既存の国際秩序を毀損することに痛痒を感じないというロシアの国家の体質は、すでに2020年のナゴルノ・カラバフ紛争の時点でその片鱗をのぞかせていた。(1)

(2023/12/12)

『今日も世界は迷走中』

国際問題のまともな読み方

内藤陽介   ワニブックス   2023/7/28

<日本人は劣化していない ⁉>

・昔は右も左も、それぞれ自分たちの世界だけで生きていて、自分たちの外側の世界(現実)をちゃんと見ていませんでした。

 それがここ20~30年ほどのインタ―ネット環境の変化によって“現実”

が見えやすくなり、自分たちからするととんでもなく非常識に思える人たちがたくさん目につくようになった。

<ウクライナ侵攻>

・2022年2月にロシアのウクライナ侵攻が始まって以来、国際ニュースの相当部分はウクライナ情勢についての情報で占められています。

・しかし、当然のことながら、世界の関心がウクライナに集中している裏では、世界の各地で、今後の世界と日本を考える上で無視することのできない重要な出来事が少なからず起きています。ウクライナ情勢に目を奪われるあまり、そうした動きを見逃してしまうのは賢明とは言えません。

・実際、発生時はごくローカルな出来事と思われていた事件が、その後の世界大事件の遠因になっていたケースは珍しくありません。

・たとえば、2021年4月に上梓した拙著『世界はいつでも不安定』では、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争についてかなりのページ数を割きましたが、その末尾で筆者は次のように書きました。

 《ロシアが仲介した和平合意では、アゼルバイジャンがアルメニアによって武力で占領されていた土地を“武力によって再び奪還”することが認められている点が重要です。

 なぜなら、第ニ次世界大戦後の国際秩序というのは、基本的には、“武力による領土奪還を否定”するところから出発しています。今回のアゼルバイジャンとアルメニアの停戦合意は、結果として、そうした前提を反故にするものだからです。しかも、それを仲介したのがロシアだという点も見逃してはなりません。

・いずれにせよ、2020年のナゴルノ・カラバフ紛争は、ドローンを用いた画期的戦術が本格的に採用された最初の戦争であり、第ニ次世界大戦後の国際秩序に対する根源的な挑戦を含んでいるという点もあわせて、将来的に“世界史上の重要な事件”として位置づけられるのではないかと思います》

・パンドラの箱が開いた一つの結果として、2022年2月、ロシアはウクライナへの侵攻を開始し、国際秩序に挑戦しています。

・ただし、既存の国際秩序を毀損することに痛痒を感じないというロシアの国家の体質は、すでに2020年のナゴルノ・カラバフ紛争の時点でその片鱗をのぞかせていたわけで、その意味では、あの地域紛争がこういう形で世界史の転換点の芽になっていたことを確認できたという点で、拙著もまったく無価値というわけではなかったのではないかと思っています。

・彼らの荒唐無稽な言説に騙されず、我々がスウェーデンの移民政策の失敗を繰り返さないためにはどうすべきなのか、そのためのヒントとしてご活用ください。

・地上波・ネットを問わず、一般的な報道番組では、速報性という観点から、どうしても、事実の推移を逐一追いかけていかざるを得ない面があり、その歴史的・思想的な背景などをじっくり掘り下げていく余裕を確保しづらいという面もあるでしょう。

<取扱注意! 今日も世界を動かす「陰謀論」>

<陰謀論にダマされるな!>

・しかし、そうした知識を得る際に、みなさんに気をつけてほしいものがあります。それは「陰謀論」です。

 ユダヤ、フリーメイソン、イルミナティ、国際金融資本、CIAなど“主語”は論者によっていろいろですが、特定の組織や集団的自衛権がものすごい力を持っていて、彼らが意のままに陰で世界を操っている。だからマスコミが報道しているような表向きの情勢だけでは永遠に“真実”にはたどり着けないのだ………という類の例のアレです。

 確かにマスコミの報道に誤りや問題があることは否定できません。また、陰謀や秘密工作が世界のいたるところに存在しているのも事実です。

<ユダヤやフリーメイソンが「陰謀」に関わっているのは当たり前 ⁉>

・陰謀論の2大巨頭と言えば、やはり「ユダヤ」と「フリーメイソン」です。フリーメイソンをユダヤの組織だと思っている人も多いようですが、後述するようにそれは大きな間違いです。

