余談になりますが、衆議院議員なら当選5回、参議院議員なら当選3回が大臣適齢期といわれます。(1)
(2024/9/29)
『シン・ニッポン 2.0』
ふたりが教えるヒミツの日本
渡邊哲也、長尾たかし 三交社 2023/5/31
<まえがき 渡邊哲也>
・私たちは政治や国会のことを分かっているようで、実はいまひとつよく分かっていません。
・自民党がどのようなシステムのもとで政権を運営しているのか。そしてなぜ自民党政権が続くのか。なぜ野党は政権を奪うことができないのか……。
・また、世襲議員に対しても、ネガティブなイメージをしてしまいがちです。
<意外と知らない国会システム>
<予算はこうして決まる>
長尾:議員は、予算に対する要望を各省庁の役人に個別に伝えています。最も多いのは、議員連盟が役人と膝詰めで議論するケースです。
・議連は常に各業界と意見交換を行っています。例えば自動車関連の議連の場合、自動車業界と密な関係を築いており、業界の意見や要望を吸い上げています。そのうえで、予算や税制、その他政策案をめぐって各省庁と交渉するわけです。そのうえで、予算や税制、その他政策案をめぐって各省庁と交渉するわけです。
過去には特定の企業の要望ばかりを聞き入れる時代もあったとは思います。
<有力議員の地元は潤う?>
長尾:確かに昔はそのようなことがあったと言います。業界団体の人を事務所に招いて、議員が省庁に電話で「あそこの工事に予算を頼むよ」と要望を出す。そんな場面がテレビで映し出されたこともありました。しかし、昨今はそのようなことはないと思います。
現在は部会での話し合いのほか、議連のメンバーで役人と面会するなど、予算をめぐってとにかく深い議論をしています。
<附帯決議は野党の自己満足>
渡邊:特に国土交通省に関する案件は、公明党の意見が色濃く反映される傾向があるように感じます。
2020年1月に日本で最初の新型コロナウイルス感染者が確認され、瞬く間に日本中に蔓延しました。当時の安倍晋三総理は、真っ先に水際対策として中国からの入国に制限をかけようとしました。しかし、党内から反発があり、制限をかけられませんでした。党内でパワーゲームが繰り広げられ、公明党に阿った勢力が勝ったということです。
長尾:法案は、内閣が国会に提出するケースが大半です。これを「閣法」といいます。閣法を提出するのが1月の通常国会であれば、前年の12月頭には、党内での議論を終えています。
与党が了承し国会に提出された法案は、よほどのことがない限り、修正されることはありません。自民党では何度も審議を行い、手続きを重ねていますから。
<野党に譲歩する自民党の国対>
長尾:与野党の国会対策委員長は、日程や国会で審議する法案をめぐって協議します。近年は与党が野党にずいぶんと譲歩するケースが多いように感じます。
・ところが近年は、附帯決議が付されるのが当たり前になってしまいました。附帯決議が20項目ある法律もあります。法律の条文より附帯決議のほうが多いこともあるから驚きです。
渡邊:多すぎるのも困りものですね。ただ、附帯決議に強制力はありません。あくまでも使用マニュアルのようなものですから。
長尾:そうですね。「多少の配慮をしてください」というものです。
渡邊:ところが近年の野党は、少数派の意見ばかり尊重しています。これは民主主義の否定に他ならないでしょう。
長尾:まったくそのとおりです。野党はノイジーマイノリティの意見に耳を傾けすぎですね。
渡邊:野党には、法案審議に挑む能力もありません。その前段階となる、法案に対する知識を得るための機会や組織すらないのが現状です。自民党のような部会がないということです。
渡邊:自民党は国民政党であり、党内には極左を除いて左派もいれば右派もいます。宏池会に所属する議員のような左派も、立憲民主党や共産党のような左派政党に所属する議員に比べればまともです。だから、もう左派政党には存在意義がないのです。立憲民主党や共産党がノイジーマイノリティの声ばかりを吸い上げている理由がこの点にあります。自民党の政策に文句をいうことでしか、存在感を示せなくなっているのです。
<予算委員会は“何でも委員会”>
渡邊:国会には17の常任委員会があることはすでに述べました。そのなかで議員から最も人気があるのが予算委員会です。なぜかというと、予算委員会はNHKで中継され、質疑に立てば一気に知名度が上がるからです。
