いま、日本の防衛で何が問題かと言うと、一言で言えば、「誰も軍事を知らない」ということです。恥ずかしながら、私ども自衛隊OBも軍事を知らない。現役の人たちはもっと知らない。(2)
<テロ資金規制と内部脅威対策>
・対策の中身としては、テロ資金規制が重視されています。日本が行っている対策のなかでは、テロ資金規制が一番の脆弱な点だということは、テロ対策に詳しい人ならば誰でも知っています。
・ところが、原発を50基以上も持っていながら、内部脅威対策をまったくやっていないのは日本だけです。
<爆発物探知その他>
・それ以外にも対策はたくさんあります。たとえば核テロ対策という分野もあります。そんなテロがあるのかと思われるかもしれませんが、いくらでもあります。放射性物質を使ったり、核施設を攻撃したりするなどです。病原菌をばらまくバイオテロもあります。
<テロを未然に防ぐには>
・テロ対策は、フェーズ(段階)で考えると良く理解できます。
まず未然防止のフェーズがあります。
・ただし、いくら未然防止の措置をとっても、テロを100%防げるとは保証できません。アメリカの諜報機関の一つである国家安全保障局(NSA)のように、国民全体に網を掛けて秘密裏に情報収集をやっていたら、民主主義国家ではなくなってしまいます。日本はそこまで無差別的にはやっていません。
・100%防げない理由として、過去に前科がない人がいきなり大きなテロをやるケースがあることがあげられます。初犯ですから、それまで警察や公安にマークされているわけでもありません。
・被害管理とは、テロの現場あるいは関係場所での初動対処によって、被害を局限化していく措置を指します。
<日本で重視されていない公的検証>
・最後に検証のフェーズがあります。
日本には、テロ事件のあとに、なぜそういうことが起きたのか、政府や関係機関の対応はどうだったのかを、第三者が一次資料にアクセスしたり関係者にインタビューしたりできる特別の権限を付与されて、検証し政策提言をした経験がありません。
・1994年の松本サリン事件について言えば、事件そのものを防止するのは、当時の状況からしても難しかったと思います。
・アメリカやイギリスも、テロや安全保障問題で大きな失敗、失策をしますが、そこはさすが民主主義国家で、大きな失敗については、連邦議会などが超党派の委員会に調査権限を与えて、きちんとした検証報告書を出させています。
<テロの備えは万全か>
・テロが起きることを想定して、いろいろな訓練がなされるようになっています。とりわけ、2004年に国民保護法ができて10年が経ち、全国津々浦々、行政による対テロ訓練が行われています。
・図上訓練というものもあります。いろいろな状況を想定して、警察、消防、自衛隊、自治体、医療機関などのプレーヤーが、コントローラーから分刻みに与えられる状況に対処していくという訓練です。
・バイオテロの訓練もされています。バイオテロの場合、お医者さんが国家防衛、危機管理の最前線にいると言えます。
<国際的な協力体制と日本>
・最後に、日本に何ができるかという問題です。できることは限られていると思います。海外におけるインフラ施設の整備も、間接的なテロ対策になりますが、日本はいろいろやっています。
・日本は、キャパシティ・ビルディング(能力構築)支援といって、テロ対策のお手伝いをしています。他国がテロ対策の能力を向上させるよう、いろいろな援助をするのです。
・また、間接的なテロ対策になりますが、貧困や格差を少しでも解消していくことが求められます。ですから、日本が平和構築や紛争停戦の仲介などを行うことも大事です。
テロの第3の波――私は1990年代から今日まで続くテロ情勢をそう呼んでいますが――はまだ引き潮になりません。
・本書の企画は「自衛隊を活かす会」ですが、私は自衛隊のことについて、これまで全然話していません。テロリズムやテロ対策の専門家は、広く、すべての手段を見ていかねばなりませんから、軍事力というのも、過大評価も過小評価もせず、テロ対策のワン・オブ・ゼムに過ぎないのです。ただ、自衛隊の部隊、あるいは要員を海外に派遣すれば、それだけテロに関する情報が入ってくる利点はあります。
