里に現れ、家々に押し入って乱暴を働き、家のなかを滅茶苦茶にしたという。動きがすばやくてはっきりと姿が見えないが、人や犬に似ているという者もいた。この妖怪は女好きで、女性にいたずらをするので、村人はほとほと困り果てていた。
・当時の鳳山県には、本当に老猴魅が出たのだろうか?その真偽を確かめることはもうできないが、高雄の山にサルの妖怪が出るという話は、第2次世界大戦後まで広く噂されていた。
【老猴魅】
・台湾南部の村里に出る、長生きしたサルから変化した妖怪で、女性にいたずらをするのが好き。狡猾な性格で、逃げ足が速い。神さまの力を借りれば、本体をつかまえられるかもしれない。
【妖怪ファイル】
・1956年6月5日の台湾『中国日報』に、高雄の山中の奇妙な猿人(えんじん)に関する記事が載った。それは、黄文和という17歳の少年が、高雄郊外の大崗山(おおおかやま)の山裾で、猿人を見かけたというニュースだった。その猿人は身長およそ90センチ。全身を長い黄色の毛に覆われ、女性のような姿だったという。猿人は木々のあいだをうろうろしていたが、少年に気づくとにっこり笑い、すぐに山の上へ駆けのぼっていった。
<ハクビシンの精:妖艶な女妖怪>
・「狐狸精」と言えばキツネの精で、男の精気を吸う妖怪だ。だが、台湾にキツネはいないので、「虎姑婆」と同じく、外来種の妖怪だと思われる。
【ハクビシンの精】
・ハクビシンが恨みを残して死ぬと、天地の霊気を吸収して、妖怪になることがある。
【妖怪ファイル】
・作家である東燁(とうよう)氏によれば、彼は幼い頃、台湾の南投県埔里鎮(ほりちん)の村に住んでいて、祖母がよく「日が暮れたら、すぐに家に帰りなさい。目が光る、頭に白い毛のある猫の妖怪が来て、子どもたちを食べてしまうからね」と言っていたそうだ。東燁氏は、それはハクビシンのような動物だろうと考えている。
<魔神仔(モシナ):山に棲む妖怪>
・台湾でいちばん有名な妖怪といえば、なんといっても「魔神仔」である。伝説によれば、「魔神仔」は山の森に棲む妖怪で、人間をだまして道に迷わせ、泥だんごや牛の糞、ミミズなどの汚いものを食べさせる。だがそれを食べる人間には、それがごちそうに見え、味もおいしく感じるという。「魔神仔」の見た目については、いろいろな説があるが、だいたいは体が小さいサルのような姿で、青緑色や黒色の肌をしているとされる。
・日本統治時代の本や新聞には、魔神仔の記事がとても多い。当時、魔神仔は、頭のてっぺんが禿げて平らな子どもの妖怪だと考えられた。赤い帽子をかぶった姿で描かれることもあった。いたずら好きで、子どもを誘拐し、普段はアダンの林や竹やぶに隠れている。現代でも、誰かが山で失踪すると、魔神仔のせいだとされる。
【魔神仔】
・台湾で、よく知られている妖怪。山のなかに棲み、人をだまして道に迷わせる。人間に泥や牛糞などの汚いものを食べさせるが、食べている者は、それがごちそうだと信じ込んでしまう。体は青緑色で、サルのような姿をしているらしい。
【妖怪ファイル】
・魔神仔の出現スポットとしていちばん有名なのは、台湾北部の「青桐古道(せいとうこどう)」である。
<里の妖怪たち>
<人面牛:言葉を話す牛>
・台湾の民間信仰では、大災難の前にさまざまな予兆現象が起こると言われている。その一つが、牛が人間の言葉をしゃべり、危険を告げるというものだ。生まれたばかりの子牛に人間の顔がついていたら、その子牛は人間の言葉をしゃべり、未来を予知するという伝説もある。
【人面牛】
・人間の言葉をしゃべる牛の妖怪。人間の顔を持つなど、気味の悪い姿をしているらしい。伝説によれば、人間の言葉で未来を予言するという。
【妖怪ファイル】
・古代中国の怪奇小説集『捜神記(そうじんき)』には、こんな物語がある。西晋(せいしん)の恵帝の時代、張騁(ちょうてい)という男が牛車に乗ろうとすると、牛が突然「天下はじきに乱れるというのに、おぬしはどこへ行くつもりだ?」と言い、人間のように立って歩いた。
