いま、日本の防衛で何が問題かと言うと、一言で言えば、「誰も軍事を知らない」ということです。恥ずかしながら、私ども自衛隊OBも軍事を知らない。現役の人たちはもっと知らない。(5)

<サイバー防衛は侵入テストから始まる>

Q:日本のサイバー防衛能力については、どうしますか?日本はIT先進国ではないですか?

A:意外かもしれませんが、日本はIT先進国ではありません。とりわけコンピュータ・ネットワークのセキュリティには、著しい後進性が残っています。

<日本の未来を切り開くために>

<巨大災害や原発事故、感染症も平時の戦争だ>

・南海トラフ巨大地震の被害想定は、最悪のケースで死者30万人以上、直後の停電2710万件、断水3440万件、電話9割規制、都市ガス停止180万戸などです。西日本の電力は半減してしまうとの予測です。

・2020年から始まった新型コロナ禍は2022年8月、陽性報告20万人以上・死者300人以上という日が続き、日本は“世界最悪”の戦いを強いられています。

<安全と繁栄を実現するための課題>

・ウクライナ・ロシア、台湾・中国、北朝鮮と、日本を取り巻く国際環境が厳しさを増すなか、私たちは巨大災害や新型コロナ感染症とも戦わなければなりません。

【外交・安全保障】

① 尖閣諸島の領有権について、エストッペル(禁反言)の法理に基づき、国際社会に強く発言し続け、同時に国際司法裁判所への提訴について、中国が嫌がろうとも対応を求め続ける。

② 日中漁業協定の棚上げ海域のうち、尖閣諸島周辺の適用除外海域については、エストッペルの法理から見ても日本の領海であることを国際社会に強く発信し、協定の改正を求め続ける。

③ 領海に関する国内法を新たに制定し、少なくとも中国・ベトナムの領海法なみに強制力のともなう執行を可能とする。

【安全保障】

① 弾道ミサイル防衛について、新たな装備が導入されるまでの間は、戦場で友軍の支援を求めるのと同じ発想で、米海軍のBMD対応イージス艦を日本側の費用・人員負担で配備し、「いまそこにある危機」に対処できるようにする。

② 反撃力としての敵の先制攻撃を抑止する能力を「打撃力」として位置づけ」、量的には韓国のキル・チェーンの規模などを参考に、海上自衛隊の艦艇と陸上自衛隊の特科部隊にトマホーク級の巡航ミサイルを配備する。

③ 核抑止力については、非核三原則のうち「持ち込ませず」を「必要に応じて持ち込むことができる」に変更し、アメリカの核の傘による抑止機能を万全なものにする。

【災害対策】

① アメリカの連邦緊急事態管理庁(FEMA)などを参考に、感染症対策を含む災害への司令塔機能を整備する。「屋上屋を架すがごとし」とする反対論、つまり現在の体制で対処できるという官僚機構の主張には根拠がなく、容易に論破できるものばかりである。まずは小規模なチームを発足させ、実務を進めていくなかで、適正な規模に整備していくことが現実的である。

② アメリカの疾病対策予防センター(CDC)に相当する組織を、日本版FEMAの外局的な組織として発足させる。

③ 日本に1か所も存在しない危機管理要員の教育訓練施設を、関東・関西などブロックごとに設置し、国家的な災害対策能力の向上を図る。

④ 将来、南関東で必ず起こるとされる直下型地震に備え、首都・東京の抗堪性を高めるとともに、関西圏に副首都を建設し、東京とのホットバックアップ(システムを停止せず常に情報と機能を共有)によって、災害時に国家機能を継続できるようにする。

【サイバー・セキュリティ】

① 先進国でもっとも遅れている日本のサイバー・セキュリティを国際水準に向上させるため、ホワイトハッカーなど国際的な専門家からなるチームを発足させ、あらゆる角度から日本の脆弱性を探り、リアルタイムで対策を講じていくとともに、洗い出された問題点をもとにサイバー防衛の青写真を描く。

