アベノミクスは、本来、「金融緩和+減税」をやらないといけなかったのに、「金融緩和+消費増税」という誤った政策の組み合わせを行ってしまいました。(1)
『森卓77言』
超格差社会を生き抜くための経済の見方
森永卓郎 プレジデント社 2017/8/30
<リベラル勢力はなぜ衰退したのか>
<小沢氏の失脚でリベラル勢力は衰退へ>
・そもそもリベラルの需要が減っているからだと私は考えています。
・リベラルが視聴者の関心を集めなくなったのは、信頼を失ったからです。大きな転機となったのは、リベラル勢力が政権を奪取して誕生した民主党(現・民進党)政権でした。民主党が掲げた2009年のマニフェストは、いま読み返しても非常によく出来ています。
・しかし、民主党は、実現不可能な政策を並べたのではありませんでした。党内クーデターによって政策が封じ込まれたのです。2009年のマニフェストは、小沢一郎氏の思いが詰まった小沢マニフェストでした。しかし、小沢氏の政治とカネの問題が浮上します。
・小沢氏のイメージはいまだに回復せず、リベラル勢力が消滅に向かっているからです。
<カジノ法案は憲法改正の布石>
<IRは万博後も集客可能。法案成立は憲法改正に向けた維新への配慮か>
・カジノ関連法案が2016年12月15日、衆院本会議で可決、成立しました。スピード審議に疑念を感じている国民も多くいます。なぜ、自民党は成立を急いだのでしょうか。それは、大阪万博のためです。
・ここで万博を開催するためには、大量輸送ができる地下鉄の新設が必要です。
・夢洲の半分を万博会場に、残りの半分をIRにすれば、万博終了後も安定した鉄道需要が見込めます。
・IRに大きな経済効果があることは、間違いありません。シンガポールはIR導入後、わずか4年で観光収入を倍増させました。しかし、カジノには懸念もあります。ギャンブル依存症の増加です。
・カジノの射幸性は、パチンコの比ではありません。パチンコだったら、1日10万円負けるのが精一杯ですが、カジノの場合、何十億円でも負けられます。そうした射幸性の高さが分かっているからこそ、シンガポールのカジノは、1万円近い入場料を自国民のみに課していますし、韓国は1カ所を除いて自国民のカジノ入場を禁じています。ところが、日本の場合は、日本人の入場を規制しにくいのです。地下鉄の乗客が減ってしまうからです。
・一つは、トランプ新大統領への貢ぎ物です。ギャンブルは、胴元が一番儲かります。
・そして、官邸がカジノ法案で維新に協力したもう一つの理由は、憲法改正をにらんだからではないでしょうか。公明党はカジノ法案に自主投票で対応しました。その構図は、憲法改正への姿勢と重なります。
<プレミアムフライデーは週休3日制への重要な一歩>
<プレミアムフライデー定着へ文科省は子どもの週末を奪うべきでない>
・月末金曜日を午後3時で切り上げる「プレミアムフライデー」が、2017年2月末から始まりました。
・実施する企業はわずか数%と苦難の船出となりました。その後もなかなか浸透せず、働く人たちからも、「月末の忙しいところで、早帰りなんてできない」とか、「実施できるのは、余裕のある大企業だけだ」など、評判は散々でした。
・しかし、私はプレミアムフライデーを定着、拡充していくべきだと考えています。それは、週休3日制への重要な一歩になると考えているからです。
・ただ、私にはとても気になっていることがあります。それは、学校との足並みが揃っていないことです。週休2日制の普及は、学校の週休2日が促進した面も大きいのです。ところが今回は、学校は休みを減らす方向になっています。
・そもそも、なぜ小学生から英語を学ばなければならないかをこそ問い直すべきでしょう。英会話は大人になってからでも十分身に付けることができるからです。
<浜田宏一氏が認めたアベノミクスの過ち>
<「金融緩和」+「減税も含めた財政政策」でアベノミクスは再び機能する!>
・2017年1月号の「文藝春秋」に浜田宏一元イエール大学教授の「『アベノミクス』私は考え直した」という手記が掲載されました。
・浜田氏は、内閣官房参与として安倍総理の経済参謀を務めるだけでなく、アベノミクスのシナリオ描いた中心人物だからです。その浜田氏が、アベノミクスの過ちを指摘したのです。