<牛頭(ごず)と馬頭(めず):冥界の番人>
・冥界の番人としていちばん有名なのは、なんといっても「牛頭」と「馬頭」のふたり組だろう。彼らは「牛爺」と「馬爺」、または、ふたり合わせて「牛馬将軍」と呼ばれることもある。名前から想像できるとおり、頭の部分が牛や馬で、体の部分が人間の姿をしている。
【牛頭と馬頭】
・牛頭と馬頭は、冥界の番人だ。死に瀕した人がいると、牛頭と馬頭がこの世に現れ、その人の魂を連れていく。地獄から逃げようとする魂があれば、牛頭と馬頭につかまえられる。
【妖怪ファイル】
・台湾の「外方紙」にも、「牛馬将軍」の図案が描かれたものがあり、牛頭と馬頭の怒りを鎮めたり、死者に代わって功徳を積んだりするために燃やされる。
<金魅(キンツォイ):人食いの魔物>
・その昔、「金綢(きんちょう)」という名前の女中がいた。金綢は女主人に虐待されて死に、その魂が「金魅」という魔物になった。この魔物は人間を食べるが、人間のために働く。
【金魅】
・死んだ女中がなった妖怪。人間を食べるという。
【妖怪ファイル】
・「瓜鬼」も、人のために働く妖怪だ。瓜鬼は体が小さく、動きがすばしっこい妖怪だという。
<黒狗(くろいぬ)の精:犬の骨の妖怪>
・台湾には、犬やネコの死骸が妖怪になるという民話や伝説が多い。そして、犬の骨から生まれた妖怪は、「黒狗の精」と呼ばれることが多い。
【黒狗の精】
・犬の骨が天地の霊気を吸収すると、恐ろしい黒狗の精になり、人間に災いをもたらす。日本統治時代、ある村に黒狗の精が現れて、「黒山大王」を名乗ったという。
【妖怪ファイル】
・漢民族には、犬のたたりの伝説が多い。一方、原住民族には、犬が人間に危害を加えるという伝説は少なく、新竹に住むタイヤル族の「人食い犬」の伝説が少ない例外として挙げられるくらいだ。
<白馬神:財宝の守り神>
・宜蘭県の伝説によると、蘇澳鎮の「隘丁嶺(あいていれい)」には財宝が隠されており、財宝のありかに一頭の白馬の精霊が現れるという。
【白馬神】
・台湾の民話によると、白馬の精霊が現れるところには、財宝が埋められているかもしれない。白馬は財宝の守護者であり、幸運な人だけが、その財宝を見つけることができるという。
【妖怪ファイル】
・だから、筆者はむしろ「台湾で忘れられた妖怪は?」という質問に答えたい。各地での調査を踏まえ、漢民族の「白馬伝説」がそれに当たると思う。昔は台湾各地に馬の精霊の伝説があったが、時代とともに忘れられていった。
<妖怪探訪記 財宝を守る白馬の伝説>
・伝説の財宝を手に入れ、一攫千金を狙う。多くの人が夢見ることだが、それほど簡単ではない。ときには、守護者に資格を認めてもらう必要もある。台湾の民話に登場する財宝の守護者といえば、まずは「白馬神」であろう。台湾の地図を開いて、財宝の伝説がある場所を調べると、その近くに必ず白馬の影がある。
<原住民に伝わる妖怪たち>
<煞魔仔(サモア):黒魔術の魔女 平埔族>
・煞魔仔とは、台湾中部の原住民族に広く知られる魔女である。「散毛仔(サンモア)」など別名もあり、現在では「番婆鬼(ばんばき)」と呼ばれることが多い。
【煞魔仔】
・夕方、空が暗くなり始める頃、空に鳥のような奇妙な生き物が見えたら、それは魔女が芭蕉の葉で空を飛んでいるところかもしれない。そんなとき、村人たちは急いで家に帰り、しっかりと戸締りをする。
【妖怪ファイル】
・また、住民の張さんによると、魔術師はござの上に座って宙に浮くことができ、目を閉じるだけで、隣の県の鹿港の町まで一瞬で移動できるという。
<妖怪探訪記 ツォウ族の伝説を訪ねて>
・「阿里山」とは、実は多くの山々を含む山岳地域の名称だが、その山々のなかでも「塔山」は特に神秘的で、ツォウ族のあいだでは死者の魂の行き先となる聖山とされている。ツォウ族の伝説によれば、人の死後、善良な魂は「大塔山」へ、邪悪な魂は「小塔山」へと帰っていく。そして、塔山の亡霊たちは火の玉となって、山のまわりをまわっているという。
