太古より、知念間切の久高島には「異種の民」がいた。彼らは皆、ヒザからくるぶしにかけてとても細く、かかとがない。足の甲は短くて足の指は長く、そのかたちは手のひらのようになって、地に立つ。(6)
(2022/2/3)
『日本怪異妖怪事典 関東』
朝里樹 氷厘亭氷泉 笠間書院 2021/10/5
<茨城県>
<虚舟(うつろぶね)>
・「うつろ舟」、「うつぼ舟」、あるいは「空舟」とも書かれる。常陸国(茨城県)に流れついたとされるふしぎな扁円状のかたちをした舟、全体は鉄でできており、ガラス障子が嵌められている箇所もある。舟の中にはふしぎな箱を持った異装の女性(「うつろ舟の蛮女」などと書かれる)が乗っており、舟中には水・菓子・肉を練ったような食物・敷物などが積まれていたという。漁師たちは役所などに届け出る面倒を考え、この舟を沖に押し戻して、再び海に流したと語られる。
享和三年(1803)2月22日に常陸国の原舎と呼ばれる浜辺に漂流したとされる情報が広く知られている。
・ただし、このような「うつろ舟」の情報は、それ以前にも存在していたようで、細部や舞台が異なるがほとんど同じものといえる構成のはなしが、加賀国(石川県)・越後国(新潟県)などに出たものとして、随筆や風聞集に見ることもできる。
・昭和中期には「うつろ舟」について、宇宙人を乗せてやって来た「宇宙船」だったのではないかとする説を斎藤守弘が出しており、以後は直接うつろ舟を取り扱った記事でも「江戸版UFO騒動」といった見出しがみられるなど、その延長線上で影響を受けたモダンな解釈で語られることも一般に多い。しかし、それらはあくまで「うつろ舟」が20世紀以後に空想された宇宙船のイメージを連想させる、ふしぎなまんまるみを持ったかたちをしているという点のみへの興味であり、古い情報そのものには「うつろ舟」が空を飛んだり、よその天体から銀河膝栗毛をして来たりしたような描写などはない。
<天狗藤助>
・常陸国の阿波村(現・稲敷市)にいた体のとても大きかった奉公人で、和泉屋に奉公する無口な働き者だったが、人々から天狗の化身ではないかとも語られていた。
別当(管理関係にある寺)の安穏寺が、大杉神社(あんば様)に寄進するため、花屋に注文していた造化を江戸へ取りに行くと「昨日、阿波の大きなひとが取りに来て渡したよ」との返事だったので、ふしぎに思いつつ村に戻ると、確かに造花は神社に置かれていた。そんな大きな者は藤助しかいない、ということから和泉屋に屋に問い合わせても藤助は外泊などしていなかった。すると藤助は、ほんの数時間のうちに江戸まで往復していたというはなしになり、「天狗の化身ではないか」と噂されたという。
あんば様(大杉大明神)には天狗様も祀られており、藤助が天狗の化身と考えられた要因のひとつになっている。
<天狗火>
・夜、山に飛んでいるのが見られるという怪火。赤い光が点滅したり、動いたりするという。茨城県などに伝わる。山に飛んでいる様子がみられると、狐火ではなく天狗火と称されることが多いようである。
<外国の鬼>
・茨城県鹿嶋市に伝わる。「碁石の浜」は鹿島の神と外国の鬼が碁の勝負をしたことに由来するという。この鬼の詳細については記されておらず詳らかでない。
<飛物(とびもの)>
・夜空を光りながら飛んでゆくというふしぎなもの。
<並木道>
・夜道などを歩いているときに、そこにあるはずのない見慣れない並木道がつづいて道に迷わされたりするというもの。狐や狸などの化け術だとされる。
茨城県五霞村(現・五霞町)では、狐の仕業だと感じて、煙草を吸ったらスッと消えた。
<袮々子(ねねこ)>
・利根川に住む女の河童で、茨城県を中心に利根川流域の関東各地に伝わる。
・毎年その居場所は変わり、土地の人々はその毎年の居場所をわざわいのある地点と考えていたことを記している。
