日銀は、ありえない経済を求めて、過度の金融緩和を行なってきたことになる。(1)
(2025/3/7)
『アメリカはなぜ日本より豊かなのか?』
野口悠紀雄 幻冬舎新書 2024/8/28
<はじめに>
・国民の能力に差がないのに、国の豊かさになると、なぜこれほどの違いが生じてしまうのか?
その原因は、アメリカという国の政治や企業などの仕組みにあるとしか考えようがない。
・抽象的に言えば、「アメリカの豊かさの根源は、異質なものへの寛容と多様性の容認」ということだ。
<各章の概要>
・第1章では、アメリカと日本の報酬の格差を見る。第2章では、アメリカには新しい産業が登場するが、日本は古い産業構造から脱却できないことを見る。第3章では、円安で日本が衰退したことを見る。第4章では、賃金と物価の問題を分析する。第5章では、アメリカの強さの基本は、多様性の容認にあることを指摘する。第6章では、中国とアメリカの関係を見る。第7章では、トランプ前大統領復活の可能性について考える。
<日米給与のあまりの格差>
<●第1章のまとめ>
1、 アメリカは日本より豊かな国だ。これは、誰でも知っている。では、どの程度豊かなのか?「2倍程度」ということがよく言われる。しかし、専門家の給与格差は、これよりずっと大きい。金融専門家の初任給では、7.5倍もの差がある。
2、 アメリカでは、コロナ禍からの回復で需要が急拡大し、供給が追いつかないためにインフレが発生した。しかし、その後の金融引き締めで、インフレを克服しつつある。一方、日本では、長期にわたる金融緩和の継続で生産性が低下し、実質賃金が下落した。
3、 アメリカでは、IT企業を中心として技術革新が起こったので、賃金が上昇した。日本ではそうした革新が起きず、産業構造が古いままなので、賃金が上がらない。
<先端分野はアメリカが独占、日本の産業は古いまま>
<アメリカはなぜ先端分野ほど強いのか?>
<先端的な分野ほど、アメリカは強い>
・つまり、アメリカの産業構造は、日本に比べてはるかに収益力が高く、高度化している。アメリカは単に豊かな国というだけでなく、先端的な分野になるほど強くなる国なのだ。
<最先端分野の強さを支えるのは、大学の水準の高さ>
・先端分野の活動を支えるのは、高度の専門人材だ。だからアメリカが先端分野で強いことの背景には、アメリカの大学の水準の高さがある。
<人口当たりでは、日本は欧米の10分の1以下>
・ところで、大学水準の国際比較は、人口1億人当たりの「世界トップ100位以内の大学数」を見ることも考えられる。
・留学しようとしても、最近の円安によって、経済的な条件は著しく悪化した。この数年間で、円の価値は5割近く下落した。
<日本企業は、専門的知識を要求していない>
・日本の大学教育が立ち後れる理由は、日本企業が新入社員に対して、専門的な知識を要求していないことにあると考えられる。
<研究・教育活動に十分な資源が充てられていない>
・日本の大学が立ち後れるもう一つの大きな原因は、大学に対する研究・教育活動の資金配分が不十分であることだ。
<AIブームで引き起こされた半導体ブーム>
<半導体ブームと株価>
・日本・アメリカの株価が2024年になって急上昇したのは、半導体関連企業の株価急騰が大きな原因だとされる。
<エヌビディアが引き起こしたAI向け半導体ブーム>
・いまの半導体ブームの中心にあるのは、ロジック半導体である。なかでも、エヌビディアのCPUだ。
<安全保障上の観点から、半導体への需要が高まった>
・経済安全保障上の観点からも、半導体調達の重要性が高まっている。
<●第2章のまとめ>
1、 アメリカでは、AIを利用した新しい経済活動が拡大している。それに対して、日本の産業構造は古いままだ。
2、 アメリカは、IT産業やAIなど、先端分野になるほど強くなる。これを支えるのは、大学の水準の高さだ。これに対して日本は、専門教育をOJTに頼る仕組みから脱却していない。高度人材育成という最も重要な分野において、日本は間違った資源配分を行なっている。