<どうシナリオを書くか>
・財団法人・日本再建イニシアティブが最近、『日本最悪のシナリオ――9つの死角』という本をつくりました。大規模テロを含めて、自然災害や国際的な有事などの最悪事態が、いつ、どこで起きて、どのように展開していくか、9つのケースを検討しています。
・情勢というのは急変することがあります。その中で、自分たちの権益や人命を守らなければなりません。明日のこと、1年後のことでも正確に予測できないのですが、予測できないからこそいろいろなシナリオで将来のことを考えなければならないのです。
・シナリオはどうやって書くのかといえば、今起こっていること、過去に起こったこと、これらをいろいろ集めて分析するのです。だから私は、自分の授業でも、多くの条件をつけて危機事案のシナリオを書かせます。シナリオを書くためには、現状の対応能力や法制度、国際情勢や治安情勢を知らねばなりません。だから、シナリオを書くというのが、実践的な座学としては、一番勉強になると思っています。
もう1冊ご紹介しますが、『「実践 危機管理」国民保護訓練マニュアル』
という本があります。
<対テロ戦争の位置と「憲法9条部隊」構想 加藤朗>
<「憲法9条部隊」構想>
・さて、では具体的にどうすれば平和国家のブランドを守ることができるのか。それには二つの戦略があります。
・一つは、専守防衛戦略です。自衛隊は専守防衛に徹すべきだということです。国際協力、人道支援であっても基本的に海外に行くべきではないと考えています。
では、日本の国際協力をどうすべきか。それがもう一つの戦略である民間のPKO部隊「憲法9条部隊」の創設です。
1990年の湾岸危機当時、連合(日本労働組合総連合会)は自衛隊の派遣を真っ向から否定していました。それだったら自分たちで行ったらどうなんだと反感を抱いたのが、この「憲法9条部隊」を着想したそもそものきっかけでした。
海外に派遣された自衛隊が実際にやっていることは、ネーション・ビルディング(国づくり)、あるいはキャパシティ・ビルディング(能力構築)です。これは自衛隊よりも、多くの職域・職種の人からなる労働組合によるPKO(国連平和維持活動)部隊の方によりふさわしい任務です。
・機会あるごとにこうしたPKO部隊の構想をお話ししました。そして月刊誌などにも寄稿しました。冗談だと思われたのか何の反応もありませんでした。
<自衛隊に何を期待するか>
・なぜ民間によって国際協力をした方が良いのかといえば、まさにそれこそが憲法9条の実践だからです。私たちは、ともすれば自衛隊に反対することが憲法を守ることだというふうにこれまでずっと思ってきました。はたしてそうなのでしょうか。
・私が違和感を持っているのは、自衛隊は国民の生命、財産を守るのだといいますけれども、実際問題、現場の最前線で生命、財産を守るのは、警察であり消防だということです。自衛隊が守るのは国体です。
・最後に、内村鑑三の「非戦主義者の戦死」について。彼は日露戦争に当たって、「非戦主義者よ、進んで死んで来い」と言ったのです。非戦主義者の死は戦争賛成の人の死よりも何倍も意味があることだと言ったのです。いま一度、内村鑑三の言葉を思い起こして、そして出来れば憲法9条部隊構想に大いに賛同していただいて、志願していていただければと思います。
<「対テロ戦争」問題の諸論考に学ぶ 柳澤脇二>
・何を教訓として一番大事に捉えなければならないかということを、専門家のみなさんに寄稿していただきました。
<国のあり方としての問題>
・酒井さんはまた、アメリカの文脈ではなく、相手の国にそれが求められているかどうかで自衛隊の派遣を考えるべきだと述べています。まったく同意します。
<ほとんど意味のない対テロ訓練>
・宮坂さんが、テロの未然防止に関する行動計画に言及しています。この行動計画は、私が官邸にいるとき、各省の取りまとめをやらせていただいて作成したものです。閣議決定もしていない文書ですが、各省はきちんと動いてくださっていると思います。
<問われるべき本質>
・私たちが「自衛隊を活かす会」を始めたのは、一つには、憲法解釈の見直し、直接には自衛隊をどう使っていくかということをめぐって、非常に乱暴な議論がどんどん進んでおり、そのこと自体に大きな危機感を持っていたということがあります。その懸念は、多くの国民も共有しているだろうと思います。