・利根川流域には袮々子を祀っている家などもみられる。利根川の河童たちの親分格ともいわれており、関八州の河童の総帥などと文飾されてもいる。
<光物>
・下総国の山王村(茨城県取手市)に住んでいた庄兵衛という男が、天明の頃(18世紀末)に拾ったというふしぎなもの。夜空を光物が飛んでいたと思ったら、垣根のあたりに一寸(約3センチ)ぐらいの宝珠のように先がとがったまるい光物が落ちていたという。白く光っており、夜に書物を照らしてみることもできたらしい。
<一つ眼(ひとつまなぐ)>
・「ひとつまなく」とも。事八日(2月8日や12月8日)の日に家々にやって来るとされる一つ目の妖怪。茨城県などで呼ばれている。
<古猿(ふるざる)>
・山に住む、年を経た大きな猿で、人間を襲ったりする。むかし常陸国の高野村(現・茨城県守谷市)に現われたといい、山の近くに家を建てて住んでいた家の女房を、夫や下人の留守中に襲い、淫らな行為におよんだ。悲鳴を聞きつけて駆けつけた代官や村人たちによって退治されたという。身のたけ六尺(約180センチ)もある大きな猿だったという。もはや猿というよりも狒々やゴリラのようなスケール。
<孫右衛門狐(まごえもんきつね)>
・下総国の赤法華村(茨城県守谷市)に住んでいた孫右衛門という男のもとにやって来て、妻となっていた狐。
旅の途中で宿を借りたのをきっかけに妻となり、やがて孫右衛門とのあいだに男の子を産んだが、昼寝をしているとき、その子が「かかさまの顔がおとうか(狐)によく似ている」と孫右衛門に告げたために、狐は家を出て行ってしまった。
<水戸浦の河童>
・常陸国(茨城県)水戸の海で捕らえられたという河童。海から声がおびただしく聴こえ、ふしぎに思ったのでさし網をおろしたところ、14、5匹の河童が踊り出したという。捕まったのはそのうち1匹で、鳴き声は赤ん坊泣くような声で、尻の穴は3つあったという。
<夜刀神(やとのかみ)>
・角の生えた蛇のすがたをしており、芦原や谷などに住んでいるとされる。『常陸国風土記』に書かれており、太古のむかしの常陸国行方(なめかた)郡(茨城県)で人々が田を開墾してゆく動きを妨害したりしたとされる。継体天皇のころに麻多智(またち)という勇士がこれと対峙し、大きな杖を立て人々の田地と夜刀神の住む地を分けた。また、幸徳天皇のころに池を拓いた際、池のほとりの椎の木に大量に群がって出現したが、壬生速麿(みぶのむらじまろ)によって退けられたともいう。
<山猿>
・茨城県山ノ荘村(現・土浦市)に伝わる。
むかし一年に一度、何者かによって村のどこかに白旗が立てられることがあり、それが立てられた家は妖怪にいけにえとして乙女を差し出さなければならなかった。弓の名人である高倉将監(しょうげん)が妖怪を退治したところ、年を経た大きな山猿だったという。
茨城県龍ヶ崎市貝原塚町などにも、猿の化物が人々の家に白羽の矢を立てて、いけにえを出させていたが、退治されたというはなしがみられる。
<山姥の神隠し>
・茨城県などでいわれる。夕方遅くまで遊んでいると、山姥に連れて行かれる、山姥に神隠しされるなどと子供たちは注意されたという。
<良正(りょうしょう)>
・下総国飯沼(茨城県常総市)の弘経寺にいたという貉で、了暁が住持を務めていた時代に僧侶のしがたに化けて修行をしつつ暮らしていた。学があり相撲も強かったが、昼寝中しっぽが出ているのを見られてしまい、寺を去ったとされる。別れのとき、寺の者に阿弥陀如来の来迎の様子を魔術で見せたとも語られる。良正からは「これは術、信心を起こすことなかれ」という注意があった。
<栃木県>
<青幣(あおべ)>
・「青平」、「青兵衛」とも。青い色の天狗だといわれている。栃木・群馬県境の山々に祀られている五色天狗のひとつ。