3、 世界的な半導体ブームが起きている。重要なのは、半導体そのものでなく、AIの目覚ましい発展と、それが引き起こす変化だ。
4、 世界では半導体関連企業の株価上昇が著しい。日本は残念ながら、その流れから取り残されている。日本が強いのは、半導体製造装置や原材料であり、半導体の製造は振るわない。この状況は、政府がいくら補助金を出しても、変わるものではない。
5、 半導体事業支援のため、巨額の補助金が支出されている。しかし、これによって日本の半導体産業が復活するのかどうか、きわめて疑問だ。必要なのは補助ではない。経済学の教科書に書いてあるとおり、「技術・投資・人材」だ。
<円安に安住して衰退した日本>
<●第3章のまとめ>
1、 2022年から急激な円安が進んだ。
2、 円安になると、日本円に換算した売上額は増加する。原材料価格の上昇分は販売価格に転嫁されるため、企業の利益が増加する。このため株価が上がり、政治的に歓迎される。
3、 ユーロやポンドの減価は2022年9月で止まり、為替レートはコロナ以前の水準に戻った。しかし、円はコロナ前より大幅に減価したままだ。これは、日銀が、金融正常化宣言をしたにもかかわらず、金融緩和を継続するとしているためだ。
4、 2024年の購買力平価は1ドル=90円程度なので、市場レート150円は、これより大幅に円安だ。両者の差がこれほど開いたのは、1980年代前半以来のことだ。円安が日本経済に与える弊害を直視し、長期金利を市場の実勢に委ねる必要がある。
<春闘では解決できない。金融正常化が必要>
<賃金と物価の好循環は始まっていない>
<2023、24年の名目賃金上昇は、労働需要増加によるのではない>
・「賃金と物価の好循環」、あるいは「賃金の恒常的な上昇を伴う物価上昇」が日本でも実現しつつあり、それが達成できれば、金融を正常化できるとの見方が広がっている。
しかし、私は、この見方は正しくないと考える。
・有効求人倍率は、職種別に大きな差がある。一般事務従事者が低い値であるのに対して、介護サービス従事者はきわめて高い値になっている。
<2023年春闘の評価>
・賃金上昇が物価を引き上げたのでなく、物価が賃金を引き上げたという意味で、前項で述べた本来の意味での「賃金と物価の好循環」とは、因果関係が逆だ。
ここで、つぎの2点に注意が必要だ。第一に、経済全体で見ると、賃金上昇率はもっと低い値になる。第二に、実質賃金で見ると、対前年伸び率はマイナスが続いた。
<実質賃金は下落を続けた>
・日本の賃金動向について第二に重要なのは、実質賃金が下落を続けたことだ。
・このように、日本の賃金が望ましい状況にあるとは、とても言えない状態だ。
<重要なのは「ベア」>
・この年齢階級の人は、年をとるにしたがって、子供の教育などに要する生活費が多くなる。そのための勤続年数に応じて給与を上げるというのが定昇の意味だ。
したがって、生活が豊かになるわけでもないと言える。しかも、これは50代前半までのことであって、それ以降になれば給与は減少する。
こうしたことを考えれば、日本人の給与を評価するには、春闘賃上げ率でなく、経済全体の賃金上昇率、あるいはべースアップ率を見るのが適切であることが分かる。
<経済全体の賃金を決めるのは春闘ではなく、中小の賃金>
・春闘賃上げ率と経済全体の賃上げ率に食い違いが生じる第二の原因は、春闘賃上げ率は、経済のごく一部の企業のものだけであることだ。それは、主として大企業の賃上げ率だ。
・日本では、企業数で見て99.7%が中小企業であり、労働者の約7割が中小企業の従業員だ。また中小企業は、大企業と比べると、賃金や労働条件などに大きな格差がある。
・日本では企業規模によって、賃金の水準が著しく異なることはよく知られている。伸び率もおいても、このように大きな差があるのだ。したがって、春闘の賃上げ率がいくら高くても、経済全体では賃金上昇率が低くなってしまうのである。
