非民主国家が日本の周りに三つも存在して、しかもそれが束になってかかってくる恐れがあるわけだから、どうしてもGDP比3%の防衛費をつぎ込んで国を守らなければいけない。(2)
(2024/10/16)
『アベノミクスは何を殺したか』
日本の知性13人との闘論
原真人 朝日新書 2023/7/13
・この国にたまる、巨大な崩壊のマグマ。残された選択は、アベノミクスからの脱却しかない!
財政悪化をものともせず、国の借金を膨らませ、日銀の紙幣発行を「打ち出の小槌」のように扱う……。なぜこれほど異端で、危険な政策が10年超も続けられたのか。
<はじめに>
・アベノミクス生みの親の安倍は選挙遊説中に襲撃され、命を奪われた。その不穏な時代の空気も、戦前的な政策のありようも、今なお続いている。
言論への執拗な攻撃は、私だけに起きた特別な出来事ではない。
<すべてはクルーグマンから始まった>
・アベノミクスを語るときに、欠かすことのできないキーマンがいる。米国の経済学者、ポール・クルーグマンだ。
・内容はこうだ。日本は「流動性の罠」に陥っている。その罠から抜け出すのは容易ではない。日本政府が取り組んできた財政政策や構造改革では難しい。ではどうすればいいか。唯一の方法は、ゼロ金利まで下げきって無効になってしまっている金融政策を有効にするために、マイナスの実質金利を生み出すことだ。そのためには中央銀行(日本銀行)が「無責任」であることを約束し、人々に「インフレ期待」を作り出すことが必要だ――。そんな趣旨である。
・それが日本で現実のものとなった。1999年、日銀は世界で初めてゼロ金利政策に乗り出す。それでも、日本経済が目に見えるかたちで活気を取り戻すことはなかった。
・安倍はのちに自民党のアベノミクスに賛同する議員の集会で、「思い切った政策をやるときには権威が必要だ。クルーグマンやジョセフ・スティグリッツが支持してくれたことは大きかった」と振り返っている。安倍は2016年に消費増税を延期する際にも、クルーグマンらを官邸に呼んで、延期論の旗印として彼らの提言を利用している。
<安倍政権をとりまいた非主流のリフレ派>
・クルーグマンが権威を与えたことで、もともと「貨幣数量説」を根拠にリフレ論を唱えていた国内の学者たちは大いに活気づいた。
・実はクルーグマン自身も、リフレ派のような単純な量的緩和を唱えていたわけではない。持続的なマネタリーベースの引き上げによって「インフレ期待を引き起こす」という点に重きを置いていた。
・ノーベル賞受章者のクルーグマンはリフレ派にとって格好の広告塔だった。とはいえ、クルーグマンのノーベル賞受賞のテーマは国際貿易論と経済地理学であり、「流動性の罠」にかかわる金融緩和や不況理論がテーマではなかった。
<「日本への謝罪」クルーグマン>
・クルーグマン自身はリフレの「聖書」のような存在であった「日本の罠」の論考を、のちに「私にとって最高の論文の一つ」と振り返っている。だが、アベノミクスが始まって1年半ほど経った2014年秋、「日本への謝罪」と題して前言を翻すような論考もホームページに掲載している。そこではこんな説明をしていた。
「終わりの見えない停滞とデフレに苦しんでいた日本の政策を欧米の経済学者たちは痛烈に批判してきた。私もその1人だったし、バーナンキもそうだったが、謝らなければいけない。欧米も日本と同じように不況に陥っている」
・「日本の罠」で主張していたような、金融緩和が不足していた日本だからデフレに陥った、という批判は間違いだったと認めたのだ。日本経済に特有な問題ではなく、実は先進国に共通する問題かもしれないと述べている。
<成長幻想も経済大国の誇りも、もういらない>
・以前、TPPの是非をめぐって、TPP反対論の佐伯に対し、私がTPP賛成の立場で論争を挑むという形のインタビューをしたことがあった。
・その後、世界は米国と中国の激しい経済対立、コロナ危機、ウクライナ戦争などが起きて、ある意味では佐伯がグローバリズムの未来に悲観的な見通しを示した通りに動いてしまったように思える。
<佐伯啓思 ●アベノミクスをなぜ見放さないか>
――社会に漂う不穏な空気もどこか戦前に似てきています。安倍晋三・元首相の殺害事件がまさにそうです。
佐伯:不穏さ、ですね。戦争前に似ていると言う人も多い。だけど僕はやはり状況は少し違うと思う。