・浜田氏は、アベノミクスを全面否定しているわけではありません。安倍政権になってから、株価は2倍になり、労働市場も大幅に改善しました。しかし、問題は肝心のデフレ脱却がまったく達成されていないことです。アベノミクスの物価目標は、消費者物価で2%でした。その「インフレターゲット」を量的金融緩和によって達成することで、デフレマインドを払しょくするというのが、アベノミクスの最大の目的でした。
・なぜ物価が上がらないのか。浜田氏は16年8月に発表されたプリンストン大学のクリストファー・シムズ教授の論文を読んで、自分の考え方の誤りに気付いたといいます。量的金融緩和だけではだめで、それと財政政策を組み合わせないといけないと気付いたというのです。
・偉大な経済学者である浜田氏が、そんな当たり前のことに気付いていなかったことに、逆に私は驚きました。量的金融緩和では、銀行保有の国債を日銀が購入し、代金を銀行の口座に振り込みます。ところが、景気がよくないので、貸出先のみつからない銀行はその資金を融資に回すことができません。そこで、資金を日銀の当座預金に預けっぱなしにする。いわゆるブタ積みです。そうなると市中にお金が回っていかないから、景気はよくなりません。
・それではどうすればよいのかというと、日銀が国債を購入した分、政府が新たな国債を発行して、そこで得た財政資金を減税などの形で国民に還元するのです。
・もちろん、見た目には赤字国債が増えることになるのですが、それは問題がありません。日銀が保有した国債は、日銀が保有し続ける限り、元本返済の必要がありませんし、日銀に支払った国債金利は、日銀剰余金の国庫納付という形で政府に戻ってくるからです。
・現在日銀は、年間80兆円を国債購入の目途にしています。これをすべて減税で戻したとすると、国民一人あたり63万円、4人家族だと252万円です。それだけのお金が政府からばらまかれたら、消費が爆発して、物価が上がり出します。それは、誰が考えても明らかでしょう。
・アベノミクスは、本来、「金融緩和+減税」をやらないといけなかったのに、「金融緩和+消費増税」という誤った政策の組み合わせを行ってしまいました。
・「ここまでうまく働いた金融政策の手綱を緩めることなく、減税も含めた財政政策で刺激を加えれば、アベノミクスの将来は実に明るいのです」
<異次元緩和の限界を国債増発で突破を>
<デフレ脱却に必要なのは国債の供給を増やすこと。日銀が市場で買い入れるので国民の負担はない>
・2016年9月、日銀の金融政策決定会合で「長期金利操作付き量的・質的金融緩和」の導入が決まり、長期金利は現状の0%程度を目標にコントロールすることになりました。
・これまで掲げてきた日銀の目標は、年間80兆円の国債買い入れでした。それを、長期金利を0%に誘導する政策に転換するということは、場合によっては、国債購入のペースダウンを許容するということです。つまり、日銀は異次元金融緩和以降続けてきた、量的金融緩和の呪縛から逃れようとしていることになります。
・なぜ量的金融緩和に限界がきたのか。その答えは明らかです。これまでの金融緩和で、日銀はすでに国債発行残高の3分の1以上を取得し、これ以上、買い入れのタマがなくなってしまったのです。
・ただ、量的金融緩和のタガが緩めば、円高は着実に進行します。実際、2016年年初に120円だった対ドル為替レートは、すでに100円割れに近づいています。このまま円高が続けば、デフレ経済に逆戻りです。だから、いま一番求められていることは、国債の供給を増やすことです。国債発行を増やしても、それを日銀が市場を通じて買ってしまえば、国民負担は一切ないのです。
・例えば、今後3年間個人住民税をゼロにしたらどうでしょう。必要な財源は、年間たった12兆円。減税の財源全額を国債発行で賄えば、日銀は量的金融緩和が可能になるし、国民の手取り所得も増えるから、デフレ脱却の足取りが確かなものになるでしょう。
<日本は実質的に無借金に>
<日銀保有の国債が日本の純債務とほぼ同額に日本は実は無借金だった!>
・日本の財政は、いまや実質的に無借金であると書いたら、信じてくれる人は少ないかもしれません。しかし、それは財務省自身が発表している統計で明らかなのです。
・このように政府の範囲を広めにとると、日本の純債務はGDPの9割程度ということになります。これは一般的な先進国の債務水準です。ところが、実はもう一つ重要なポイントがあります。
2017年1月10日時点で日銀は国債を411兆円保有していましたが、国債の買い増しを続けた結果、5月末に純債務の金額とほぼ並んだのです。
