経済学の観点から見て、現在の中国は経済危機というより、すでに経済恐慌に突入しているといえよう。3年間のコロナ禍と不動産バブルの崩壊は、中国人の生活水準を予想以上に大きく下げた。(1)

(2024/10/25)

『中国不動産バブル』

柯隆   文春新書    2024/4/19

中国不動産バブル

中国の不動産バブル崩壊が幕を開けた。それは貨幣的な現象に留まらず、金融、行政、政治システムへと飛び火し、やがては共産党統治体制をひっくり返す要因にもなり得る――。

<不動産バブル崩壊の幕開け>

<開発中の不動産プロジェクトが次々とゴーストタウン化>

・中国人は14億人の人口を有し、土地資源が極端に不足している。需要と供給を考えれば、不動産神話が崩れることは絶対にないと信じられてきた。しかし、現実問題として、主要大都市の不動産価格は大きく下落してきている。開発途上の不動産プロジェクトがストップし、ゴーストタウンと化す案件が増えている。

・これらの現象を見れば、中国の不動産バブルは明らかに崩壊したと言っていいだろう。

<マイホームに執着する中国人たち>

・だからこそ中国人富裕層は海外に移住して、まずはマイホームを買いたいと考える。多くの中国人は土地の権利書を手に入れた瞬間、なんともいえない感動を覚えるという。

・要するにマイホーム購入は、住むための手段を確保するというよりも、財産を蓄えるためという側面が大きいのだ。もう1つは、信用の問題だ。

<不動産開発は一石二鳥の戦略だった>

・この輸出依存のモデルは比較優位戦略と呼ばれる政策だが、輸出製造業の伸長は間違いなく中国経済の飛躍に大きく貢献した。

・1990年代に入り、朱鎔基首相は内需に依存する経済成長を強化しようと呼び掛けた。内需のなかでもっとも可能性を秘めているのは不動産に対する需要だった。不動産開発は人々の住環境を改善するだけでなく、経済成長を押し上げる効果が期待され、いわば一石二鳥の戦略であったのだ。

・地方政府は自らが設立した「融資平台」を救済したいだろうが、その地方政府の財政も赤字に転落している。彼らの運命は、中央政府が救済するかどうかにかかっている。

<マネーゲームと腐敗の進行>

・習政権になってから数百万人の共産党幹部が追放されているが、その多くは不動産開発関連の腐敗幹部といわれている。

・一般的に、土地使用権の入札には複数のデベロッパーが参加するが、どのデベロッパーが落札できるかは、入札を司る地方政府の幹部にどれほど賄賂を払うかによる。

・土地使用権の払い下げにおいてガバナンスが利いていないと、地方政府とデベロッパーによる不正が横行する。

<共産党統治体制をひっくり返す要因に>

・不動産開発は中国の経済成長を牽引することができるが、同時に共産党統治体制をひっくり返すこともできる、といえる。重要なのは法による統治の徹底と透明性の担保である。ガバナンスが利かない社会では、絶対的な権力を握る共産党幹部と役人は往々にして腐敗する。

<中国の不動産で何が起きているのか>

<2000年代からの不動産ブーム>

・さらなる経済成長を達成するため、政府は物流インフラの整備に取り組み、中国は高度成長期のピークに達した。中国の1人当たりのGDPが初めて3000ドルを超えたのは、2008年になってからである。

<誰もが「神話」を信じた>

・当時、中国の経済学者たちは、中国の不動産ブームは「剛需」(絶対に必要な需要)によって支えられている。14億人の中国人はみんなマイホームを購入したいと思っている。したがって、不動産ブームは長期にわたって続く、と主張していた。

・ちなみに、当時の住宅ローンの金利は6%以上だった。冷静に考えて、これだけの金利をカバーするマンションの値上がりが見込めなければ、マンション投資はできない。

・当時、大都市の不動産価格は、中国の勤労者家族の年収の20倍ほどに達していた。不動産ブームは明らかに不動産バブルへと変化しており、このまま持続できるとは思えなかった。崩壊しないバブルはこの世に存在しないからだ。問題は私の主張を聞き入れる中国人経済学者が1人もいなかったことだ。