・予算委員会はすべての省庁に関係する唯一の委員会です。総理や財務大臣のほか、審議の内容によって担当大臣が参加します。各委員会で審議された予算を最終調整する場、それが予算委員会です。
<与党と野党は不平等>
渡邊:予算員会は、“何でも委員会”であると述べました。「予算」という冠がついているにもかかわらず、野党は予算の話ではなく、声高に政府批判を繰り返します。野党議員にとって、予算委員会はアピールの場であるということです。
予算員会では、野党に多くの質疑時間を配分するのが慣例です。現在は野党に約8割、与党に約2割の時間を割り当てています。
しかし、この慣例を是正すべきだという意見もあります。
渡邊:国会の構図は「政府vs.政党」です。この場合の「政党」は野党議員を指します。
・本来は予算案や法案をめぐって「党vs.党」の審議も行うべきですが、党が意見をぶつけ合うのは、ごく稀に開催される党首討論だけです。
渡邊:繰り返しになりますが、予算委員会は国会の花形です。ただ自民党のような大政党になると、予算委員会に出席できるのは、限られた議員だけです。また、予算委員会は概ね15日にわたって開かれますが、質疑する機会はなかなかめぐってきません。
自民党では1~2回生議員は「雑巾がけ」と呼ばれます。要は下積みの時代であり、3回生になって、ようやく予算委員会で質疑に立たせてもらえるようになります。
余談になりますが、衆議院議員なら当選5回、参議院議員なら当選3回が大臣適齢期といわれます。
<本会議の質問に立つのは誰?>
長尾:国会の花形といえば、本会議における代表質問も花形です。予算委員会と同じように、NHKで中継されることもあります。議員なら誰もが一度は登壇したいはずです。
渡邊:一度登壇すれば、次の選挙で当選しやすくなります。支援者から「頑張っているな」といってもらえますからね。
長尾:では、本会議の質疑者はどのように決めているのか。そのときどきによって違いますが、総理の施政方針演説に対する代表質問は、だいたい各党の幹事長が演壇に立ちます。
<永田町・霞が関用語「バッター」と「被弾」とは>
長尾:委員会に関連して面白い話があります。国会で質疑する人の呼び方です。永田町・霞が関用語では「バッター」と呼ぶのです。
長尾:ところで国会で質問者を「バッター」と呼ぶのに対して、答弁する人にも一部の霞が関の役人のあいだで使われる隠語があります。何の前触れもなく、突然翌日の委員会で質疑が当たることを「被弾」と呼ぶのです。
<予算員会が満席のワケ>
渡邊:予算員会では、どの席に座るかということも大切ですね。質疑者の近くに座れば、質疑者が質問するたびに一緒にテレビに映ることができます。
長尾:余談になりますが、予算委員会が行われる委員会室には、人が出入りする扉の横に二つ席があります。この席もまた、必ずテレビに映ることができるのですが、ときどき予算員会の担当ではない議員が座っていることがあります。国会の事情を知っている人が見ると、「あいつは選挙対策のために座っているな」とすぐに気づきますね。
渡邊:当選するために涙ぐましい努力をしているわけですね。
<国会は日程闘争である>
渡邊:国会の日程や審議内容は与党と野党第一党の国対委員長が話し合って決めています。国会には事前にタイムスケジュールがあるわけではないので、国対の手腕によって、日程の良し悪しが決まります。
長尾:いわゆる「日程闘争」ですね。まさに国会は日程との戦いであり、国会を中断させる原因を作った議員は、党内で厳しく叱られます。
<中央省庁再編の弊害>
渡邊:現在、国会には17の常設委員会があります。この数が多いのか少ないのかは分かりませんが、例えば厚生労働委員会は、更生と労働というまったく異なる分野について、一つの委員会で審議しています。
・委員会に参加するのは厚生を専門とする議員と、労働を専門とする議員が半々となります。これでは濃密な審議など期待できないでしょう。
長尾:国会会期中に厚生労働委員会で審議される法案は、せいぜい10~15本です。そのときどきによって、厚生分野の審議が多いと感じることもあれば、逆に労働分野の審議が多いと感じることもある。どちらも重要なので、本来であればそれぞれ10~15本ずつ審議すべきですよね。
渡邊:文部科学省も同様に、省庁再編の弊害が出ています。
・統合してからは旧文部省のほうが力が強く、旧科学技術庁は真っ当に機能していません。国を挙げて取り組むべき研究開発が遅れている原因の一つは、間違いなくこの統合にあります。