<軍事技術の発展の視点から捉えた集団的自衛権 加藤朗>
<15事例はリアリティが欠如している>
・政府が提示した15事例にリアリティがあるのかということが問題になっています。私は、集団的自衛権やグレーゾーンの問題を考える時に、軍事技術の発展という視点からも、15事例がリアリティを持たなくなっているのではないかという印象を持ちます。
・これまで自衛隊と米軍の関係は盾とか矛の関係に譬えられていましたが、ネットワークで戦闘するこれからの時代では、極東地域において自衛隊は米軍の目や耳の一部、米軍は拳という関係になるでしょう。こうした軍事技術の発達を踏まえて集団的自衛権は検討されるべきと思います。
<集団的自衛権を持ち出した真意とは>
・なお、15事例だけを見ると、個別的自衛権で解決可能な事例ばかりです。あえて、集団的自衛権を持ち出さなくても対処可能です。逆になぜ安倍政権はあえて集団的自衛権の問題を持ち出したか。その真意は何かを問うことが必要だと思います。
・いま、経済力においても軍事力においても、中国が間違いなくアジア第一の大国です。では日本がアジアの大国になるためにはどうするかというと、残るはソフトパワーだけです。
<提言 変貌する安全保障環境における「専守防衛」と自衛隊の役割――あとがきにかえて>
<21世紀とはどういう時代か>
・安倍首相が進める集団的自衛権を行使する国づくりについても世論の過半数が危惧を示す一方、根強い支持の声もあり、対立の構図が強まっています。
・20世紀の終わりにソ連が崩壊して冷戦が終了し、アメリカの圧倒的優位が確立する一方、平和な21世紀への希望も灯りました。ところが、21世紀は実際には、その劈頭にあった9・11同時多発テロ事件が象徴したように、そのまま対テロ戦争の世紀になりつつあります。
・アメリカの覇権の終わりと国際テロの広がりという二つの現象は、無縁なものではありません。目の前で急速に進むグローバリズムの波と密接に関係しています。
・国際政治学においては、大国の覇権が後退する場合は戦争が避けられないとされ、同盟関係や軍事力を強化することにより抑止力を維持するという考え方があります。この立場をとり、アメリカ一極の世界を維持することによって日本の安全を確保することを願うなら、中国の現状を考えると、アメリカを支える日本の軍事的な負担は相当な規模のものになることが避けられません。
<日本防衛のあり方>
・国家という枠で相手を敵視し、それを滅ぼすという動機そのものが失われています。ですから、米中や米ロが本気で戦争状態に入ることなど、真面目に国際政治に携わっている人なら、誰も真剣には想定していません。
・こういう世界において、もっとも求められるのは何でしょうか。それは、相手の破壊を前提とした抑止力ではなく、相互依存を通じて戦争を避ける方策を制度として定着させることではないでしょうか。
・このことが何を意味するかと言えば、日本は国土全体を守ることが極めて困難で、また、長期にわたる消耗戦には向かない地政学的特徴がある、ということです。
・日本のような国にとって必要なことは、紛争を未然に防ぎ、紛争が起きた場合にはそれをできるだけ局地的なものに限定しながら早期に収拾することです。専守防衛は、こうした日本の特性に最も適合した防衛思想であると思います。
<国際秩序に対する日本の貢献>
・しかし、自衛隊を使ってアメリカによる秩序構築を軍事的に助けるというやり方は、アメリカの対テロ戦争が憎悪の連鎖を生んで新たなテロを再生産するという悪循環を招いてきた失敗を、さらに大規模にくり返すだけです。日本もまた、憎悪の連鎖の当事者となり、テロの標的とされていくことになります。
・この分野では、当面の人道的支援に加え、テロが生まれる根源を認識し、息の長い取り組みをすることが必要です。
・それは、政府だけでなく、企業や民間NGOによる暮らしや医療、教育にかかわる活動であり、そうした支援を、現地の要請にもとづいて、増やしていくことがますます求められています。
<日米同盟における日本の立ち位置>
