マッサンという牛頭人身の男を主人公とする冒険譚である。その後、中国の民間故事を読んでゆくうちに、少数民族のあいだに同じような話がいくつもあることに気がついた。(1)
(2025/2/10)
『昔話「力太郎」ユーラシアを翔ける』
斧原孝守 三弥書店 2024/10/25
<「ちからたろう」の謎>
・人間の垢(あか)から生まれた少年が活躍する、『ちからたろう』という絵本がある。
貧しい爺と婆の垢から生まれた「ちからたろう(力太郎)」が、二人の不思議な仲間を引き連れて化け物を退治するという話で、単純ながらおもしろい展開と力強い絵によって、今でも広く親しまれている。
・「力太郎」は、日本の昔話としてはかなり珍しい話である。今までに岩手県を中心に数話が採録されているにすぎず、しかもその多くは戦前の採録である。生きた伝承は、今ではほとんど衰退したといってもいいだろう。絵本になることがなければ、「力太郎」は教科書にも採録されず、おそらく東北地方に伝わる珍しい昔話ということになっていたに違いない。
本書は、この「力太郎」という、東北地方に実際に伝わっていた昔話について、これを比較昔話研究(比較民話学)の方法によって、そのユーラシア的な背景を採ってみようというものである。
・ブータンの「力太郎」とでも言いたくなるような話である。
・(カムチャツカ半島のコリャク族の民話)主人公の「クマの耳」は、カラスが生んだ熊の子、つまり異常誕生児である。
・主人公が異常誕生児であるところは、ブータンの「キセルの勇者」よりも日本の「力太郎」に似ている。
・ただこの話では、途中で出会う仲間は三人になっており、最初に出会った仲間二人と主人公は化け物に打ち倒され、化け物をたおすのは最後に加わった仲間になっている。
実はこの話、フランスとスペインの国境地帯のピレネー山脈西端の地域に住むバスク人の伝承で、つまりユーラシア大陸の西端の伝承なのである。
・さて、ここに三つの話をかいつまんで紹介したが、見ての通り「力太郎」そっくりである。主人公はいずれも力持ちで、両親のもとから旅立つ。
・それぞれ小異はあるが、どう見てもこれらは一つの話のバリエーションとしか思えない。それにしても日本の「力太郎」そっくりの話が、ユーラシア大陸の東西両端と中央部という、お互いに途方もなくかけ離れた地域に伝わっているということを、いったいどのように考えればよいのだろうか。
・日本・ブータン・カムチャツカ・ピレネー。互いに遠く離れた地域に伝わる四つの物語の一致という謎を解くためには、これらの話だけを見ていても分からない。
・先にも述べたように、世界の各地に同じような昔話が伝わっていることは、よく知られた事実である。しかしそれを簡単に伝播、あるいは偶然の一致として片づけてしまうわけにはいかない。
・したがって今のところ、「力太郎」がどこで生まれ、どのような経路で広がったのかということは分からないというしかない。しかし異常誕生時が不思議な仲間を連れて化け物退治に向かう物語は、さらに複雑な物語となって東アジア辺境部に点々と伝わっており、それはどうやらユーラシア大陸の果てにまで続いているらしいのである。
<「力太郎」、東北から立ち上がる>
<1、「力太郎」の伝承>
<こんび太郎(岩手県旧和賀郡の伝承)>
・さて、この話の主人公は「こんび太郎」、つまり「あか(垢)太郎」である。
・ただ実際に伝承されている話を調べてみると、垢から生まれたという例は意外にも少ない。この話の他には、昭和10年(1935)に『昔話研究』誌上に報告された、旧稗貫(ひえぬき)郡湯口村(現花巻市)の例と、秋田県横手市で採録された「金棒太郎」という話があるだけである。
<力太郎>
