いま、日本の防衛で何が問題かと言うと、一言で言えば、「誰も軍事を知らない」ということです。恥ずかしながら、私ども自衛隊OBも軍事を知らない。現役の人たちはもっと知らない。(4)

<米海軍少将マハンの金言>

米海軍少将だったアルフレッド・マハン(1840年~1914年)は戦略研究家として名を馳せている。特に、マハンは「いかなる国も『海洋国家』と『大陸国家』を兼ねることはできない」と喝破した。

実際、世界の大国が「海洋国家」は陸で苦戦し、「大陸国家」は海で苦戦している。その失敗例を挙げてみよう。

【失敗例1】第1次世界大戦と第2次世界大戦で、「大陸国家」ドイツはUボート(潜水艦)でイギリス等に対抗したが、どちらも敗北した。

【失敗例2】第2次大戦前、「海洋国家」日本は中国大陸へ“進出”したが、結局、敗戦に至る。帝国陸軍は強かったが、やはり限界があった。

【失敗例3】第2次大戦後、「海洋国家」米国は朝鮮戦争で勝利を収めることができず、またベトナム戦争でも敗れている。

【失敗例4】「大陸国家」旧ソ連は、原子力潜水艦を製造して米国に対抗した。しかし、最終的に、ソ連邦という国家自体が崩壊している。

【失敗例5】21世紀初頭、「海洋国家」米国がアフガニスタンへ派兵したが、20年後の今年、アフガンから撤退せざるを得なかった。

近年、「大陸国家」中国が、空母を建造し「海洋国家」米国の覇権に挑戦している。けれども、その試みは、果たして成功するだろうか。大きな疑問符が付く。

おそらく、マハンの金言には、経済的側面も含まれているのではないか。つまり、膨大なコストがかかる。したがって、どんな大国でも優れた海軍・陸軍を同時に持つのは極めて困難なのかもしれない。

<八方塞がりの中国経済>

2012年秋、習近平政権が誕生して以来、中国経済はほぼ右肩下がりである。

なぜ、中国は経済が停滞しているか。その主な原因は3つある。

第1に、「混合所有制改革」が導入されたからである。ゾンビ、またはゾンビまがいの国有企業を生き延びさせるため、活きの良い民間企業とそれらの国有企業を合併している。これでは、大部分の民間企業が“ゾンビ化”して行くに違いない。

また、これでは「国退民進」(国有経済の縮小と民有経済の増強)ではなく、真逆の「国進民退」(国有経済の増強と民有経済の縮小)という現象が起きる。習近平政権は、中国経済を発展させた鄧小平路線の「改革・開放」を完全否定したのである。

第2に、「第2の文化大革命」が発動されたからである。政治思想(「習近平思想」)が優先され、自由な経済活動が阻害されている。これでは、成長は見込めないだろう。

第3に、「戦狼外交」(対外強硬路線)が展開され、中国は国際社会で多くの敵を作ったからである。そのため、経済的にも八方塞がりの状態となった。

例えば、昨年来、習政権がオーストラリアに対して強硬姿勢を取り、豪州産石炭の禁輸措置を行った。そこで、現在、中国は電力不足に悩まされている。加えて、習近平政権が推し進める「一帯一路」構想は「コロナ禍」で行き詰まった。貸付先の「債務国」の借金が中国へ戻って来ない。中国が借金のカタに相手国の湾岸等を租借しても、すぐに利益は産まない。

<中国に味方する国は皆無>

いったん「中台戦争」が開始されたら、台湾に味方する国々は多い。新軍事同盟である「AUKUS」(米英豪)、安倍晋三首相が提唱した戦略同盟「Quad」(日米豪印) 、機密情報共有枠組みの「Five Eyes」(米英豪加NZ)等のメンバーは、真っ先に台湾を支援するだろう。

既述の如く、近年に至るまで、習近平政権は対外強硬路線の「戦狼外交」を展開し、“四面楚歌”の状態にある。したがって、中国に味方する国はほとんどないだろう。

したがって、「海洋国家」群の台湾・米国・日本・英国・オーストラリア・カナダ・ニュージーランド・フランス+インドVS. 「大陸国家」中国という図式になる。中国共産党は、苦しい戦いが強いられるだろう。