佐伯:それから安倍元首相殺害事件の特徴は、安倍さんを狙った犯人の政治的意図は皆無なのに、結局は標的が安倍さんにいってしまったという点にあって、非常に妙なことでした。
<“失敗だと断定できない”>
――佐伯さんは、現代は「世界中が資本主義化している」と指摘しています。その権化のような思想が「アベノミクス」だったのではないですか。マネー中心であり、カネさえばらまけばうまくいく、という考え方です。
佐伯:それはむしろアベノミクスに対する過大評価でしょう。資本主義を定義すれば、基本的にはお金を運用し、資本を拡大して新たなフロンティアをひらくことです。
――ブッシュ(父)大統領が自動車大手の米ビッグ3のトップを引き連れて来日し、日本に米国製品を輸入するよう求めてきたこともありました。
佐伯:日本に進出した米玩具小売りチェーン「トイザらス」の店にまで視察に行きました。
佐伯:しかし、政治はあくまで相対的なものでアベノミクスにも一定の評価はすべきだと思います。批判はいくらでもできますが、では他にどのような改革がありえたのか。あの程度でも、それまでと比べれば、かなり経済のムードを変えました。
・そして第2次安倍政権は、基本的に、しかも大規模に米国の真似をしたと言ってよいでしょう。米国からの示唆があったのだと思います。
・なぜ日本の経済政策の立案に対してわざわざ米国の経済学者を招くのか、と思いました。まあ、日本の経済学者の大半は、米国の受け売りですから仕方ないのかもしれません。でもこれが実態です。米国の経済学者の考え方を、安倍さんは全面的に受け入れたのです。
・しかし、政治はあくまでも相対的なものでアベノミクスにも一定の評価はすべきだと思います。批判はいくらでもできますが、では他にどのような政策がありえたのか。あの程度でも、それまでと比べれば、かなり経済のムードを変えました。
――いや、やらない方がマシだったのではないですか。安倍政権によって財政は悪化しました。先の参院選では全野党が消費税廃止か消費税引き下げを求めるような風潮を作ったのも安倍政権です。
――しかし日本にはその後も「大胆にやれ」と言っていた。これでは日本市場を実験場扱いしたようなものです。それを真に受けたアベノミクスは日本に無責任さを蔓延させ、政治を壊してしまったのではないですか。
佐伯:僕は、ほとんどあなたと結論は同じです。それを前提に、いくつか流れを確認しておきましょうか。アベノミクスがうまくいったかどうかは非常に難しい問題です。
・一方、雇用状況も良くなりました。デフレはいちおう脱却できています。いま起きているインフレは米欧ほどひどくはない。その点では成果がなかったとは言えません。しかし実態経済はよくなっていません。所得格差も開いています。その点ではマイナスは大きいです。つまり成功とはとても言えないが、失敗と断定するのも難しいという中途半端な結果です。
一番の問題はアベノミクスのいわゆる第3の矢、成長戦略だと思います。
<矛盾する「第1の矢」と「第2の矢」>
――アベノミクスをやらなかったとしても、そして異次元緩和をやらなくても、おそらく世界景気の波に乗って日本の景気は良くなっていたはずです。雇用だって、人口動態などさまざまな要因で上昇基調に乗るべくして乗った面がある。安倍政権は単にその波に乗った、ツイてる政権だったのではないですか。
<エリートの背信が国民益を損なう>
・金融緩和のレベルを上げるような直接圧力をかけられた日銀、国債市場や外国為替相場の安定に直接かかわる財務省の幹部たちは、大いに危機感を募らせていた。このままつっこめば日本経済に何か不測の事態を招きかねない。それほど危うい政策だと受け止められていた。
<「白」と「黒」のはざまで揺れる日銀>
・そのころまさにアベノミクスのエンジンとなる役割を申し渡された日銀でも、組織的な動揺が広がっていた。リフレ政策に賛同することで安倍から日銀総裁に指名された黒田東彦が2013年3月、日銀総裁として着任した。
・そこで職員たちは白川支持派を「白」、黒田体制に付き従ってリフレを支持する者を「黒」と隠語を使って呼ぶようになった。
<門間一夫 ●「効果なし」でも、やるしかなかった>
・最初からうまくいくとは思えなかったが、政権と日本社会による「日銀包囲網」のなかではやるしかなかった――。当時そう振り返るのは、元日銀理事の門間一夫である。
――門間さんは著書やインタビューに答えて「異次元緩和は最初から効果がないとわかっていたが日銀はやるしかなかった。しかも全力でやりきるしかなかった」とおっしゃっています。たいへん正直な説明ですが、つまりそれは、日銀が生き残るために日本経済を犠牲にした、ということではないですか。