<日本のバブル崩壊よりも深刻な影響が……>

・私の考えを大胆にいえば、中国が民主主義の市場経済だという前提に立てば、すなわち、政府が直接市場に介入できないということを前提として考えれば、中国は30余年前の日本と同じように不動産バブルが崩壊し、デフレに突入している段階だと断言できる。

・それに対して、中国のバブル崩壊は国有銀行に飛び火するだけでなく、地方財政にも飛び火し、深刻な社会不安を引き起こす恐れがある。それはサプライチェーンの再編と重なり、外国企業が工場をほかの途上国に一斉に移転すれば、中国は技術も失う可能性がある。

<幹部を接待するための「喜び組」>

・このようななか、多くのデベロッパーは経営の多角化を図っていった。不動産業は景気にもっとも連動する産業である。

・その1つが。土地の入札のために共産党幹部を接待する専用「会所」(プライベートクラブ)を作り、歌舞団を設立したというものだ。歌舞団をわかりやすくいえば、北朝鮮指導者の「喜び組」のような組織である。

・不動産バリューチェーンのなかで、これらの勝ち組の贅沢三昧の生活を支えているのは結局のところ、マンションなどの不動産を高価格で購入している無数の個人である。

・この2つの事例からは、中国の不動産市場が明らかにバブルとなっており、持続不可能な状態となっていたことが明らかだ。このような理不尽なバブルがはじけないはずがない。

<政府の救済はあるのか?>

・デベロッパーの経営難により、現在開発中のマンションや商業ビルなどの物件が未完成のまま、ゴーストタウンになるケースが増えている。

・不動産バリューチェーンにあるすべての企業と個人はなすすべがなく、政府による救済に淡い希望を抱きながら、景気が上向くのを待っている。

<一部の老人が年金難民に>

・中国の不動産バブル崩壊は銀行に飛び火するだけでなく、地方政府および年金生活者にも深刻な悪影響を及ぼす恐れがある。

・不動産バブルが崩壊して、地方政府の財源が枯渇し、それによって一部の年金生活者は年金難民になる可能性がある。

<政府による救済のプライオリティ>

・3年前からデベロッパーのデフォルトは相次いでいるが、中国政府はどこまで救済するか迷っているはずである。救済しなければ、バブル崩壊の影響が一気に広がってしまい、深刻な社会不安を引き起こす恐れがある。

・また現在、大手デベロッパーが相次いでデフォルトを起こしているため、中国政府はそれらを包括的に処理する政策を模索する必要がある。

<習近平「家は住むためのもの」発言が崩壊のきっかけに>

・ところが2021年、習近平主席が「家は住むためのものであり、投機の対象ではない」と呼び掛けたのをきっかけに不動産需要が抑制され、住宅購入制限や住宅ローン制限が導入された。そのうえ、3年間のコロナ禍により、不動産市場の過剰供給問題が浮上して、不動産バブルは崩壊してしまった。

<リターンを求めて不動産に流れ込んだ資金>

・中国の金融仲介は国有銀行を軸に行われているが、国有銀行は効率も業績も悪いため、リターンを求める家計にとって銀行に預金することは魅力がない。結局、人々はより高いリターンを求めて金や不動産などの投資に走ったのである。

<GDPの3割が崩壊し、中国経済は大失速>

・不動産バブル崩壊がマクロ経済に与える影響としては、中国の経済成長率を一段と押し下げる恐れがある。

・また、不動産バブルの崩壊は間違いなく、市中銀行に飛び火する。デベロッパーはすでに債務返済を延滞している。

・地方政府も影響を免れることはできない。中国の地方政府は地方債などを起債して、巨額の債務を抱えている。

・繰り返しになるが、中国の年金などの社会保障基金は各々の市政府が所管している。地方財政が破綻状態に陥れば、年金ファンドも資金が枯渇してしまう恐れがある。

<土地の公有制と戸籍管理制度>

<土地の公有制と経済自由化のジレンマ>

・中国において、憲法上で土地の公有制がはじめて定められたのは、1982年に改正された憲法でのことだった。

<ネズミが捕れなくても赤い猫>

・改革・開放の初期、中国には資本家も地主もいなかった。30年近く続いた毛沢東時代では、共産党高級幹部以外、大半の中国人が貧しい生活を送っていた。

・本書は中国の不動産バブルとバブル崩壊を考察することを目的にしているが、もっとも重要な問題は、共産党一党支配体制が存続できるかどうかということだ。

・経済の自由化は手段であり、目的ではない。とくに習近平政権になってから、イデオロギー的には完全に毛時代に逆戻りしているようにみえる。

<大きな政府か、小さな政府か>

・民主主義の市場経済国では、市場メカニズムによる資源配分がおこなわれ、もちろんそのなかで失敗が起こる。その失敗を補うのは政府の役割であると考えられている。市場メカニズムではできないことが、政府の仕事になるのだ。