・したがって、大事なことは、日本は日本としての立場を確立し、アメリカとの間で戦略的な議論を闘わせることです。
・日米安保条約、日米同盟自体は、やがては相対化が避けられない時代に入っていくでしょう。
・このように同盟が相対化していく時代にあって、安倍首相の言う「血の同盟」という考えこそが、いまや時代に遅れになっています。
『有事、国民は避難できるのか』
「ウクライナ戦争」から日本への警鐘
日本安全保障戦略研究所 国書刊行会 2022/10/10
<ウクライナ戦争の教訓から緊急提言――日本に「民間防衛」が必要――>
・2022年2月24日に勃発したロシアによるウクライナへの軍事侵攻(ウクライナ戦争)は、日本をはじめ世界中に深刻な衝撃を与えました。特に、戦後の平和ボケの中で戦争のことなど全く念頭になかった日本人にとって、その衝撃は計り知れないものとなりました。
ウクライナ戦争が日本人に突き付けたことは、①戦争が始まれば国土全体が戦場となり、安全な場所などないという現実です。
また、②民間人を保護することによって、戦争による被害をできる限り軽減することを目的で作られた国際法は安易に破られるという現実です。
いま、国際情勢も安全保障環境も激変する中で、日本は空想的平和主義から現実的平和主義への大転換を迫られています。
・ウクライナ戦争では、ロシアは「国連憲章第51条に基づいて『特別軍事作戦』を行う」と述べ、ロシア軍がウクライナ領土に侵攻しました。それをJus ad Bellum(戦争法)に照らして大多数の国家が非合法であると明確に意志表示しています。
ウクライナ戦争では、多数の民間人が犠牲になるとともに、国内外併せて1300万人の避難民が発生しています。このロシア軍による攻撃は、ジュネーヴ条約第1追加議定書52条2項の軍事目標主義を逸脱しています。つまり、Jus in Bello(戦争遂行中の合法性)の考え方に明らかに反しています。
・本書では、特にJus in Belloに違反する民間人への戦争被害をいかに極小化するかについて「民間防衛」というテーマで考察しています。
・提言の主要な事項は、憲法への国家非常事態及び国民の国防義務の規定の追記、民間防衛組織とそれを支援する地方予備自衛官制度の創設、各地域の国民保護能力と災害対処能力の拡大などです。
<はじめに>
・こうした緊張状態が加速する中、2023年2月24日にはロシアがウクライナに軍事侵攻しました。非戦闘員である民間人の犠牲者は日々増加しているとの報道が毎日のように流されています。
・NPO法人「日本核シェルター協会」が2014年に発表した資料によれば、本書で「民間防衛」研究の対象とした米国、韓国、台湾、スイス4か国の「人口あたりの核シェルターの普及率」は、アメリカが82%、韓国(ソウル市)が300%、スイスが100%であり、各国ともに緊急避難場所を確保していますが、日本はわずか0.02%にしか過ぎません。
台湾は、本資料には入っていませんが、100%です。台湾では、全国の公的場所には必ず地下壕を用意することが法的に義務付けられており、年に一度は必ず防空演習も行われています。
世界各国では、核ミサイルの脅威に対する備えの重要性を認識し、いざという時の避難場所として、核シェルターの整備を政府主導で進めています。しかし、わが国は唯一の戦争被爆国であり、周囲を中国、ロシア、北朝鮮などの核保有国に囲まれているにもかかわらず、核シェルターの普及が全く進んでおらず、議論すら行われていません。
・このため、世界の国々は、武力紛争事態において国民の生命及びその生命維持に必要な公共財等を守るために軍隊以外の政府機関及び地方自治体並びに民間組織及び一般国民が参加する、国を挙げて行う「民間防衛」の制度を整備しています。
わが国においても、遅ればせながら、武力攻撃事態等において、国民を保護するための「国民保護法」が作られ、2004年に施行されました。
<諸外国の民間防衛を知ろう>
<諸外国との比較による真の「民間防衛」創設に向けた日本の課題>
<諸外国の民間防衛を知ることの意義>