・これらを実行に移すことができるのは、国家のリーダーたる内閣総理大臣をおいて他にありません。

<国家の司令塔を機能させる>

・じつは私は、右のような問題を、これまで繰り返し提言してきました。しかし、残念ながら採用されるまでには至っていません。そうなってしまう理由がいくつかあります。

 第一に、日本は国家としての司令塔機能が充分ではありません。これを早急に改善しなければいけません。

<「拙速」こそ危機管理の要諦>

・第二に、「拙速」こそが危機管理の要諦であり、人災は「巧遅」から生まれるのだ、という思想を徹底する必要があります。

<国際水準を知らない「井の中の蛙」>

・第三に、日本の従来の危機管理の多くは、世界に通用しない“井の中の蛙”ともいえるものです。世界を広く見渡し、国際水準から見て合格点をつけることができない危機管理は、その時点で失敗なのです。

<民主主義の基本は記録と検証>

・第四に、日本は“検証”する――「まず起こったことを正確に記録に残し、一息ついたら、責任問題はさておき、しっかり検証しようではないか」という部分が非常に弱い。

 この点を改める必要があります。既に指摘した図上演習・拙速・国際水準の三点とも、しっかりした検証作業を通じて実現できることは、いうまでもありません。これが民主主義を機能させる基本となります。

<「オペレーション希望」>

・それは、戦後最大級の難局に直面する日本で、危機や不安を煽る一方の無責任な言説ばかりが広がり、冷静な分析に基づく議論がなされず、それを踏まえて人びとに“安心”と“希望”をもたらす政策も一向に打ち出されない、という深刻な問題です。

(2023/2/4)

『日本はすでに戦時下にある』

すべての領域が戦場になる「全領域戦」のリアル

渡部悦和  ワニ・プラス  2022/1/26

<まえがき>

<平和なときにおいても「目にみえない戦い」は進行している>

・我が国周辺の安全保障関係は世界でもっとも厳しい状況にあると言っても過言ではない。

・また、北朝鮮は核ミサイルの開発を継続し、その能力は目を見張る進歩を遂げ、やはり日本の脅威になっている。さらにロシアは、ウラジーミル・プーチン大統領が唱える「ロシアの復活」に基づき、米国を中心とした民主主義陣営を敵視する政策を展開している。北方領土問題を抱える日本にとってロシアは警戒すべき国家である。

 つまり、日本周辺には中国、ロシア、北朝鮮という民主主義陣営と対立する世界的にも有名な独裁国家が存在していることになる。

・マイケル・ピルズベリーは、現在進行中の中国が仕掛ける戦いについて、「我々はゲームに負けているのかどうかわかっていない。実際、我々はゲームが始まっていることさえ知らないのだ」と表現している。

 ピルズベリーが言っているゲームとは、中国が100年間の屈辱の歴史を晴らし、世界一の覇権国を目指して実施している「100年マラソン」のことで、習近平国家主席が主張する2049年を目標とする、「中華民族の偉大なる復興」の実現と符合する。

<あらゆる領域が侵略される「全領域戦」の時代>

・米国は、現在の国際情勢を称して「大国間の競争の時代」と呼んでいるが、大国とは米国、中国、ロシアのことだ。とくに中国は米国と覇権争いを展開している。米中覇権争いがおこなわれている現在を、ある者は「新冷戦の時代」「第3次世界大戦の時代」「ハイブリッド戦の時代」「超限戦の時代」などと表現している。私は現代を「全領域戦の時代」と表現したいと思う。

・官庁や民間企業では、システムが不正アクセスされて秘密情報を盗まれ、システム全体を凍結され、その解除のための身代金を要求される事件(ランサムウェア攻撃)が日々報道されている。

 そのような不法なサイバー攻撃には個人や民間組織のみならず、国家レベルの軍事組織が関与しているケースが多い。例えば、中国人民解放軍やロシア軍、とくにロシア連邦参謀本部情報総局(GRU)は、自らサイバー攻撃をおこなうのみならず、民間のサイバーグループを組織化してサイバー攻撃をさせるケースが増えている。