・岩手県遠野に生まれた佐々木喜善は、郷里に伝わる伝承を柳田国男に伝え、それが『遠野物語』を生み出す機縁となったことは有名な話である。その佐々木喜善による昔話集『聴耳草紙』にも「力太郎」がある。旧江刺郡米里村(現奥州市)に伝わる「三人の大力男」と名づけられた話でる。
・子どもは怪力だったので、「力太郎」と名づけられた。「力太郎」という名の由来は、どうやらここにあるらしい。ちなみにこれとほとんど同じ話が、岩手県北部の二戸(にのへ)にもある。
・いま知られている「力太郎」のほとんどは、戦前に採録されたものだが、戦後になって、遠野市松崎町で「かものこ太郎」という話が採集されている。
・先に「こんび太郎」と似た、秋田県横手市に伝わる「金棒の太郎」を見た。秋田には、これとは別の「まぐらきゃし太郎」という話もあった。
・これは名前からして、二戸の「大食(おはまぐら)太郎」に近い伝承であろう。
・事実、遠野で「かものこ太郎」を採録した佐々木徳夫は、宮城県大崎市田尻町で「まくれえ太郎(馬のように飯を食う男)」という類話を採録している。これは秋田の「まぐらきゃし太郎」とほぼ同じ話だが、残念ながら化け物退治の部分が欠けている。一つの昔話が細部を変えながら広く語り広められていたのであろう。
・いずれにしても岩手県を中心に、「こんび太郎」「力太郎」「嬰児子(えじこ)(籠)太郎」「大食太郎」「かものこ太郎」「まぐらきゃし太郎」など、いろいろな名で呼ばれる怪力の少年が、お供といっしょに(あるいは一人で)化け物を退治する物語が伝わっていたのである。
・柳田国男は、昭和11年(1936)に『昔話採集手帖』を刊行し、日本に伝わる代表的な昔話を百話列挙している。そこで「桃太郎」に次いで二番目に挙げられているのが「力太郎」である。柳田はさらに日本昔話を独自に分類した『日本昔話名彙』でも、正式な話名として「力太郎」を採用した。そして関敬吾が『日本昔話集成』でこの話名を踏襲したため、この物語は「力太郎」とよばれるようになった。
・絵本や教科書に載ったため、「力太郎」は今ではすっかり有名な昔話になっている。しかし実際に採集された「力太郎」の例は思いのほか少なく、そのほとんどは戦前に岩手県で採集されたものである。しかも垢から子どもを作るというモチーフをもった話は、たったの三話にすぎない。絵本で日本的に有名になった「ちからたろう」は、伝統的な昔話としてはかなり珍しい話だったのである。
・19世紀の東北地方には、昔話の豊かな伝承があったに違いない。しかしそのほとんどは記録されずに消滅した。いまここで追及しようとしている「力太郎」も、かつて東北地方の村々では、誰もが知っていた昔話であったかもしれない。
<「力太郎」の形式>
・ここで「力太郎」の基本的な形式をまとめておこう。「力太郎」は次のような展開をもつ物語である。
(1) 異常誕生(垢からの誕生)
(2) 異常な性質(怪力・大食い)
(3) 旅たち
(4) 不思議な仲間(御堂子太郎・石子太郎など)
(5) 化け物退治
(6) 結婚(帰還)
家を出た異常誕生児が不思議な仲間をお供にして旅を続ける。やがて一行は化け物に食われそうになっている娘と出会い、主人公は化け物を退治して娘と結婚する、という話である。短いながらも英雄譚の首尾を備えた物語といえよう。
<2、「雉(きじ)の子太郎」>
<雉の子太郎>
・右にまとめたような話を「力太郎」の典型とすると、このような話のほとんどは、岩手県に伝わるものである。しかしこれと似た筋立てをもった話なら、東北地方一円に点在している。それが「雉の子太郎」で、キジの卵から生まれた少年が不思議な仲間をお供にして、鬼ヶ島に鬼退治に行くという話である。先に紹介した「かものこ太郎」という名前は、おそらくこれと無関係ではあるまい。