・社会主義計画経済が持続不可能であることは、旧ソ連と毛沢東時代の中国ですでに実証されている。

<年々増え続ける公務員>

・では、なぜ多くの国では小さな政府はなかなか実現しないのだろうか。

 小さな政府に対する批判で多いのは、市場メカニズムによる資源配分によって所得格差が拡大しがちであるというものだ。

・では、中国の状況はどのようになっているのか。

 中国は社会主義体制を続けているので、大きな政府か小さな政府かとの論争が起きにくいが、改革・開放以降の40余年間を振り返るだけでも、公務員の人数は年々増え、政府の規模が拡大する一方である。

・中国共産党は一貫して、国有企業が担えるビジネスは民営企業に開放しない方針をとっている。

<都市化ボーナスは不発に終わった>

・習政権が誕生した当初から、生産年齢人口の減少はすでに見えていた。長年、中国経済を牽引してきた人口ボーナスが、少子高齢化により徐々にオーナス(負担)になることがわかっていたからだ。

<社会を分断する戸籍管理制度>

・中国で全国的に統一した戸籍管理制度が導入されたのは、中華人民共和国が成立した9年後の、1958年のことだった。

・一方の中国の戸籍管理制度は、社会を二分してしまうほどの強い力を持っていた。その1つは、農村戸籍の住民が戸籍を都市部へ自由に移転することができないということ。さらに、都市と都市の間の戸籍の移転も原則として禁止されていた。

<犠牲となった農民たち>

・開発経済学の観点からみれば、戸籍管理制度の導入には別の目的もあったといえる。

・たとえば、穀物などの農産物の買い付け価格を低く抑え、それを以て都市部で工業に従事する住民の生活を保障する。結果的に農民の生活レベルは下がり、想像以上の苦しみを生むことになった。生活に困った農民が都市部に仕事を求めようとしても、戸籍管理制度のために農民は都市部に移動できない。

・毛の最大の過ちは、工業のキャッチアップを急ぐあまり、農業生産を粗末にしたことだ。とくに1958年、毛は鉄鋼生産を増やすため、「大躍進」運動という史上最大の茶番劇をプロデュースした。全国民は家にある鉄製の道具などを持ち寄り、それを溶かして、鉄鋼生産量としてカウントした。農家も農作業を止めて、鉄鋼生産に従事した。毛がプロデュースした「大躍進」はすぐさま大惨事をもたらした。その後の3年間、農産物は不作になり、数千万人が餓死したのだ。政府共産党はこの史実を隠蔽するために、大飢饉の原因を「自然災害」だとした。しかし、当時の気象記録を調べた歴史家によると、大規模な洪水や干ばつが起きた記録は見つかっていない。この大飢饉は天災ではなくて、毛沢東による人災だった。

・問題は毛沢東の悪政の責任が、その後も徹底的に追及されなかったことである。3年間の大飢饉の責任を免れるために、毛沢東は1966年から文化大革命を発動した。

・経済建設は日に日に停滞し、人々の生活もますます困窮していった。毛は1976年に死去した。1978年に改革・開放へ舵を切られるまでの30年近く、住宅の建設はほとんど行われなかった。

<住宅が公共財から商品へと変化した>

・住宅開発が急速に進んだのは、住宅が福利厚生の公共財でなくなり、商品化したからである。デベロッパーが住宅を開発して商品として売り出し、売り上げをもってさらに新しい住宅を開発するという循環は、不動産ブームを作り上げた。そのうえに、投資や投機が積み重なって不動産バブルが起きた。

<マイホームはステータスシンボル>

・こうして不動産ブームは不動産バブルへと変化した。バブルに拍車をかけたのは、若者を中心に形成された「マイホームを持つことはステータスシンボルになる」という価値観である。