<オーストラリアにおける中国の統一戦線工作>

・中国との戦いがすでに始まっていることを知らない人は多い。中国共産党の中央統一戦線工作部(以下、中央統戦部)の工作(統一戦線工作)のことを知っている日本人は少ないと思う。中央統戦部についてはいままで語られることが少なかったからだ。私は中央統戦部と統一戦線工作を多くの人に知ってもらわなければいけないという使命感をもって本書を書いた。

・とくに大きかったのは新型コロナの蔓延である。オーストラリア人が

新型コロナを機に中国が仕掛ける「静かな侵略」の脅威に覚醒したのだ。この静かな侵略に対して堂々と戦っているオーストラリアは日本のいいお手本になる。

<日本におけるトロイの木馬>

・日本も統一戦線工作のターゲットになっていることを強調したい。この工作は、日本の政界、経済界、メディア、アカデミア(学会)、中央省庁、芸能界、宗教界、自衛隊、警察などあらゆる分野に浸透している。

 外国資本が自衛隊や海上保安庁の基地周辺の不動産や北海道などの広大な土地を買いあさり、日本の団地に中国人が大勢住むようになり、その団地が彼らに占領されかねない状況になっていることなど、工作の例は枚挙にいとまがない。

<我々は賢くて強くなければいけない>

・以上記述してきたように、我々がいまは平和なときだと思っていても、中国などが仕掛ける「目にみえない戦い」は進行している。このままでは「目にみえない戦い」に気づかないまま敗北してしまう可能性がある。

 中国は、統一戦線工作の国家であり、「超限思考」の国家でもある。

・『超限戦』の本質は「目的のためには手段を選ばない。制限を加えず、あらゆる可能な手段を採用して目的を達成する」ことを徹底的に主張していることだ。民主主義諸国の基本的な価値観の制限を超え、あらゆる境界を超越する戦いを公然と主張している。

・超限思想を信じる国家にとって、日本は鴨がネギを背負った状態の“鴨ネギ”国家だと思う。目的のためには手段を選ばない手強い国に対して、日本はあまりにも無防備だ。

 愚かなことに我が国は非常に多くの安全保障上の制約やタブーを、自ら設けている。日本人はもっと危機感をもたなければいけない。そして、鴨ネギ状態から脱却しなければいけない。

 脅威には目にみえるものと目にみえないものがある。日本人は賢くなければいけないし、強くなければいけない。

<あらゆる領域が戦いの場となる「全領域戦」の時代>

・米国のジョー・バイデン大統領は2021年3月の記者会見で、米中のせめぎ合いは「21世紀における民主主義と専制主義との戦いだ」と表現した。「民主主義」対「専制主義」という構図は、2021年3月18日にアラスカでおこなわれた米中の外交トップ会談でも明確であった。

・中国があらゆる手段で米国を中心とする民主主義陣営に対抗しようとする際に、米国の同盟国である日本も攻撃の主たるターゲットになっている。だからこそ、「日本は戦時中である」という認識になるのだ。

・筆者は、『現代戦争論―超「超限戦」』で、情報戦、宇宙戦、サイバー戦、電磁波戦、AIの軍事利用を中心に現代戦の一端を紹介した。これらの戦いが中国要人の発言にある「あらゆる手段」になるのだ。

・全領域戦の特徴は、①あらゆる領域を使用すること、②軍事的手段や非軍事的手段などあらゆる手段を活用すること、③軍事作戦が主として戦時におこなわれるのに対して、全領域戦は平時と戦時を問わずおこなわれること、④いままで平時とおもわれていたときをとくに重視しておこなわれることである。

<「平時と戦時」の概念の変化>

・米陸軍はその作戦構想「多領域作戦」において、期間を競争と紛争のふたつに分けている。つまり、昔でいうところの平時は文字通りの平和なときではなく、競争相手国と競争している期間だと解釈したのだ。この解釈は適切で、中国やロシアはこの競争の期間を重視して情報戦、宇宙戦、サイバー戦などを仕掛けてくる。