・「雉の子太郎」は、「桃太郎」と重なり合う部分があるため、関敬吾の『日本昔話集成』ではこれを「桃の子太郎」(桃太郎)の類話として整理している。
・「雉の子太郎」の比較的整った例として、新潟県長岡市で採録された「きじの子太郎」を挙げておこう。
・この話は、新潟県下の昔話の採集に大きな功績を残した水澤謙一によって採録されたものである。主人公はキジの卵から生まれた「きじの子太郎」である。
・これだけを見ると、桃がキジの卵になり、猿・犬・雉のお供が岩の子太郎などの「不思議な仲間」になっただけで、「桃太郎」の変わり種にすぎないようにも見える。しかし後で述べるように、これら不思議な仲間のあり方が、実は「力太郎」と「桃太郎」との最大の相違点なのである。
・「雉の子太郎」は、長岡市の東にあたる福島県大沼郡昭和村にもある。
・ここにも「桃太郎」の影響がみえている。しかし、家来が化け物の鼻の穴にすすりこまれるというくだりは「力太郎」のいくつかの類話にもあるもので、「雉の子太郎」は岩手を中心に広がる「力太郎」と関係深い物語ということができよう。
<鬼のキモを失う話>
・「雉の子太郎」は、「力太郎」の本拠地たる岩手県にもあった。
・冒頭は長岡の「きじの子太郎」と同じである。ただ鬼退治の目的が、妻の病気を治すために鬼のキモを取りに行くということになっている。途中で家来にする竹の子太郎、岩の子太郎は、明らかに「力太郎」の不思議な仲間の同類であろう。
・ところがこの不自然に見える末段にも、やはりそれなりの広がりあったらしい。秋田県北秋田郡阿仁町(現北秋田市)に伝わる「きじない太郎」という話を見よう。
・きじない太郎とは、雉の子太郎のことであろう。
・いずれにしても「雉の子太郎」の中には、鬼退治の後、奪われた身体の一部を鬼が取り戻すというくだりをもつ話があったらしい。
<3、「桃太郎」のような「力太郎」>
<桃内小太郎>
・新潟県の長岡や岩手県の岩泉に伝わる「雉の子太郎」は、主人公が鬼ヶ島に鬼退治に行くという、「桃太郎」の影響を思わせる話だった。ところが秋田県には、さらに「桃太郎」に接近した話が伝わっている。
・全体はこの地方で語られている「桃太郎」である。ところが面白いことに、「桃太郎」のお供の定番である犬、猿、雉の他に、石切り坊主・柴引き坊主という不思議な仲間が現れる。
<「力太郎」と「雉の子太郎」>
・東北地方一円に伝わる「力太郎」とそれに似た「雉の子太郎」、そしてそれらが「桃太郎」的に変化したような話(いま仮に、これを「桃根子太郎」と呼んでおこう)は、主題と特徴的なモチーフを共有している。本書では、それらをまとめて「力太郎」と呼んでおきたい。岩手県の「力太郎」を狭義の「力太郎」とすると、広義の「力太郎」である。
<4、「力太郎」の形式>
・さて、「力太郎」の全体を見渡してみたところで、「力太郎」を構成するモチーフや挿話について、詳しく見ておこう。
(1) 異常誕生
・異常誕生は「力太郎」の重要なモチーフである。「桃太郎」の誕生が極めて定型的(桃からしか生まれない)なのとは対照的に、「力太郎」の誕生は話によってまちまちである。
(2) 異常な性質
・異常誕生モチーフは変化に富むが、大食で怪力という主人公の性質は、「力太郎」の類話に共通している。
(3) 旅立ち
・主人公は必ず旅立つ。しかし家を出る動機はまちまちである。
(4) 不思議な仲間
・「力太郎」の最も印象的な部分は、主人公が旅の途中で出会う「不思議な仲間」たちである。仲間は二人であることが多い。
(5) 化け物退治