・その際、日本の唯一の同盟国である米国、日本と同じように中国や北朝鮮の脅威に直面し、かつ自由、民主主義などの基本的価値を共有する隣接国の韓国と台湾、及び「永世中立」政策を採り世界でも最も民間防衛に力を入れているスイスの4か国を対象とする。
<諸外国における民間防衛の概念>
・一般に諸外国では、自然災害及び重大事故に対応する措置を市民保護と称し、武力攻撃に対する被害の最少化を民間防衛と位置付けており、民間防衛こそが軍事行動―国防と密接に連動した概念である。
<民間防衛の歴史的変遷>
・戦時に国民を保護する体制を意味するものとしての民間防衛の起源は、欧州における第一次世界大戦時の空襲経験にその緒を見ることができる。
<民間防衛と市民保護の関係性>
・民間防衛と市民保護の関係性をみると、国家レベルの民間防衛が、地方レベルの市民保護の発展を促してきたという各国に共通した特徴をみることができる。
<「共同防衛」を基本とする米国の民間防衛>
<アメリカ合衆国憲法>
<全般>
・わが国の現行(占領)憲法の起草に当たって、基礎史料の一つとされたアメリカ合衆国憲法は、その前文で、次頁のように宣言している。
われわれ合衆国の国民は、より完全な連邦を形成し、正義を樹立し、国内の平穏を保証し、共同の防衛に備え、一般の福祉を増進し、われらとわれらの子孫のために自由の恵沢を確保する目的をもって、ここにアメリカ合衆国のためにこの憲法を制定し、確定する。
・なかでも、「…、国内の平穏を保障し、共同の防衛に備え、…」の記述は、州政府を束ねる連邦国家が、各州および国民の力を結集して社会全体で国を守ろうとする強い決意を表わしており、それを踏まえて、付帯的な内容が、立法、行政及び司法の各条項に定められている。
まず「連邦議会の立法権限」では、「宣戦布告」、「陸軍の設立」、「海軍の設立」、「軍隊の規則」、「民兵の招集」、「民兵の規律」に関し規定している。
「大統領の権限」では、冒頭の1項目で「大統領は、合衆国の陸海軍、及び現に合衆国の軍務に服するために召集された各州の民兵の最高指揮官である」と軍の統帥権について規定している。
・なお、米国議会は、1950年5月に、それまであった沿岸警備隊懲戒法を含むすべての軍事犯罪に関する法律をまとめた『軍事法典』を可決、施行している。
以上の他に、連邦議会の権限の冒頭にある徴税の項で、「共同の防衛および一般の福祉のため、租税、(…)消費税を賦課徴収すること」として、税徴収の主要な目的は防衛のためであることを明記している。
<日本国憲法とアメリカ合衆国憲法>
・日本国憲法の成立過程研究の第一人者とされる米国のセオドア・マクネリー博士の研究によると、日本国憲法の前文は、時系列的に、①アメリカの独立宣言、②米合衆国憲法、③リンカーン大統領のゲティスバーグ演説、④米英首脳による大西洋憲章、⑤米英ソ首脳によるテヘラン宣言、⑥マッカーサー・ノートの6史料を基礎として作られた。
・すなわち、米国憲法は、連邦法律の執行、反乱の鎮圧及び侵略の撃退を目的とする軍務に服する組織として民兵団を設けることを定め、その招集、編成・武装・規律及び統率に関して規定する権限を連邦議会に、将校の任命及び訓練の権限を各州にそれぞれ与えている。
その歴史は、アメリカ合衆国の植民地時代に遡る。当時、各植民地は志願者から成る民兵団を結成した。それは基本的に入植民による自警団であったが、独立戦争では大陸軍とともに重要な戦力の一翼を担い、また独立後も国内外の紛争・事案にたびたび動員されたことから、1792年民兵法が制定され、究極の指揮権を州に与えた。
<米国民の「国防の義務」>
・国防の義務については、ほとんどの国の憲法に明確な規定がある。しかし米国の場合は、さらに踏み込んで、修正第2条で「規律ある民兵は、自由な国家にとって必要であるから、人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」と規定し、国民の民兵としての必要性を強調するとともに、武器を保有する権利すなわち武装の権利を保証している点に大きな特徴がある。
<米国の「武器保有権」と銃規制問題>
・アメリカでの銃の所持は、建国の歴史に背景があり、アメリカ合衆国憲法修正第2条によって守られているアメリカ人の基本的人権である。