日銀が保有する国債は、元利の返済が実質不要です。日銀の国債を買い入れるということは、国債を日銀が供給するお金にすり替えることを意味します。日銀券は、元本返済も利払いも不要なので、日銀保有の国債は、借金にカウントする必要がなくなります。それが通貨発行益と呼ばれるものです。政府は、これまで通貨発行益を財源として利用できませんでした。通貨発行益に依存しすぎると、インフレを起こしてしまうからです。
しかし、実質的に純債務がなくなり、そしてデフレが続いているいまこそ、通貨発行益の一部を活用すべきではないでしょうか。例えば、通貨発行益を活用して消費税率を下げれば、確実にデフレから脱却できるでしょう。
<安倍総理は経済を捨てて憲法改正を取るのか>
<公明・維新への配慮がにじむ安倍総理の憲法改正案。消費増税凍結で憲法改正の国民投票を乗り切るつもりでは?>
・安倍総理が憲法9条改正に向けての強烈な一手を打ちました。
・「2020年を新しい憲法が施行される年にしたいと強く願っている」と、期限を切ったのです。しかも憲法9条に関して、戦争放棄を規定した第1項と戦力不所持を規定した第2項を堅持した上で、自衛隊の存在を明記する条文を加える案を示しました。つまり、「戦争は放棄するし、戦力は持たないけれど、自衛隊は持ちます」という形に憲法を変えようという主張です。
・なぜ安倍総理は、この案を出してきたのでしょうか。実は、今回総理が打ち出した憲法改正案は、明らかに公明党への配慮です。公明党は、憲法に足りない部分を追加する「加憲」の立場ですから、総理の案は受け入れやすいのです。
・ビデオメッセージで総理は、改憲による高等教育までの無償化にも意欲を示しました。これも教育無償化を掲げる日本維新の会への配慮でしょう。つまり、安倍総理は、公明と維新の力を借りて、国会で憲法改正を強行突破しようとしているのです。
・来年、自民党総裁選とロシアの大統領選挙が行われます。ここを抜ければ、安倍総理もプーチン大統領も政権基盤は盤石です。そこで2019年から20年にかけて、歯舞・色丹の返還と国後・択捉の共同統治を日ロ首脳会談で合意するのです。国民は熱狂し、安倍総理の提示する「受け入れやすい」憲法改正に賛意を示すでしょう。完璧な計画です。
・しかし、安倍総理が教育無償化の財源として教育国債を主張していることを考えると、逆に消費税の凍結あるいは引き下げ発表をすることで一気に支持率回復を図り、憲法改正の国民投票を乗り切ろうとする可能性のほうが高いのではないかと私は考えています。
<金融緩和の大幅縮小という“もう一つの忖度”>
<日銀による金融緩和のペースが落ちた理由は円安に誘導しないというアメリカとの密約では?>
・森友学園に国有地がタダ同然で払い下げられた事件は、安倍昭恵総理夫人に対して、財務省が忖度をしたのかどうかが、大きな焦点になっています。もちろん、財務省は忖度を全面否定していますから、真相究明は難しいかもしれません。
ただ、私は安倍総理が追求されるべき忖度は、もう一つあると思います。それは、日銀による金融緩和の大幅な縮小です。
・アメリカが利上げをすれば、ドルを欲しがる人が増えますから、ドルが高くなる、つまり円安が進むはずなのに、為替はまったく円安に向かっていません。それはいったいなぜなのでしょうか。
・ところが、16年11月から17年2月までの3カ月間の平均は、3兆4929億円、年率換算で42兆円となっています。なぜこんなことが起きているのでしょうか。
世界で最も早くトランプ大統領との会談を実現し、仲良く二人でゴルフまでした安倍総理ですが、もしかしたら、為替を円高に誘導する、少なくとも円安にはしないという密約が結ばれたのではないでしょうか。もともとトランプ大統領は、日本と中国が通貨安を誘導して、それがアメリカ企業の競争力を奪っているという非難を繰り返していました。
・1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンは、当初強いドルを掲げ、軍拡と大型減税で景気浮揚を図りました。しかし、それが財政赤字と貿易赤字という双子の赤字を拡大したため、4年後にプラザ合意で、急激な円高を強要しました。トランプ大統領も、軍拡と減税という政策は同じですが、為替についてはレーガン政権の轍を踏まぬよう、先に行動に出たと考えるべきではないかと思います。