門間:それはちょっと違うと思います。日銀が生き残るためというより、中央銀行への信頼がない状態は国民にとって不幸だということです。
・もう一つは、日銀が全力を出してデフレに向けてできることを全部やりきる、というところまでいかないと、構造改革がより重要だという議論にもっていけません。「金融緩和が中途半端だから日本が成長しない」という間違った議論がなくならないからです。経済論壇に議論の整理をしっかりしてもらう環境を作る意味でも、日銀にはまだできることがある、という余力を残しておくのはいいことではないと思います。
――日銀の本音として、きわめて正直な説明ですね。日銀の現職幹部たちも以前ならそんなことは口が裂けても言いませんでしたが、門間さんが最近そういう説明をメディアでするようになったためか、同じ趣旨のことを言うようになりました。
門間:私は最初からそう思っていましたよ。それ以外に(異次元緩和を)やる理由はないですからね。日銀の政策によって(物価目標の)2%になんかならないし、日本経済が良くなるなんて思っていませんでした。
――それは日銀内で共通した理解だったのですか。
門間:この議論はもともと1998年からありました。そのころはそうでしたね。200年10月に日銀政策委員会が「『物価の安定』についての考え方」という文書を公表していますが、そこに「物価の安定というのは数値では表せない」とはっきり書いてあります。だから物価目標はもたない、と。それが日銀の正式見解でした。ところがそこから15年間、それが世の中に受け入れられませんでした。そして13年の異次元緩和へと向かうわけです。
<リフレ論を本当に信じていた黒田総裁>
――近年の「デフレ問題」という設定はおかしかったと思います。80~90年代前半にはむしろ日本の物価が高い「内外価格差」が社会問題となり、その是正が社会的課題でした。物価をもっと下げろ、と。それが10年前には議論が逆転し、物価を上げろという議論になりました。何かがおかしいですね。
門間:私もそう思います。それがおかしいと日銀が国民を説得できなかったということです。
<日銀を縛ったのは共同声明でなく「空気」>
――植田日銀にとっては「2%目標」を示した政府・日銀の「共同声明」の見直しも焦点となります。
門間:日銀は、最初は2%をめざして全力で緩和を進めるしかありませんでした。
<のちのち「政策ミス」とつっこまれない修正が必要>
――日銀が一度でも利上げに動けば、あとで失速した場合、「早すぎた利上げ」だと批判されかねないと指摘されていますが、今後もそうですか。
門間:YCC(イールドカーブ・コントロール)の撤廃は利上げではない、という理解を世に浸透させるのが植田新総裁にとって一番大事なところです。
――門間は、黒田日銀の10年について異次元緩和がうまくいかないことは予測できたが、やることは避けようがなかった、という立場である。どういうことなのか。
<「金融市場は支配できる」という黒田のおごり>
――日銀が理想的なイールドカーブや長期金利を「コントロール」する、と言ってしまったのは日銀のおごりだったのではないですか。もともと日銀は「中央銀行に短期金利はコントロールできるが、長期金利はできない」と言っていたのに、なぜ急にそうなってしまったのか。
門間:私も日銀がYCCを持ち出したとき、本当にびっくりしました。
・ちなみにやはり長期金利操作を導入したオーストラリアの中央銀行は「イールドカーブ・ターゲット」と言っていました。ターゲットでも、やることはコントロールと同じです。その豪州中銀は出口で大失敗しました。そのくらい無理のある政策です。
<供給力さえ維持していれば財政破綻しない>
――黒田日銀は500兆円近い国債を買い上げ、事実上の「財政ファイナンス」をやってきました。これは、とんでもないことではないのですか。
門間:金融機関の収益源を吸い上げたということで言えば、とんでもないことです。ただ、別に財政規律に関連する話ではありません。ましてや、それで日本がダメになるとか、いずれ円が暴落するとか、そうういう話ではぜんぜんないと思います。
――日本は自然災害リスクがたいへん大きい国です。大震災だっていずれ必ず起きるでしょう。そのとき財政が悪化していたら復旧する力だって失われてしまうのでは?