<人民解放軍の問題>

たとえ中台だけで戦火を交えても、中国軍が台湾軍に勝利するとは限らない。

「通常、攻撃側は防御側の3倍の兵力が必要である。台湾はおよそ45万人(予備役を含む)の兵力を持つ。もし地形が不利な場合、攻撃側は5倍以上の兵力が必要となる。そうすると、人民解放軍幹部は台湾へ派遣する兵力は、少なくても約135万人、できれば約225万人欲しいだろう」と鋭く指摘した。

現在、中国人民解放軍は総数約200万人である。仮に、約135万人の兵力を台湾へ投入したとしても、台湾軍に勝てるかどうかはあやしい。

<『孫子』は中国人の行動原理>

中国の古典で、最も重要な文献の一つは『孫子』である。これを読めば、中国共産党幹部(人民解放軍幹部を含む)の行動様式が、ある程度わかる。

孫子の唱える“ベスト”は「戦わずして勝つ」である。

そのため、様々な手法で敵を脅すのはもちろんのこと、(1)偽情報を流す、(2)賄賂を送る、(3)スパイを送り込む、(4)ハニートラップを仕掛ける等、あらゆる手段を採る。武力を用いずに敵に勝利する事こそが、孫子の唱えた最高の戦法である。

当然、共産党幹部もこの孫子の兵法を熟知している。また、中国が必ずしも「中台戦争」で勝利するとは限らない。そのため、孫子の哲学に沿った戦法を採るのではないだろうか。したがって、人民解放軍が軽々しく「台湾侵攻」を敢行しないと考える方が自然である。

<「台湾侵攻」の模擬演習で6勝48敗>

だが、中国は、1979年の中越国境紛争以後、40年以上、大規模な本格的戦闘を行っていない。だから、実戦経験に乏しい。せいぜい、近年の中印国境紛争ぐらいだろう。これとて、棍棒で殴り合うという原始的な戦いである。

実は、朱日和(内モンゴル自治区にある中国陸軍の総合訓練場)に“台湾総統府街区”の模擬建築物が建造されている。そこで、人民解放軍が「台湾侵攻」の模擬演習を行った。昨年9月、『三立新聞網』の報道によれば、解放軍側が6勝48敗6引き分けと散々な戦績に終わったという。模擬演習でさえ、この有様である。実戦となれば、更に厳しい結果が待ち受けていよう。

<「アキレス腱」三峡ダムをミサイルで破壊>

現在、揚子江の三峡ダムは、中国のアキレス腱となっている。ダムは湖北省宜昌市に位置する世界最大の水力発電所で、1993年着工、2009年完成した。着工から完成に至るまでの間に、そのダムの寿命がなぜか1000年から100年に短縮されている。完成間際には、10年もてば良いと言われるようになった。

2019年、「Google Earth」では、三峡ダムは歪んでいるように見えた。そこで、ダムはいつ崩落するかわからないと囁かれ始めた。その後、台湾の中央大学研究員が、ダムの防護石陥没を発見している。

中国当局は、長江へ大量の雨水が流れ込むたびに、三峡ダムの崩壊を恐れ、上流の小さなダムを決壊させている。そのため、四川省および重慶市ではしばしば大洪水が起きている。

仮に、「中台戦争」が勃発すれば、台湾はすぐさま射程1500キロメートルの中距離ミサイルで、三峡ダムを狙うに違いない(台湾島から三峡ダムまで約1100キロメートル)。

台湾がミサイルで三峡ダムを破壊すれば、中国経済に決定的ダメージを与えるだろう(ダム下流の経済は中国全体の40%以上を占める)。もしダムが決壊すれば、下流に位置する武漢市、南京市、上海市は壊滅するかもしれない。また、ダム下流の穀物地帯は広範囲に浸水し、ひょっとして、中国は食糧危機に陥るおそれもある。

このようなアキレス腱を抱えたまま、中国共産党が「中台戦争」を敢行するとは考えにくい。

<「中台戦争」が勃発する3つのケース>

万が一、中国軍が「台湾侵攻」に踏み切る場合、3つのケース(地域)が考えられる(おそらく、中国は3地域いっぺんに攻撃することはないだろう)。

第1に、中国軍が南シナ海の南沙諸島にある太平島・中洲島を攻撃する。この場合、民進党(本土派)の蔡英文政権が、太平島・中洲島を守るのだろうか。一応、台湾が両島を実効支配しているので、とりあえず防衛を試みるかもしれない。