・化け物退治には二つの系列がある。一つは岩手県の「こんび太郎」のような、化け物に食われるところだった娘を助けるために、化け物の出現を待ち受けるタイプ。もう一つは、「雉の子太郎」のように、鬼ヶ島に出かけるタイプである。
(6) 結婚(帰還)
・「こんび太郎」では、主人公を助けた娘と結婚する。一方、鬼ヶ島に出かける「雉の子太郎」では娘は登場せず、したがって、娘との結婚を説かないのが普通である。
・何度もくり返すようだが、「力太郎」は、有名なわりに日本の昔話としては珍しいものである。古典説話にも類話はなく、現代までに採集された類話もそれほど多いわけではない。しかし「力太郎」は、日本の昔話研究史上、重要な意味を与えられてきた。それは日本の昔話を代表する話、つまり、「桃太郎」成立の謎をとくための鍵だと考えられてきたからである。
<「力太郎」は「桃太郎」の原型か>
<1、「力太郎」と「六人組の世界旅行」>
<「力太郎」の系統>
・さて、「力太郎」である。いま、われわれが追及する「力太郎」は、国際的に見ていかなる昔話と対応しているのだろうか。
関敬吾の『日本昔話集成』では、「力太郎」を国際的昔話のタイプ番号AT513に対応するとしている。AT513は、「六人組の世界旅行」という話である。これは世界的に伝わる有名な話で、主人公がさまざまな能力をもった男たちの援助によって、王の難題を解決し、王女と結婚するという話である。
・(「桃太郎」は)加賀、越前に採集された「桃太郎異伝(異譚)」を媒介とすれば、主として東北地方に伝承する「ちから(力)太郎」の昔話に結びつく。力太郎も異常誕生児で、ときとしては桃から生まれている。主人公は急速に成長し旅に出る。途中で、動物に変わる異常な能力をもつ仲間を従者として、協力して化物に誘かいされた娘を解放して結婚している。
グリムでは「六人組」「六人の家来」……などの名で広く分布するアジア・ヨーロッパ型と同系統の話である。……桃太郎は極東島国におけるこの系統の昔話の派生型である。
・ここで関は、「力太郎」の系統について、重要なことを述べている。つまり「桃太郎」が「力太郎」と同系統であるということ、そして「力太郎」が『グリム童話集』の「六人組の世界旅行」とも同系統である、ということである。そこから関は、「桃太郎」は「六人組の世界旅行」の「極東における……派生型」だというのである。
・「六人組の世界旅行」→「力太郎」→「桃太郎異伝」→「桃太郎」ということになり、「桃太郎」はみごと世界的な「六人組の世界旅行」とつながる、というわけなのである。
<「六人組の世界旅行」>
・この話と「力太郎」の共通点は、「主人公が旅をする」「旅の途中で特異な力を持つ仲間に出会う」「仲間とともに課題を果たす」という点である。
・「力太郎」に登場する不思議な仲間は、化け物退治の役にたたず、それどころか足手まといにしかならない。極端にいえば「力太郎」に仲間は不要なのである。ではいったい、彼らは何のために登場するのか。
ここに「力太郎」の正体を明らかにする鍵が隠れていると私は考えている。
<2、「桃太郎異譚」と「太郎次郎三郎」>
<「桃太郎異譚」>
・「力太郎」と「桃太郎」とは、たしかに似た話である。双方とも主人公は異常誕生児であり、急速に成長し、力持ちである。そして双方とも旅に出て、途中で出会った複数の者を仲間にし、最後には化け物(鬼)を退治する。
・つまりこの加賀の「桃太郎異譚」は、東北地方一円に広がる「雉の子太郎」の、北陸地方における重要な類話なのである。おそらくその背後には、かつて東北地方から北陸地方にかけて広がる大きな伝承があったものであろう。
<「太郎次郎三郎」>
・この話の最大の特徴は、先の「桃太郎異譚」にはない、兄弟が化け物を追いかけるくだりである。