それから経済産業省も国土交通省も、扱うテーマの幅が広すぎるでしょう。
長尾:平成13年の省庁再編は間違いだったと思います。
渡邊:省庁再編はもう一つ大きな問題を生みました。財務省に力が集中したのです。
渡邊:財務省に主計局と主税局を設置するのではなく、この二つを切り離して、徴税と社会保障を担う、アメリカ合衆国内国歳入庁のような機関を別に設置すべきでした。ただ、いまから切り離すとなると、権力を失うことになる財務省は抵抗するでしょうね。
<なぜ財務省は増税を推進するのか>
長尾:財務省は執拗に増税の必要性を訴えています。なぜ増税にこだわるかというと、財務省設置法に原因があります。同法3条で以下のように謳っています。<財務省は、健全な財政の確保、適正かつ公平な課税の実現、税関業務の適正な運営、国庫の適正な管理、通貨に対する信頼の維持及び外国為替の安定の確保を図ることを任務とする>
長尾:だから罪悪感がなく、非常にたちが悪いのです。財務省では財政を切り詰めた人、税率を上げ税収を増やした人が出世します。だから増税にこだわる。そして増税に反対する人に対しては牙を剥きます。議員に限らず人間だったら、一つや二つ触れられたくないことがあるでしょう。財務省は、時にそれを突いてくる。特に国税庁は敵と見なしたら攻撃してきます。政界では、国税庁と検察庁とは戦うなといわれているほどです。
「モリ・カケ」のように疑いたくなるような資料を流出させたり、古くは「消えた年金」「年金保険料未納問題」がありましたね。これらの問題が積もり積もって、平成2009年の政権交代につながりました。最近では「小西文書」もあります。このような行政文書が議員を攻めるために使われるのです。
渡邊:問題があるのは日本銀行も同じです。日銀は金融政策の理念として<物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること>や<「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現する>ことを掲げています。
このような日銀に対して、米FRBは「物価の安定」と「雇用の最大化」を掲げています。雇用の最大化とは、「景気悪化は絶対に許さない」という前提のものにある物価の安定です。
日銀の目標は単なる「物価の安定」だから、物価上昇を2%以内に抑えれば成功とみなされます。この点がFRBとの違いであり、日銀の大きな問題点といえるでしょう。
長尾:つまり法律に、議会としての意志が反映されているのです。特にアメリカはこの傾向が強いです。ところが日本では、できないことはしない。役人は法律で定めたことだけやり、その先のことは考えません。そういった立法文化が根づいています。
渡邊:国会を様々な角度から見ると、本当に多くの問題があることが分かりますね。
<自民党政治とは何なのか>
<政策立案の要は部会にあり>
長尾:部会とは、端的にいえば予定提出法案を審議して、意見をまとめるための会合です。8時から始まることが多いのですが、約1時間にわたって簡潔に行われます。
長尾:部会は同じ時間帯に5つも6つも同時に行われています。朝8時~9時のあいだがピークなので、自民党議員の朝は早いですよ。
<「平場の議論」は激しい>
渡邊:メディアは「平場の議論」という言葉を頻繁に使います。これは部会における議論を指します。
どの部会にも、実務の専門家といえる議員がいます。若手議員は専門家を相手に議論するのは大変でしょう。
長尾:部会での議論は本当に激しいですよ。すんなりと意見がまとまることはほとんどありません。
<自民党を支える税調と政調会>
長尾:税調には政府税調と自民党税調があり、二つは常に連携しています。
政府税調は内閣府に設置された審議会の一つで、増税や減税など税制に関する審議をしています。自民党税調もまた、税制を担う機関です。
渡邊:一方、政調会は、政策を立案するうえで欠かせない機関です。政調会では、トップの政調会長に、自民党に雇われた職員が仕えています。
<曲者だらけの総務会>
渡邊:法案はまず都会での審議を経て、次に政調会で審議します。そして政調会でまとめた政府提出法案や議員立法は、総務会に提出されます。総務省は法案作成の最後の関門で、自民党の最高決定機関です。法案の中身が適当なものであるか、総務会のメンバーが話し合うのです。