・連合傘下以外を含めた労働組合全体の組合員数は、2021年時点で1000万人をわずかに上回る程度まで減った。労働者に占める組合員の比率(組織率)は、1949年には55.8%であったが、推定で16.9%まで低下した。
<掛け声だけでは、賃金は上がらない>
・日本経済が賃金に関して望ましい状態になったかどうかを判断するのは、経済のごく一部である春闘参加企業だけを見るだけでは不十分だ。当然のことながら、経済全体を見る必要がある。
また、名目賃金でなく、実質賃金を見る必要がある。
・これが現在の日本経済の姿であり、「賃金と物価の好循環」とは、ほど遠い状況であると考えざるをえない。
賃金は、掛け声だけでは上がらない。賃金は無理をすれば上がるものでもない。長期的な分配率は、経済の法則で決まっている。だから、生産性が上昇しないと、賃金は継続的に上がらないのである。
<生産性向上を上回る賃上げは、スタグフレーションをもたらす:2024年春闘の評価>
<2023年を上回る高額回答>
・このような高率の賃上げと値上げによって、賃金と物価の好循環が始まり、日本経済がこれまでの停滞状態から脱却するという見方が一般的になった。日銀は、賃金と物価の好循環が確認されるので、金融正常化に踏み出すとした。
<実質賃金下落が今後も続く可能性>
・仮にこれが実現でき、かつ消費者物価の上昇率が今後高まるようなことがなければ、少なくとも春闘参加企業については、実質賃金下落の状態から脱却できるだろう。
ただし、物価上昇率が低下するかどうかは分からない。
<生産性の伸びを上回る賃上げは危険>
・また、いま生じている賃金上昇を、手放しで喜ぶわけにはいかない。そこには大きな問題がある。それは、生産性上昇との関係だ。
本来、賃上げは、労働生産性の上昇によって実現するものだ。これは、資本蓄積や技術進歩によって実現する。
・この見方からすれば、5%を超える賃上げは過剰だ。もっとも、「これまでは、実質賃金が低下した。これは、生産された付加価値のうち、不当に大きな部分が企業利益に回された結果だ。それをいま賃金が挽回している」という解釈はありうる。
<スタグフレーションが悪化する危険>
・最近の日本経済は、実質GDP成長率がほぼゼロ、ないしはマイナスに近い状況になっている。そして物価が上昇しているのだから、これは文字どおりのスタグフレーションだ。つまり、「スタグネーション(不況)であるのに、インフレーションが収まらない」という最悪の事態だ。この状態がさらに悪化する危険がある。
・繰り返すが、本来、賃上げは、生産性の向上によって実現すべきものだ。
<金融正常化が緊急課題>
・ただし、実際には、賃上げを販売価格に転嫁するなといっても、止めることはできない。その結果、物価はさらに上昇し、実質賃金が下落し、消費が抑制されて、経済成長率が低下するだろう。
こうした過程を抑えるためには、長期金利が上昇して円高が進み、輸入物価が下落し、右に述べた消費者物価上昇を打ち消すというプロセスが必要だ。
<円高に誘導して実質賃金を引き上げよ>
・すでに述べたように、生産性を伴わない賃金の上昇は、スタグフレーションを加速させる危険がある。その意味で、問題をはらむ政策だ。
実質賃金を維持するために短期的な経済政策として実行すべきことは、物価上昇を食い止めることだ。現在の日本での物価上昇は、基本的には円安による。したがって、為替レートを円高に導くことが必要だ。
<低金利政策で、企業の生産性が低下>
<低金利による円安で、企業利益が見かけでは増加>
・金利が低くなった日本円で資金を調達し、それをアメリカで運用すれば利益が得られる(円キャリー取引)。だから、円が売られ、ドルが買われるので、円安になる。その結果、円安が進行した。
・企業の利益増は、一般に望ましいものと評価されている。しかし、右に見た企業利益の増加は、あくまでも帳簿上のものであり、企業活動の実体的変化によってもたらされたものではないことに注意が必要だ。ただし、株価は上昇した。