第2に、中国軍が福建省の一部、馬祖・金門を攻撃する。馬祖・金門については、現時点で、「本土派」の蔡政権は死守する公算はある。だが、最終的に、民進党政権は馬祖・金門を中国に明け渡す可能性を捨てきれない。そして、中華民国から馬祖・金門を切り離した後、「台湾共和国」の樹立を目指すというシナリオもあるのではないか。

第3に、中国軍が澎湖島を含む台湾本島を攻撃する。この場合、台湾軍は死に物狂いで郷土を守ろうとするだろう。いくら現代戦はミサイル等のハイテク兵器が勝敗を決すると言っても、最後は”精神力”がモノをいうのではないだろうか。

他方、多くの人民解放軍兵士は自分とは直接関係のない台湾を真剣に「解放」しようと考えていないはずである。大半の兵士は如何に生き延びるかしか関心がないと思われる。

<合理的判断ができない共産党トップと偶発的事故>

結論として、中国共産党幹部が“合理的判断”をする限り、「台湾侵攻」を決行する可能性は著しく低い。中国の「台湾侵攻」(=「中台戦争」)は即、「米中戦争」となるからである。中国はサイバー戦争・宇宙戦争は別にして、米国との従来型の戦闘・戦争は望んでいないのではないか。

ただし、共産党トップが、“合理的判断”ができない場合、「中台戦争」の勃発する可能性を排除できない。

その他、中台間の偶発的事故(どちらかがミサイルを誤射する、戦闘機が敵機を打ち落とす等)によって、「中台戦争」が勃発する事はあり得るだろう。

澁谷司  © 株式会社飛鳥新社

『戦争のリアル』

日本の「戦争力」を徹底分析

小川和久  SB新書 2022/10/6

<危機意識が乏しい日本人こそ知るべき日本の「戦争力」>

・ロシアのウクライナ侵攻により、軍事に無関心だといわれる日本人も、これまでになく国防意識が高まっている。

<日本が戦後最大級の難局にある>

・ロシア軍の戦車や装甲車がキーウの北で、幹線道路に60キロメートルも数珠つなぎになりました。先頭車両が何台か破壊されただけで全体が身動きできなくなってしまうのに、そんな隊列をなぜ組むはめになったのか。マスコミがまともに解説するのを聞いた覚えがありません。

・一言でいえば話にリアルティがないのです。

 中国の海上輸送能力や台湾の上陸適地という本格的な上陸作戦に必要な条件、そして中国の軍事力が機能するかどうかを決める軍事インフラの検証などが抜け落ちたまま、台湾有事の空しい議論だけが高まり、人びとの不安を煽りました。

・さらに、高まる軍事的な危機を前にして、日本には日米同盟を強化するほか道がないことを、米軍や自衛隊のリアルな姿を示して説明しました。

<「ロシアによるウクライナ侵攻」のリアル――この戦争はいつまで続くのか>

<トラックの数でロシアの侵攻能力がわかる>

Q:早い段階から、「ロシアはウクライナ侵攻で首都キーウを狙う」と主張されていました。そのとおりでしたが、主張の根拠は?

A:これまた大学の同僚・西恭之さんの分析に負うところ大です。2022年1月半ばに公表した論考に沿って、「なぜ、キーウだったのか」をお話ししましょう。

ウクライナ侵攻を狙うロシアは、十数万人の兵力・兵器・物資をウクライナ国境付近へ「鉄道」で展開し、極東からも輸送しました。プーチン大統領が侵攻命令を出せば、鉄道線路の末端から前線への兵士・物資の輸送も、逆に前線で負傷した兵士・故障した兵器の鉄道線路への輸送も「トラック」が担います。

 そこで、いきなり結論です。ロシア陸軍の「トラック」を数えることで、ロシア陸軍の“外征能力”がわかるのです。

 

 具体的にいえば、ロシア陸軍のトラックが国内の物資集積地と往復して支援できる攻勢作戦は、ウクライナ南東部の前線にいるウクライナ軍を包囲殲滅するといった場合、国境からおおむね100キロ圏内に限られます。