・桃から生まれた桃太郎という若者が、二人のお供をしたがえて鬼ヶ島から鬼の牙を取ってくるという加賀の「桃太郎異譚」。そしてやはり桃から生まれた太郎が兄弟と一緒に化け物退治をして娘を助けるという、さらに一歩「力太郎」に近づいた「太郎次郎三郎」。これら二つの話は、「桃太郎」を「力太郎」と結びつけ、ひいては「桃太郎」を「六人組の世界旅行」と結びつけるための、格好の話だった。
<3、「山行き型・桃太郎」とは何か>
<山行き型>
・中国地方から四国にかけて、「山行き型」「寝太郎型」などと言われる「桃太郎」が伝わっている。これは一般的な「桃太郎」とはまったく異なった話で、主人公の桃太郎は怠け者である。
<4、変わり種の「桃太郎」と「力太郎」>
<小泉小太郎>
・さらに長野県小県郡に伝わる小泉小太郎の伝説も、「山行き型」と無関係ではないだろう。
<中国大陸に「力太郎」を求めて>
<1, 比較民話学と中国少数民族>
<昔話の類似>
・今からしばらく、「力太郎」の類話を求めて、中国辺境地帯に住む少数民族に伝わる昔話のあれこれを見てゆこう。
<「力太郎」の類話の伝承>
・「力太郎」を考えるにあたっても、異常誕生、異常な大食、木を引き抜いて持ち帰るほどの怪力、旅立ち、「不思議な仲間」との出会い、怪物退治等々、「力太郎」の類話群を構成する挿話やモチーフ、特徴的な要素をもった類話をできるだけ広く集め、比較する必要がある。
・日本の昔話でも、韓国の昔話と一致する話が多いことはよく知られている。ところが「力太郎」に限っていえば、日本と地理的に近く、歴史的にも強いつながりのある韓国や中国(漢民族)の昔話の中には、これと似た話をほとんど見出すことができない。「力太郎」は、日本で生まれた話なのだろうか。
<2, 中国西北少数民族の類話>
<ユーグ族の伝承>
・「力太郎」のような単純な昔話とは比較にならないほど、起伏に富んだ面白い物語である。
<白馬チベット族の伝承>
・四川省と甘粛省の境界地域に住み、古代の「氐(てい)」の末裔といわれる白馬チベット族にも類話がある。
<新疆ウイグル自治区の類話>
・ウイグル族の有名な民話に「アイリ・クルバン」がある。
・いずれにしても中国西北部の少数民族のあいだには、「力太郎」と似たモチーフをもった物語がまとまった広がりをもって語り広められていたのである。
<3,中国西南少数民族の類話>
<プミ族の伝承>
・この地方に伝わる話は、西北少数民族の類話とくらべ変化が大きい。不思議な仲間の部分こそ発達していないが、「力太郎」と比較すべき重要な趣向を備えている。
<チベット族の伝承>
・老夫婦が子どもを捨てようとするのは角が生えてきたからだという。
<イ族の伝承>
・8百万近い人口をもつイ族は、かつて奴隷制をもっていたことでも知られている。
・いずれにしても雲南諸族の類話では、異常誕生児は大食いで、そのため父親が子どもを山に誘って殺そうとあれこれ試みるが、子どもは怪力によって仕事を果たす、というのが一つの定型になっている。
<ミャオ族の伝承>
・ただ主人公が桁外れの大食いであること、そして旅立ちに際して「三千斤の大きな弩(いしゆみ)」を作ってもらうところは、「こんび太郎」とそっくりである。
<中国少数民族の「力太郎」>
・中国大陸西北部か西南部に住む少数民族の間には、「力太郎」と同じようなモチーフを持った類話郡があった。
いま、その基本形式をまとめてみると以下のようになる。
(ア) 異常な誕生(馬から生まれる・婆の瘤から生まれる)をした主人公がいる。主人公は家を出る。(爺は主人公を殺そうと企む)
(イ) 主人公は旅の途中、不思議な(石や木の中から現れた)男たちと出会い仲間になる。