・いわゆる「陰謀」と呼ばれるような政治工作や秘密工作に関わってきた人たちのなかには、当然、ユダヤ系の人たちが含まれていますし、彼らのさまざまなコネクションが社会的に大きな影響を与えていることは、当たり前の歴史的事実です。世界中で当たり前のように行われている政治工作・秘密工作にはいろいろな形があるので、当然そのなかにはユダヤ系の人たちも一定の割合で関わっています。

 しかし、だからと言って「ユダヤ人全員が一枚板で結束して世界支配を企んでいる」「世界を裏で操っている」ということにはなりません。そこまで飛躍すると、まったく根拠のない話になってしまいます。

<フリーメイソンは「秘密のある結社」>

・なので、フリーメイソンは「秘密結社」というよりも、石工の職業組合だったルーツを踏まえて言うと「秘密のある結社」と表現したほうが実態に近いでしょう。

・ギルドの時代には知的財産権がしっかりと守られていたわけではなかったので、じぶんたちの特殊な技術を「秘密」にしてしっかりと守っていかないといけません。もともとはそのための組織だったというわけです。

<フリーメイソンは宗教を超えて自由や平等を唱える“危険思想団体” ⁉>

・当時のヨーロッパは、カトリックもプロテスタントも町に出れば殴り合いの喧嘩をするという“血で血を洗う争い”を日常的に繰り広げていました。

 そんな社会状況のなかで、お互いの身分を伏せて、技術や知識を共有し、自由や平等のためにお互いに情報交換しましょう、という発想でつくられたのが友愛団体としてのフリーメイソンです。

 その後、「会員であればお互いに助け合おう」という考えから互助組織として国際的に発展。

<「やっぱりアイツら怪しいぞ!」――弾圧が生んだ“陰謀スパイラル”>

・当時ヨーロッパの多数派がフリーメイソンの考えを危険視したのは、ある意味もっともなことです。

・ようするに、フリーメイソン陰謀論の起源は、カトリックをはじめとする当時の社会の多数派が「革命派」だと見なしていたフリーメイソンに対する「ネガティブキャンペーン」だったのです。

<「プロビデンスの目=フリーメイソンのシンボル」は反革命派のプロパガンダ>

・一方、やはり当時も今日と同様、「意識高い系」を毛嫌いする人たちが一定数いましたから、プロビデンスの目は「意識高い系」の人たちを攻撃するための格好の標的にもなりました。

 当時「意識高い系」を毛嫌いしていた人たちとは、革命の被害者になった人たち、すなわち王族・貴族・大地主やカトリック教会などの反革命派です。

<イルミナティはすでに滅んだ啓蒙思想サークル>

・フリーメイソンの例を見てわかるように、当時そのような主張をすると当然弾圧されます。だから、イルミナティは1785年にバイエルンの王様によって潰されてしまいます。

・結局のところ、イルミナティ陰謀論もフリーメイソンと同様、自由にものが言えない時代に内面の自由を主張した人たちが危険視され、「陰謀」のレッテルを貼られたことにルーツがあります。その「陰謀」をイメージを今日までずっと引きずっているというわけです。

<陰謀論を本気で主張するのは、もはや誹謗中傷>

・フリーメイソンに話を戻すと、フリーメイソンとユダヤが結びつけられるのもおかしな話です。フリーメイソン陰謀論とユダヤ陰謀論はそもそもまったくの別モノでしたが、いつしか「陰謀」というくくりで関連するものとして語られるようになりました。そして、ナチスの時代にはヒトラーがフリーメイソンをユダヤの組織と見なして弾圧したのです。

・しかし、前述の通りフリーメイソンはそもそも宗教の枠を超えて団結しようという団体です。なので、ユダヤ(教)に限らず特定の宗教の組織とするのは明らかにおかしいわけです。

 もちろんフリーメイソン会員のなかにはユダヤ教徒もいます。その人たちがフリーメイソンのネットワークを通じて政治的・社会的な活動や工作活動をしたこともおそらく過去にはあったと思います。常識的に考えればそこまでは十分にありえる話です。