・貿易摩擦に明け暮れた80年代の悪夢が再現するのではないでしょうか。
<消費税凍結を唱えるシムズ理論は正しいのか?>
<デフレ脱却を確実にするには消費税率を5%に引き下げるべき>
・シムズ理論の骨子は「実質政府債務が将来のプライマリーバランスの割引現在価値と一致するよう物価が調整される」というものです。この理論に基づいてシムズ教授は、「アベノミクスの金融緩和でデフレが脱却できない理由は、物価目標を達成する前に消費増税をしたからだ。今後は物価目標を達成するまでは、少なくとも消費税増税を凍結するべき」だと主張しています。
・私は、政策の方向性は正しいと思いますが、理論に関しては若干疑問があります。国民は、プライマリーバランスの割引現在価値などという難しいことを考えて行動していないからです。優秀な経済学者がしばしば陥る罠は、他人も自分と同じくらい頭がよいと思い込んでしまうことです。
・シムズ教授の言うように、消費増税でアベノミクスが失速したことは事実ですが、その主因は、消費増税によって消費者の実質所得が減少したことです。だから、シムズ教授の指摘通り、消費税率を2019年10月から10%に引き上げたら、デフレ脱却がさらに遠のくのは間違いないのですが、消費税凍結でデフレ脱却ができるかどうかは疑わしいと言わざるを得ません。凍結では消費者の実質所得が増えないからです。実質所得を増やし、デフレ脱却を確実にするための唯一の方法は、消費税率を5%に戻し、なおかつ将来の再引き上げを政府が明確に否定することでしょう。
<マイナス金利強化で地方経済は破産状態に>
<マイナス金利で不動産バブル再燃の恐れも。社会保険料引き下げと国債増発で乗り切れ!>
・マイナス金利は、15年1月に日銀が導入を決めた金融政策で、銀行が日銀に預ける当座預金の増加分に対して0.1%のマイナス金利を付けることによって、銀行に企業への貸し出しを促す政策です。日銀に資金を滞留させるとペナルティがつくから、銀行は融資を増やすだろうという目論見です。
・いまだに地方経済は疲弊を極めていて、融資先を減らした地銀は、統合の真っただ中にあります。
・こうしたなかで、マイナス金利を強化すれば、経営破たんする地銀が出てきても不思議ではありません。しかも、追い詰められた地銀が、東京都心の不動産融資に傾倒していけば、バブル崩壊とともに、破たんが連続することになりかねません。金融は経済の血液だから、そんなことが起きれば、地方経済は破産状態になるでしょう。
・もちろん、国債を購入して資金供給を拡大する従来型の金融緩和に限界が近づいていることも事実です。すでに日銀は国債発行残高の3分の1以上を購入しており、これ以上国債購入を増やすと、国債のマイナス金利が拡大してしまうからです。
それではどうしたらよいのか。一つの方法は、厚生年金や健康保険などの社会保険料を、期間を限って大幅に引き下げ、不足する財源を国債増発で埋め合わせればよいと思います。この方法であれば、物価下落の影響がなく、国民の手取り収入が増えるから景気も拡大し、さらに日銀が買う国債のタマ不足も解消するのです。
<経済成長は本当に必要なのか?>
<富裕層に増税して庶民に分配→消費が拡大→経済が成長、の流れをつくるべき>
・左派の私は、孤立無援の戦いを挑んだのですが、ネットでは「森永フルボッコにされる。もはやエコノミストの資格なし」と評される始末でした。
・右派の人たちは、経済成長のためには、生産性を上げるための構造改革が必要で、そのための規制改革を進める以外に、成長の方法はないと、いつも通りの主張をしました。
・資本主義化を一層進めれば、経済のパイが大きくなるかもしれません。しかし、その成果は自動的に庶民や中小企業には回ってきません。それは、第二次安倍内閣が発足した直後から経済が急速に拡大したのに、いまだにその成果が一部の富裕層に集中していることからも明らかです。
だから、いま考えなければならないのは、経済を成長させることではなく、経済成長の成果をいかに庶民や中小企業に行き渡らせるかということなのです。富裕層に増税して、庶民に分配する。それをやれば消費が拡大して、結果的に経済が成長することになるでしょう。
<超々格差社会がやってくる>
<景気が上向いても、国と企業はあの手この手で労働コスト切り詰め、国民生活はよくならない!>
・一方、安倍政権はこの選挙結果を受けて、28兆円規模の経済政策を打ち出しました。