 首都キーウはベラルーシ国境から直線距離で90キロ以上、チェルノブイリを通る道路をたどれば約150キロ離れています。そこへ機械化部隊を進めるには、第一段作戦のあと占領地の道路を修理するなどして、物資集積地を前進させることが必要です。

 米陸軍のアレックス・ヴァーシニン中佐によれば、トラックの行動範囲を計算する簡単な方法は、こうです。

 物資集積地と届け先部隊が45マイル(72キロ)離れているとき、平均時速45マイルで走行できる道路網があれば、トラック1台が1日3往復できます。荷積み1時間・往路1時間・荷下ろし1時間・復路1時間のサイクルが3回で12時間。1日の残り12時間はトラックの整備や給油、乗員の食事・休息・睡眠、個人携行火器の手入れなどにあてます。

 届け先部隊までの距離が90マイルならば、右の1サイクルは6時間となり、1日の往復が2回に減ります。180マイル(290キロ)では、1日1往復しかできません。

 ある輸送部隊が45マイル先の前線部隊をちょうど維持できている状態だとすると、前線部隊が90マイル先に進めば1日の輸送量が33%減り、180マイル進めば66%減るわけです。機械化部隊が前進して物資集積地から離れるほど、補給できる物資量は減っていきます。戦闘で道路や橋が破壊されれば、補給はさらに細ってしまいます。

 ロシア陸軍には10個の兵站旅団があり、それぞれトラックが約200台配備されています。同中佐によれば、「諸兵科連合軍」1個に兵站旅団1個とトラック200台を割り当てると、物資集積地から90マイル以内の部隊へ補給するのが精一杯。180マイル離れた部隊へ補給するには、トラックを400台と倍増することが必要です。

 ウクライナ国境付近に展開した諸兵科連合軍4個は、それぞれ多連装ロケット発射機56~90両を持っています。発射機1両のロケット弾装填にトラック1台を要するので、諸兵科連合軍1個がロケット弾を全部撃てば、再装填に56~90台のトラックが必要です。これだけで兵站旅団の持つ通常貨物トラックの半分近くが食われてしまいます。

 諸兵科連合軍1個には、さらに野戦砲大隊6~9個、防空大隊9個、機械化・偵察大隊12個、戦車大隊3~5個が配備されていますから、大型兵器の弾薬のほか迫撃砲弾・対戦車ミサイル・銃弾・食料・工兵資材・医療品などもトラックで運ばなければなりません。

・兵站旅団のもつ「戦術パイプライン大隊」は、占領地に3~4日間でパイプラインを敷設する能力がありますが、敷設完了までは、燃料はタンクローリーで、水は給水車で運びます。

 戦闘車両が満タンで出発すれば数百キロ先まで行けそうなものですが、ヴァーシニン中佐は、「装甲車両はアイドリング中も燃料を大量に消費する。給油の必要性は走行距離ではなく出発後の経過時間で決まる」と指摘しています。つまり、36時間以上かかる攻勢作戦では、タンクローリーを少なくとも1回送って装甲車両に給油する必要が生じるのです。

「ロシア陸軍の攻勢作戦の範囲は、トラックの輸送能力から百数十キロに限られる」というヴァーシニン中佐の分析は、ロシア軍の前身であるソ連赤軍が第ニ次大戦中、数百キロ進撃する攻勢作戦を繰り返した史実と、矛盾するように思われるかもしれません。

 じつは、独ソ戦後の赤軍の輸送能力は、アメリカが供与したトラック・機関車・貨車などに支えられていました。

・以上のように西さんが解説する兵站能力の限界は、ロシア軍も自覚しています。

 ロシアが一方的に独立を承認したウクライナ東部2州から西へ、あるいはクリミア半島から北へ、ロシア軍が100~150キロ進出することは、さほど難しくありません。

 しかし、その先、首都キーウへの進撃は、補給線が長く伸びすぎ、非常に難しくなります。猛反撃するウクライナ軍に補給線を断たれ、孤立してしまっては、作戦は頓挫してアウト。ドニエプル川の渡河作戦にも大きな障害となります。

 一方、ロシア軍はベラルーシでベラルーシ軍と合同演習を繰り返し、そのたびに使った装備を残置して集積しました。ベラルーシ・ウクライナ国境からキーウまで約150キロ(90マイル強)の道は、ロシア軍の兵站能力からして、遠すぎる距離ではありません。