・繰り返しになりますが、結局のところ啓蒙思想を危険視したことから生まれた「陰謀」イメージをその後もずっと再生産してきたのが今日のフリーメイソン(およびイルミナティ)陰謀論の正体だと言えます。

 こうした陰謀論を極楽的な“お話”として面白がる分にはまだ愛嬌があっていいと思います。

<プーチンは“光の戦士”(笑)。陰謀論者の脳内で繰り広げられる“光”と“闇”の戦い>

・さて、ここまで見て来たユダヤ、フリーメイソン、イルミナティは陰謀論界隈では伝統的な“古参”メンバーなのですが、近年ここに新たな「闇の勢力」が加わりました。それが「ディープステート」です。

 

・念のために整理しておくと、ディープステート(略称DS)はアメリカの政財界に巣食う権力者・有力者たちの秘密のネットワークで、国境なき「ひとつの世界(ワンワールド)」を目指すグローバリストであり、世界各国の国民・民族から独自の価値観や自律性をなくそうと企んでいる。この世界のありとあらゆる事件や紛争、秘密工作に裏まで関わっており、あらゆる手を使って世界を征服しようとしている――のだそうです。

・ディープステート系の陰謀論は有名なQアノンをはじめ、いろいろな人たちが色とりどりのストーリーを展開しているので、ひとつにまとめるのは難しいのですが、よく聞く話として、ディープステートの正体は、ユダヤ系の大富豪(国際金融資本家)だと言われています。あるいは、そこに悪魔崇拝者、小児性愛者、レプティリアン(ヒト型爬虫類の異星人)という要素が加わるパターンもあります。

・まあ。ディープステートの定義など、あってないようなモノなので、細かく定義しようとするのも無意味でしょう。

 ただ、ほぼ唯一共通しているのは、そのディープステートの「不倶戴天の敵」としてトランプ前大統領(とプーチン露大統領)が「光の戦士」に位置づけられている点です。以下は、彼らの「物語」を私なりにまとめたものです。

 トランプが2016年に大統領になったことで、ついにディープステートの存在と悪巧みが表に出てきた。トランプ自身も、トランプ政権の高官たちも、たびたびディープステートの存在を公言してきたじゃないか。

 2017年10月5日、トランプは軍幹部らとの会合後、ホワイトハウスに集まった記者らの前で「嵐の静けさ」という言葉を発した。あれは来るべき「嵐の日」に、トランプ政権と米軍の有志たちが力を合わせてディープステートという巨悪を倒し、世界を救うという密かなメッセージだったのだ。

 しかし、ディープステート側はその後、ありとあらゆる不正を行って、「光の戦士」トランプを大統領の座から引きずり下ろし、自分たちの傀儡であるバイデン政権を誕生させた。

 バイデン政権は、トランプと一緒にディープステートと戦ってきたもう一人の「光の戦士」プーチン大統領を挑発し、ウクライナ戦争に引きずり込んだ。そして、プーチンが「世界の敵」になるよう世界中のメディアを操って国際世論を誘導したのだ。

 だが、我らがトランプはいつの日か必ず復活する。そして、今度こそディープステートの野望を打ち砕いてくれる――。

 恐ろしいことに、彼らは本気でこの「物語」を「真実」として信じているのです。

・何度も同じようなことを繰り返して申し訳ないのですが、アメリカほどの巨大国家なら、いろいろな勢力がそれぞれの政策を自分たちの有利になるよう、陰に陽に、あの手この手を使って誘導することなど日常茶飯事です。

 だから、私もアメリカの政財界の権力者・有力者が日々さまざまな陰謀をめぐらしていること自体を否定するつもりは毛頭ありません。「陰謀」自体は確実に存在します。

・ただし、陰謀論者が言うように、ディープステート、フリーメイソン、イルミナティといったそれぞれの勢力が世界中のあらゆる事件や秘密工作に網羅的に関与してすべてをコントロールしている、という状況はあり得ないと主張しているだけです。