<収益性の低い投資で、企業の生産性が低下した>
・企業活動の実体面では、金利の低下によって、生産性が低下したと考えられる。
・むしろ、経済資源の無駄遣いが増えたという点で、日本経済の長期的なパフォーマンスにマイナスの影響を与えたと評価することができる。
・しばしば「非正規雇用が増えたので、賃金が伸び悩む」と言われる。しかし、因果関係は逆である。正しくは、生産性が低下したために賃金に支払える額が伸び悩み、このため非正規労働を増やさざるをえなくなったのだ。
・問題は企業だけではない、財政資金の調達コストが低下したために、国債が増発され、必要性の疑わしい支出が行なわれた。コロナ期において、それが顕著だった。
<低金利は、日本経済凋落の基本的な原因>
・しかし、すでに何度も述べたように、円安による企業利益増は、帳簿上のものに過ぎない。そして、投資増は、生産性が低い投資が行なわれた結果だ。雇用増は、非正規が増えた結果だ。だから、日本経済が実質的な意味で改善したことを示すものではない。
低金利がもたらした最も重要な結果は、収益率の低い対象への投資が増加し、その結果、企業の生産性が低下したことだった。
・以上で見た日本の状況は、アメリカと対照的だ。アメリカでは、IT産業を中心として収益率が著しく高い投資が行なわれ、生産性が向上した。これが、金利水準が高いことと対応している。
<生産性低下は見えにくいので、金利がある世界への復帰は政治的に難しい>
・「金利がある世界」への復帰過程において、この問題が、もっと鮮明に生じる。金利が上がると、ゾンビ企業が生存できなくなる。それは問題だとされるだろう。為替レートが円高になると、企業の利益が減る。これも問題とされるだろう。
・それに対して、企業の生産性が上昇しても、見えにくいために、人々に評価されない。
<日本企業の競争力が低下>
・以上で述べたように、低金利は、円安とあいまって、日本企業の生産性を低下させた。その結果は、日本企業の競争力低下に表れている。
・とくにアメリカで新しい分野の企業が成長したため、時価総額の世界ランキングにおける日本企業の地位が低下した。
・国際収支でも問題が生じている。サービス収支の中でデジタル赤字が増大し、いまや、サービス収支赤字の8割程度を占めるようになっている。
また、日本の金利が低いために円安が進行し、外国人労働者にとって、日本はもはや魅力ある国ではなくなった。今後、労働力不足が一層進む日本において、これはきわめて大きな問題だ。
<財政の放漫化をもたらした>
・金利が低下すれば、財政資金の調達コストが低下する。そうなれば、必要性の疑わしい支出が行なわれる。ここ数年、長期金利が低下し、しかも税収が順調に増加したことから、財政の規律が弛緩し、支出が増えた。
・とくに、民間企業活動に対する補助金が増加した。補助を与えれば、収益性の低い事業が正当化されてしまう。補助は、日本の産業を育成するのでなく、破戒してしまうのである。
<20年以上の金融緩和政策で日本が衰退>
<2000年頃から継続してきた金融緩和・円安政策>
・以上で見たような金融緩和・円安政策は、2000年頃から継続してきたものだ。これは中国の工業化に対してとられた政策だ。
・それに対して日本は、古い産業構造を残す選択をしたのだ。
そして、2013年に大規模金融緩和が導入された。この政策では、国債を大量購入することによって金利を下げることが目的とされた。しかし、日銀の国債保有量が膨大になり、この政策手法に限界が生じた。これに対処するために導入されたのが2016年のマイナス金利政策だ。それがもたらしたものは、日本の生産性の低下である。
<低金利と円安によって、日本が衰退した>
・大規模金融緩和政策が2013年に導入されたときには、大量の国債購入によって、金利を下げた。
・2021年秋からの世界的なインフレの中で、一刻も早くこの政策から脱却する必要があったのだが、世界の中央銀行の中で、日銀だけが、マイナス金利政策から脱却しなかったのだ。