門間:いや、最終的には供給能力さえ確保できれば必ず経済は復活し、そのときの税収でファンディング(財源、資金調達)できます。
<マクロ政策より国内の成長ストーリーを>
――門間さんは「将来不安」が消費を委縮させている問題に関心をお持ちですね。将来不安には長寿化も影響しているのではないでしょうか。
門間:将来不安というのも、その中身は人によります。本当に切り詰めないと生活が不安だという人もいるでしょうし、貯金がたくさんあって「もっとあればより安心」と考える人もいるでしょう。
<ブレーキがないからアクセルを踏めない>
――財政や金融政策というマクロ政策は日本の競争力にあまり関係ないのですか。
門間:金融政策はあまり関係ありません。でも成長戦略は大いに関係ありますし、成長戦略には財政もかかわります。その意味において財政も一部関係します。
<「最強官庁」財務官僚から不協和音がもれ出る>
・ところが、第2次安倍政権の7年半で、そのありようは様変わりした。
官邸主導の予算バラマキ路線に、主計局が積極的に手を貸す事例が出てきたのだ。
<「韓信の股くぐり」と指摘した大物OBの苦言>
・主計局と主税局の間で、あるいは各局内で意見が対立することはこれまでもしばしばあった。ただ、一度省内で決まったら不満は外に持ち出さない、というのが財務省の不文律である。そうでないと他省庁や政治家がつけ入る隙が出る。予算や税はきわめて政治的なテーマだ。組織として弱みを見せれば政治的な介入を受けやすくなる。
<財務省嫌いの官邸とどう向き合うか>
・安倍はもともと財務省嫌いで知られる。それどころか、23年2月に発売された『安倍晋三回顧録』でわかるのは、異常なほどの財務省への不信、猜疑である。
<柳澤伯夫 ●正論を吐かぬ主計局の責任は大きい>
――アベノミクス、異次元緩和をどう評価しますか。
柳澤:日銀の異次元緩和は(2018年時点で)5年たっても、黒田東彦総裁が掲げたインフレ目標を達成するにはほとんど効果を生みませんでした。リフレ政策がなぜ効かないかを解明することに経済学者はもっと力を尽くすべきでした。
我々の世代は単純化されたケインズ理論にかなり影響を受けていたかもしれません。故宮沢喜一元首相がそうでした。株価が下がると「政府が(株を)買えばいい」と言う。財政支出がオールマイティーだと思っていたみたいでした。あれほど頭のいい方がそう単純に考えるのが不思議でした。
・政治はもともとレベルが低く、期待はできません。がんばらないといけなかったのは大蔵省と、その理論的支柱となる経済学者です。彼らがもっとちゃんと論陣を張ってくれていれば……。
――これから何が必要ですか。
柳澤:今後は歳出を見直す必要があると思います。いくら消費増税をやっても、歳出がザル状態ではどうしようもない。毎年度の政府予算はいま100兆円規模ですが、そんなバカな、と思うほどの規模です。そこまで膨らませてしまった財務省主計局の責任は大きい。
――大蔵省の昔から、財政当局は嫌われるのが常である。汚職や不祥事でたたかれたのは論外だが、財政を巡っては、長らく「良き嫌われ役であれ」というエールがこめられた批判が多かった。
・財政が破綻せぬよう目を光らせる番人の力が損なわれることを、国民はもっと恐れるべきだ。
・アベノミクス以前と以後では、残念ながら「社会の木鐸」であろうとしたエリートたちの世界も様変わりしてしまった。
柳澤:僕は黒田日銀の罪は大きいと思う。本来ならこの財政状況に国債市場が反発して、むちゃくちゃやるなというシグナルを出すべきだが、そのシグナルを日銀が(国債買い支えで)止めちゃたからね。黒田総裁が先日の記者会見で、日銀の国債大量保有について「反省していない」と言っていたのは、本当にひどいと思った。
<石原信雄 ●「官邸の大番頭」が語る官邸と官僚>
