野安押別命とは、ノアの方舟のノアのことだ。方舟に乗せる動物を選んだので、押別命なのだろう。母宇世は『旧約聖書』の十戒のモーゼ、伊恵斯はもちろんイエス・キリストである(2)

 <『失われた大陸ムー』幻の古代文明の謎> <ムー大陸ブームの始まり> ・「ムー大陸」ブームというものが、日本で1970年代に起きた。そのきっかけとなったのが、ジェームズ・チャーチワード書『失われたムー大陸』の翻訳出版だった。  といっても、チャーチワードは戦前の1936年に84歳で亡くなっている。『失われたムー大陸』がアメリカで出版されたのは1931年。40年近くたってから、日本ではブームとなったのだ。 ・チャーチワードの調査の結果、約1万2千年前に太平洋に大陸があり、そこにはかなり高度な文明があったことが判明した。イースター島やポリネシアの島々にある謎の石像のような遺跡は、滅亡を逃れた人びとが造ったものかもしれないともいう。 ・チャーチワードによると、ムー大陸には、太陽神の化身ラ・ムーを君主とした、白人が支配する超古代文明が繁栄していた。皇帝ともいうべき、ラ・ムーは、世界各地に植民地を持ち、それがウイグル帝国、ナイル帝国、インドのナガ帝国、マヤ帝国、アマゾンのカラ帝国などだった。  ところが何らかのことで神の怒りを買い、1万2千年前に大陸は一夜にして海底に沈没した。 <ムー大陸の嘘> ・ムー大陸の存在は、まず地球物理学の観点から科学的に完全に否定されているのだ。仮に、かつて大陸があったとしても、それが一夜にして沈むことなどはありえないというのが、現代科学の結論である。小松左京のSF『日本沈没』にしろ、日本列島が沈没するのに数ヵ月がかかることになっている。 <アトランティス大陸との関係> ・ムー大陸と並び、海に沈んだ大陸として有名なのがアトランティスだ。  なにせ噂の出所がかの有名な古代ギリシャの哲学者プラトンである。その著書『ティマイオス』と『クリティアス』に、アトランティスなる大陸が一夜にして没した伝説が出てくる。 <日本人とムー大陸のつながり> ・ムー大陸は『竹内文献』にも登場する。 『竹内文献』の解説書のひとつ、『天国棟梁天皇御系図宝ノ巻き前巻・後巻』は昭和15年に刊行されたものだが、そこには、ウガヤフキアエズ王朝69代の神足別豊鋤天皇の代に「ミヨイ」、「タミアラ」という大陸が陥没したとあり、これがムー大陸のことらしい。  これらの島には、白人・黒人・赤人・青人。黄人の五色人と。王族である黄金人が暮らしていたが、天変地異で島が沈んだため、天の岩船で太平洋沿岸域に避難した。じつは、「ノアの方舟」でおなじみの世界的大洪水は、この「ミヨイ」「タミアラ」の水没の影響なのだ。  そして、生き延びた黄金人の子孫が、他ならぬ、日本の天皇家なのである。したがって、日本は、かつて世界を支配したムー大陸の正統な子孫なのだ。  もちろんこれを実証する文献も科学的な根拠もない。 <『空飛ぶ円盤実見記』 宇宙人と遭遇した男の実録> <宇宙人遭遇記の元祖> ・地球外生命体の存在を100パーセント否定する人は、あまりいない。しかし、その異星人が空飛ぶ円盤に乗ってやって来た宇宙人であるという話になるまでには、かなりの飛躍が必要だ。  ポーランド系アメリカ人ジョージ・アダムスキは、宇宙人と遭遇したと書き続けた人である。それは、個人の単なる妄想の域を超えて、「宇宙人遭遇記」というジャンルを作るまでになった。 ・1949年に『宇宙のパイオニア』というSF小説を書いて出版された。この時点ではフィクションの作家だったのだ。フィクションであれば、宇宙へ行こうが宇宙人と遭遇しようが、誰も「偽書」だとは批判しない。  最初の「ノンフィクション」は、1953年の『空飛ぶ円盤実見記』である。それによると、アダムスキは1952年に空飛ぶ円盤に遭遇し、写真を撮影したという。この本がベストセラーになったことで、彼の人生は変わってしまった。その後も『空飛ぶ円盤同乗記』『空飛ぶ円盤の真相』などを次々と書いて、世界中を講演するのである。  アダムスキが亡くなるのは1965年、アポロ11号が有人月面着陸する4年前のことである。 <どんな遭遇だったのか> ・アダムスキの記述は、まるで小説のように具体的だ。  