全米で適用されている銃規制の法律では、銃販売店に購入者の身元調査を義務づけ、未成年者や前科者、麻薬中毒者、精神病者への販売を禁止し、また、一部の自動機関銃などの攻撃用武器の販売を禁止している。
・銃販売、保持するための許可証の取得、使用など銃に関する法律は州によって異なり、カリフォルニア、アイオワ、メリーランド、ミネソタ、ニュージャージー、ニューヨークなどの州は銃規制が厳しく、銃の所持禁止区域が設定されている。
・しかし、近年、銃乱射事件が劇的に増加し、銃規制強化を訴える世論が高まりを見せている一方、米国社会では銃規制より、自衛のための銃器に関する正しい使い方の教育、情報、訓練の必要性と強化を求める動きも広がっている。
なお、2022年5月に発生した南部テキサス州の小学校銃乱射事件など相次ぐ銃乱射事件を受け、上下両院が超党派で可決した銃規制強化法案にバイデン大統領が署名して6月25日、同法が成立した。本格的な銃規制法の制定は28年ぶりで、21歳に満たない銃購入者の犯罪暦調査の厳格化や、各州が危険と判断した人物から一時的に銃を取り上げる措置への財政支援などが柱となっている。
<「国家警備隊」あるいは「郷土防衛隊」としての州兵>
<連邦政府と州政府との関係>
・州政府は連邦政府の下部単位ではない。各州は主権を有し、憲法上、連邦政府のいかなる監督下にも置かれていない。ただし、合衆国憲法や連邦法と州の憲法が矛盾する場合には、合衆国憲法や連邦法が優先する。
<州兵>
・州兵は、アメリカ各州の治安維持を主目的とした軍事組織で、平時は州知事を最高司令官として、その命令に服するが、同時に連邦の予備兵力であり、連邦議会が非常事態を議決した場合には、アメリカの連邦軍の一部として、大統領が招集することができる。
<兵役制度と予備役制度>
<兵役制度>
・米国の兵役制度は、志願制である。
予備役は、現役の連邦軍および州兵とともに米軍を構成する重要なコンポ―ネントの一つであり、「総合戦力」として一体的に運用される。その勢力は、約80万人である。
<予備役の目的>
・予備役の目的は、戦時または国家緊急事態、その他国家安全保障上必要な場合に、米軍の任務遂行上の要求に応えるため、動員計画に基づいて部隊および人員を確保・訓練し、現役に加え、必要とする部隊および人員を提供することである。
<予備役としての州兵>
・民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもつ州兵には、陸軍州兵と空軍州兵があり、連邦と州の「異なる二つの地位と任務」を付与されている。
<米国の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<憲法前文における「共同防衛」の欠陥>
・連邦制を採る米国の憲法は、その全文で、国家の安全を保障するためには、「共同防衛」が重要であることを強調している。この共同防衛では、中央の連邦政府から州・地方政府に至るまで、また軍官民が一体となり、社会全体で国を守る防衛体制が必要であると説いている。
<米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」の欠如>
・米国の州兵は、植民地時代の志願者から成る「自警団」としての民兵に起源があり、国家警備隊あるいは郷土防衛隊としての性格をもち、地域の緊急事態等において、大規模災害対処や暴動鎮圧等の治安維持などの主任務に携わっている。
・このような、多種多様な任務の急増に応えているものの、自衛隊は前掲の「主要国・地域の正規軍及び予備兵力」に見る通り、その組織規模が列国に比べて極めて小さいことから、本来任務である国家防衛への取組みが疎かになるのではないかとの懸念が高まっている。
自衛隊は、中国や北朝鮮からの脅威の増大を受けるとともに、ロシアに対する抑止にも手を抜けないことから、本来任務であり国家防衛に一段と注力する必要がある。そのため、自助、共助を基本精神として具現化すべき、米国の州兵に相当する「郷土防衛隊」が欠如していることは大いに懸念されるところである。
<予備役制度の拡充の必要性>