・もしかすると誰が官邸の主になっても、危機管理の出来はいつだってその程度のものなのかもしれない。およそ政府というものは、いざという時にたいして役立たぬものと割り切るべきなのか。
――コロナ対策の番頭が多すぎたのでしょうか。
石原:厚生行政に通じた大臣が多いこの顔ぶれから見れば、もっと早くワクチン接種をやれてもよかったのではないかと思いますが、なぜできなかったか。よくわからないですね。関係者の連携が良くなかったのか。
石原:阪神大震災では初動が遅れたと批判されたが、あのときは通信が途絶えて貝塚俊民兵庫県知事からの連絡が遅れたという事情がありました。
・あのときの危機対応は阪神地域が対象でしたが、今回のコロナ危機は全国です。さらに大変な事態です。それなのに、あのときのように官邸に非常対策本部ができたという話は聞いていません。そこはやや手ぬるいという感じがします。
<官僚の力を削いでいる歪んだ「政治主導」>
――官僚機構も以前ほど機能していないように見えます。
石原:官僚は昔に比べ、権限を骨抜きにされました。1996年の橋本行革以来、政治主導が掲げられ、役人は政治家の指示に従えばいい、重要な政策判断をすることはまかりならん、ということになりました。
石原:私は政治主導というのは、重要施策は政権担当者が決め、それを官僚がフォローする、というやり方が最もいいと思います。
・官僚組織が強かった時代の役人は、各行政各分野で自分の責任において実行するという意識が強かった。しかし今は「政治家に決めてもらえば、お手伝いはする」というように当事者意識が薄くなっています。
石原:役人には責任を持って対応するという意識をもってもらいたいし、同時に役人に権限も与えないといけないと思います。
・日本にコロナ災害というのが起きたのは、政治体制の強化の裏で行政の弱体化が進んだ一つの結果だと私は見ています。
――官僚人事を官邸が掌握するようになったことも原因ですか。
石原:内閣人事局ができて、省庁の幹部人事を官邸が掌握するようになりました。そのことが官僚組織の取り組みに微妙な影響を与えています。所管行政について役人が我がこととしてただちに取り組むのが遅れちゃっているわけです。
石原:行政分野ごとに誰が一番適任かは各省が一番よくわかっています。官邸は全体を見るが、実質的には各省の人事案を尊重し、それを官邸がオーソライズするというやり方がいい。
<政権交代でも官僚人事いじらず>
石原:私は官房副長官として自民党政権にも非自民党政権にもお仕えしましたが、長い目でみれば政権交代があったほうがいいと思います。
・『安倍晋三回顧録』にも、はっきり安倍の言葉で財務省への不信が記されている。
だが、そのような陰謀論を持ち出す前に考えてほしいのは、各省庁は政府内組織であり、官僚は首相の「部下」であるという事実だ。政権が政策のパフォーマンスをあげるために使いこなす「手足」である。
<モノあふれる時代の「ポスト・アベノミクス」>
<水野和夫 ●アベノミクスの本質は「資本家のための成長」>
・まずは「資本主義は終焉した」と喝破する経済学者、水野和夫の話を聞く。
――「アベノミクス」とは歴史的な視点からはどう位置づけられる試みだったのですか。
水野:すでに終わってしまった近代を「終わっていない」と勘違いしている人たちが作った支離滅裂のフィクション(幻影)と言えましょうか。
水野:この20~30年で起きたのは、資本は成長しているけれど賃金が下がっている、ということです。「成長があらゆる問題を解決する」というのはいまや資本家だけについて言えることです。その背後で働く人々は踏み台にされ、生活水準を切り詰めることを迫られています。先進国はどこも一緒です。
――成長で人々は豊かになれなくなったと?