<地方政府と都市再開発>

<転機となった「天安門事件」と「WTO加盟」>

・1992年初頭、高齢の鄧小平は香港に近い深圳に行って改革・開放の加速を呼び掛けた。民主化はおこなわないまま、なんとか経済の活性化を図ろうと考えたのだった。

・2001年、中国は念願のWTO加盟を果たした。このWTO加盟こそ、中国経済を高度成長期に導く重要な節目だった。

<中国の都市再開発に腐敗はつきもの>

・中国で都市開発に腐敗はつきものである。都市再開発が本格化してから、不動産開発関連でどれくらいの幹部が腐敗によって追放されたかについては正確な統計がないが、何千何万といった規模ではないはずだ。習近平政権になってからだけでも数百万人の腐敗幹部が追放された。そのほとんどは不動産腐敗と切っても切れない関係にある。

<地方政府とデベロッパーが結託して地上げ>

・中国の不動産価格はなぜこんなに高くなったのか、と不動産デベロッパーにインタビューすると、彼らは一様に土地が高いからと答える。なぜ土地が高いのかと聞くと、地方政府が地上げをしているからという。

<定期借地権という時限爆弾>

・地方政府が払い下げている土地使用権、すなわち定期借地権は宅地70年、商業用地50年と設定されている。

・一つの可能性としては、将来的に定期借地権を再契約し、期間を延ばすことも考えられる。しかし、そうなると、膨大かつ難しい作業が求められる。

・このように、不動産バブルは単なる経済問題に留まらず、中国の土地制度と政治システムにかかわる深刻な問題である。

<個人の住居を強制的に撤去>

・中国は社会主義体制といわれているが、この体制の最大の問題は、人権が恣意的に侵害されることである。その典型例は私有財産に対する侵害だ。2007年に制定・施行された「物権法」の第4条は、「国家、集団、個人の物権は法律によって保護される。いかなる組織および個人でもそれを侵害してはならない」と規定している。

 だが、共産党は法を凌駕しているため、法律が守られないことは日常茶飯事である。

<都市開発が文化と文明を破壊した>

・目覚ましい都市開発の裏で、犠牲となったのは一般の市民たちだった。

・しかし中国では、旧市街を完全に取り壊し、新しい街を作るのが一般的だ。旧市街に住む住民は強制的に退去させられ、あっという間にニュータウンが誕生する。この「中国的スピ―ド」は世界に賞賛されていた。工事現場で働くのは出稼ぎ労働者がほとんどであり、長時間労働のうえに人件費も安い。ちなみに、歴史学者である精華大学の秦輝教授は、中国型開発モデルの比較優位性は人権を無視できるボーナスであるとしている。

<「大きい=強い」という「美学」>

・2000年代に入ってからも、中国では次から次へと巨大なインフラ施設がつくられた。そのほとんどは必要以上の大きさになっている。大きすぎるというのは、逆に考えれば、土地やエネルギーなどの資源効率が悪いことを意味する。

・14億人もの人口を抱えている一方、実際に人の居住に適する土地はそれほど豊富ではないからだ。

・今、中国の農地がどれくらい残っているかは誰もわからない。最近は農業の専門家が、中国で食糧不足が起きる可能性があると警鐘を鳴らしている。

<「失われた30年」への道>

<急成長したシャドーバンク>

・中国で不動産バブルが大きく膨らんだ背景には、不動産開発にかかわるシャドーバンク(影の銀行)と、「融資平台」と呼ばれる地方政府設立の投資会社の存在がある。

 とくに注目すべきはシャドーバンクの「活躍」である。シャドーバンクとは、金融機関のバランスシートに計上されないオフバランス取引のことを指す。

・これらの仕組みは、中国の社会や産業に思わぬ弊害をもたらした。金融危機、「失われた30年」へとつながっていく恐れもある。

<自己責任の「理財商品」>

・2023年になって不動産バブルは崩壊したので、それにともない理財商品などのシャドーバンクのファイナンスも少し下火になる可能性はある。

<リコノミクスと脱レバレッジ>

・債務の膨張に危機感を抱いていた李克強前首相は、在任期間中、一連の経済政策を打ち出した。これらの経済政策はレーガノミクスとアベノミクスに因んで、リコノミクスと命名された。リコノミクスは安易な金融緩和を行わず、脱レバレッジと構造転換を柱としていた。