・米海軍はその作戦構想「統合全領域海軍力」において、日々の競争から危機を経て紛争になると考えている。

・米空軍はその作戦構想「全領域作戦」において、協力から競争を経て武力紛争になると考えている。

・筆者の造語である「全領域戦」は、米国防省や米軍が最近主張している全領域作戦からヒントを得ている。米軍の作戦構想に関しては、前述のように米陸軍が主導する多領域作戦がある。米国防省や米軍は最近、多領域作戦を一歩進めた全領域作戦を提唱しており、その具体化を進めている。

 軍事作戦としての全領域作戦は、米軍を中心とした作戦構想を知るためには米軍の作戦を研究して、その考え方を模倣している。つまり、解放軍の作戦構想を知るためには米軍の作戦構想を知ることが近道になる。

 そして、全領域作戦は軍隊がおこなう軍事作戦であるが、筆者が提案する全領域戦は政府を中心として多くの組織が参加し、あらゆる手段とあらゆる領域を利用しておこなう戦いである。

<中国が考える現代戦――「超限戦」と中国の現代戦>

・習は、中国の夢を実現するために、海洋強国の夢、航空強国の夢、宇宙強国の夢、技術大国の夢、サイバー強国の夢、AI強国の夢など多くの夢を実現すると主張している。つまり、列挙したそれぞれの分野で世界一になるということだ。これらすべての領域で世界一になるという夢は、全領域戦に勝利する決意の表れである。

<領域(ドメイン)と全領域戦>

・中国が一番重視しているのが情報戦だ。通常の民主主義国家の情報戦は、主として軍事作戦に必要な情報活動を意味する。しかし、中国は情報戦を広い概念でとらえていて、解放軍の軍事作戦に寄与する情報活動のみならず、2016年の米国大統領選挙以来有名になった政治戦、影響工作、心理戦、謀略戦、大外宣戦(大対外宣伝戦)などをすべて含むものだと理解すべきであろう。

 解放軍にとっては情報戦が現代戦のもっとも基本となる戦いになる。情報戦を基本として、宇宙戦、サイバー戦、電磁波戦などがある。

<中国の政治戦:統一線工作による「静かな侵略」>

・中国において、その長い歴史のなかで繰り広げられてきた政治戦は、伝統的な戦いである。現代の政治戦は、中国共産党の一党独裁体制を維持するために、中共中央統一戦線工作部の工作として実施されているが、最近は習近平主席の意向もあり、国外における工作も重視されている。

<中国の統一戦線工作>

・このなかで中央統戦部は、「秘密主義」「曖昧」「目立たない」と表現されている組織であり、日本人には馴染みの薄い組織だと思われるが、我が国の平和と安定を維持するためにはさけて通れない組織だ。中央統戦部は、中共に対する中国本土の国民、海外の中国人、世界中の広範な華僑コミュニティの忠誠を確保しようとする、中共中央委員会直轄の組織だ。

<日本における統一戦線工作>

<日本における工作組織>

 ・日本での中央統戦部の活動についてはあまり公表されてこなかったが、その存在自体は日本の公安警察や米国の国防情報局などでもかなり把握されている。

<日本で懸念される「移民戦」の脅威>

・「移民戦」という言葉を知っているだろうか。ベラルーシのアレクサンドル・ルカシェンコ大統領が移民を利用して、ポートランドなどの隣接国の政情や治安を意図的に不安定にすることを狙っているが、このような戦いのことを「移民戦」という。

<外国人参政権・外国人住民投票の問題>

・在日外国人が増加してくると、次なる問題は外国人参政権や投票権の問題だ。

<突然襲ってくるウイルスと化学兵器との戦い>

・新型コロナウイルスが2020年以降2年にわたり、世界中で猛威を振るっている。これを「ウイルス兵器を使用したウイルス戦だ」と主張する人もいるが、否定する専門家は多い。いずれにしても、新型コロナのパンデミックは、私が現役の自衛官のときに恐れていた事態であることは確かだ。