五色天狗のうち、青幣については、他の天狗とは異なって山の名がはっきり示されていない。位置関係を考えると沢入山(栃木県日光市)なども考えることはできる。
五色天狗の同僚である赤幣(あかべ)のいる氷室山(栃木県佐野市)などにも祠などが確認できる。
<赤幣(あかべ)>
・「赤平」、「赤部」、「赤兵衛」とも。氷室山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。赤い色の天狗だといわれており、火伏せにご利益があるとして祀られている。五色天狗のひとつ。
むかし江戸の宗家の屋敷に火の手が迫ったとき、見知らぬ大男が現われて火を消して類焼から守ってくれたことがあった。そのなぞの男は「あそのあかべ」であると名乗ったといい、調べさせると下野国阿蘇郡のこの天狗だとわかり、火伏せの霊験があると語られるようになったとされる。
この大名屋敷の防火をしたとするはなしは、おなじ五色天狗のひとつ黒幣(くろべ)と共通している。火事があったのは天保のころだという。宗家は対馬のお殿様として知られるが、阿蘇郡にも所領を持っており、その関係から語られている。
<荒針の大蜂>
・栃木県宇都宮市の大谷寺に伝わる。大谷の山の洞穴にいたという数万年も経たような巨大な蜂で、群れをなして人々を苦しめていた。旅でこの地を訪れた弘法大師の密法によって大蜂たちは退治されたという。
この巨大な蜂に由来して、荒針という地名ができたとも語られている。
<岩岳丸>
・「岩嶽丸」、「巌嶽丸」、「岩武丸」とも。栃木県に伝わる。八溝山にいたという鬼。須藤貞信が討伐に向かい、これを退治した。のちにその霊が大蛇と化して出没し、人々を苦しめたとも語られる。
<裏見滝の天狗>
・裏見滝(栃木県日光市)にいるとされていた天狗で、不浄な心得の者がやって来ると、これにつかまれて八裂にされると語られていたという。
修験者たちの修業の地であったころの言い伝えである。
<黒幣(くろべ)>
・「黒平」、「黒兵衛」とも。根本山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。黒い色の天狗だといわれている。栃木・群馬県境の山々に祀られている五色天狗のひとつ。
<古峰ヶ原隼人坊(こぶがはらはやとぼう)>
・「日光隼人坊」とも。古峰ヶ原(栃木県鹿沼市)にいる天狗で、日光の山々にいる小天狗たちを統率しているという。
古峰ヶ原には「籠り堂」と呼ばれるものがあり、春と秋に天狗たちがそこに集まる日があって、その日は騒がしい音が聴こえて来たりしたという。
隼人坊の名称にも用いられている「隼人(はやと)」という名は、古峰ヶ原を守る家にも実際に代々伝わっている名前であり、彼らは役行者に仕えていた前鬼(前鬼・後鬼)あるいは妙童鬼の子孫であるとも伝えられている。
<成高寺(じょうこうじ)の天狗>
・栃木県宇都宮市塙田の成高寺に伝わる天狗。むかし成高寺にいた貞禅禅師という書道に長けた僧侶のもとに翁のすがたに化けて「腕を借りたい」とやってきたという。腕(字のうまさ)を借りに来た理由は、神仙たちとの書の集まりに参加するためであり、承知をした貞禅の腕はしばらくしびれが出てうまく動かなかったが、数日後再びおなじ翁がやって来て礼を告げると腕は治り、以後は寺を守護してくれるようになったとされる。
このような書道の腕前を借りてゆく天狗のはなしも各地の寺社にみられる。
<小眼(しょうまなこ)>
・事八日(2月8日)の日に家々にやって来るとされる一つ目の妖怪。栃木県野上村(現・佐野市)などでは一つ目小僧のような目がひとつの存在だと語られ、12月8日にやって来るので籠を家の外に出しておいたりしたという。
<白倉山の天狗>