一つは、公共投資を中心とする大型の財政出動です。本来なら、消費税率を5%に戻して国民全体に恩恵を与えるのが一番効果が大きいのですが、消費税減税は利権を生みません。だから公共事業を打つというのは、何十年も続いている自民党の伝統です。
もちろん、公共事業の財源はないのですから、国債増発ということになります。そこで出てくるのが、金融緩和という第二の景気対策です。新規発行した国債は、日本銀行が買い取るのです。
・ただし、景気拡大で国民生活がよくなるのかと言えば、そうではありません。実質賃金は2016年に下げ止まったとはいえ5年連続で下落し、今後景気が良くなれば、賃金が上がり出すという見方もありますが、それでは企業の人件費負担が増えてしまいます。
・そこで安倍政権が導入してくるとみられるのが、ホワイトカラー・エグゼンプションです。
・さらに次の段階で、政府は金銭解雇制度の導入も進めてくるでしょう。
<企業の強欲でデフレに逆戻り>
<タックスヘイブン課税を実施すれば10兆円単位の税収がすぐに入ってくる!>
<企業の内部留保総額は400兆円超!従業員の給与は削られ、デフレ脱却は遠のくばかり>
・まず、全産業(金融・保険業を除く)の売上高は3年前より1.6%増えました。1年あたりに直すと0.5%ですから、大きな伸びとは言えませんが、成長したことは事実です。
そのなかで、経常利益は9.4%増と大きく増えています。その理由と思われるのが、従業員給与が1.9%減っているということです。アベノミクスの下で、企業は売り上げを増やすとともに、従業員の給与を削ることによって、利益を大きく増やしたのです。
・もちろん、企業活動を継続するうえで、一定の利益を確保することは必要なのですが、安倍政権は法人税率を10%以上下げることで、企業の蓄積をさらに促してきました。その結果が、内部留保の爆発的拡大です。
・2015年度のGDPが532兆円ですから、日本の企業はGDPの約8割の資金を貯め込んでいることになります。ただ、こういう話をすると、「内部留保はキャッシュを貯め込んでいるのではなく、設備投資の源泉になっているのだ」と批判されることがありますが、法人企業統計で現預金の額をみると、181兆円に達しており、3年前より21%も増えているのです。
・こうした「デフレ」傾向は、2017年に入ってからも続いています。
・消費者は確実に安いものを欲しがっている。アベノミクスによって経済全体は潤っていますが、実質賃金は、消費税増税による物価上昇もあって、安倍政権発足当初より3.5%も減っています。消費者の懐が暖まらないと、デフレからは絶対に完全脱却できません。
『東京五輪後の日本経済』
元日銀審議委員だから言える
白井さゆり 小学館 2017/9/13
<異次元緩和に、果たして効果はあったのか?>
<異次元緩和の成果>
・黒田総裁の下で推し進められた異次元緩和ですが、まず効果があった点とは、極端な円高と株安を是正できたということでしょう。
・ただ、雇用の改善については、仮にアベノミクスが登場しなかったとしても、日本社会が人手不足になるのは時間の問題だといわれており、それに伴って、失業率が低下することは、ある程度予想されていました。
労働人口は1990年代から減り始めていましたし、団塊の世代の人たちが次々と退職していくため、人手不足になることは目に見えていたのです。
<異次元緩和の実体経済への影響>
・一方、異次元緩和によっても効果がなかったといえる点についても、しっかりと見ていかなくてはなりません。まずはっきりいえるのが、異次元緩和を実行した後も、大した経済成長を実現することはできなかったという厳然とした事実です。
・しかも、2016年末にGDPの算出方法が国際基準に合わせて改訂されたことに伴い、新たに研究開発費などが算入されて、2013年からのGDPが比較的大きく押し上げられました。
ところが、そうした支援材料があってもなお、実質成長率は大きくは伸びなかったわけで、異次元緩和の実体経済への影響はそれほど大きくなかったといわざるを得ません。
<「円安効果」による輸出増は実現できたのか?>
・2012年12月に自民党が政権に復帰した頃から、日本銀行による将来の金融緩和政策を織り込むようにして、市場では急激に円安が進み始めました。そして、2015年には一時1ドル125円を越える水準にまで、円安が進行したのです。
それではこの間、輸出は増えていったのでしょうか?