<ダナマイ:洪水を起こす巨人 タロコ族>
・タロコ族には、「ダナマイ」という恐ろしい巨人の伝説がある。この巨人はひとまたぎで山々を超えるほど大きく、地面を激しく揺らしながら歩く。巨大な両耳をバタバタさせると大風が起き、怒って叫べば雷が鳴り、おしっこで大雨を降らせるとも言われている。人間を罰するために洪水を引き起こし、美男美女を捧げなければ洪水を止めないと脅したこともある。そのため、この巨人は水の神だという説もある。
<ダナマイ>
・タロコ族の伝説に登場する、奇妙な巨人。この巨人が叫ぶとき雷が起き、ひとまたぎで山々を超え、人間の村に悪さをする。水の神としての力もあり、怒らせると洪水を引き起こす。
【妖怪ファイル】
・タイヤル族、セデック族、タロコ族のあいだには、洪水の神話が広く伝わっている。
<タクラハ:日月潭(にちげつたん)の人魚 サオ族>
・南投県の日月潭は台湾最大の湖として有名だ。伝説によると、湖には「タクラハ」という人魚が棲んでいて、あたたかい日には、湖に浮かぶ石の上で長い髪をとかしているという。人魚の頭には、曲がった角がついていると言う人もいる。
【タクラハ】
・南投県のサオ族の伝説によると、日月潭の湖底には、長髪の人魚「タクラハ」が棲んでいるという。
【妖怪ファイル】
・伝説によれば、サオ族はもともと阿里山に住んでいて、その後、日月潭に移動してきた。
<風寇(フォンコウ):毛の長い妖怪 タオ族>
・伝説によれば、風寇はとても悪い妖怪で、人間にさまざまな災いをもたらし、魂を奪うこともある。背が高く、髪や口ひげ、手足の毛が長く、鋭い爪を持ち、顔などの皮膚が真っ赤で、目玉はヤシの実を割ったあとの殻のようだという。
【風寇】
・タオ族の伝説に登場する妖怪。背がとても高く、全身を長い毛に覆われ、鋭い爪を持ち、人間をじっとにらみつけるという。空を自由に飛ぶとも言われ、この妖怪を見た者には災いが訪れるという。
【妖怪ファイル】
・伝説によると、風寇は高山の洞窟や岸辺の岸壁の洞窟、小蘭嶼島に棲んでいる。
<カチニス:奇妙な妖怪 ブヌン族>
・李さんの話によると、カチニスの外見は変幻自在で、出会った人間や家族の知り合いに化け、見知らぬ土地に連れていくという。
【カチニス】
・山中に棲む妖怪、自由に姿を変えることができるので、人間の記憶のなかにある家族や友人の姿に化け、山中に誘い込んで道に迷わせるという。
この妖怪について山中をさまよっているときは、三日三晩歩きつづけても疲れを感じることがなく、たった数分の出来事であるように感じるらしい。
【妖怪ファイル】
・さらに、李さんが幼い頃、村に日本兵の亡霊が出て、大きな足音で歩いたらしい。
<妖怪探訪記 カチニスの伝説>
・南投県武界村には、妖怪「カチニス」が人間を惑わし、山中で道に迷わせるという伝説がある。
・カチニスの伝説は、武界村のあたりだけでなく、ブヌン族の住む村々に広く伝わっている。
・たとえば、阿浪さんはこの妖怪を「カナシリス」と呼ぶ。また、三本足で、人間の内臓を食べ、普段は山中の森にいて人間を惑わし、道に迷わせるという。だが、伝説で三本足と言われているのは、もしかすると動きがすばやく、誰にも追いつけないことのたとえかもしれない。
・日本統治時代のブヌン族の説明によれば、カチニスには背が高く、食べ物をよく盗み、人間を食べ、長い歯を持つなどの特徴があるとされた。
・筆者は、ブヌン族の村々でカチニスの伝説について調査していたとき、漢民族の妖怪「魔神仔」の習性に似ているとも感じたのだが、もちろん異なる部分もたとえば、魔神仔は子どものように小さな体形で、赤い服や赤い帽子を身につけているとイメージされることが多いが、カチニスのイメージはより変化に富んでいる。ブヌン族の人たちに話を聞くと、みんな決まって「カチナスが人間の知り合いに化ける」という点を強調する。また、この妖怪はある種の異空間を創り出し、そこに入り込んだ人間は、そのなかに閉じ込まれてしまうという。その間、異空間の外にいる人からは、なかにいる失踪者の姿が見えない。また、異空間のなかでは時間がとてもゆっくり流れるという。