・白倉山(栃木県那須塩原市)に住んでいた天狗たち。弘法大師が箒川沿いを歩いていたときに火の雨を降らせて邪魔をしたという。弘法大師は石の上に大きな石を屋根のように積んでその下に入り火をよけたといい、その石は「弘法の釣石」と呼ばれている。
<白幣(しろべ)>
・「白平」、「白兵衛」とも、白岩山(栃木県佐野市)に伝わる天狗。白い色の天狗だといわれている。五色天狗のひとつ。
白岩山には、白岩山神社があり、そこに祀られていると考えられる。
<群馬県>
<岩舟(いわぶね)>
・『前橋神女物語』にみられる、長壁姫(おさかべひめ)の乗っている空を飛ぶふしぎな船。「長壁大神」が侍女たちを連れて前橋城(群馬県)から出掛ける際に乗っていたといい、富士山や武蔵国秩父山、出雲など日本各地をはじめ、高天原などにも出掛けている。
岩舟と呼ばれているが、材質は鉄とも石ともつかない硬くしっかりした素材で、大きさもいろいろあったと語られている。
<兎聟(うさぎむこ)>
・人間の娘をお嫁に欲しがる兎。
むかし、おじいさんが「畑仕事を手伝ってくれたら好きなものをやろう」と約束をした結果、その娘を欲しがった。おじいさんの三人いる娘の末の妹が承諾して嫁に行ったが、里帰りの道中で兎に餅を入れた重たい臼を背負わせたまま桜の枝を採らせて、川に落としてしまった。
群馬県新治村などに伝わる昔話に登場する。「猿聟」と分類される内容のもので、猿が登場するはなしのほうが一般には多い。
<牛の角の如き角の生えたる獣>
・『前橋神女物語』にみられる、長壁姫の使い。前橋城(群馬県)の「長壁大神」が、前橋藩士である富田政清の娘・鎧(がい)(のちにお告げによって改名して春)にはじめて「長壁大神の宮へ来い」というお告げをした際に、その内容を託されて現われた獣。
あえて牛と明言されていないことを考えると、角のあるふしぎな存在が現われたのだとみられる。ほかには白い兎、白い狐、天狗、鴉、鳩なども使いとして鎧の前にお告げを語りに出現している。
また、長壁様の侍女とされる存在が、長壁大神の使いとして多数『前橋神女物語』には登場しており、お菓子やおこづかいをしばしば届けている。
<永泉寺の貉(むじな)>
・群馬県高崎市倉賀野町の永泉寺のうら手に広がっていた林にいたという貉。むかしは近在の村人が宿場へ遊びに行って来た帰りに、この貉に化かされることが多かったりしたという。
<大入道>
・群馬県渋川市行幸田に伝わる。甲波宿祢(かわすくね)神社の南に「入道街道」と呼ばれる山道があり、そこには大入道が出没してひとの通るのをさまたげたりしたという。この大入道は、善人がとおるとすがたをみせず、決まって悪人がとおるときだけに出たという。
<お狐さん(おきつねさん)>
・出雲国(島根県)から稲を持って帰って来たとされる狐。お稲荷さんの使い。稲穂を他国に持ち出すことは禁じられており、追っ手に追いつかれそうになったが、茶の木の蔭に隠れて難を逃れ、人々に稲をもたらしたと語られる。
<おこじょ>
・関東地方では群馬県を中心に「おこじょ」は十二様のおつかいだとされている。山で目にするとけがなどの災難につながる、捕まえたり、殺したりすると良くないことが起こると考えられたりしていた。
・「山おおさき」とも呼ばれており、見た目は尾裂たちと重なっている。
<長壁姫>
・「刑部姫」、「小刑部姫」、「小坂部姫」または、「長壁大神」とも。城の天守閣に宿っているなどと語られており、姫路城(兵庫県)のはなしが有名だが、関東地方では、それを分霊したとされる前橋城(群馬県)などでも語られる。