水野:アベノミクスが失敗したのは、そもそも近代の土台となってきた、中間層を生み出す仕組みがなくなってしまっているためです。
・当時、日本企業の平均的なROEは5~6%でした。つまりアベノミクスというのは「ROEを5%から8%に引き上げよ」という資本の成長戦略だったのです。安倍政権は、成長の主語が資本家だということを隠していたのではないでしょうか。
――第1の矢(金融緩和)が資本家のための成長戦略だったとしても、第2の矢(機動的な財政出動)で労働者らへの分配を念頭に置いていた可能性はないですか。
水野:ちがうと思います。なぜなら安倍政権は社会保障をそれほど充実させてきませんでした。機動的な財政政策というのは、異次元緩和で物価が上昇していけば、さらに機動的な財政で実弾を注ぎ込む、という程度の意味だったと思います。
<何のためのアベノミクスなのか>
――アベノミクスの第3の矢は文字通り「成長戦略」です。ただ、それは安倍政権に限らずこの何十年も歴代政権が打ち出してきたことです。経済学はここ数十年、サプライサイド(供給重視)が主流だったので、政治も経営者も「供給側さえ強くすれば景気がよくなり経済が強くなる」という発想になっています。あとはトリクルダウンで生活者も豊かになるという発想ですね。それがまちがっていたのでしょうか。
水野:供給サイド経済学の大本はイノベーションです。技術革新を起こさないといけない。近代社会のイノベーションというのは、より遠く、より速く、でした。
<めざすは明日の心配をしなくていい社会>
水野:17世紀の英国の哲学者ジョン・ロックは「所有権」の正当性を主張した人ですが、「所有権は正義でもあり悪でもある」と言っています。
――欧州の富裕層にも今もそういう思想が残っているのでしょうか。
水野:そうですね。ただ、だんだん社会が大きくなっていくと、倒れている人がどこにいるのかわからなくなる。それで生まれたが福祉国家です。
――どうしたらいいのですか。が言っているのですが、経済学の目的である「豊かにすること」はあくまで中間目標です。その先にあるのは「明日のことを心配しなくていい社会です。そのためには社会保障を充実しないといけない。
水野:経済学者のJ・M・ケインズが言っているのですが、経済学の目的である「豊かにすること」はあくまで中間目標です。その先にあるのは「明日のことを心配しなくていい社会」です。そのためには社会保障を充実しないといけない。困ったときには援助の手がさしのべられる。今なら国家によってです。
労働問題でいえば、非正規労働者が3年勤務して更新できないなんて問題も最近はあります。非正規労働、派遣制度はすぐやめるべきです。勤めている人の最大の特権は辞める自由です。だけどいまは会社が「辞めさせる自由」をもっている。これはおかしい。
<労働時間を減らしても日本経済に問題なし>
水野:次にやらないといけないのは労働時間の短縮です。ケインズは、将来の労働は週15時間になると予言しましたが、それはちょっと無理にしても、もっと短縮が必要です。
――日本人の労働時間の長さは完璧性、たとえば、商品をピカピカに磨くとかお辞儀をするとか、そういう追加的な仕事が積み重なった結果ではないのですか。
水野:付加価値につながらない仕事をいっぱいやっているからです。
――でも日本の公務員は先進国で人口当たりの職員数が一番少ないです。よく働いているとも言えるのでは?