 また、現ウクライナ政権を「急進派とネオナチ」「反ロシア・プロジェクト」といった言葉で罵倒したプーチン大統領は、政権の打倒と親ロシア政権の樹立を目論んでいるでしょう。速攻でキーウを陥落させ、現政権を崩壊させてアメリカやNATOと交渉するといった狙いです。

 以上を総合して、ロシアはウクライナ侵攻でまず首都キーウを目指す作戦計画を立案し実行する、と私は結論しました。

 オースティン米国防長官が「ウクライナ国境周辺に集結した10万規模のロシア軍は、複数の都市や大規模な領土を奪取できる」といい、侵攻はプーチン大統領の決断しだいとの見方を示したのは2022年1月28日でした。

 これより前に私たちは、ロシア軍はキーウを狙うとわかっていました。軍事をリアルに見るとは、こういうことなのです。

<なぜロシア軍はキーウ攻略に失敗したのか>

Q:北から攻めたロシア軍はキーウ手前で停滞。やがて首都攻略を諦め、東部・南部への攻撃に切り替えました。どうしてですか?

A:2022年2月24日に侵攻を開始しキーウをめざしたロシア軍部隊は、5日後には首都の北25キロ付近で停滞、後ろの幹線道路には全長60キロ超の車列が連なり、身動きがとれなくなりました。

・「この3日間、識別できる前進をほとんどしていない」、「兵站が大破綻。多くの車両が泥にはまって動けない」と語っています。

 こうなった理由は、ロシア軍の兵站という大問題をはじめ、車両の整備不良・故障・戦闘による破損、悪路の泥濘、主要道路の渋滞、ロシア兵の士気の低さ、ウクライナ軍の善戦などです。

・西さんの論考からわかるように、ロシア軍はもともと兵站が弱いのです。諸兵科連合軍1個に兵站旅団1個(トラック200台)は、ロケット砲・戦車などの戦闘部隊と兵站部隊のバランスが悪い。戦闘部隊が大きすぎるか、兵站部隊が小さすぎるのです。ロシア国内で鉄道を駆使するときはそれでよくても、道路しかない場所では大問題です。

・日本は国土の4分の3が山地ですから、平野や盆地は人が集中し、道路も高密度に張りめぐらされています。ところがロシアやウクライナは、国土が広いわりにGDPが小さく、道路網の整備が容易ではありません。だから鉄道依存が強まります。

・しかも北の寒い土地です。雪が凍りつく1~2月ならまだしも、春の雪解け期には上層の黒土と下層の粘土からできた土壌が排水不良を起こし、ひどく泥濘みます。

 ロシア語の「ラスプティツァ」は、ロシア・ベラルーシ・ウクライナの雪解けの時期や、泥濘んだ道の状態を指す言葉です。昔からロシアを守ってくれる「泥将軍」なる言葉もあります。

 2021~22年のヨーロッパは暖冬で、東部ほど気温が高いとの長期予報でした。ウクライナの雪解けも例年より早く、ロシア軍はこのラスプティツァに足を取られました。キャタピラを履いた戦車ですら、思うように動けなかったのです。

 戦車を主力とする機械化部隊と戦うとき、守る側は「歩戦分離」ということを狙います。

・凍土が解けた泥濘みは戦車が尻を振るほど滑りますが、全輪にチェーンをつけた装甲車でも、さらに戦車からは引き離されてしまいます。今回のウクライナ戦争では、こうして歩戦分離を泥将軍がやってくれた面があるのです。

・第ニ次大戦では、現ウクライナ北東部にあるハリコフ(現ハルキウ)をめぐってナチス・ドイツ軍とソ連赤軍が4度にわたる「ハリコフ攻防戦」を戦いました。

・この経緯を見れば、雪解け前の凍土の上での戦闘はあっても、雪解けが始まると戦闘が止まり、乾燥した5月以降に再開されたことがわかります。

 もちろんロシア軍が80年前の戦史を知らないはずはありません。雪解け前の原野や畑が例年どおりに凍った状態であれば、ロシア軍は一本道だけに頼らず、いくつもの方面から進撃できました。そして2022年の雪解けが早いこともわかっていました。

 それなりに泥濘にはまってしまったのは、「2日でキーウを攻略せよ」と命じたプーチン大統領の前に、ロシアの軍部が異議申し立てできず、“無謀な作戦”と知りながら実行せざるをえなかったからだ、と思われます。

<ウクライナ軍が善戦した秘密>

Q:ドローンからの撮影か、道路上のロシア軍戦車が次々に破壊されていく動画が印象的でした。ウクライナ軍が善戦できた理由は?