「世界の秘密を知るのは危険だ。だからなかなか表には出てこないんだよ」

<ディープステート陰謀論。“ガチ勢”によるクーデター未遂事件>

・2022年12月7日、政府転覆を図って連邦議会議事堂の襲撃を企てた疑いがあるとして、ドイツ国内11州で極右勢力の25人が逮捕されました。彼らはQアノン系の陰謀論(ディープステート陰謀論)を信奉している「ライヒスビュルガー」というグループでした。逮捕された主犯格2名のうちの1人は、「ハインリヒ13世」を名乗る貴族の家系の男で、年齢はなんと71歳。陰謀論にハマってしまったおじいちゃんが本気でクーデターを起こそうとしたのです。

・このおじいちゃん、Qアノン系陰謀論の“ガチ勢”だったのです。ガッツリとディープステートの存在を信じ、「ディープステートに支配されている現在のドイツ政府」を転覆して新しい政権を樹立するつもりでいました。

 まずハインリヒ13世のバックグラウンドから見ていきましょう。

 ハインリヒ13世の出自はロイス家というドイツの貴族です。ドイツの貴族としてのランクは中級くらい、日本の江戸時代で言うところの2~3万石の大名くらいのイメージでしょうか。

<ソ連に財産を没収される>

・ロイス家は革命後、地方君主としての身分を失いましたが、弟系のハインリヒ27世が新政府と協定を結んで、居城や庭園、図書館、貨幣鋳造所、武器貯蔵所、森林などの財産を保障してもらい、当時の評価で総額3400万ライヒスマルク(今の日本円に換算すると3000億円ほど)という莫大な資産を賠償金のような形で確保することに成功しました。

・しかし、1945年、ハインリヒ45世はソ連占領軍に拉致されて消息不明となり、1948年、その資産はソ連占領当局によってすべて接収されてしまいます。

・しかし、1945年の時点で、自分に万一のことがあった時は、ロイス=ケストリッツ家の当主ハインリヒ4世を「ロイス候」の後継者とするよう遺言していたため、ロイス家の家督はハインリヒ4世が継承、ハインリヒ4世が2012年に亡くなると、長男のハインリヒ14世が当主の地位を継承し、現在にいたっています。

<「トランプがドイツ第二帝国を復活させてくれる」というナゾ理論>

・実はハインリヒ13世は不動産運用で成功し、巨額の資産を持っていました。バイエルン州ザールドルフ=ズルハイムにあるネオ・ゴシック様式の山荘は、ドイツ政府転覆を主張する過激派集団「ライヒスビュルガー」の拠点の一つになっていたとされています。また、ハインリヒ13世の所有する不動産の一つには、ロンドンを拠点にライヒスビュルガーの資金調達のために資産運用を行っていた複数の会社が入っていたそうです。

 ライヒスビュルガーは米国のQアノンとの結びつきが特に顕著な過激派集団の一つで、2016年には警察官殺害事件を起こしています。ドイツ政府の推計では、現在、2万1000人の信奉者がいるとされ、そのうちの5%が「極右」認定されています。ちなみに、「ライヒスビュルガー」は「帝国の市民」という意味です。

・彼らは「第ニ次世界大戦後のドイツに成立した“共和国”は主権国家ではなく、連合国によってつくられた法人である」とし、「ディープステートによって支配されている現在のドイツ政府」を打倒して、1871年に成立したドイツ第二帝国を復活させることを主張しています。2020年の米国大統領選挙の前後では、Qアノンの陰謀論と結びつき、「トランプが軍勢を率いてドイツ帝国を復活させてくれる」と主張していました。

 常識的に考えれば「トランプがドイツ帝国を復興させる?しかも軍勢を率いて?……なぜ?」なのですが、彼らは“ガチ”でそれを信じていたのです。

・日本国内で愚かなツイートを繰り返してきた人たちは、もともと情報リテラシーの能力が極めて低いか、あるいは老化に伴う知力や認識力の衰えなどの事情があったのかもしれませんが、トランプとドイツ帝国復興という組み合わせは、ライヒスビュルガーのようなディープステート論者の一部にとってはすんなりとつながってしまう土壌があったわけです。

<「変人集団」から「テロ組織」へ>

・実はハインリヒ13世は、2019年にチューリヒで行われたワールド・ウェブ・フォーラムのイベントで15分間の基調講演を行い、ドイツの共和政を非難し、かつての君主制を賛美するなどしたため、当時から危険人物視されていました。