(ウ) 主人公たちは一緒に住む。
a,留守の間に三人の娘が鳥になってやって来、食事を作る。主人公たちが、娘を捕らえ、それぞれの妻にする。
b,一人が食事の準備(留守番)をする。
(エ) a,化け物がやってきて妻たちの血を吸う
b,化け物がやってきて食事を盗む。仲間が順に待ち伏せるが敵わない。主人公が化け物を撃退し、仲間と一緒に逃げた化け物の血の跡をたどる。
(オ) 化け物は深い穴の中に逃げ込む。主人公が一人で穴の中に入る。主人公は穴の中で化け物を殺す。主人公が宝物を外で待っていた仲間に渡すと、仲間は綱を切って主人公を穴の中に置き去りにする。
(カ) 主人公は鳥などの援助(魔法の種の成長)によって穴から脱出し、仲間に報復する。
<4,チベットの「屍鬼物語」>
<チベットの『屍鬼物語』>
・チベットにはインドの『屍鬼の物語』の系統を引く『屍鬼物語』という説話集がある。
・牛頭人身の子が生まれたので、マサンヤルカタと名付ける。
<モンゴルの『シッディ・クール』>
・このようにしてみると、チベット語で著され、モンゴル語・満州語に訳された『屍鬼物語』には、いずれも牛頭人身の主人公マサンヤルカタによる冒険の物語が収められており、このような物語がチベット語、モンゴル語、満州語を通して、それぞれの民族のあいだに語り広められていたのである。
・われわれは日本の昔話「力太郎」の類話を追い求めて、中国西北部から西南部の少数民族に伝わる「マッサン」について検討してきた。チベットの説話集に「マッサン」と同一類型の物語が収められていたとすると、これを無視するわけにはいかない。
<「力太郎」の比較民話学>
<1, 異常誕生モチーフ>
<異常誕生>
・一方「マッサン」では、中国西北類話群と西南類話群のあいだで大きな違いがある。西北類話群では、主人公は馬から生まれるというのが一般的である。チベットの「屍鬼物語」でも、飼い主の男が牝牛に生ませた牛頭人身の怪人になっている。
・ここで大事なことは、爺婆の身体の一部から異常な力をもった子どもが生まれるという異常誕生モチーフが、日本の「力太郎」だけでなく、中国大陸(西南部)の「マッサン」にも結びついているということなのである。
<大食い>
・「力太郎」では主人公は急速に成長し、大食いのあまり家を追い出される。
・主人公の大食いは、西南中国の「マッサン」でも同じである。
<2, 父親の殺意>
<山から大木を落とす>
・「マッサン」の西南類話群では、このように大木を落として殺そうとする父の企みに対し、怪力の子は山から大木を担いで帰ってくるのである。
<殺すための難題>
・地元の有力者が異常誕生児を殺すために難題を出すことになっている。
<「山行き型・桃太郎」の意味>
・この話では怠け者の桃太郎が、怪力を発揮して大木を根扱ぎにして帰るところが話の中心になっている。
<3, 不思議な仲間たち>
<不思議な仲間>
・「不思議な仲間」を比較の焦点にすると、「力太郎」と「マッサン」のつながりは明らかである。
<仲間の力>
・「力太郎」では、旅に出た主人公が「不思議な仲間」と出会うたびに、力試しをして勝つ場合が多い。
<消える仲間>
・さらに注目すべきは、不思議な仲間が消滅する部分である。
・石と樹から出た男たちは、最後にまた石と樹に戻ってゆくのである。
<4, 化け物退治と役に立たない仲間>
<役に立たない仲間>
・「力太郎」に登場する不思議な仲間は、肝心の化け物退治でも役に立たず、むしろ主人公の足手まといになる。
<主人公に助けられる仲間>
・雲南省のリス族には、仲間たちが主人公といっしょに化け物を攻撃するという珍しい話がある。
<化け物の追跡>