<円高と高い金利に適応した新しい経済構造を>
・したがって、円高が進むことも、長期金利が上昇することも、新しい経済での必然的な姿であり、それは望ましいものである。これに応じた経済構造が築かれなければならない。
円安とは、ドルで評価した日本人の労働者の価値が下がることだ。2011~2022年頃の為替レートと比べると、日本人の労働者の価値は約半分に低下してしまったことになる。
本来は、こうした状況に対して異議を唱える政治勢力が存在しなければならない。日本にそのような勢力が存在しないのは、誠に残念なことだと言わざるをえない。
<日本の経済の望ましい姿は何か?>
・金融が正常化されれば、異常な円安が収まり、帳簿上だけで膨らんでいた企業利益が縮小する。
金利が高くなれば、資金調達コストが上昇し、それに見合うだけの収益性がある投資しか行なわれなくなる。
・そして、経済の着実な成長が可能になる。価値のあるサービスが提供されることによって、物価が上昇する。これこそが、日本経済の新しい姿だ。
賃金と物価の悪循環が望ましい姿ではないことを、はっきりと認識すべきだ。
<日本経済は停滞を続ける(その1):スタグフレーション>
<定義どおりのスタグフレーション>
・日本の消費者物価上昇率は、一時よりは低下したものの、依然として高い。日銀も、現在の状況はインフレーションだと認めている。
経済がはかばかしく成長せずに物価が上昇するのだから、これはスタグフレーションだ。
<さまざまな指標が経済活動の停滞を示す>
・経済活動の停滞は、GDP以外にも、さまざまな指標で確かめることができる。
・輸出数量が増えないため、国内の生産活動も増加しない。
・なお、円安が輸出数量や鉱工業生産指数に影響を与えないのは、過去の円安期間でも同じだ。
<企業の利益は円安で増大>
・一方、企業の利益は円安によって増大している。企業全体としてはあまり顕著な増加でないのだが、一部の企業、とくに輸出関連の大企業で利益が顕著に増大している。
<価格転嫁のメカニズムは変化?>
・現在の局面が従来と大きく違うのは、輸入物価と消費者物価の関係だ。
従来の円安局面では、円ベースの輸入物価は上昇することが多かった。しかし、現在は世界的なインフレが収束しつつあるので、契約通貨ベースの輸入物価が下落している。
・だから、従来の価格転嫁メカニズムに変化が生じたと考えざるをえない。
<賃金と物価の悪循環が生じるおそれ>
・日銀は、金融正常化の条件として、2%を超える消費者物価上昇率が必要であるとしている。しかし、重要なのは、物価上昇率が2%を超えるかどうかではなく、物価上昇がどのようなメカニズムで生じるかである。
・こうした状況下で、春闘などを通じて賃金が無理矢理に引き上げれば、それが物価に転嫁され、コストプッシュインフレが経済全体に広がる危険がある。つまり、賃金上昇と物価上昇の悪循環が始まるわけだ。
その一方で実体経済がマイナス成長を続ければ、日本経済はスタグフレーションの罠から抜けだせなくなるおそれがある。
<日本経済は停滞を続ける(その2):消費支出の落ち込み>
<消費支出がコロナ前の水準に回復しない>
・家計最終消費支出はGDPの約5割を占めるので、これが増加しないことが、GDP停滞の基本的な原因だ。
<民需の落ち込みを政府支出でカバー>
・言い換えれば、政府消費支出や外需の支えなしには、日本経済はまだコロナ禍による落ち込みから回復していない。そして今後も回復するかどうか、分からない。
<補正予算で巨額の支出増>
・国債発行額は34兆9490億円。2023年度の当初予算よりは6740億円減るものの、歳入全体に占める割合は31.2%で、厳しい財政状況が続いている。
<円安による訪日観光客増加は、生産性上昇に寄与しない>
・円安が続く限り、日本経済はスタグフレーションから脱却できないだろう。為替レートのコントロールこそ、現在の日本で最も重要な経済政策だ。