・習政権が正式に誕生したのは2013年3月だったが、それまでの30余年間、中国経済は奇跡的な高成長を成し遂げた。

・仮にリコノミクスがきちんと実施されていたら、中国は不動産バブル崩壊を免れたのかもしれない。しかし、習政権において権力の一極集中は予想以上に進み、李克強前首相はそれまでの歴代首相のなかでももっとも弱い首相となった。

・習政権は経済成長を不動産開発に頼っていたため、不動産バブルの崩壊は政権にとって致命傷になる可能性が高い。だからこそ、不動産バブルの崩壊を許すわけにはいかないのだ。

<不動産ブームの予期せぬ弊害>

・かつて最高実力者だった鄧小平は改革・開放を進めたものの、社会主義路線と共産党指導体制は絶対に堅持すると後輩たちに繰り返し強調した。

・むろん、何事にも例外がある。1980年代の中国の自動車産業はほとんどが国有企業だったが、その後、民営企業の参入が認められ、今は官民混戦状態になっている。

<地道な努力をしなくなった>

・こうしたなかで、不動産ブームは中国の産業に思わぬ影響を与えることになる。2000年以降、不動産ブームは顕著になっていった。

・むろん、不動産バブルの崩壊後、中国経済が安定成長の軌道に戻るとは限らない。目下の中国経済をみれば一目瞭然だが、失業率が上昇し、すでにデフレに突入している。

・最悪のシナリオは、政府がバブル崩壊を心配するあまり、デベロッパーを救済し、中国版異次元金融緩和政策を実施することだ。それによって、バブルの本格的な崩壊は先送りできるかもしれないが、マクロ経済の生産性の向上には寄与しない。

<役人の無知と知識人の無恥>

・結局、中国共産党は一党独裁の体制を堅持しているが、政府共産党が万能であるということは決してない。

<バブル崩壊への備えはできているのか?>

・不動産バブル崩壊のメカニズムは必ずしも解明されていないが、バブルは突然崩壊するものである。

<デベロッパーの連鎖倒産による金融危機>

・政府にとってもっとも心配しなければならないのは、デベロッパーの連鎖倒産が起こることである。

・中国で不動産バブル崩壊のリスクが囁かれるようになって久しいが、政府、国有銀行、デベロッパーと個人はいずれもきちんとリスクに備えてこなかったようだ。

<失速する不動産業界の将来>

・これまでの20余年間、中国経済にとって不動産業は間違いなく力強いエンジンだった。だが2023年に不動産バブルが崩壊し、中国経済は失速してしまった。習政権も有効な経済政策を打ち出せていない。

<中国経済が直面する「失われた20年ないし30年」>

・それに対して、中国の不動産バブルとバブル崩壊は、政府の失敗が引き起こしたものだ。中国政府は不動産開発を経済成長の牽引役として位置づけた。

・不動産投資は個人の自由として法的に認められている。不動産投資が過熱したのは、地方政府やデベロッパーの不正行為に加え、個人にとって機会コストが安いからである。

・日本のデフレは30年間続いたが、輸出製造業は順調に日本経済を支えていた。それに対して、中国には米中対立とサプライチェーンの再編という壁が立ちはだかる。

・実際のところ、不動産バブルは崩壊して、経済が回復する力は弱くなっているはずだ。国家統計局が正しい統計を発表しなければ、ポリシーメーカーは正しい政策を考案する根拠を持てない。このままいくと、中国は失われた20年ないし30年を喫する可能性が高くなる。

<絶望する若者たち>

<少子高齢化が深刻な社会問題に>

・公的な介護保険が整備されていない中国で、独居老人の多くは介護難民になっている。

・実は、一人っ子政策の解除に抵抗していたのは、まさにこの「計画出産委員会」だった。委員会は全国組織で約650万人の職員がいるが、一人っ子政策が撤廃されたらこれらの職員は失業してしまう、という本末転倒の主張がされていたのだった。