<アリカカイ:邪悪な巨人 アミ族>
・「アリカカイ」とは、アミ族の南勢支族やサキザヤ族のあいだに伝わる伝説の巨人で、美崙山の西側にある洞窟に棲んでいると言われている。だが、アリカカイがいつどこからここへやってきたのかは、誰も知らない。人々が知っているのは、アリカカイが風のように速く走り、変身の術に長けていて、手に生えた毛を抜いて息を吹きかけると、心に思い描いた人間や、数千人の兵隊を一瞬で創りだせるということだ。この巨人はとても邪悪で、どんなに残忍で悪いこともやってのけ、村の女性に手を出すことも多かったので、村人たちからとても恐れられていた。
あるとき、巨人族のアリカカイが村に来て悪さをした。大きな足で民家の屋根を踏んで壊し、そこからタバコを差し入れて「火をつけろ」と命令した。だがこの家に住む老婆は巨人が来ることを予想して、家のなかに村の勇士たちを数十名ひそませていた。勇士たちは巨人の手を太い縄で縛りあげ、いっせいに引っ張り、手をへし折った。巨人はうろたえながら逃げていった。
【アリカカイ】
・花蓮県の美崙山に棲む恐ろしい巨人。体毛が濃く、体格が大きく、人間を食べ、不思議な法術でどんな姿にも化けることができると言われている。
【妖怪ファイル】
・人々がアリカカイに手を焼いていると、海神が長老の夢に現れ、マポログ(ヨシの葉を結んだもの)を用いれば巨人を倒せるとのお告げがあった。人々がそのとおりにしたところ、巨人を倒すことができた。
2018/11/23
『何かが後をついてくる 妖怪と身体感覚』
伊藤龍平 青弓社 2018/8/3
<台湾の妖怪「モシナ」の話>
<「お前さんモシナかい?>
・日本では、台湾の「モシナ(魔神仔)」の知名度はどれほどのものだろう。台湾人で「モシナ」を知らない人は少ないが、日本で知っている人のほうがまれではないだろうか。
モシナとは、主に夜、山中や草原に出る怪で、道行く人を迷わせて帰れなくしたり、夕方まで遊んでいる子どもをさらったりする。また、口のなかにイナゴを詰めたり、夜中に寝ている人を金縛りに遭わせたりもする。
・モシナの容姿については、赤い帽子と赤い服(もしくは、赤い髪、赤い体)の子どもの姿(猿に似ているとも)をしているといわれるが、一方では、人の目には見えない気配のようなものだともいう。
・この慣用句にはモシナの本質が凝縮されている。モシナとは、知らぬ間に自分の背後に忍び寄る存在だった。黄さんは、モシナを「影のような存在」とし、「幻のようなもの」とも呼んでいた。
・「急に、影みたいに現れて消えるとか、そういうものをモシナって、鬼はもっとはっきりした形があった場合は鬼よね。モシナというのは、何かしら薄いような影(の姿)をした鬼でしょうね。だから小鬼という。実際の鬼じゃなくて、いたずら鬼、いたずらをする鬼」
<モシナの事件簿>
・モシナとは何かという点については、世代による違いもある。中年以上の台湾人は、モシナと鬼とをはっきり区別していることが多い、人の死後の姿かどうかが一つの基準になるが、ほかにどのような違いがあるのだろうか。
黄さんは、モシナと比べて「もっとはっきりした形があった場合は鬼」と話していた。同じ意見を鄭埌耀さんからも聞いている。鄭さんによると、「鬼ははっきり見えるでしょう、モシナは見えないんだ」とのこと。民俗資料には、赤い服と赤い体という鮮烈なビジュアルなモシナが記録されているが、実際、台湾の人から話を聞くと、こうしたビジュアルがないモシナのほうが一般的である。
それでは、具体的にはモシナはどんなことをするのか。以下、鄭さんに聞いた話を要約する。