時は1952年11月20日、ところはモハーヴェ砂漠、その日、アダムスキは友人やジョージ・H・ウィリアムスン夫妻と一緒にいた。すると、巨大な円筒形状の飛行体が出現し、その飛行体から銀色の円盤が出て来て着陸した。アダムスキがひとりで歩いていくと、ひとりの宇宙人に遭遇した。  その宇宙人は金星人で、核実験の懸念をアダムスキに伝えたという。仲間は双眼鏡でアダムスキと金星人の会見の様子を観察していた。翌月の12月13日、アダムスキは円盤の写真撮影に成功した。 ・その後もアダムスキは金星人や火星人、あるいは土星人にも会い、円筒形状の宇宙船に乗って月を一周した。月の裏側には谷があり、あるいは都市もあった。と、話はどんどん飛躍していった。  現在では、ほとんどの人が信用しないが、当時はまだ、誰も行ったことがない世界なので、当人が月の裏側に行ったと言い張れば、「ああ、そうですか」と応じるしかなかったのである。 ・アダムスキの場合は、すべて創作であろう。その後、太陽系の惑星のことが詳しく分かるようになり、火星人や金星人の存在は否定された。残念ながら、アダムスキの想像力は現実の前に敗北したのである。 <30番目のフェイク> ・私の中学時代、つまり1970年代前半には、怪しげな本がまともな本の装いでたくさん出ていた。世界各地の古代遺跡は太古の時代に異星人が地球を訪れたときのもので、人類は「彼ら」によって作られたのだと、真面目な筆致で書かれている本には興奮した。UFOや、ムー大陸の本はクラスメートの間で貸し借りされて、男子の大半はその存在を信じていた。 ・さらにマニアックなものとして「地球空洞説」というのもあった。私たちが暮らしている大地の裏側にあたる空間には、別の人類が暮らしていて高度な文明があり、UFOは彼らの乗り物だというのだ。  UFOが月の裏側にある宇宙人の基地から来るのか、北極にある地球内部への空洞の出入り口から来るのかと、雨の日の昼休みなど、クラスメートたちと真剣に論じあったものだ。 ・やがて五島勉『ノストラダムスの大予言』が1973年の暮れに出て、74年になると大ベストセラーとなった。UFOやムー大陸にそろそろ胡散臭さを感じていた私たちは、これに飛びついた。なにしろノストラダムスは実在した人物なのだから、UFOやムー大陸に比べれば、はるかに信頼性が高かった。  私の世代には、五島勉が解釈したノストラダムスの予言、「1999年7月に人類が滅亡する」を信じて大人になった者は多く、その一部がオウム真理教に入った。 「UFOが実在しない」ことを証明するのが困難なように、「予言が当たらないこと」も証明は困難だ。1999年7月31日が終わるまで、頭の片隅には、1999年に人類が滅亡するかもという思いが常にあった。 ・昭和30年代生まれは、偽書に育てられた世代なのだ。その世代が、こんにちのフェイク社会のベースを作ったという見方もできる。  かつてUFO同乗記に夢中になった中学生のひとりとして、偽書が信用されてしまうメカニズムについて、少しでも多くの方に知っていただきたいと、あらためて思う。 『宇宙の法則』 ジョージ・アダムスキー    中央アート出版社  2004/12/10 <ローマカトリックのバチカン宮殿は別の惑星と連絡している> <宇宙船はバチカンに着陸していた> ・(アダムスキー) 実はヨハネが法王になる前に、他の惑星の宇宙船がすでに三度もバチカンに着陸しているのです。ヨハネの時代になってからも一度着陸しています。ですから、彼らは、かなりの事を知っているのです。私がバチカンで枢機卿や法王と話した時にも、彼らは、私が知っていることを知りたがっており、彼らは、異星人問題に関してはかなりの事を知っていて私から知識を求めたがっており、その知識をまとめようとしていました。 <フリーエネルギーの知識はアメリカの商品の株に大きな影響を与えるでしょうか> (アダムスキー) それは商品に影響を与えます。通貨にも影響を与えます。国家というものは時としてある日に裕福となったり翌日は落ち込んだりしますが、それは通貨が動揺するためです。 <宇宙への進出が地球の破滅を救う> ・スペース・プログラムというのは、スペース・ピープルが地球を援助するためにひそかに展開している宇宙的な援助で、ごく少数の地球人もそれに参加している。 