・「マッサン」に見える化け物を追跡するくだりは「力太郎」には見えないものだが、「力太郎」の類話の中にも、わずかながら化け物を追跡する話がある。すでに何度か紹介した、福井県勝山市の「太郎次郎三郎」がそうである。
<5, 「力太郎」とは何か>
<「力太郎」と「マッサン」の一致>
・いま、日本の「力太郎」と中国少数民族に伝わる「マッサン」に見える、数々の共通点について見てきた。
「力太郎」のような単純な物語であれば、部分的に一致する物語など、どこにでもあると思われるかもしれない。
・それゆえ、「力太郎」が「桃太郎」の原型とされることもあったのである。
<「力太郎」と「マッサン」の母胎>
・記紀神話以降、日本の数多くの説話集の中には、世界的な広がりをもって展開する物語を見いだすことができる。ユーラシア大陸を流れる大きな物語の潮流が、日本に届いていたことは間違いないことである。
<「力太郎」とは何か>
・今日「力太郎」は、単純な筋立ての割には力強い面白さによって、国民的に親しまれる物語となっている。かつて中国大陸で広まり、今なお辺境の少数民族のあいだに流布している英雄の物語は、日本にも伝わったと思われる。
<沖縄の「力太郎」>
<1, 宮古群島の伝承>
<日本に伝わった「マッサン」>
・日本の昔話として知られている「力太郎」は、中国大陸の少数民族に伝わる「マッサン」の前半部分が独立したものである。
<卵から生まれた兄弟>
(例話32)
・ナガピシという干瀬(ひし)から恐ろしい赤い牡牛が来て、人間をすべてさらって行ったという。
<2, 祭祀を要求する神>
<山神譚の由来>
・その一つに「山神講由来」という話がある。
① 神への祭祀をやめてしまった村がある。
② 怒った神が化け物になって村を襲う。
③ そこへ英雄が現れて化け物を懲らしめる。
④ 化け物の姿をした神が、祭祀が途絶えたために村を襲ったと言ったので、村では再び祭祀を行うようになった。
<カナデコ八郎>
・このようにしてみると、「山神講由来」は、「力太郎」とは違い、沖縄、九州、中国地方と、西日本中心に分布しているようである。
<3, 「山神講由来」と「力太郎」>
<化け物の追跡>
・「山神講由来」からその外枠である「祭祀由来」の部分をはずしてみると、少なくとも前半は「力太郎」そのままである。
<さらわれた村人>
・「山神講由来」では、村人は化け物にさらわれ、彼らは英雄によって解放されたという。
<4, 中国の類話との比較>
<「山神譚由来」と「マッサン」>
(1) 主人公
(2) 不思議な仲間
(3) 妻の獲得
(4) 化け物
(5) 弱い仲間
(6) 化け物の迷走と追跡
(7) 異界訪問と化け物退治
(8) 異界からの脱出と報復
(9) さらわれた村人
<ミャオ族の蚩尤(しゆう)伝承>
・英雄が二人の仲間を連れ、化け物を退治する話である。
<ユーラシアを覆う巨大伝承>
<1、「三人のさらわれた姫」>
<「マッサン」の背景>
・このような「巨人伝承」は、複数の枝に分かれながら、太い枝からさらに細い枝を伸ばし、また他の昔話とも複合しつつ、さながら巨大な蔓草のようにユーラシア大陸をおおっている。「マッサン」は、このような巨大な伝承から分かれた一つの枝に他ならない。
<三人のさらわれた姫>
・では「マッサン」の大元にあたる巨大伝承とは何か。
それは世界的な広がりをもつ「三人のさらわれた姫」という昔話である。
・王が三人の娘を地下世界に追放する。
<「地面の下に住む一寸法師」>
・このタイプの最も有名な例は、「グリム童話集」の「地面の下に住む一寸法師」である。
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