日本統治時代、台南にモシナが棲むという噂の空き家があった。あるとき、剛毅な男が、銀紙(冥銭。死者に捧げるお金)を奉納したうえで、その家を借りた。ところが、夜中、目が覚めると、男はいつのまにか土間に落ちている。どうやらモシナのしわざらしい。
そんなことが、夜ごと繰り返されたので、とうとう男も腹を立て、「俺は金を払ってんだ、文句あるか!」と怒鳴ると、それ以来、悪さをしなくなったという。
たわいもない話である。怒鳴られて退散するモシナも気が弱いが、鄭さんによると、「モシナはただ、いたずらをするだけ。これが鬼なら殺されてる」とのこと。蔡さんの「実際の鬼じゃなくて、いたずら鬼」という発言とも呼応し、台湾人のモシナ観が見て取れる。
・このモシナの話は、日本の「迷わし神型」妖狐譚とよく似ている。日本の場合、狐狸貉に化かされた人が団子だと偽った馬糞を食べさせられる話が多いが、台湾のモシナもイナゴではなく、牛糞を食べさせることがある。おそらくは日本の「馬の糞団子」の話のように、ごちそうに見せかけられたのだろう。化かされている最中に口にした食べ物が怪異体験の証拠になる点は共通している。
気になるのは、台湾の「モシナ」と日本の「ムジナ(貉)」の発音の近さである。
・妖怪のなかにも勢力関係があって、弱い妖怪は、強い妖怪に駆逐されていく傾向がある。例えば、「河童」という妖怪の知名度が上がると、水難事故などの水辺にまつわる怪異はすべて河童のせいにされてしまい、似た行動パターンの妖怪の名は忘れられていく。
・とはいえ、解釈装置としてのモシナは、現在も生きている。現代でも台湾のマスメディアでは、行方不明事件や不可解な死亡事故を報じる際に、紙面に「モシナ(魔神仔)」の文字が躍る。
・台湾中部の苗栗県大湖郷で、81歳の女性が朝から行方不明になり、捜索の結果、2日後、自宅の対岸の川辺で発見された。女性が発見されたのは急峻な崖下の川辺で、救助の際もロープで担架を下ろすなど、困難を極めたという。失踪当日は雨も降っていて水量も多かった。高齢な女性がどうやってここに来たのか、警察や消防の関係者も首をひねっていて、「モシナのしわざではないか」と話している。
<「鬼」化するモシナ>
・台湾人が幼少期によく聞いたのは、父母のしつけの言葉のなかに出てくるモシナである。「遅くまで遊んでいると、モシナに連れていかれるよ」「あんまり遠くまで行くと、モシナに連れていかれるよ」など。モシナの原義と推察される「模(モォ)」に「攫う」という意味があることについては先に述べたとおりである。
日本でいえば、カクレザトウ(隠れ座頭)、カクレババ(隠れ婆)、カマスショイ(叺背負い)、ヤドウカイ(夜道怪)、アブラトリ(油取り)……などの、夕暮れ時に現れて子どもを連れ去る妖怪の系譜に連なるモシナである。
・殷さんが、女友達とキャンパスに続く坂道を歩いていると、分かれ道になっているところにボロボロの服を着た女が立っていて、何か話しかけてくる。殷さんが返事をしようとすると、友人はそれを制止し、手を引いてその場を離れた。
実は友人には何も見えてしかったのだが、殷さんが「何か」を見てしまったのに気がついて、そう対処したのだと後で聞かされた。
友人は鬼のしわざだと思ったが、殷さんは、子どものころに聞いた母親の言葉を思い出し、即座に「モシナかもしれない」と思ったという。
・謎の女を、殷さんは「モシナ」だと思い、友人は「鬼」だと思っていて、見解が分かれている。先に「モシナと鬼は違う」とする説が台湾では一般的だと書いたが、それは中年以上の年齢層での話であって、若い世代は両者を混同していることが多いようだ。
台湾人の精神世界を探るのに有効だと思われるモシナだが、アカデミズム方面では、ようやく研究の緒についたばかりである。
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