一般的に、通貨安になると、他国の商品との競争が有利になるため、一国の輸出は増えるといわれています。しかし、結果を見ると、異次元緩和スタート以降も、あれほど円安が進んだにもかかわらず、輸出数量が増えることはありませんでした。
・しかし、円安によって輸出数量と輸出物価がともに増えていくという好循環を生む、いわゆる「円安効果」は実現しなかったのです。これは、長引く円高の影響などもあり、企業がどんどん海外へと工場を移したことが、その大きな原因として挙げられるでしょう。つまり、もはや日本は、円安によって単純に輸出が増えるような構造ではなくなっているのです。
・また、人口減少が続く日本国内の市場だけで生き残っていくことは到底できないため、企業は積極的に海外企業の買収を進めていくことも考えています。そのため、高収益を上げているにもかかわらず、企業は多額の内部留保を積み上げるという行動を選択しています。
その結果、従業員の所定内給与(決まって支給される給与)はなかなか上げずに、収益が上がった場合にはボーナスによって調整するという状況が続いています。
しかしながら、所定内給与が安定して増加して、しかも物価上昇分を越えて増えていくようにならなければ、家計はなかなか将来を客観的に見ることはできません。
<異次元緩和が目指した「物価上昇率2%」のゆくえ>
・それでは、この「物価上昇率2%」は、本当に実現できるのでしょうか?残念ながら、2017年時点では、「物価上昇率2%」の目標には、ほど遠い状況にあります。
<異次元緩和を「総括」する>
・厳しい言い方をすれば、一番大切な目的に対して、異次元緩和は期待通りの効果を発揮できなかったわけです。異次元緩和のような「非伝統的金融政策」は、決してパワフルな政策ではないことがわかってしまったともいえます。
<「過去最高」の企業収益。それでも手放しでは喜べないのはなぜか?>
<売上増加を伴わない「過去最高益」>
・もちろん、個々の企業では事情は異なりますが、おしなべて見ると、アベノミクススタート以前と以後とでは、企業の売上高はほとんど変化していないのです。収益は増えたけれど、売上は増えてはいないという状況です。
<危うい均衡の上に立つ高収益>
・それではなぜ、企業が高収益を実現できているかといえば、それは、各企業のコストカットの努力によるものです。長く景気が低迷する中、各企業は経費節減を進めるなど、筋肉質な体質づくりに努めてきました。値上げをする場合でも、より付加価値をつけた商品やサービスを提供して、消費者に納得してもらえる工夫もしています。
今日の高収益は、こうした企業の涙ぐましい努力によるとところが大きいのです。
・企業の側も、売上高が増えない中、この先も簡単には売上が上がらないことをよくわかっています。そのため、設備投資には慎重になります。また、今後は国内市場の縮小が予想される中、海外市場へと活路を見出すべく、買収のための資金を確保する必要があり、そのため従業員の賃金を上げることにも消極的にならざるを得ません。
<世界経済のゆくえ>
<ブレグジット>
・こうした独自の需要と強みを持つシティに対して、これに追随できるような国は、ユーロ圏にはひとつもありません。したがって、仮にブレグジットが現実になったとしても、世界中からの資金がシティに集まってくるという流れが止まることはないでしょう。
・こうして見ると、ブレグジットは、イギリスにとっても、そう悲観的なことばかりではないかもしれません。長い目で見れば、有益なことのほうが多い可能性もあります。EUよりも規制を少なくして、もっと法人税率を下げれば、世界の主要企業がますますロンドンに拠点を構えるようになるかもしれません。
実際、ブレグジットの世界経済への影響については、「それほど大きくはないだろう」というのが、ヨーロッパの多くの識者の考え方です。
<中国バブルは崩壊するのか? そのとき、世界経済、日本経済はどうなる?>
<中国が抱える2つの「過剰」問題>
・政府の債務自体は対GDP比で40%前後と、それほど大きくはないようですが、企業債務はどんどん増えていき、すでに対GDP比で170%から200%を越えるほどにまで達しているとの推計もあります。