・出生率を押し下げるもう一つの要因は、子育てのコストが年々高くなっていることである。

<マイホームがないと結婚できない>

・さらに出生率の低下に拍車をかけたのが、不動産価格の高騰、すなわち、不動産バブルである。中国の若者は結婚の条件としてマイホームの購入を挙げる。

・しかし、我が子を支援する経済力のある親はまだいいほうだが、経済力のない親も少なくない。その子供はマイホームを買うことができないので、結婚を断念せざるを得ない。こうして結婚したくても結婚できない若者が増えていき、出生率はさらに低下してしまっているとみられている。

・中国経済の高成長は長らく、若くて教育された豊富な労働力、すなわち人口ボーナスによって支えられてきた。ところが2013年3月の習近平政権誕生以降、その人口ボーナスがオーナスとなっている。

・若者の失業率は高止まりしており、また失業していなくても、賃下げが実施されているため、不動産の買い控えが目立つ。中国の不動産市場は需要不足が長期化する可能性があり、サプライサイドの調整も必要であると考えられている。このような状況下で、中国の若者たちは大きな絶望に直面している。

<なぜ賃貸マンションは敬遠されるのか>

・それに対して、中国では不動産バブルの崩壊以降も、賃貸に乗り換える人が少なく、公営住宅も整備されていない。低所得層は住む家がなく、大都市の一角がスラム化している。

・中国の都市部では公営住宅が整備されていないだけでなく、民間の賃貸マーケットも大きく育っていない。

<資産形成としての不動産購入>

・総じていえば、中国人は自分が住む家としてマイホームを買う志向が強い。

・それに対して、中国人はリターンを求める傾向が強い、個人の金融資産は直接的ないし間接的に不動産市場に流れていき、不動産バブルを拡大させたといえる。

<伝統的な家族観は崩壊した>

・中国人の伝統的な生活様式と家族意識といえば、大家族と親孝行である。伝統的な祝祭日といえば、春節(旧正月)、清明節、中秋節などであるが、いずれも家族団らんのためのものであると考えられている。

・しかし、40余年間の改革・開放を経て、中国人、とりわけ若者の生活は西洋化しており核家族化も進んだ。中国社会では、伝統的な生活様式は徐々に消えていっている。

・かつて中国では、親孝行が儒教の美徳とされていた。今は、親に支援を仰ぐ若者が増えている。

<共産党統治体制への絶望>

・こうしたなか、中国はコロナ禍に見舞われた。中国政府は厳格な隔離措置を軸とするゼロコロナ政策を3年にわたり実施した。

・中国のエリート層は政府に対し不信感を抱き、コロナ禍が終息する前に自宅マンションを含めて保有する物件をすべて売りに出し、海外へ移住した。

・アメリカに密入国しようとする低所得層の多くは英語ができないはずである。アメリカに無事に着いたとしても、どのように生活をするのだろうか。

<「我々は最後の世代だ」>

・どこの国でもそうだが、中小企業はもっとも雇用に寄与するセクターである。中国政府が2023年7月に発表した同年6月の若者(16~24歳)失業率は21.3%と前代未聞の高水準だった。それでも、この公式統計の若者失業率は、実態よりも低い数字だとされている。同時期に北京大学の張丹丹副教授は、中国政府が発表した若者の失業率に、実家に戻って生活している失業状態にある若者(約1600万人)を加算すると、実際の若者失業率は46.5%に達すると推計を発表した。若者の2人に1人は失業している計算である。2023年8月、中国政府は定義に問題があるとして、若者の失業率の発表を停止した。2024年1月には発表が再開され、2023年12月の失業率は14.9%と改善されたように見えるが、失業の定義が変更されていた。若者の失業問題がなかなか改善されず、社会問題化するのを心配したのだろう。

<拡大するジェネレーションギャップ>

・インターネットの普及も、世代間の溝を深めている。スマホが普及した中国では、ネット・ユーザーは10億人を超えている。多くの若者はSNSを利用して、さまざまな情報に接している。

・中国共産党は学校教育のなかで愛国教育を強化しているが、インターネットが普及した今は、毛時代ほど効果がないはずである。

・中国社会のジェネレーションギャップは、諸外国と比べても非常に大きいものである。60代以上の高齢者は毛時代に教育を受けており、いまだにマインドコントロールが解かれていない者が多い。