渡邊:総務会には会長を含めて25人の委員がいます。以前は、総務会の委員といえば、村上誠一郎氏が有名でした。あるいは石破茂氏も委員でしたね。彼らのような“うるさ型”の重鎮議員が名を連ねるのが伝統で、提出された法案に注文がつくことや、法案が差し戻されることも珍しくありません。法案を推進する議員は、総務会の委員に「先生、何とかお願いします」と頭を下げるので、委員たちはどんどん天狗になります。
渡邊:総務会での議論を経て、全会一致で党の決定事項となります。
<なぜ派閥政治が根づいたか>
渡邊:自民党政治を象徴するものといえば、やはり派閥です。何かというと派閥は批判の対象になりますが、複数の人間が集まれば自然と派閥ができるもの。
長尾:自民党の派閥では、役割が分担され、派閥の執行部から「長尾議員は〇〇候補の応援に行ってください」と指示されています。もちろん、その他の候補者を応援してはならないということではありません。
<派閥の“餅代”はもうない?>
渡邊:選挙で派閥の恩恵を最も受けるのは新人候補です。新人候補は選挙の戦い方を分かっていません。そこで、応援に駆けつけた先輩議員やその秘密から選挙のイロハを学ぶのです。
また、当選したばかりの新人議員には、献金をしてくれる支援者があまりいないでしょう。以前は、派閥の先輩議員が「この団体に挨拶に行ってきなさい」と助言して、政治資金の集め方を伝授してくれました。
長尾:確かに昔はそうだったようです。派閥がいまよりも機能してきたときの話です。
長尾:昔は政治資金が青天井でしたから。しかし「政治とカネ」が問題視され、献金には上限が設けられました。現在、個人献金は150万円、企業献金は750万円までという上限があります。
こうして派閥も議員も、お金をいただきづらくなりました。これもまた、派閥が前ほど機能しなくなった理由の一つでしょう。
<人材育成は派閥の役割>
渡邊:総理・総裁候補を育て輩出することもまた、派閥の役割です。3年に一度開催される自民党総裁選では、各派閥から総裁候補の名前が挙がります。
・勉強会を開催することも、派閥の大事な役割でしょう。これが最も大きな役割といえるかもしれません。部会に加えて派閥でも勉強することで、議員は知識を蓄え、政治家として成長することができます。
<派閥は議員の後ろ盾>
長尾:確かに異なる考えの議員が混在しています。また、派閥は政策集団といいながらも、実際には派閥内で常に政策論議をしているわけでもありません。
・やはりどの派閥も、思想信条で集まっているというよりは、自分が政治家になるまでの経歴や、政治家になった経緯や自民党に入党した経緯のほか、政治家になってから誰に面倒をみてもらったのか、つまり義理人情で集まっているというのが真実です。
渡邊:それもヤクザの世界と同じですね。
新人の候補者が衆院選に小選挙区で出馬する場合、その選挙区の前任者が所属していた派閥に入会しなければなりません。
長尾:私は民主党時代も併せて20年間、大阪14区で戦いました。令和3年に落選しましたが、次は参議院に鞍替えして、全国比例での出馬に向けて活動中です。では、来たる衆院選で誰が大阪14区を引き継ぐかといえば、清和研に入会する人です。大阪14区は清和研の“シマ”であるということです。
<政治は任侠>
長尾:自民党では、派閥を移籍するのは御法度です。
渡邊:しかし、現職の議員のなかにも、移籍した人がいますよね。
長尾:その大半は大した理由ではありません。信念を持って派閥を移籍したという議員はあまりないと思います。どの組織でもありがちな話だと思いますが、好き嫌いで抜ける。その程度の理由です。
長尾:民主党には派閥の代わりにグループがありました。私は、平成21年に初当選した際には小沢グループに所属、しばらくしてから樽床グループに移籍しました。
渡邊:民主党のグループは、烏合の衆のようなものだったのですね。
長尾:そのとおりです。年がら年中集まってお酒を飲んでいました。縛りもなく、二つのグループに所属している議員もたくさんいました。
渡邊:自民党の派閥はヤクザの世界と似ています。ヤクザも自民党も権力闘争を繰り広げているでしょう。選挙のたびに派閥の勢力図が変わります。落選する議員も少なくないからです。まさに党内で権力闘争が行われているということです。落選する議員も少なくないからです。まさに党内で権力闘争が行われているということです。