また、中国では、こうした企業債務に加えて、家計の債務も増えています。とくに住宅の価格高騰を受けて、住宅ローン債務が大幅に増加する傾向にあります。現時点では、家計の債務の大きさは政府債務と大きくは変わらない程度のようですが、公的・民間の債務を合計すると対GDP比で200%を大きく超えるほど膨張しています。そのため、習近平首席がどう対応するのか、世界の注目が集まっています。
・さらに、企業の過剰生産能力による問題も深刻です。リーマンショック以降、中国政府は景気刺激策として大規模な財政出動を行いましたが、これがさらなる企業の過剰生産能力問題を生むことになりました。
・この状態に対しては、いずれ何らかの手を打つ必要がありますが、過剰生産能力による供給過剰の状態を解決しようとして供給に制限をかけると、それによって大量の失業者が発生してしまうことになりかねません。そうした事態を避けるためにも、中国政府には慎重な舵とりが求められます。
<資本流出を妨げるか?>
・中国経済の諸問題を語る中で、忘れてはならないのが、「資本流出」の問題です。中国は、2014年から、それまでの「資本流入」から「資本流出」へと転じました。これは、外国から中国に対して入ってくるお金よりも、中国から外国へと出ていくお金のほうが多くなったということを意味します。2015年には、約1兆ドルもの資金が中国から国外へと流出したとする試算もあります。
・一般的には、通貨安になると輸出が増える効果を生むなどのメリットもありますが、中国当局はむしろ、人民元安が進むことで中国からのさらなる資金流出を招き、これに歯止めがかからなくなることを懸念しているようです。
<「中国発のリーマンショック」は起こるのか?>
・これまで見てきたように、中国経済は、主に企業による「過剰債務」問題や、企業の「過剰生産能力」問題、さらには「資本流出」問題など、さまざまなアキレス腱を抱えています。
また、上海や北京などの不動産価格が高騰し、もはやバブルと呼べる水準に達しているのではないかとの指摘もあり、不動産バブル崩壊による経済への悪影響を懸念する声もあります。
それでは、右記のような諸問題がやがて顕在化して、それが世界中へと波及する「中国発のリーマンショック」のような事態を引き起こすことになるのでしょうか?
私は、そのような事態になりにくいと考えています。
・以前は、中国経済が減速したとしても、それが大きく世界経済に影響することはありませんでした。ところが現在では、購買力平価(各国の通貨が自国内でモノやサービスをどれだけ買えるかという比率)で換算したGDPは、すでに中国はアメリカを抜いて第1位となっているのです。
これほど世界での存在感を強めているため、中国経済が減速した場合には、まずアジア・太平洋の市場全体が大きな影響を受け、やがてそれが世界全体へ波及していくという構造になっているのです。
<膨張する政府債務。東京五輪後に日本の財政は「破綻」するのか?>
<海外ではまったく信じられていない「日本の財政再建」>
・こうした中「統合政府論」といったことを主張する人たちが現れました。日本銀行は政府の子会社と見なせるため、日本銀行が買い入れた国債は政府の負債と相殺されるのだから、日本の財政再建は着実に進んでいる、というのです。
・いずれにしても、ここではっきりといっておかなくてはならないのは、海外では日本の財政再建が可能であるとは、まったく信じられてはいない、という事実です。
・すでに指摘した通り、日本の政府債務は、世界標準である対GDP比「60%」などは、もはや夢のまた夢というレベルにまで膨らんでいます。これがどれほど深刻な事態であるのかを、私たち日本人は、今一度、しっかりと認識しておく必要があると思います。
<「国民の金融資産1800兆円」の安心感>
・私たちはいずれ、日本政府が抱える膨大な債務の問題について、真剣に向き合わなくてはならないときがくるということです。
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