・ドイツ検察は、ハインリヒ13世がライヒスビュルガーの首謀者の一人で、イデオロギーと資金の面で特に重要な役割を果たしていたと見ています。今回の逮捕に関しても、彼が「既存のドイツの国家秩序を転覆し、彼ら自身の主張する新国家を樹立しようとするテロリスト集団を組織」し、一部のメンバーは武装して連邦議会を襲撃することを計画していたとしています。

<元連邦議会議員や特殊部隊の軍事もクーデター計画に参加>

・クーデター計画には、右派政党「ドイツのための選択肢」の元連邦議会議員ビルギット・マルザック=ヴィンケマンも参加しており、「ハインリヒ政府」ができた際には司法相になる予定だったようです。また、逮捕者の中には、裁判官や弁護士のほか、特殊部隊出身者を含む現役軍人や元軍人という人たちもいて、クーデター計画の重要な部分を占めていたとされています。

・ハインリヒ13世は、国家転覆に成功したあかつきには、自身が新政権の首班となり、「新秩序」について交渉することを前提に、ロシア当局者とも接触していたとも言われています。もっとも、ベルリンのロシア大使館は、ハインリヒ13世並びにライヒスビュルガーとの関係を完全に否定していますが……。

<もはや「たかが陰謀論」では済まされない>

・私たち一般人からすると荒唐無稽に思える“妄想”でも、彼らにとっては“真実”です。そして、それは自分たちの命や人生をかけるに足る“真実”なのかもしれません。

・たとえば、2020~2022年の世界的なコロナ禍では、反ワクチンの偽情報や陰謀論がネットを通じて拡散しましたが、ネット情報の解析から、西側世界で流布していた陰謀論を煽り、拡散する投稿がロシアから多数発信されていたことが確認されています。

・しかし、反EUや反グローバリズムが高じて、ロシアに接近してロシアを利する結果を招いてしまうようなことになれば、ロシアとしても、彼らを通じて自分たちに都合の良い陰謀論を拡散して欧州の分断を図ろうとするのは当然のことです。

<日本が見習うべき“お手本”北欧の迷走>

<トルコが抱えるクルド人問題>

・クルド人はこれまで自治・独立を求めてトルコ政府とたびたび武力衝突してきました。そして、それをトルコ政府が強権的に押さえつけるたびに、欧米諸国が人権弾圧・非人道的と非難する構図が今日まで繰り返されています。

 ただし、クルド人と言ってもいろいろな人たちがいます。トルコ社会に溶け込んで政府と対立せずに暮らしているクルド人もいれば、自治・独立を目指してトルコ政府と対立し、実際にテロを行っている過激派のクルド人もいるため、生活ぶりも考え方も非常に幅が広いわけです。なかにはクルド人の国会議員もいます。クルド人だからといって、みんな民族一丸となって一枚板でトルコ政府と敵対しているわけではありません。

 一方、トルコ政府から反体制的と見なされたクルド人が厳しい弾圧を受けているのも事実です。欧米諸国はそこを問題視してトルコを非難してきました。

 しかし、スウェーデンとフィンランドがNATOに加盟したいという“弱み”を見せたことで、一気に形勢が逆転します。

<フィンランドが“中立”を貫いてきた事情>

・フィンランドもクルド人ら政治難民の受け入れについてはスウェーデンと似たような道を歩んできた歴史があるのですが、スウェーデンのようにクルド人の一大活動拠点になっていたわけではなかったため、トルコからNATO加盟の“お許し”をいただけました。

<社会全体で徴兵制を支える>

・冷戦時代、フィンランドがソ連・ロシアに対して非常に気を遣い、同盟を結んできたとはいっても「実際のところソ連はいつ攻めてくるかわからない」という危機意識はフィンランド国民560万人の間で常に共有されていました。

・フィンランドの年間軍事予算は約60億ドル。NATOが加盟国に設定したGDP比2%の目標は、ロシアのクリミア侵攻があった2014年の時にすでに達成しています。

 常備軍は2万3000人。18歳以上の男性を対象とする徴兵制が採用されているので、理論上は戦時には28万人まで拡大可能です。また、定期的に訓練を受けている予備役も含めると90万人まで動員できると言われています。

・徴兵の兵役期間は165日、255日、347日です。基礎的な訓練の後、各種の訓練を受けて、特別な訓練や技能を必要としない人は、いちばん短い165日、つまり約半年で兵役を終えます。特殊な任務等に志願した人については9カ月、12カ月と延長されるというわけです。