水野:内閣府でも人手が足りない、足りないと言っていました。
<近代社会に代わる社会を作るしかない>
――社会福祉の充実には賛成ですが、それには財源が必要です。国民はその財源を税金や保険料で負担したくないから、みな「成長」という言葉に逃げているのではないですか。アベノミクスは資本家のためでもあるけれど、結局、国民も望んだ結果ではないでしょうか。
水野:そうですね。成長すれば何とかなるという刷り込みが国民に行き渡っています。
<無理に成長をめざす必要はない>
――リフォームができなくなっても、それに変わるシステムが見当たりません。
水野:そう、ないことが問題です。
<利潤を極大化しない交易をすればいい>
――アベノミクスはやりすぎでしたが、資本主義で豊かな人口が増え、おかげで寿命が延び、生活水準が上がったのは確かです。戦争も減りました。資本主義をやめたら、また暗黒、戦争、貧困の時代になりませんか。
水野:ロシアのプーチン大統領は、国内が貧しいから内政の失敗を国外に目を向けさせてごまかそうとしました。しかし、欧州、米国、日本のような国々はもはや外に領土を取りに行く必要はないし、資本をこれ以上増やす必要もない。
<ゼロインフレ・ゼロ成長の社会がベターだ>
――日本企業は利幅が小さく、国内で価格も上げられない。物価も抑制的です。昨今それがよろしくないということになっていました。水野さんが描く世界は、ベストでないにしても相対的に欧米に比べて日本のほうが良かったということでしょうか。
水野:そのほうがよかったと思います。米国の中央銀行FRBのグリーンスパン元議長が言っていたのは、「物価を意識しない水準が望ましい物価」ということです。
――ゼロ金利・ゼロインフレ・ゼロ成長は欧米から「ジャパニフィケーション」(日本化)と言われ、避けるべき状態と言われてきました。むしろそれが望ましい状態だということですか。
水野:そうです。「ジャパニフィケーション」とは、ヨーロッパが発明した「モダニゼーション」(近代化)と資本主義が上手く機能していないということを覆い隠すために使用している言葉です。日本のバブル崩壊後の姿は、より欧米の資本主義を忠実に実行してきた結果ですから。
――19世紀の英国の思想家ジョン・スチュアート・ミルは、経済成長は最終的に「定常状態」になると考えたそうです。水野さんも同じ考えですか。
水野:そうです。いま起きているのは(成長重視の)新古典派の世界ではなく、ミルやリカ-ドら古典派学者が言っていた世界がようやく百数十年たって実現しつつあるということです。
――私も無理に成長率を引き上げるのはどうかと思います。ただ、相対的に他の国より成長率が低いと、国家としての力も相対的に弱くなります。
水野:日本は多分中国の30年くらい先を走っているだけです。この先、どの国も日本を追いかけてゼロ金利の世界になっていくと思います。
――ゼロ金利、ゼロインフレ、ゼロ成長は必然だったのですか。
水野:どの先進国も出生率は2を割っています。移民を増やさない限り人口は減ります。日本は移民を増やしていないから人口が一番減っている。それだけのことです。結局はどの国も日本を追いかけることになります。
・米国の経済学者ウィリアム・ボーモルの成長収斂仮説というのがあって、1人当たりGDPは最終的にどの国も4万ドルくらいに収斂していくというのです。そこに早くたどり着いた国ほど矛盾点も早く出てくる。いまの日本がそうです。300年400年かけてゆっくり近代化し、そこにたどり着いた欧州の国では、まだ日本ほど著しい人口減とか借金膨張とかの問題が出ていません。でも、いずれ同じことになります。
<人口大国の1人当たりのGDPが低いのは当然>
――米国の1人当たりのGDPは日本よりはるかに高いですよ。
水野:米国は6万ドルと日本よりずいぶん高いです。それは基軸通貨国という特殊な要因があるからです。あとは、高い国はスウェーデンとかクウェートとか人口がそれほど多くない国ばかりです。統計的には人口が1000万人を下回ると、1人当たりGDPが指数関数的に上に上がっていく傾向があります。
0コメント