一方、民主党のグループは愚連隊のような存在ですね。指揮系統がはっきりしていないでしょう。
ヤクザの場合は組長が黒といったら、たとえ白でも黒になる。ヤクザの一次団体が集まって話し合いをして、決定したことにはみんな従わなくてはなりません。
渡邊:麻生太郎自民党副総裁の座右の銘は「義理と人情とやせ我慢」ですが、要は“政治は貸し借りの世界”といっているようなものですね。
<力を発揮した「野生の安倍さん」>
渡邊:派閥の会長や当選を重ねたベテラン議員は、党内に仲間が多く、政界で大きな力を持っています。
そんな彼らは、選挙になるとさまざまな選挙区に足を運んで演説を行い、後輩議員を応援しています。
・安倍氏は総理退任後、最大派閥・清和研の会長として、党内で絶大な影響力を持っていました。総理経験者だったため、すべての省庁の事情をよく理解しました。そんな人間が要職に就いていないとどうなるかというと、党を動かす原動力になります。例えば安倍氏が部会に出席して、何か意見をすれば、たちまち党の方向性が百八十度転換することもあり得たのです。
・実際に安倍氏は、令和4年5月20日にインターネット番組に出演した際に、自衛隊について(機関銃の弾からミサイル防衛の「SM3」に至るまで、十分とは言えない。継戦能力がない)と語っています。
また、同年6月2日に派閥の会合に出席した際には、(NATO加盟国の正面にあるのはロシアだけだが、日本の場合は中国と北朝鮮も加わってはるかに状況は厳しく、本来であればGDPの2%を超える額が必要になる。大きな戦略と世界的な視野を持ちながら議論してもらいたい)と語りました。
渡邊:日本が直面する問題を踏まえたうえで、時に挙党一致で対応できるよう活動していた印象です。そんな安倍氏は「野生の安倍さん」といわれるようになりましたね。
長尾:総理という立場では、できないことが多々あります。例えば安倍氏は「台湾有事は日本有事」と述べ、中国を牽制しましたが、これは総理時代にはいえなかったことです。
非常にのびのびと活動される安倍氏の姿を見て、私は三度目の総理就任も期待していました。総理という立場ではできないことがある一方で、総理でなければできないこともあるからです。
<安倍政権が8年続いた理由は>
渡邊:安倍政権は7年8ヵ月にわたって続きました。近年の歴代政権が短命に終わるなか、なぜ安倍氏が長期政権を築いたのかというと、やはり最大派閥・清和会出身だったことが大きいのではないでしょうか。総理在任中は細田博之氏が会長を務めていたとはいえ、実際には安倍氏の色が濃い派閥だったし、所属する議員の多くが安倍氏を支えていました。
長尾:おっしゃるとおりですね。加えて安倍氏はバランス感覚が抜群でした。官邸のパワーバランス、霞が関のパワーバランス、永田町のパワーバランスをよく見極めていた印象です。
<大臣は最終ポストではない>
長尾:自民党には重しのような存在のお方がおられます。この存在こそが、自民党政権が続く大きな理由だと考えています。
政界引退後も存在感を発揮する森喜朗元総理が、まさに自民党の重しです。総理を辞任したあとの安倍氏も重しでしたし、現役なら二階俊博氏も重しです。
長尾:森氏のような老練な方がいるから、自民党政権は続きます。民主党政権が続かなかった理由の一つは、森氏のような存在がいなかったからです。
私の印象では、民主党における最終ポストは大臣でした。しかし自民党では、大臣は中間ポストです。総理大臣ですら中間ポストです。
では、自民党の最終ポストは何かといえば、まさに森氏や二階氏のような重しになることです。
<誤解だらけの国会議員の仕事>
<国会議員の歳費は高すぎる?>
長尾:正直、活動すればするほど充分な額ではない、という感じです。ただ、何もしなければ、確かにもらい過ぎですね。
渡邊:なぜパーティーで集金しているかというと、歳費だけでは満足に活動できないからです。議員は真面目に活動すればするほど、お金がかかるものです。
まず、議員は自分の選挙区に事務所を借りなければなりません。事務所は駅前など、人が来やすい場所を選ぶものです。
・公設秘書は、主に東京・永田町の議員会館で仕事をしているので、選挙区内の事務所に駐在して、有権者からの陳情を受けることなどできません。だからそのほかに私設秘書を雇うことになります。
渡邊:丁寧な仕事をするなら、公設秘書を入れて最低でも7人くらい必要でしょう?