 兵役の終了後には、50歳から60歳まで予備役として登録されます。予備役の人も階級によって年に40日、75日、100日の再訓練に関わる義務があります。また、すべての予備役兵は、フィンランドに対して軍事的な恫喝があった時、あるいは大規模な悪性流行病が蔓延した時には、戦時体制で緊急動員されます。

・さらに、議会の特定の決議があった場合、たとえば本当にロシアが攻めてきた時などは、50歳を超えた予備役に属さない男性も動員できる体制になっています。

・兵役で徴兵される国民は年間約2万7000人で、女性も志願すれば兵役につくことができます。また、進学、仕事、その他個人的な理由で28歳まで兵役を遅らせることも認められています。

・このようにフィンランドは、かなり兵役に力を入れて取り組んでいて、社会全体で兵役を支える仕組みが整えられています。少なくとも制度上は、ロシアがいつ攻めてきても迎え撃つ準備、すなわち「自分たちの国は自分たちで守る」ための体制ができているのです。

<日本も見習うべきフィンランドの国防意識>

・そのため、フィンランドは、アメリカの軍事力評価機関「グローバル・ファイヤーパワー」が発表した2023年世界軍事力ランキングでは51位という数字ですが、国内でロシア軍を迎え撃つ場合には、統計データ以上に強いのではないかとも言われています。

・繰り返しになりますが、日本が北欧から学ぶべきなのは、社会福祉政策や移民政策よりも、むしろこうした国防や外交に関する努力だと思います。ぜひ日本の北欧好きの方々には、このフィンランドの「自分の国は自分たちで守る」という姿勢こそ「もっと日本も見習え!」と言ってほしいものです。

<本当に見習っていいの? スウェーデンの移民政策>

・北欧は寒いので、それほど農業ができる地域ではありません。そのため、北欧からアメリカやオーストラリアなどへ移民として出て行く人のほうがたくさんいました。

つまりもともとスウェーデンは「移民の受け入れ国」ではなく「移民の出発国」だったわけです。

・1940年代前半だけで、実に20万人以上の人々がスウェーデンに流入しています。

・さらに、1960年代に入ると、トルコや南欧諸国から事実上ほぼフリーハンドで政府や大企業が移民労働者を受け入れ続け、1951~1966年にスウェーデンに移住した移民は約46万人にも拡大します。この時期のトルコからの移民にクルド人が多数含まれていたことは先に述べた通りです。

 1966年のスウェーデンの人口は約780万人なので、46万人は総人口の約6%ですから、この時点でスウェーデンはかなりの移民国家になっています。

<スウェーデン社会に適応したガンビアからの移民たち>

・1965年以降は、アフリカ系の黒人の移民も増えていきました。

 スウェーデンのアフリカ系移民の多くはガンビア出身です。

<「スウェーデンに行けば何とかなる」で横行したトンデモ移民・難民の不正>

・1970年代に入ると、スウェーデンの経済成長もさすがに鈍化し始めました。

 その結果、移民労働者の組織的な受け入れも1971年のユーゴスラビアでの募集を最後に停止され、翌1972年には単純労働者の移民はいったん禁止されます。ただ、そうはいっても北欧の国らしく、政治亡命者は寛大に受け入れています。

<左翼政権の行き過ぎた移民政策で犯罪が急増>

・当然の帰結として、スウェーデンでは、ドロップアウトした移民・難民とその子孫による犯罪が急増します。

・スウェーデンでは、銃による殺傷事件の発生率は、2000年頃には欧州最低レベルでしたが、積極的に難民を受け入れるようになってから急増し、イタリアや東欧を軽く追い抜いてしまいました。

 現在では欧州最悪レベルになった上に、北アフリカからの移民2世を中心メンバーとしたギャング団による麻薬や銃の密輸も横行しています。

・「長期服役者の53%、失業者の58%が外国生まれで、国家の福祉予算の65%を需給しているのも外国生まれの人々」、「スウェーデンの子供の貧困の77%は外国にルーツを持つ世帯に起因し、公共の場での銃撃事件の容疑者の90%は移民系」だと指摘しています。