『UFOコンタクティー  ジョージ・アダムスキー』 久保田八郎  訳   中央アート社    2010年12月10日 <サイレンスグループの正体 (ジョージ・アダムスキー)> (訳注;UFO研究家やコンタクティーを脅迫し、UFO研究界を混乱させるサイレンスグループ(暗躍団体)の正体は何か?これはアダムスキーが語る初公開の秘話!) ・スペースブラザーズ(友好的な異星人)の教え(ティーチングズ)の促進活動に関する私の公的生活を通じて、私の所へ多くの機関がやってきた。そのなかにはFBI(連邦捜査局)、CIA(米中央情報局)、AFI(空軍情報局)、国務省、その他の政府機関の人がいる。この特殊な人々が私を黙らせようとしたことはない。サイレンスグループには多くの面があり、その多くを私も大衆も知っていないと思うのである。 <サイレンスグループとは何か> ・サイレンスグループは、一体何なのか、誰がやっているのか?キーホーが言っているように、ありそうな非公式なグループがあるし、アメリカの各情報部よりももっと極秘にされた公式なグループもある。 ・私を沈黙させる目的でやって来た人たちは、宇宙人ではないことを私は確実に知っている。彼らは、地球人なのだ。 <なぜサイレンスグループは暗躍するのか> ・つまり資本家は、地球人類のあいだに、平和と理解をもたらすかもしれないような出来事を恐れているのであり、一方、戦争ともなれば投資の対象となり、ある種の投資家は十分儲かるのである。ところが今や、世界中の無数の人が個人的なコンタクト事件について話し合っているのだ。 ・別な惑星から人間が来る事実を認めるならば、現代の地球の経済システムに甚大な影響を与えることになる。万人がはるかに大きな影響を受けるだろう。サイレンスグループはこのことを知っており、あらゆる手段を用いて、これと闘っているのであり、同時に表面から巧みに姿を隠しているのだと思う。 <三人の怪しい男が来た> ・『空飛ぶ円盤は着陸した』を出版してまもなく、3人の男が私の所へ来た。 ・彼らが、何に関係しているのかまったく分からなかったので、私は、重要書類の一部分を渡さなかった。私が強迫されたことは事実であり、彼らは出て行く前に、UFO、宇宙人問題をしゃべるのはやめろと命じ、さもなければ私のあとをつけて、監禁し、キイをすててしまうぞと言った。 ・彼らは、UFO問題のすべてをオカルトと呼ばれる心霊の分野に投げ込んで、世界中のまじめな人々の心に不信感をうえつけようとしているのだ。 図解 UFO』  (F-Files No.14) 桜井慎太郎    新紀元社  2008/4/11 <ジョージ・アダムスキー> ・アダムスキー自身が写した写真も、トリック写真と判定されたといわれます。 <リンダ・ナポリターノ事件> ・1989年、ニューヨークでリンダ・ナポリターノという女性が高層アパートの窓から外へ吸い出され、UFOへ連れ込まれたという事件。 ・この体験の後、彼女は再度ホプキンズから退行催眠を受けた。その結果、彼女の部屋に人間のような生物が3、4体侵入し、彼女は彼らに連れ出されたことが判明した。そのとき、12階にある彼女のアパートの窓は閉じていたが、彼女はその窓をすり抜けて、空中を漂って上空のUFOに連れ込まれ、医学的な検査を受けた。  そして1991年2月になって、ホプキンズは警察官だという2人の人物から匿名の手紙を受け取った。この2人は、事件当日の夜、彼女のアパート近くに停めた車から、彼女が宙に浮いてUFOに吸い込まれる様子を見ていたというのだ。 <オーフィオ・アンジェルッツィ> ・UFOはイヌイットたちの半球型の住宅であるイルグンのような形で、半透明の材質からできていた。アンジェルッツィがUFOに乗り込むと、UFOは宇宙へと飛び立ち、透明な壁を透して地球を眺める経験をしたという。  さらに1953年1月には、アンジェルッツィは1週間記憶を失い、その間他の惑星へ精神的に連れて行かれた。そこで彼は、リラとオリオンという美しい異星の女性と出会ったという。アンジェルッツィによれば、彼がコンタクトした存在は、他の惑星に住んでいるが、天使のように高次の存在であり、彼らの姿もその乗り物も、選ばれた人間にしか見えないという。また、彼らは地球の現状を憂慮しているが、自ら直接干渉することはない。 <ダニエル・フライ> ・(1950年)この飛行中アランは、何万年も前にアトランティスとレムリアの間で戦争が起こったため、地球が壊滅状態となり、生き残った人間たちが宇宙船で地球から火星に移住したこと、そしてアランは火星に移住した民族の子孫で、地球から1500㎞上空に浮かぶ宇宙母艦の中にいることなどを語った。また、フライが乗船したUFOは母船から遠隔操作されている貨物船であった。 <トルーマン・ベスラム> ・(1952年)彼らのUFOは直径90m、高さ5.4mくらいの巨大なもので、べスラムはUFOの内部で、指揮官に会いたいと訴えた。すると、身長150㎝くらい、オリーヴ色の肌をした、スタイル抜群の美しい女性が現れた。この女性こそ、このUFOの指揮官、オーラ・レインズであった。彼女は、異常なくらい美しいほか、地球人と変わらない姿であったという。  オーラ・レインズは、クラリオンという惑星の住人であった。  クラリオンは、ちょうど地球の軌道の反対側に位置するため、太陽に隠されて地球から見えないが、クラリオン人は何年も前から地球にやってきていて、地球人に混じって生活しているという。 <エリザベス・クレアラー> <異星人との混血> ・このヒューマノイドこそエイコンであった。1956年4月にはクレアラーはテレパシーでエイコンを呼び、彼のUFOに同乗して母船を訪れる。また、1957年になると、エイコンの故郷、ケンタウスル座アルファ星の惑星メトンを訪れたという。さらにクレアラーはそこでエイコンと性的関係を持って妊娠、アイリングという男児を出産したと述べている。 <アブダクションの基本的な流れ> ・1、夜間や明け方、場所は自宅や自動車を運転している時に発生。2、空中を浮いたり、壁をすり抜けてUFO内に連れ込まれる。3、医学的検査などの実験台にされたり、性的行為を強要されたりする。4、終了後元に戻されても、記憶になく催眠療法で思い出す。 <MIB>  <正体不明の男たち> ・彼らはたいてい笑顔1つ見せずに無表情で、動きは硬くぎこちない。態度は形式的で冷たく、時には威嚇的で、目撃者の中には人間とは別の存在と感じた者もいる。  容貌については、漫然と外国人のようだと形容されることが多いが、東洋人のように目がつり上がっているという報告も多い。  MIBの最初の記録は1953年になる。当時「国際空飛ぶ円盤事務所」を主催していたアルバート・ベンダーの前に、ダークスーツに身を包んだ3人の謎の男が現れたとされている。ベンダーがめまいに襲われて室内で横になっていたところ、突然ぼんやりした人影が現れ、次第に鮮明になっていき、黒づくめの3人の男の姿になったと主張した。しかし、現在ではこの体験については疑問が持たれている。  MIBの正体についてはCIAなど情報機関のエージェント、異星人など諸説あるが、中には霊的存在ではないかとする説もある。 <タイムトラベルを主張する人々> ・(ウイングメーカー)当初のウイングメーカーは、未来から8世紀にタイムトラベルし、光ディスクなどの加工物をニューメキシコ州のチャコキャニオンに残したという存在。その後、宇宙の創造主が人類の啓発のために送ったという存在。その後、宇宙の創造主が人類の啓発のために送った存在といわれるようになった。 ・(サン・ジェルマン伯爵)2000歳だと主張していた、フランス革命期のパリで暗躍した人物。1784年に死亡したが、死後何度かその姿が目撃されているため、一部では時間旅行者ではないかといわれている。 ・(イギリス人女性)1901年8月10日、ベルサイユ宮殿を訪れていたイギリス人女性2人が、1770年代にタイムスリップした。 ・(ジョン・タイター)自称2036年から2000年にタムトラベルしてきたと主張。2036年に至る様々な予言を残し、2001年3月に消息をたった。 <日本空飛ぶ円盤研究会> ・日本におけるUFO研究が本格化したのは、1955年の日本空飛ぶ円盤研究会結成にはじまる。三島由紀夫や石原慎太郎なども参加した。 ・日本空飛ぶ円盤研究会は、日本のUFO研究の草分け的存在である荒井欣一が中心となって、1955年7月1日に設立された。 ・この研究会は、全盛時には約1000名の会員を擁し、作家北村小松、徳川無声、糸川英夫、三島由紀夫、石原慎太郎、星新一など名だたる著名人も名を連ねていた。  