・『前橋神女物語』には、明治のはじめ頃に前橋城の「長壁大神」が、前橋藩士である富田政清の娘・鎧(がい)と交信していたはなしがつづられている。牛の角の如き角の生えたる獣などの使いを寄越したりしているほか、長壁様の侍女と名乗る女たちが使いに現われ、色々な菓子を持って来たりもしたという。長壁大神と侍女たちが岩舟というふしぎな舟に乗り、遊山に出掛けていたことや、長壁大神をはじめとした神々(長壁の本体を木花咲耶姫(このはなさくやひめ)としている)と仏仙徒が西国で合戦をしているという様子が語られている点など、平田篤胤やその周辺の国学・古神道の説を多く摂取したみられる独特な内容のほか、皆川市郎平を連れて行った埼玉県の総髪の異人の記述などもみられる。
<悪勢(おぜ)>
・上野国の御座入(群馬県片品村)に住んでいたという鬼、あるいは夷賊。武尊山を本拠地としていたとされる。
<尾瀬沼の主>
・群馬県片品村などに伝わる。尾瀬沼のぬしで、大きな尾のあたりから水が来ているために「尾瀬」、あたまを置いているあたりなので「牛首」などの地名に結びつけられて語られている。
<お天狗山の天狗>
・嵩山(たけやま)(群馬県中之条町)の「お天狗山」に住んでいる天狗で、鶏の鳴き声を嫌っており、山の周辺で鶏を飼うと、この天狗が怒ってやって来て、その家を燃やすといわれていた。
<隠し坊主>
・日暮れ過ぎまで遊んでいる子供を隠してしまうと語られる存在で、子供たちは暗くなってくると「かくしぼうずがくるから、かえろう」と言っていたという。
群馬県吾妻町本宿(現・東吾妻町)などに伝わる。
<かくなし婆さん>
・日暮れ過ぎまで遊んでいる子供を連れさって隠してしまうという白髪の老婆のすがたをした妖怪。
<隠れざと>
・群馬県邑楽郡千代田村(現・千代田町)に伝わる。子供が泣いていると、むかしは「かくれざとに隠されるから泣くな」と言って叱られたりしたという。
<迦葉山(かしょうざん)の天狗>
・迦葉山(群馬県沼田市)に住む天狗たち。
<片石山の天狗>
・片石山(群馬県前橋市)に住んでいるという天狗たち。穢れのある者が山に入って来たのを察知すると、利根川に投げ込んでしまったという。
<木部姫(きべひめ)>
・榛名湖(群馬県)に入って竜あるいは大蛇になったとされる美しい娘。
上野国の木部(現・群馬県高崎市)にいた木部長者の娘であったが、その正体は榛名湖のぬしであり、年頃になると屋敷を出て湖に身を沈めて蛇身となった。
<群馬八郎(ぐんまはちろう)>
・「群馬(くるまの)八郎」とも。群馬県伊勢崎市や前橋市などに伝わる大蛇。
・父である群馬満行も春名満行権現(はるなまんぎょうごんげん)という榛名山の神であると記述されている。
<幸菴(こうあん)>
・「幸庵」、「幸菴狐」とも、上野国(群馬県)にいたという100歳を超えた翁で、家々に泊めてもらってはありがたいはなしをしたり、「寿」という書を揮毫していた。吉凶判断をしてもらうと、よく当たるといい、評判になっていた。ある家で「お湯をどうぞ」と、風呂をすすめられたとき、お湯が熱過ぎたことから狐のすがたになって驚いてしまい、その正体がわかってしまったという。
・湯殿で正体が露顕してしまう展開は狐狸に多く、東京都の高安寺の小坊主などをはじめ各地にみられる。
<白猿>
・群馬県片品村の猿岩と呼ばれる武尊山(ほたかやま)の岩屋にいたという猿。花咲の里に下りてきては畑を荒らしたりしていたが、ひとびとが武尊明神に祈願して以後はすがたを見せなくなったという。
武尊神社で秋に行われる猿追祭の由来だとされる。
<大だら法師(だいだらほうし)>
・とても大きな巨人。群馬県では、赤沼(高崎市)は「大だら法師」が赤城山に腰かけて足を踏んでできた跡であるとされる。
<大場三郎豊秋(だいばさぶろうとよあき)>
・下野国(しもつけのくに)の大場(群馬県東吾妻町)を護っているという大天狗。山伏のすがたで現われた天狗から奥義である「天狗道の秘文」を習い大天狗になったと語られている。村人に対し火伏せをすると告げたとされる。
<天狗の子供>