 軍事の世界では大量破壊兵器またはNBC兵器という専門用語があるが、これは核兵器、生物兵器、化学兵器のことだ。

<新型コロナウイルスをめぐる中国の大問題>

<武漢で発生した新型コロナについて謝罪もなく情報隠しをする中国>

・新型コロナが2019年12月に中国・武漢市で発生してから2年が経過した。この間、世界における新型コロナの感染者数は約2.8億人、死亡者数は538万人(2021年12月23日現在)という未曽有の状況になっている。各国は新型コロナに対して悪戦苦闘しているが、発生源である中国からの謝罪は一切ない。

 新型コロナへの対処は国家の危機管理あるいは国家防衛そのものであり、新型コロナとの戦いはまさにウイルス戦の様相を呈している。

 新型コロナのパンデミックは明らかに武漢市から始まったが、その発生源に関しては明確な答えが出ていない。感染拡大の早い段階から、多くの人や組織が「武漢ウイルス研究所からの流出説」を主張している。

<新型コロナをめぐる論戦の結論>

・新型コロナの起源に関する論戦の最終的な結論は、中国当局が武漢での感染発生当初の情報を開示しない限り出てこない。敢えて現時点における私の結論を出すとすれば以下の通りだ。

① 新型コロナは解放軍が関与したウイルス兵器として開発されたものか?

新型コロナは、ウイルス兵器として開発されたものではない可能性が高い。

② 新型コロナは自然由来のものではなく、人工的に作られたものなのか?

新型コロナは、おそらく自然由来(コウモリなどが起源)のもので、人工的に遺伝子操作されたものではない可能性が高い。

③ 武漢ウイルス研究所(WIV)から流出したものではないのか?

WIVから流出した可能性を完全に否定することはできない。しかし、WIVから流出したものではなく、コロナウイルスがコウモリから他の動物へと伝染したあと、遺伝子の構成に重大な変化が生じ、ヒトに感染した可能性もある。つまり、「WIVから流出した」と断定することはできない。

私の結論は、米国の国家情報長官と国家情報会議が共同でまとめた報告書、ウイルスの専門家の意見を重視している。とくに国家情報長官は米国の16ある情報機関を統括する立場にあり、その結論は重視すべきだと思う。

新型コロナの起源をめぐる議論は、客観的事実が明確でない状況ではポジショントークになりがちである。ポジショントークとは、自分の立ち位置に由来する発言をおこなうことで、自分に有利な状況になることを目的とした発言のことだ。

とくに米中覇権争いにおいて、中国を徹底的に批判したい者は米国のみならず世界中にいるが、それに対して米国の情報機関の冷静さは注目に値する。この点が、中国やロシアなどの権威主義諸国の嘘に満ちた情報機関の主張と大きく違う点だ。

新型コロナのパンデミックを、将来的にウイルス戦として積極的に利用する国家や非国家主体が出現しても私は驚かない。まさかそんなことは起こらないだろうという考えはやめたほうがよい。つねに最悪の事態を想定し、それに備えなければいけない。

<サイバー戦:サイバー空間を利用した仁義なき戦い>

<サイバー戦とは>

・サイバー戦の明確な定義はないが、本書においては「サイバー戦とは、ある目的達成のために国家や非国家主体が実施するサイバー空間での戦い」と定義する。

 サイバー空間は、インタ―ネット、インタ―ネットに接続されているネットワーク、これらのネットワークに接続されている電子機器が作り出す人工の空間だ。人体で譬えるなら、脳とその他の器官をつなぐ「脳神経系統」と言えるだろう。

 このサイバー空間は、情報通信分野に目を見張る発展をもたらし、インタ―ネットを利用した様々なビジネスを生み出した。それにより経済を発展させ、民間でも軍事においても不可欠な空間になっている。

 一方で、悪意ある者がサイバー空間を悪用し、サイバー犯罪、サイバースパイ活動、重要インフラに対するサイバー攻撃が発生し、世界の安定を脅かす大きなリスクになっている。そしていまやサイバー空間は、陸・海・空・宇宙に次ぐ第五の戦場と呼ばれ、安全保障における重要な空間である。