<日本経済正常化のために、金融正常化が必要>
<なぜ金融正常化が必要なのか?>
・むしろ、生産性向上による資金上昇を実現するために、金融政策の正常化が必要だ。
・それに対して、アメリカの長期金利は高い。だから、高収益率の投資しか行なわれない。この違いが、その後の両国の生産性に大きな差をもたらした。
日本は、この状態から脱却する必要がある。「金融政策の正常化」とは、これを実現するためのものだ。
<2024年最大の課題は金融政策正常化>
・2024年の金融政策の最大の課題は、金融の正常化の実現だ。
<世界で最後に、やっと金融正常化>
・また、日銀は、マイナス金利解除と合わせて、長短金利操作を停止した。さらに、上場投資信託や不動産投資信託などの新規購入も終了する。
<金融正常化すれば、異常な円安から脱却できるか>
・場合によっては、円高に転じる可能性もある。これは、円安の弊害をなくす意味で、日本経済の長期的パフォーマンスにとって望ましいことだ。
<物価上昇率が低下する可能性>
・物価上昇率の低下が望ましいと考える理由は、それによって実質賃金の低下に歯止めがかかると期待されることだ。
2022年以降のインフレの経験によって、名目賃金の上昇が必ずしも実質賃金を引き上げるわけではないことが分かった。
<日銀はインフレの拡大防止を目的とすべきだ>
・私は、日銀の金融政策の目的指標は、物価上昇率ではなく、実質賃金の上昇率とすべきだと考える。そして最低限、実質賃金の上昇率がマイナスにならないことを当面の目標とすべきだ。
その場合、物価上昇率は、高いのがよいのではなく、低いのがよいことになる。
だから、日銀は、為替レートを円高に導き、輸入価格を引き下げることによって、輸入インフレの拡大を防ぐことに全力を挙げるべきだ。
<財政資金の調達は困難になるが、財政規律のためには望ましい>
・「金利のある世界への復帰問題」は、財政を中心にして議論されることが多い。つまり、国債費の負担が増えるために、政策経費を圧迫せざるをえないという問題だ。
確かに金利が上昇すれば、国債による財政資金調達は困難になる。
<本当は、企業の立場からも金融正常化が望ましい>
・金利の引き上げには反対が強い。
企業利益が減少すると考えられるし、将来利益を現在値に換算する利回りが上昇するので、株価には二重の意味でマイナスの影響が及ぶからだ。
しかし、私は、こうした反対論には、問題があると思う。
・円安は、これまで、日本企業の生産性を低めるように働いてきたと考えられる。円安は、長期的な観点からすれば、日本企業にとって決して望ましいことではなかったのだ。
だから、長期的に見れば、円安政策から脱却することが、企業のためにも望ましいことだ。
<近視眼的金融政策から脱却できるか>
・日本経済が衰退した根本的な原因は、このような短期的効果だけが考慮され、過度の金融緩和が長期的な経済の生産性に与える負の影響を無視してきたことである。
そうした政策が20年以上の期間にわたって続いたために、日本経済はここまで弱体化したのだ。
もし、短期的な利害が優先されて金融正常化がさらに引き伸ばされれば、日本経済の衰退は決定的なものになってしまうだろう。日本は極限まで弱体化し、立ち直れなくなってしまう。日本は、いまその瀬戸際に立っていると考えなければならない。
<日銀債務超過問題をどう処理するか>
・この状態で長期金利が上昇すれば、巨額の国債評価損が発生する。実際、2023年度決算では、日銀が保有する国債の含み損は2024年3月末時点で9.4兆円となっている。
この問題は多分に名目上のものであり、日銀の業務運営に実質的な影響を及ぼすものではないのだが、放置しておけるものでもない。経済に攪乱的な影響が及ばぬよう、慎重な対処が必要だ。
<長期金利が2%を超える、新しい経済の構築>
<2%の物価上昇率なら、長期金利は3%台>