・群馬県富士見村(現・前橋市)の横室に伝わる。むかし榎本という男が畑仕事をしながら景気よく「鬼でもこい。天狗でもこい」と掛声をかけていたところ、「すもうをしよう」と子供が語りかけて来た。子供相手だと思って相撲をとったが、男は子供に連続して投げ飛ばされ、そのまま連れ去られてしまった。
子供の正体は天狗で、天狗の世界に連れて行かれていたが麻多利神(摩利支天(まりしてん))によって救われ、10日後に村に戻って来ることができたという。
<天竺の金>
・事八日(2月8日、12月8日)に目籠を家に立てて飾る理由のなかには、この日に天竺あるいは天から金が降りくだってくるので、それを目籠で受け取るためだという例もみられる。実際に目に見えて金貨などが降って来るわけではなく、「1年間の福を得る」というかたちのものである。
<丸嶽の天狗>
・上野国水沼(群馬県高崎市)の丸嶽の天狗で、日本を魔国にしようとたくらんでいた。五色の水の沼を出現させ、その水を流れ出させて人畜を殺すなど、鉄鬼、活鬼に協力を仰ぎつつ、ともに妖通力を用いて暗躍した。
<山男>
・山中に住んでいる存在。群馬県上野村などでは、山の洞穴などに住んでいると語られており、山仕事をしているひとがこれに出会ったり、何か物をもらったりしたといったはなしがみられる。
<山姥>
・「鬼ん婆」とも。とても大きな巨人。群馬県上野村では、とても大きな山姥が叶山に腰をかけて足を洗った、などのはなしが伝わる。
<埼玉県>
<疫神(えきじん)>
・人々に疫病をもたらすとされる存在、「疫鬼」などとも称される。
<大入道>
・ものすごく大きな図体をした妖怪。狐や狸などのへんげ動物が化けるともいわれる。
<総髪の異人>
・川越城(埼玉県)の武士・皆川市郎平の前に現われて、1ヶ月半ほど日本各地を連れて歩いていたというふしぎな存在。仙人や天狗のような存在とみられるが正体は不詳。
・天狗とともに知らない土地へ行った・さらわれたといったはなしのひとつであるといえるが、回想に登場するのはどこへ行った・何を見たといった現実の日本各地を短期間で巡って来た道中記的な描写がほとんどであり、天狗や神仙の世界に行ったような内容は見られない。ただし、金毘羅さま(香川県)参拝後なまぐさい寒風が吹くふしぎな道を歩いているうちに八王子(東京都)に着いた、海を下に見て空を歩いていたなど、移動中の様子にふしぎな描写がいくつかある。
<袮々(ねね)>
・埼玉県戸田市内谷の「ねねが渕」と呼ばれるあたりに出たという河童で、朝に田畑に向かう人々の前にすがたを現わしてびっくりさせたなどと語られている。
<千葉県>
<愛宕坂の天狗>
・千葉県佐倉市の愛宕坂は、天狗が通行人に対してしばしばいたずらをしたとされる。砂がさらさらと落ちて来るような音を上からさせたり、懐に一文銭を投げ込んで来たり、茶釜が転がって来たりという。
<天邪鬼(あまんじゃく)>
・天邪鬼(あまのじゃく)のこと。庚申(こうしん)(青面金剛)の画像でなぜ天邪鬼が踏みつけられているのか、といったはなしが千葉県などに伝わる。
<岩田刀自(いわたのとじ)>
・安房国朝夷郡(千葉県)に住んでいたという数百歳のふしぎな道士。両目は青かったという。
浅井了以意『伽婢子(おとぎぼうこ)』にみられる。里見義広が城に招いたが「君、五箇月後の後に必ず禍あり」と告げられたという内容になっている。長命であるというしるしとして、那須野原で九尾の狐が狩られたり、殺生石でひとが死んだ光景も青年のころ実際その場で見たと語ったという。
『太平広記』にある「軒轅」のはなしを日本に翻案したもの。刀自(とじ)を笑った城の女たちが術で老婆に変えられてしまう箇所にみられる。
<大きな姥>
・「関の姥」とも。とても大きな巨人。
<狗賓(ぐひん)>
・天狗のこと。人間がこれになってしまったというはなしもある。