・防衛省を例にとると、一日に膨大な数の不正アクセスを受けている。日本に対するサイバー戦でとくに注意しなければいけない国々は中国、北朝鮮、ロシアだ。

<サイバー戦の三つの要素>

・サイバー戦を区分すると、サイバー情報活動、攻撃的なサイバー戦、防御的サイバー戦に分かれる。

 サイバー情報活動には、ふたつの目的がある。第一の目的は、相手のシステムやネットワークに存在する情報を収集し、分析すること、即ち作戦遂行に直接必要な情報を収集・分析することである。

 第二の目的は、相手のシステムそれ自体に関する技術的な情報を収集・分析することだ。

・一方、人間がおこなうハッキングは、相手のシステムへの侵入や偵察、プログラムの書き換えやすり替え、情報の窃取、システムダウンやシステムの物理的破壊などの工作をおこなう。

 例えば、敵政府組織や軍のシステムの破壊や混乱、電力や通信、金融、交通などのインフラを機能不全に陥れることができれば、戦う前から圧倒的に有利な状況を作ることができる。

 サイバー空間における防御にはふたつの備えが必要になる。

 ひとつ目は、DDos攻撃――攻撃目標に対し、大量のデータや不正なデータを送り付けることで、正常に稼働できない状態に追いこむこと――のようにシステム内部に侵入することなく、直接システムに負荷をかける攻撃への備えだ。

 ふたつ目は、敵が我々のシステムに侵入し、プログラムを書き換え、情報の窃取やシステムダウンをおこなう攻撃への備えだ。

<最近のランサムウェア攻撃>

・世界中でランサムウェア(身代金要求型ウイルス)によるサイバー攻撃が相次いでいる。

 ランサムウェア攻撃とは、標的型メールなどを利用して端末に侵入し、コンピュータ内のファイルを不正に暗号化したうえで、暗号を解除するための身代金を要求するというものだ。

 サイバーセキュリティの専門家は、事態を悪化の一途をたどっていると警鐘を鳴らしている。

<ランサムウェア攻撃を回避または被害を局限するための心構え>

・ランサムウェア攻撃は企業のみならず個人もターゲットになる可能性がある。とくに個人がランサムウェア攻撃をいかにして回避または被害を極力減らせるか、専門家に質問すると異口同音に返ってくる答えが、以下のようなサイバーセキュリティの基本を事前の予防措置として、日ごろから徹底することだという。

⓵データ等のバックアップをこまめに取る。

②OSやソフトウエアの更新を徹底し、セキュリティソフトを導入する。

④ パスワード保護を確実におこなう。

⑤ 不審なメールを開封しない。

⑥ 安全なネットワークのみを使用する。

<ランサムウェア攻撃を受けてしまったら>

・不幸にしてランサムウェア攻撃を受けた場合、以下の対処が推奨される。

⓵すぐに切断する

②身代金を支払わない

<日本における軍事面でのサイバー攻撃の実例>

・サイバー空間に「平時」はない。文字通りの「常在戦場」であり、つねにアップデートされた最新技術を駆使した攻撃が続けられている。その目的はただひとつ、政治、経済、軍事などあらゆる面で、対象国より自国の優位を実現することにある。

<ロシアによる攻撃>

・ロシアの場合、実際にサイバー戦の重要性を証明した例がある。2014年にロシアとウクライナがクリミア半島の領有権を争った「ウクライナ危機」だ。この紛争は「新時代における戦争の作法」として、各国の軍関係者から注目を集めた。

 クリミア半島の併合を目論むロシアの計画は周到だった。まず、軍事侵攻の7年前にウクライナへのサイバー攻撃を仕掛けた。

・当初、彼らはウクライナ国内の官民組織のネットワークのハッキングに着手。至るところにその後の工作・破壊活動を有利にする「バックドア(コンピュータへ不正に侵入するための入り口)」を設置し、以降は政府組織や主要メディアのサイトの改竄や変更をくりかえした。

 同時に「Redoctober」「MiniDuke」などのコンピュータウイルスを活用した「アルマゲドン作戦」に着手。これはウクライナ政府や軍の情報を搾取するほか、以降のロシア軍部隊の動きを支援する情報操作や撹乱を企図したものだ。