・ちなみに、「中長期の経済財政に関する試算」(内閣府、2024年1月)は、名目長期金利がつぎのように推移するとしている(成長実現ケース)。2026年から1%台。2030年から2%台。2032年からは3%台。
<アメリカでは、長期金利がバランスの取れた水準にある>
・実質経済成長率、消費者物価上昇率、長期金利の3つの変数を考えよう。
これらの間には密接な関係があり、バラバラに動くことはできない。したがって、この関係を無視して金融政策を決めることはできない。
・アメリカの10年国債の利回りはほぼ4.3%なので、バランスの取れた姿になっていると考えることができる。
<日銀はありえない経済を求めて、過剰すぎる金融緩和を行なってきた>
・ところが、日銀はこれまで、物価上昇率を2%にすることを政策目的としてきた。
・繰り返すが、実質経済成長率が0.65%、消費者物価上昇率2%、長期金利0%というのは、整合性の取れない経済の姿であり、ありえない経済だ。日銀は、ありえない経済を求めて、過度の金融緩和を行なってきたことになる。
<物価上昇のメカニズムも問題>
・物価上昇がどのようなメカニズムで生じるかも問題だ。アメリカの場合には、需要が増大することによって、また、IT関連で新しい高度なサービスが導入されることによって、物価が上昇してきた。
・さらに最近では、「賃金上昇分が製品価格に転嫁される」というコストプッシュ型のインフレが起こっている可能性もある。
<潜在成長率の引き上げが重要な課題>
・経済成長率の引き上げは、日銀の守備範囲ではない。ただし、日本の経済政策としては、もちろん重要な課題だ。
日本のこれまでの経済政策の重大な問題は、金融緩和のみが強調され、経済の構造改革を通じて成長率を高めるための有効な政策が行なわれなかったことである。
・現在の日本において最も重要な政策は、デジタル化を進めることだ。実際には、ほとんど進んでいない。そして、国際収支のサービス収支において、デジタル関連の赤字が増大している。こうした状況を、根本から見直す必要がある。
<●第4章のまとめ>
1、 「賃金と物価の好循環」が日本でも実現しつつあるとの見方が広まっている。しかし、2023年以降の高い賃上げ率は、物価上昇によりもたらされたものであり、労働に対する需要増の結果ではない。なお、春闘賃上げ率のうち経済全体の賃上げ率をもたらすのは「ベア」だけだ。また、春闘参加企業は全企業の一部でしかないことに留意する必要がある。
2、 2024年春闘で、高額回答が続いた。しかし、賃金上昇分が販売価格に転嫁されると、スタグフレーションを誘発する危険がある。
3、 金融緩和で金利が低下し、収益性の低い投資が正当化されることとなった。このため、生産性が低下した。また、財政資金の調達コストが低下したため、財政放漫化がもたらされた。
4、 20年以上にわたる過剰な金融緩和の継続によって、日本経済が衰退した。ここから脱却して金融正常化を進めることは、焦眉の課題だ。
5、 日本経済はスタグフレーションに落ち込んでいる。賃金上昇分が物価に転嫁されるという動きが生じているのかもしれない。
6、 実質家計消費支出が減少している。これを補うために、財政支出が膨張している。
7、 生産性向上による賃金上昇を実現するために、金融政策の正常化が必要だ。日銀は、2024年3月に金融正常化の開始を決定した。これによって、日本経済が大きく変わることが期待される。金融正常化は、財政や企業にとっても、本来は望ましいことだ。
8、 実質経済成長率、消費者物価上昇率、長期金利の間には密接な関係があり、この関係を無視して金融政策を決めることはできない。日本では、物価上昇率を2%にするとしながら、長期金利を0%に抑えるという矛盾した経済を求めてきた。物価上昇率が2%を超えれば、長期金利は現在より大幅に高くならなければならない。
<アメリカの強さの源泉は「異質」の容認>
<●第5章のまとめ>
1、 アメリカは他国からの移民を受け入れ、有能な人々が活躍する機会を与えてきた。それらの人々が新しい技術を開発し、新しい経済活動を興してきた。