下総国の箕輪(千葉県柏市)の修験者の家の先祖は、兄と弟そろって都で修行したが帰り道で弟が行方知らずになってしまい、後に嵐の日に杉の木の上から「戻って来たぞ」という声だけが聴こえ、「狗賓さま」になって帰って来たと語られていたという。
<大弐(だいに)>
・千葉県長南町の長福寿寺に伝わる。むかし十八僧正がいたころに弟子として寺で修行をしていたという僧侶だったが、あるとき天狗であることが知れて斬られてしまい、羽根を残して去ったという。
<天狗様の花見>
・3月4日は「天狗様の花見」の日だとされており、山に入ってはいけないとされていた。もし入ってしまうと天狗にさらわれてしまうといわれていた。
千葉県本納町(現・茂原市)などでいわれていたという。
<東京都>
<池袋の女>
・江戸で語られていたもので、池袋村(東京都豊島区)から雇い入れた娘を屋敷などで使っていると、怪音が起こったり、茶碗や土瓶が割れたり、行灯が飛びまわったり、誰の投げ込んだかわからない礫が打ち込まれたりといったふしぎな現象が次々起こると噂されていた。
・実際のところは、不可思議な力による出来事ではなく、その村の若者たちが娘の雇われ先にやって来て起こしていたいたずらだったとか、娘本人が起こしたものであったとも語られる。
<牛御前>
・「牛鬼」、「鬼牛」とも、武蔵国の浅草(東京都台東区)に現われたという大きな牛。隅田川から出現して浅草寺に侵入し、多くの僧侶たちに毒気を浴びせて殺したり、病気にしたりしたとされる。
<宇治の間>
・江戸城の大奥にあった部屋で、「開かずの間」として知られていた。宇治の間の前の廊下には、将軍家に何か凶事があるときにはふしぎな者が現われるといい、徳川家慶が亡くなる少し前に、ここに控えているはずのない老女のすがたを見たなどのはなしが伝わる。
<人面犬>
・ひとの顔のような子犬。文化七年(1810)6月8日、江戸の田所町(東京都中央区)の紺屋さんの裏で、2、3匹の人面犬が生まれて、母犬にお乳をもらっているのが見られ、やがて噂を耳にした興行師に買われた。その人面犬たちは両国で見世物に出され、大きく評判になったという。
石塚豊芥子『街談文々集要』による記録によれば、見世物に出ていたのは、わずか数日のみで、ほどなく死んでしまったそうである。
<だいだらぼっち>
・とても大きな巨人。「大太法師」、「大多法師」などと字をあてても書かれる。
<高尾山の天狗>
・高尾山(東京都)に住んでいるとされる天狗たちで、山に祀られている「飯綱権現(いづなごんげん)」の使い。
俗に、人間に決して悪さなどはしない気品の高い天狗たちであるといわれており、にょきにょき張り出して山道の邪魔をしていた杉の大木の根を押し上げたりしたのもこの天狗たちである。
<澤蔵司(たくぞうす)>
・江戸小石川(東京都文京区)の伝通院に住んでいた狐。僧のすがたになり勉学に励んでいたが、あるとき熟眠してしっぽを出していたところを見られてしまい、正体が狐であることを知られてしまったという。
<遣天狗(つかいてんぐ)>
・武蔵国の秩父の山中にある七代の滝(東京都青梅市)の近くに住んでいた僧侶は天狗を使役しており、いろいろとおつかいに出していたという。
<天女の異香>
・天女に口接けされた者の口の中から発生しつづけたというふしぎな良い香り。
<榛名山の天狗>
・雹嵐(ひょうらん)を各地にもたらす天狗として、東京部の農村部などで語られていた。
<神奈川県>
<仙(せん)>
・翅(つばさ)を持つごく小さな人間で、一寸(約3センチ)くらいの大きさをしている。仙人のような存在であるらしい。
・蜂と勘違いされたりしたことを含め、「仙」たちの形状は、ヨーロッパのフェアリーたちと比較してみてもおもしろいものではある。
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