 このため、さすがに近年では、スウェーデン国内でも、移民・難民の受け入れに対して消極的な世論が支配的になってきました。

・現在、出自が外国のスウェーデン国民は200万人と言われており「総人口1035万人の5人に1人は移民」という状態になっています。彼らの多くが、ちゃんとした教育を受けず、言葉も学ばず、社会にも適応する気がないとなれば、当然犯罪の温床になります。

・銃器による死者も選挙前の2022年9月はじめまでに50人近くにのぼり、すでに前年1年間の犠牲者数を上回っていました。

<真面目な移民たちに支持された右派政権>

・特にスウェーデン民主党が現在訴えているのは「スウェーデン社会に同化しないイスラム系移民・難民による犯罪の多発問題」と「これまでスウェーデン政府が強引に推し進めてきた多文化主義」こそ、自分たちが戦うべき“社会の敵”だということです。

 これらを撲滅することを宣言したことから、近年急速に支持者を拡大して勢力を伸ばすことに成功してきました。

・これは日本でも言えることですが、移民によって外国人が地域に増えるとなると、地元住民が不安を覚えるのは当然の心情です。

・差別云々と騒ぐ前に、私たち日本人は今こそスウェーデンを反面教師としてしっかりと見習い、彼らの移民政策の“失敗”に学ぶべきでしょう。

<日本社会の病理とその処方箋>

<左派・リベラルのみなさん、大好物の「戦前と同じ」をスルーしていますよ>

・私は政府が消費税を5%、8%、10%と上げていったことは、政策として間違っていると思います。けれども、それは選挙前に税率アップを公約として掲げ、その後国会で議論して、きちんと多数派をとって実行したわけですから、手続き的には問題はありません。

 ところが、エコ関連の規制は手続き的におかしくても「エコ(=よいこと)だから」という理由で何となく通ってしまいます。

・国民に負担を強いる規制がどのようにつくられるのか、きちんとした手続きを踏んでいるのか、規制の根拠はどこにあるのか――野党も、そして我々有権者も、もっとそこに注目していく必要があります。

<日本の閉塞感を打ち破るために有権者ができることとは?>

・本来なら野党が先に見た「手続き」論などで与党をしっかりと攻撃し、国民に広く支持を得られるような争点をつくってくれる存在になればいいのですが、「立憲」「民主」を看板に掲げている政党でさえ、立憲主義や民主国家の根幹である「手続き」にまったく無頓着です。

・では、野党がまったく期待できないのなら、我々有権者には何ができるのか。何をするべきか。

 結論から先に言うと、日本のためにならないことをした(しようとしている)政治家たちを選挙で落選させることです。

・通常の民主主義国家では選挙によって政権交代もありうるというのが建前ですから、政権交代の起こり得ない一党独裁体制の国で選挙を行っても無意味なのではないかと思いがちです。しかし、体制を変革することはできなくても、選挙を行うためには選挙区に候補者を立てなければなりませんから、その時点で複数の人材のなかから選別は行われます。

・ここで、特段の事情もなく、明らかに能力の不足している人物を候補にすることは、結果的に一党独裁体制の権威を損ないかねませんので、彼らはその点は慎重になるのが一般的です。

 これに倣い、我々は個々の政治家の所属政党とは無関係に、落とすべき候補者はしっかり落とす、ということが重要だと思います。

<プロパガンダも駆使して政治家に危機感を与えよう>

・たとえばエコを“印籠”に使って増税や規制を無理に推し進めようとするような政治家は、次の選挙で落選させる。そういう投票行動に出るべきだと思います。エコ規制は票にならない、エコ規制や増税を強引な形で進めれば票を減らしてしまう。最悪落選してしまう恐れもある――

候補者側にそう思わせる実績を有権者側が少しずつでもつくっていくのです。

・実際に私も、レジ袋規制・炭素税に反対する立場から、原田義昭元環境大臣、佐藤ゆかり元環境副大臣、石原宏高元環境副大臣らに対して、徹底的に落選運動を仕掛けたことがあります。その結果、3人とも選挙区では落選させることに成功しました(石原氏は比例で復活)。

 実際に彼らが落ちたのは選挙区の事情等もあるのでしょうが、そんなことは別にどうでもいい。大切なのは「原田・佐藤・石原はくだらないレジ袋規制を推進したから落選したんだ」と有権者側が大々的に“戦果”を発信して、候補者たちに危機感を持たせることです。