A:こうしたウクライナ軍の頑強な抵抗には、隠された秘密があります。

 クリミア併合のころ最低の状態にあったウクライナ軍は、その後、アメリカの軍事顧問団の教育訓練を受け、組織や人事が徹底的にたたき直されました。

・これに対してロシア側は「演習と聞かされていた」「本当の目的を知り、行きたくなかった」と話した若い捕虜がいたように、戦争に消極的な兵士が少なからずいます。しかも、モスクワはじめ大都市出身の若者が死傷して反戦ムードが高まることをおそれ、少数民族や貧しい地方の出身者を最前線に出している模様です。

<戦車戦にならなかった秘密>

Q:ロシア軍がキーウ攻略に失敗したあと、テレビでは識者の皆さんが「次は平坦地が続く東部の戦いだから戦車戦になる」といっていましたが、そうなっていないようですね。なにか理由があるのですか?

A:それは双方の戦車戦力の中心をなす旧ソ連が開発したT-72と、同じ設計思想で生まれたT-80やT-90の運用に理由があるのです。

 T-72の車高は2メートル20センチ前後と極端に低く、改良型では改善されたものの、初期のモデルは身長160センチ以下の乗員しかは乗務できませんでした。車高を低くして、被弾面積を減らそうという考え方だったからです。ちなみにアメリカのM-1は2メートル40センチもあります。

 そしてT-72は前面装甲を極端とも言えるほど強化しています。これは戦車壕に身を潜め、砲身だけを突き出して防御する場合に、低い車高と相まって強みを発揮します。しかし、全体の重量42~45トンの相当部分を前面装甲に食われる結果、側面や背面、上部の装甲は薄くならざるをえないのです。

 そのロシア軍戦車が平坦地形で戦おうとすると、側面を狙われるし、ジャベリン対戦車ミサイルなどは上部装甲を狙うトップアタックモードで攻撃してきます。いくら弁当箱のようなリアクティブアーマーをまとっていても、戦車の機動力を発揮する戦いには向かないのです。

<ロシアの「大隊戦術グループ」の弱点>

Q:ウクライナ軍は、2014年から東部でロシア軍や親ロシア武装勢力と戦ってきた。その教訓が生きている、とはいえませんか?

A:ある程度は、そういえると思います。ロシア軍の「大隊戦術グループ」を紹介し、ウクライナが過去の戦闘から学んだ教訓を考えることにしましょう。

 侵攻1週間前の時点でアメリカ政府は、ロシア陸軍に約170個ある大隊戦術グループ(以下BTG)のうち120~125個がウクライナ側地域から60キロ以内に展開している、と見ていました。BTGという戦闘単位は、おおむね大隊本部・戦車中隊1個(戦車10両)・機械化歩兵中隊3個・対戦車中隊1個・砲兵中隊2~3個(自走榴弾砲6門から多連装ロケット砲6両)、防空中隊2個で編成されます。

 ウクライナがロシアの侵攻に持ちこたえられるかは、ウクライナ軍が「ロシア軍BTGの弱点を突くことができるか」にかかっていたわけです。

・BTGの最大の弱点は、歩兵の数に余裕がないことです。BTGのおもな攻撃力は砲兵で、全体として“貴重な志願兵”である歩兵を温存する編成になっています。

 歩兵部隊の死傷者が増えると、BTG同士で歩兵を融通しなければ戦力を回復できませんし、国内の厭戦世論を高めてしまう戦略的な影響も無視できないからです。

・8年前の教訓を一言でいえば、ウクライナ軍は、ロシア軍の砲撃と正面攻撃に耐えることができれば、BTGの歩兵部隊を釘付けにして迂回し、武装勢力の攻撃に成功する可能性があります。今回も、この教訓を生かしながら戦っているように見えます。

 しかし、キーウを諦めて東部・南部に転じたロシア軍は、2022年5月にマリウポリのアゾフスタリ製鉄所を陥落させるなど攻勢が目立ちました。

<第ニ次大戦前夜のズデーデン併合と酷似>

Q:ロシアのウクライナ侵攻は、過去の歴史と重ね合わせることができると思うのですが、どうでしょう?