<貯蓄・消費・投資の特殊性>

<中国人は借金をしない>

・一方、中国は2022年時点での1人当たりGDPが1万2000ドル程度、世界ランキング68位であるにも関わらず、不動産価格は世界トップレベルになっている。

・中国の銀行はほとんどが国有銀行である。国有銀行は個人はもとより、民営企業にもほとんど融資をしようとしない。それゆえ、中国ではいまだにクレジットカードが普及していないのだ。広く使われているのはデビットカードである。

・銀行から借金をして消費するというのは、中国ではまだ一般的ではない。ある意味、中国の国有銀行が個人に住宅ローンを組むようになったのは、大きな進歩だったといえる。

<貯蓄に対するリターンを求める>

・中国では株式市場の設立後、何回かブームは起きたが、そのあと大暴落した。とくに個人投資家の多くは大損してしまい、株式投資のリスクが周知徹底された。

<賄賂は中国社会の潤滑油>

・腐敗で追放された共産党幹部には、数十戸ないし100戸以上のマンションを所有している人が少なくないが、彼らの正規所得でこれだけ大量の不動産を買えるわけがない。

<搾取されるだけの低所得層>

・この社会では富が下から上へ吸い上げられるスピードが予想以上に速い。中国の消費を牽引し支えてきたのは一握りの富裕層と中間所得層である。低所得層は搾取されるばかりで、なすすべはない。

・むろん、庶民はこんな贅沢な生活とは無縁である。中国の農家のエンゲル係数(食費÷消費支出)は依然50%以上である。都市部の住民の平均エンゲル係数も40%以上だ。2023年10月に亡くなった李克強前首相は在任中の記者会見で、中国には月収が1000元前後の人口が6億人存在すると述べたことがある。習政権は共同富裕を提唱し、貧困はすでに撲滅したと豪語しているが、少なくとも世界銀行と国連の基準では、中国貧困問題はまだ深刻な状況にあると言っていい。

・最近の消費者物価指数はマイナス推移となり、内需が大きく落ち込んでいる。経済成長の失速に拍車をかけているのは、習政権による民営企業への締め付けの強化である。同時に反スパイ法が改正・施行され、外国企業は中国にある工場をほかの新興国へ移転している。これらの動きのいずれもが、失業者を増やすことにつながっている。

<資金調達は借金か地下銀行>

・中国人の投資行動の特殊性について説明しよう。中国の金融市場は国有銀行によって独占されている。民間のプライベートセクターには旺盛な資金需要があるが、よほど強い担保資産を持っていなければ、国有銀行から融資を受けることができない。

・中国で、地下銀行がもっとも発達しているのは、民営の小規模製造業が多い浙江省や福建省などの沿海地域である。

・中国では一部の民営企業がキャッシュフロー管理に成功した。吉利やBYDなどの自動車メーカー、アリババやテンセントなどのビッグテック企業、滴滴出行(配車アプリ)、新東方(進学塾)などは目覚ましい成長を成し遂げた。

<ネットファイナンスの急成長>

・中国人のお金の貸し借りについて、近年大きな変化がみられる。従来は地域密着型がほとんどだったが、2000年代に入ると、インターネットを介して資金の融通が行われるようになった。P2Pと呼ばれるネットファイナンスである。

<右往左往する投資需要>

・なぜ中国人はリスク管理を粗末にしてまで利益を最大化しようとするのか。中国人が欲張りだからといわれると、そうかもしれないが、これまでの成功体験が背景にあるのかもしれない。

<責任は誰にあるのか?>

・中国の不動産市場はバブルとなり、すでに崩壊してしまった。むろん、バブルの形成や潰れ方は日米欧のそれとは異なるものになっている。

・不動産開発、あるいは都市再開発を推進することは国土計画の一環といえるが、経済成長を牽引するメインエンジンと位置づけるのは明らかに間違った行為だ。

・開発で中国の都市面積はどんどん拡張していく一方、農地面積は急速に減少していった。中国は食糧不足という潜在リスクに見舞われている。

<習政権にとっての「灰色のサイ」>

・習主席は過去に何度か「灰色のサイを警戒すべき」と呼び掛けたことがある。灰色のサイとは高い確率で起きる大規模な潜在リスクのことである。

・不動産バブルへの崩壊は単なる経済の問題ではなくて、習政権の経済運営と政治システムの力量を試される試金石になる。

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