・予備役は、陸軍、海軍、空軍、海兵隊、沿岸警備隊、陸軍州兵、空軍州兵の各予備役、そして公共保健サービス予備役団の八つから構成されており、その体制は極めて充実している。
・近年、東日本大震災以降、即応予備自衛官が招集され、また、医療従事者、語学要員、情報処理技術者、建築士、車両整備などの特殊技能を有する予備自衛官補の需要も高まっており、この際、予備自衛官制度の抜本的な改革増強が急務である。
<国家非常事態における国家の総動員体制と組織の統合一元化の欠落>
・日本国憲法には、その根本的な問題の一つである、国家の最高規範として明確ににしておかなければならない「国家非常事態」についての規定も各省庁を統合する体制もない。
<「統合防衛」体制を支える韓国の民間防衛>
<大韓民国(韓国)憲法>
<全般>
・大韓民国(韓国)憲法は、米国の軍政下にあった1948年7月に制定、公布されたものであるが、その後9回の改正が行われている。
<韓国の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<日本国憲法には国防及び国民の「国防の義務」についての規定なし>
・韓国の憲法は、前記の通り、国軍の保持とその使命並びに国民の「国防の義務」について明記している。また、憲法の規定を根拠に、「民防衛基本法」を制定し、民間防衛体制を整備している。
一方、日本国憲法は、第9条2項で、「戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認」を謳い、国家の唯一の軍事組織である自衛隊は、憲法のどこにも明記されていない。
<国民の「国防の義務」に基づく民間防衛体制の欠如>
・韓国は、憲法によって国民の「国防の義務」を定め、徴兵制度と民防衛隊を制度化してその目的に資する仕組みを作っている。
わが国の憲法には、国家と国民が一体となって国の生存と安全を確保するとの民主主義国家としてごく当たり前のことが記述されていない。
<国家非常事態に国を挙げて対処できる枠組みの欠如>
・韓国は「江陵(カンヌン)浸透事件」を契機に、国家として適切な対処が行えなかったという反省を踏まえ、「統合防衛法」を制定し、この法律のもと、国防関連諸組織をすべて組み合わせ、網羅して、外敵の侵入、挑発などに一元的に対処する仕組みを作った。
わが国でも、東日本大震災において、国家として適切な対処が行えなかったことなど多くの問題や課題が指摘された。
<「全民国防」下の台湾の民間防衛>
<中華民国(台湾)憲法>
・中華民国(台湾)憲法は、その「まえがき」で、「国権を強固にし、民権を保障し、社会の安寧を確立し、人民の福利を増進する」ために憲法を制定するとし、国家目標の四つの柱の一つに国防の重要性を掲げている。
<台湾(中華民国)の民間防衛体制が示唆する日本への主な教訓>
<全国民参加型の国防体制の欠如>
・台湾は、憲法20条で「人民の兵役の義務」を定め、それを基に台湾全民参加型の「全民国防」体制を敷いている。
台湾は、九州とほぼ同じ面積の領土・領域を守るため、現役を約16万人にまで削減したが、約166万人の予備役を確保しており、有事には現役と予備役を併せて約182万人を動員することができる。さらに、高等学校以上の生徒を含めた70歳までの市民の力と自衛・自助の機能を有効に活用し、人々の生命、身体、財産を共同で保護する民間防衛体制を整備して、全民国防の実効性を担保している。
<民間の力と国民の自助・共助の機能を組織化した民間防衛体制が欠如>
・台湾は、「人民の兵役の義務」を背景に、全民参加型の「全民国防」体制を敷き、現役及び予備役を背後から支える民間防衛体制を整備している。
その役割は、「民間の力と市民の自衛と自助の機能を有効に活用し、人々の生命、身体、財産を共同で保護し、平時の防災・救援の目標を達成し、戦時中の軍事任務を効果的に支援すること」にある。
民間防衛体制は、現役及び予備役以外の、高等学校以上の生徒を含めた70歳までの市民によって組織化されており、平時の重大災害対処と戦時の軍事任務支援の平・戦両時に備える構えになっている。
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