2、 アメリカの半導体企業エヌビディアは、つぎの2つの点で、典型的なアメリカ企業だ。第一に、設立者がアメリカ生まれでないこと、第二に、工場を持たないファブレス企業であること。
3、 覇権国の条件は「寛容」だ。これは、古代ローマの時代からのことで、アメリカ建国の父たちは、それを意識的に引き継いだ。
アメリカは、移民問題だけでなく、国内での人種問題や男女平等問
題でも、大きな変革を実現しつつある。
<強権化を進める中国>
<●第6章のまとめ>
1、 中国の不動産バブル崩壊が、さまざまな問題を引き起こしている。それだけでなく、物価動向や経済成長率鈍化に見られるように、中国経済全体が落ち込んでいる。
2、 中国経済を停滞させる原因として人口減少・少子化が挙げられるが、最大のものは、強権的な習政権による経済活動への過剰な介入だ。
3、 危険で過酷なルートを辿ってアメリカに亡命しようとする中国人が増えている。もし彼らが日本に来て介護人材になってくれれば、介護保険の窮状を救ってくれるだろうに。しかし、日本はそれを求めていない。
<トランプはアメリカの強さを捨て去ろうとする>
<●第7章のまとめ>
1、 不法移民の急増によってニューヨーク市などの治安が急速に悪化し、深刻な問題となっている。これは、アメリカ大統領選挙での最大の争点になった。壁の再建というトランプ氏の政策は分かりやすく、支持が広がっている。バイデン大統領は苦戦。
2、 アメリカへの移民の急増は、社会的な混乱をもたらしているが、同時に、労働力の供給を増やし、インフレを緩和させる効果を持っている。これは、FRBの利下げタイミングに大きな影響を与える。
3、 アメリカ大統領選挙で、もし第二次トランプ政権が成立すれば、第一次政権のときと同様、アメリカの対外コミットメントの縮小、在日米軍の費用負担増加などを求めてくる可能性がある。また、対中強硬策を強化する可能性もある。
4、 第一次トランプ政権は、関税率引き上げなどによって中国に対する貿易戦争を始めた。トランプ政権の対中強硬策の大部分は、バイデン政権によって引き継がれた。
5、 トランプ前大統領は再選されれば、アメリカ国内では、「影の政府」を撲滅して反対意見の排除に乗り出すとしている。
6、 アメリカの強さの根源は、異質なものに対する寛容なのだが、アメリカは自らそれを放棄しようとしている。
7、 女性で非白人という、トランプ氏と対極にあるハリス氏の登場で、アメリカ大統領選の状況は大きく変わった。
<おわりに>
・アメリカ空軍によって父を殺され、私自身が殺されかけたのだから、アメリカに対して強い憎しみと恨みを持って当然だ。
しかし、私は、そうした感情を抱いたことはなかった。アメリカの爆撃機が怖いという気持ちはその後も残ったが、恨みはむしろ、当時の日本の指導者たちに対して向けられた。
何の防御手段を持たない市民を凶暴な爆撃機攻撃の前にさらけだし、「バケツリレーで火災を食い止めよ」と命じていた無責任な指導者たちに。そして、ドイツ降伏後もなお、無謀な戦争を何の展望もなく惰性的に続けた無能な指導者たちに対して向けられた。この気持ちは、いまでも変わらない。
・豊かさの違いをもたらすのは、国民一人ひとりの生まれながらの能力の差ではなく、自然条件の違いでもない。そうではなく、国や政治や企業などの仕組みの違いだ、と考えざるをえない。では、仕組みのどこがどのように違うのか?それに対する答えが本書だ。
・企業が政府からの補助を求め、政治家がそこに介入するという構造も、金融政策が消費者を無視して企業のために円安と低金利を続けることも、政治家がつぎの選挙のことしか考えないことも、そして野党が全く頼りにならないことも、容易に変わりそうにない。
日本の構造を変えるには、日本人一人ひとりの意識が変わることが必要だ。
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