A:2014年のクリミア併合当時、ドイツのショイブン財務相は「ヒトラーのズデーテン併合を思い起こさせる」と警告しました。

・今回のロシアの動きは第ニ次世界大戦前夜のドイツの動きと、2014年時点よりもはるかによく似ている、というのが私の見方です。

<旧ソ連時代の核シェルターが機能>

Q:ロシア軍は首都や東部ほか、中央部や西部の都市にもミサイルを撃ち込んでいます。ウクライナの人びとはよく耐えているものだ、と思うのですが。

A:さらに、多くの人が知らないのは冷戦時代、ソ連が国策として核戦争に備える核シェルターを全土に設置したことです。

 核シェルターの多くは、大規模工場・プラント・行政機関・公共施設などの地下深く造られ、大都市の地下鉄駅は初めから核シェルターです。

 放射性物質や煙から収容者を守るフィルター付きの換気・冷却装置や発電機を備え、3日間の食料・飲料水・燃料も備蓄しています。マリウポリの製鉄所の地下でウクライナ側が立てこもっていた地下5階のシェルターは、その典型です。多くの避難者の姿がニュースに映し出されたキーウの地下鉄の駅は深さ105.5メートルと世界でもっとも深い駅です。

・ある研究者は、人口20万程度の中都市で数十~100か所、モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市には数百~1000か所以上の核シェルターがあったとします。ソ連の重要な工業地帯だったウクライナでも多数建設されました。

・ウクライナだけでなく、スイスやフィンランドも核シェルターの設置に熱心な国として知られています。スイスは全国民を、フィンランドでも全国民の7割を収納できるシェルターの設置が法的に義務づけられています。

<いつ終わるのか、ウクライナ戦争>

Q:2022年2月に始まったウクライナ・ロシア戦争は、いつ終わるのでしょうか? 今後どんな点に注目していくべきですか?

A:本書を執筆している2022年9月中旬現在で、ロシアのウクライナ侵攻から半年がたちました。国内のマスコミ報道は“ウクライナ疲れ”ともいえそうな低調なムードです。

・このように眺めると、「ウクライナ問題は長期化する」という見方のリアリティが強まってきます。

<中国・台湾問題のリアル――軍事的合理性のない「台湾有事論」に踊らされるな>

<軍事的合理性のない「台湾有事論」>

Q:ロシアのウクライナ侵攻で、「次は中国の台湾侵攻では?」とおそれる台湾有事論が広がっています。どう考えますか?

A:それは、日本で取り沙汰されている「台湾有事論」には“科学的な視点”が欠け、軍事的合理性もない、ということです。

・この状況を見て私が思い出したのは、1970年代後半の「北方脅威論」です。米ソ冷戦が激しさを増した当時、日本国内では「何十個師団ものソ連軍が北海道に上陸侵攻してくる」という危機感が高まり、マスコミも煽るような報道を繰り返しました。

・ところが現実には、ソ連の海上輸送能力には明らかな限界がありました。リアルな姿をとらえれば、ソ連が北海道に投入できるのは3個自動車化狙撃師団、1個空挺師団、1個海軍歩兵旅団、1個空中機動旅団にすぎません。

 まだ弱体だった自衛隊ですが、米軍と力を合わせれば、攻めてくるソ連軍の半数を海に沈めるだけの能力はありました。

・今回の台湾有事論にも同じ側面が色濃く出ている、と私は考えています。

<台湾に侵攻するには「海上輸送能力」が不可欠>

Q:ソ連の北海道上陸作戦ができなかったように、海上輸送力に限界があるから中国の台湾上陸作戦もできない、ということですか?