長尾:力のある議員、資金が潤沢な議員なら、事務所ごとに秘書を雇うことができます。しかしそうでない議員は、常駐員を一人置くのが精一杯です。
部会や地元のイベントに参加できないときは、秘書に代理で参加してもらうことが多々あります。だから議員は、必ず秘書を雇わなければ仕事になりません。その費用をどうするか、多くの議員が頭を抱えていますよ。
渡邊:長尾先生は最大で何人秘書を雇っていましたか?
長尾:公設秘書を合わせて最大で9人です。6人分の人件費は寄付やパーティー、党からいただくお金で賄いました。私設秘書の社会保障費事業主負担分も払わなくてはならないので大変でした。
<調査研究広報滞在費は足りない>
長尾:調査研究広報滞在費に対する批判は多いですが、真面目に政治活動すると、百万円はすぐになくなってしまいます。議員の個人口座に振り込まれ、全額非課税ですから勘違いされても致し方ないのですが、百万円はポケットに入れるのではなく、私が知る限りでは、どの議員もきちんとした活動に使っています。ですから、きちんと領収書を取って報告義務を課せばいいと思います。これを拒む理由などないはずです。
渡邊:衆議院議員の後援会となると、選挙区内にどんなに少ない事務所でも3~4万人の会員がいるものです。10万人以上の会員がいる事務所もあります。昨今はメールで活動報告をすることが多いので、以前ほど会報を発行しませんが、仮に年1回発行するだけでも、数百万円のお金が必要になります。
<国会議員の懐事情>
長尾:震災が発生する前は(手取りで)70万円を少し下回るくらいでした。震災後は歳費がカットされたことで、50万円を下回りました。
私は議員になる前に民間企業で働いていましたが、そのころと比べると給与の額面は多いです。しかし、何かと天引きされるので、手取りはたいした額にならないのです。
・議員を一度でもやった人は、みんな金銭的な厳しさを痛感しているはずです。
長尾:また、ほかの議員の政治資金パーティーに出席する機会も多いですが、必ず2万円の会費を払っています。もし1日に3件パーティーがあれば、合計で6万円払います。これは後援会口座からの出費で会計処理します。
もちろん、私がパーティーを開いたときは、ほかの議員からお金をいただきます。そうやって議員のお金はぐるぐると回っています。
何かと出費がかさみますが、会合に参加して、いろいろな人と出会い、よい関係を築かなければ仕事になりません。だから議連や会合に参加するのです。
渡邊:私の祖父は、ある国会議員と懇意にしていたのですが、生前、「議員はなるものではなく、使うものだ」と話していました。
<あらゆる分野の議員連盟がある>
長尾:議連は自民党内のものもあれば、超党派のものもあります。そして永田町には、世の中のありとあらゆるものに関する議連があるといっていいでしょう。
渡邊:議連と業界団体は表裏一体ですからね。お酒なら酒造振興議員連盟やawa酒振興議員連盟があるし、たばこなら自民党たばこ議員連盟やもくもく会があります。
長尾:私は2009年から2012年まで民主党の議員でした。当時、感じていたのは、民主党は労働組合の声だけを聞いているということです。労組の声は、どちらかというと大企業の声です。
長尾:いま、私は自民党に籍を置いていますが、中小企業の声に耳を傾けているのは、絶対に自民党だという自負があります。民主党は労働者の代弁者であるといっていました。しかし、私は民主党時代に中小企業経営者と話す機会はありましたが、そこで働く労働者と話す機会はあまりありませんでした。
長尾:私は平成24年に自民党に入党したときに、ある先輩議員からこういわれたことをよく覚えています。
「長尾くん。業界団体の声を聞くのは、国民の声を聞くということなんだよ。だから議連は大事にしたほうがいい」