<日本を変えるには政権交代よりも“有害”議員の落選が近道>

・政治家にとって、基本的に無党派は「お客さん」にはなりません。ならば、無党派層の有権者は、落選運動という形で政治家たちに影響力を発揮して、政党側に候補者を差し替えさせていくしかないと思います。

・むしろ、こうした落選運動を通して自民党に危機感を持たせ、次回の選挙で規制・増税推進派の候補者を規制緩和・減税派の候補者に差し替えさせる圧力をかけることに意味があります。

 政権交代という形ではなく、有害議員を個別に落選させていく――これが日本の現状にマッチした有権者の合理的な投票行動だと私は考えています。がんばって野党を応援して政権交代させたところで「悪夢の民主党時代」の再来では元も子もありません。

<これから日本の国民的な争点になりえるものとは?>

・落選運動を仕掛けるには、しっかりと争点をつくらなければいけません。かといって野党がつくるような、国民の関心が薄い争点はダメです。5:5とはいかないまでも、せめて7:3くらいに世論が分かれるような争点である必要があります。

 しかし、実際のところ、今の日本で7:3の争点というのはなかなか見つかりません。

・それを踏まえた上で、今後日本で7:3以上の争点として確立できそうなのは「減税+規制緩和」だと思います。

<「国会議員=国民の代表」はウソ>

・もっとも、いわゆる「減税派」のなかには、経済学的にはかなりトンデモな主張をしている人たちもいることは確かです。しかし、その背後にある理論はさておき、少なくとも今の日本に必要な減税を訴えている彼らを「政治運動」として応援するのはアリだと思います。

・基本的に国会議員は「支持者(特に地元の支持者)の代表」です。

 国会はあくまでもその「支持者の代表」の“集合体”として日本国全体を代表している形になっているだけであって、個別の国会議員はあくまでも支持者の声や利権の代表に過ぎません。

 だから、実際のところ日本の国会議員は、国民や国家のためではなく、支持者のために仕事をしています。それが彼らの本来の仕事です。

・国会議員が「支持者の代表」である以上、増税して支持者にばら撒いてくれる候補者のほうが、減税を訴える候補者よりも選挙で有利なのです。

<“ゲリラの気持ち”で投票を>

・これまでの日本の政治家は、基本的には「増税するけどそれ以上に国民(特に自分たちの支持者)におカネを配るからいいでしょ」という立場でした。そして、今でもそういう「増税派」が多数を占めています。

  経済が順調に成長していた時代なら、多少増税されたところで国民側にも余裕がありました。

・「増税+ばら撒き」と「減税+規制緩和」の対立軸が争点として確立するには、おそらくまだまだ時間がかかると思われます。

・「どうせみんな野党に投票できないから自民党は安泰だ」とぬるま湯につからせたままではいけません。「増税やむなし」「規制やむなし」などとうっかり口にすると落選してしまう、そんな恐怖と危機感を自民党に与えて、有権者側からプレッシャーをかけることが重要です。

・ばら撒いてもらいたい人たちがばら撒いてくれる候補者に票を投じるのはもちろん自由です。しかし、「ばら撒きはいらないから減税・規制緩和してほしい」と望むなら、「増税派・規制推進派の候補者は落としてやるんだ。お前の代わりなんかいくらでもいるんだ」という意思表示を明確にして、「ゲリラの気持ち」で票を投じていかないと、世の中を変えれないと思います。

 

<自国の国益の最大化>

・外交の基本は国際社会のなかで自国の国益を最大化することです。したがって、どれほどに卑劣な手段を使おうが、他国に物理的な損害が生じようが、結果的にそれが自分たちの国益になるのであれば、一切頓着しない。極論すれば、他のすべての国が滅んでしまっても、自国だけが生き延びて繁栄すればOKだという覚悟こそが外務大臣として最低限の条件です。

・本書で取り上げた国々は、例外なく、死に物狂いで国益(と彼らが信じること)を追求しています。そして、そうした剥き出しの欲望がぶつかり合うことで世界が大きく揺れ動いているがゆえに、各国は迷走を余儀なくされているのです。

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