A:単純な台湾有事論は、「中国軍が数年以内に台湾本島を攻めて占領しようとする」というものですから、そこで台湾侵攻の成否を分けるカギは、台湾への「着上陸作戦」です。

・軍事の常識に「攻める側は守る側の3倍以上の兵力が必要」というものがあり、「攻者3倍の法則」と呼ばれています。

・現在は、軍の装備品が北方脅威論の時代より大型化しています。100万人規模の兵力で計算すると、必要な輸送船の船腹量は3000万トンから5000万トンという膨大なものになります。これでは中国が保有する商船の船腹量6200万トン(2020年末)の大半を占めてしまいます。経済活動に従事する船をすべて台湾に振り向けることなどありえませんから、中国は充分な船舶を台湾上陸作戦に投入できないことになります。

・このあと中国軍の能力について詳しく述べますが、中国軍は台湾海峡で航空優性(制空権)も海上優勢(制海権)も握ることができません。

・それを考えると、台湾海峡を船で渡る中国軍の兵力100万人の半数程度が洋上で撃破される、と見てよいでしょう。

<どこにでも「上陸適地」があるわけじゃない>

Q:台湾有事論が非科学的な第一の理由は、海上輸送能力を考慮していないこと。では第二の理由は?

A:第二に、台湾本島の「上陸適地」という問題があります。台湾有事論を振りかざす人で、この問題に触れた例を、残念ながら私は知りません。

・台湾海峡を渡るとき半数が海の藻屑、台湾上陸直前や上陸中にまた集中攻撃を受けるというのでは、100万人のうち何万人が上陸できるのか、という話です。

 かろうじて上陸できたとしても、限られた数の中国軍が台湾の主要部を占領できるはずもありません。予備役200万人が手ぐすね引いて待ち構えており、まして人口2300万人以上という全国土の占領など、はなから不可能です。

 もちろん中国軍は、成立しない上陸作戦は立案しません。これが内外で騒がれている台湾有事論のリアルな現実です。

<軍高官のポジション・トークに騙されるな>

Q:軍高官や軍当局が事実と異なる話をすることがあるのは、なぜですか?メディアがそれを見抜くのは難しいでしょう?

A:「ポジション・トーク」という言葉を聞いたことがおありでしょう。自分の立場を重視し、もっぱら自分の立場からの発言ばかりすることです。

・「6年後」証言のデビッドソン司令官は、着任が2018年5月で、2021年4月の退任が決まっていました。だから退任直前、長年務めた海軍の役割と中国の増大する脅威を強調し、海軍の予算の増額や新兵器の導入が必要と訴えました。これには、古巣への“置き土産”のような意味もあっただろう、と思います。

・前統合幕僚長もその一人ですが、マスメディアでは、海上自衛隊の海将OBや航空自衛隊の空将OBが語る台湾有事論が影響力を持っています。ところが、彼らの台湾有事論には、着上陸作戦の軍事的な常識が決定的に欠けているのです。

 というのは、自衛隊の高級幹部を目指すエリートが学ぶ指揮幕僚課程で、海上輸送の計算式や上陸適地を学ぶのは陸上自衛隊だけだからです。海空自衛隊のエリートには、この基礎知識を身につける機会がないのです。

<自衛隊は一点豪華主義の軍隊>

Q:自衛隊には世界最高水準の突出した部分があり、それで米軍を守っている。なぜ、そういう姿になったのですか?

A:日本の自衛隊は、いくつかの部分が世界トップクラスであるものの、他の部分は世界の平均か、もっと低いレベルにとどまっています。“一点豪華主義”といってもよい軍隊なのです。

<核共有は日本にふさわしいか>

Q:「核武装」は必要ないとしても、せめて日本はヨーロッパのような「核共有」を、という意見については?

A:「核共有」は、アメリカの核兵器を同盟国の運搬手段に搭載して使う方法です。安倍晋三・元首相は2022年3月に「日本も議論を進める必要がある」と述べています。

 議論するのは結構ですが、NATOが核共有に至った脅威や目的を整理し、日本が同じような状況にあるかどうかを比較検討するのが、順序というものです。

・結局、ヨーロッパの核兵共有は、もともと東から大平原を侵攻してくるワルシャワ条約機構軍の地上部隊や航空機の大群を撃破するために、アメリカが小型の戦術核兵器を必要な国に置くことがおもな目的で、それを各国と海を隔てた日本にそのまま適用しても、ほとんど意味がないのです。

 日本の「核武装」論は、リアリズムの対極にある妄想のようなもの、とお話ししましたが、それがダメなら少なくともという発想の「核共有」論も、リアリズムとかけ離れた短絡的な発想です。実態を調べもせず、核兵器をめぐる言葉遊びのような議論を重ねても、虚勢を張る以上のものではありません。

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