 いよいよ侵攻を翌年に控えた2013年には、複数のテレビ局や新聞などのメディアとその関係者、反ロシア、親EUの立場の政治家やその支援者のサイトをダウンさせた。

・かくして2014年2月に侵攻作戦が始まった。親ロシア派武装勢力を装ったロシア特殊作戦軍や、ロシア軍が支給する武器や装備品をもたないことから「国籍不明」と判断され、「リトル・グリーンメン」と呼ばれた覆面兵士の集団――実際にはロシア軍特殊部隊の「スペツナズ」だった――が、半島中央に位置するシンフェローポリ国際空港や地方議会、政府庁舎、複数の軍事基地などの重要拠点を占拠した。

 作戦がスムーズに進んだ最大の理由は、ウクライナ国内のインタ―ネット・エクスチェンジ・ポイントや通信施設はほとんどが無力化されていたからだ。都市機能のマヒだけでなく、ウクライナ軍の通信網も大混乱に陥っていたのである。

<我が国の「サイバーセキュリティ」に対する甘い認識>

・しかし、本書においては「サイバー戦」という用語を重視して使用する。なぜなら、我が国では中国、ロシア、北朝鮮などのサイバー攻撃の脅威を甘くみすぎているからだ。

<日本のサイバー安全保障の体制>

・現実世界の戦いと同様に、サイバー空間でも敵を排除して攻撃を防ぐには、反撃の意志と能力をもつことが不可欠だ。しかし、自衛隊は「防衛出動」や「治安出動」が命じられない限り動けない。ここでも憲法に規定された「専守防衛」が足枷になっているからだ。

<世界各国のサイバー戦能力比較>

・ロシアの大手セキュリティベンダー「ゼクリオン・アナリティックス」によると、各国のサイバー軍の総合力は、1位・米国、2位・中国、3位・英国、4位・ロシア、5位・ドイツ、6位・北朝鮮、7位・フランス、8位・韓国、9位・イスラエル、10位・ポートランドである。日本は北朝鮮より下の11位。

・パイプラインへの攻撃が示す通り、一等国の米国でさえサイバー攻撃を完全に防ぐことは難しい。その米国と比べてはるかに劣る、日本の課題はあまりに多い。

<サイバー空間における将来のリスク>

・元NATO軍最高司令官ジェームズ・スタヴリディス大将の著書『2034』(翻訳は『2034米中戦争』二見文庫)は、米中核戦争を扱った小説であり、米国では10万部以上のベストセラーになっている。

『2034』では、米海軍の艦艇37隻が中国海軍に撃沈され、米本土の重要インフラに対する大規模なサイバー攻撃を受ける。米国はその報復として、中国の湛江(たんこう)市に戦術核攻撃をおこなうというストーリーだが、重要インフラに対する大規模なサイバー攻撃というシナリオは現実離れしている。さらに『2034』は、サイバー攻撃を過剰に評価している。

<情報戦、とくに影響工作の主戦場としてのSNS>

・SNS時代においては、ソーシャルメディアが世論の形成にますます大きな影響を与える存在になることを認識しなければいけない。私はSNSを多用しているが、SNSは影響工作の主戦場になっているという実感がある。

<我々はフェイクの時代を生きている>

<SNSを使った影響工作>

・インタ―ネットとSNSの普及により、真実や事実のみならず、偽情報や誤情報も流布され、私たちがそれらに踊らされる事例が数多く発生するようになった。

<中ロの影響工作とデュープス>

・SNSを使っていると、米国の大統領選挙や新型コロナのワクチンをめぐりSNS上で流布されている偽情報を簡単に信用し、その偽情報を自らも拡散する人たちの多さに驚かされる。私はこれらの人たちは、中国やロシアのデュープスではないかと思っている。ここでいうデュープスとは、「明確な意思をもって中国やロシアのために活動しているわけではないが、知らず知らずのうちに中国やロシアに利用されている人々」のことだ。中国やロシアが流す偽情報を信用して、その情報をSNS経由で拡散する人たちがなんと多いことか。

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