だから私に限らず、議員はみんないろいろな議連に参加するのです。
<意外とクリーンな世襲議員>
渡邊:さて、国会議員に対する批判といえば、世襲議員に対するものも少なくありません。
現在、衆議院議員465人、参議院議員は245人いますが、そのうち世襲議員は常に約3割を占めます。また、歴代総理の約7割が世襲議員です。
長尾:確かに歴代総理には世襲議員が多いですね。総理はなろうと思っても、なかなかなれるものではありません。時代がその人を総理という立場に呼ぶものですし、議員としての力も必要です。きっと世襲議員には時代を読み、仲間を惹きつける力があるのだと思います。
長尾:おっしゃるとおり世襲と非世襲ではスタートが違いますね。
渡邊:世襲には、祖父や父から引き継いだ後援会があります。仮に5万人の会員がいたとしたら、それを丸々引き継ぐことができるのです。すると政治資金集めに奔走する必要がなくなり、結果的に特定の団体と癒着する必要もなくなるでしょう。つまりどんな団体の影響も受けずに、極めてクリーンな活動ができるというわけです。
長尾:私も世襲議員に対して否定的な考えはありません。なぜなら、議員を選ぶのは有権者だからです。世襲議員をよしとするか否かは有権者が決めることなのです。
<タレント議員が多い理由>
長尾:各党はタレント候補を立てることで、波及効果を期待しているのだと思います。芸能界で生きてきた経歴から、新しい観点での議論に発展する可能性もありますから。
世襲議員もタレント議員も、選ぶのは有権者です。
<議員定数削減のデメリット>
長尾:議員に対する批判としては「国会議員の数が多すぎる」「議員定数を減らせ」という声も多いですね。
渡邊:そういった声には賛同できません。
現在、衆議院には465人の議員がいます。465を常任委員会の数=17で割ると、約27になります。常任委員会は20人程度で審議される場合もあれば、50人前後で審議する場合もあるでしょう。つまり委員会で満足に議論しようと思ったら、465人では足りません。その証拠に、議員はみんな委員会をいくつも掛け持ちしています。
真面目に審議して、真面目に法律を作ろうと思ったら、議員はせいぜい二つの委員会しか担当できないでしょう。議員が足りない状態では、どうしても役人主導になります。
自民党には部会制度があるので、国会が開かれる前に党内で審議して、法案の内容を固めておくことができます。だから議員が少なくても委員会は何とかもっているというのが現状です。
<委員会の定足数割れとは>
長尾:とにかく審議を止めることは、国会では罪なのです。重要広範法案の審議のときに、野党が審議拒否を理由に退席することがあるでしょう。
このようなときも、与党の理事はすぐに察知して、仮に野党議員が退席しても委員会が止まらないよう、事前に国対に連絡を入れておきます。そして野党議員が退席したら、すぐに人を集めて対応するのです。
<議員は料亭に行かない>
長尾:かつては料亭政治が行われていたこともあったと思います。いまも議員によっては料亭で食事をすることや、高級クラブでお酒を飲むこともあるかもしれない。ただし、年がら年中そんなことをしている議員はほとんどいないと思います。
渡邊:その理由は簡単で、政治家の朝は早いからですね。
まず自民党議員の場合は、国会会期中は毎朝8時から、自民党本部で開かれる部会に参加します。所属議員は必ず何かしらの部会に参加しなければならず、夜遅くまで飲んでいる余裕などないでしょう。
長尾:現職だったころは、部会に出席するため、毎朝7時半くらいには党本部に入っていました。赤坂の議員宿舎から党本部行きのバスが出発するのが7時5分でした。自民党議員はみんなそのバスに乗って党本部に向かいました。
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