1960年には、一時活動を休止したが、荒井欣一はその後も国内の様々なUFO研究団体と関りを持ちつつ活動を再開し、1979年には、UFO関係資料を集めた世界最初の「UFOライブラリー」を開設するなど、日本のUFO界で重鎮として活躍したが、2002年に惜しまれつつ他界した。 <ジョン・キール> <宇宙船説から超地球人説へ> ・キールは当初、UFOは宇宙船であると考えていたが、4年間かけて2000冊以上の関連書籍を読破し、全米で何千人という人物にインタビューするうちに、妖精の目撃や宗教体験などとUFO現象とに共通する側面があると考えるようになった。そして『UFO超地球人説』の中で、UFOは別次元の存在であり、人間の行動を支配する独特の存在によるものであり、他の様々な超常現象と同じルーツを持つものだという、「超地球人説」と呼ばれる説を唱えるようになる。「UFOは別次元の存在であり、人間の行動を前もって知り、その心をコントロールできる」“超地球人”なるものの存在を想定する。 <陰謀説> ・UFOそのものが、何らかの情報操作によるものとする説。あるいは、UFO現象に関連して政府機関等の陰謀が進行しているとする説。 ・そこで陰謀説の中には、人類という範疇さえ超えた何らかの巨大な組織による陰謀を唱えるものもいるが、このような説は本書では超地球人説に分類した。 <アウルマン(UMA)> ・1976年、イギリスのコーンウォ-ル地方で目撃された、巨大なフクロウのような生物。教会上空に浮いている奇妙な生物を目撃。怪物は尖った耳と大きな翼を持ち、全体としてフクロウに似ていたが、人間くらいの大きさで、目は赤く輝いていたという。同じような怪物は、同じ年の7月3日と7月4日にも目撃され、その姿からアウルマンと名づけられた。 『図解 UFO』  (F-Files No.14) 桜井慎太郎    新紀元社  2008/4/11          <世界中にある異星人の民間伝承> ・誰が何といおうと、UFO現象こそ究極の超常現象であり、UFO研究は、超常現象研究の王道である。 ・我々は、何者なのか、どこから来てどこへ行くのか?もしかしたら、UFO研究こそ、この究極の問題を解決する糸口になるかもしれないのである。 <マゴニアとラピュタ> ・イギリスの風刺作家スウィフトが著した「ガリヴァー旅行記」には、まるでUFOのように空中を漂う円型の島ラピュタが登場する。 <飛行体ラピュタの特徴> ・直径7837ヤード(約7166m)」の真円の飛行体。 ・底面は平板で磨き上げられた石板でできている。 ・石板の厚さは200ヤード(約183メートルでその上は土壌。上部は中心から周囲に向かって傾斜している。) ・底部には巨大な磁石があり磁力で飛行する。 ・同じく空中に漂う国としては、「ガリバー旅行記」に登場するラピュータがある。ラピュータは、ガリバーが3回目の航海で訪れた国で、その領土は、地上にあるバルニバービと呼ばれる領土と、直径7837ヤード(約7166メートル)の真円の飛行体ラピュータとで構成されている。 <ガリヴァー衛星> ・火星は2つの衛星ファボスとダイモスを持っている。この2つの衛星が実際に発見されたのは1877年のことであるが、1726年に刊行された「ガリヴァー旅行記」のラピュタ編において、ジョナサン・スウィフトは火星に2つの衛星があると書いていたため、ガリヴァー衛星と呼ばれることもある。 <天空の世界マゴニア> ・マゴニアとは、中世フランスの民間伝承において、空中にあると信じられた架空の領域である。マゴニアと地上とは、空中を飛行する船により連絡されると信じられていた。 9世紀のリヨンの記録には、「空中を飛ぶ船から落下した人物が捕らえられた」という記述が残っている。この時、男3人、女1人が捕らえられた。民衆はこの4人を石打の刑にして殺そうとしていたが、現場に駆け付けた当時のリヨン大司教アゴバールは、彼らが通常の人間であるとして、その解放を命じたという。 マゴニアの名が一般に広まったのはUFO事件と古来の伝承との内容の共通性に注目したジャック・バレーが『マゴニアへのパスポート』を著したことによる。 『新・UFO入門』  日本人は、なぜUFOを見なくなったのか 唐沢俊一    幻冬舎   2007/5/30 <日本におけるCBA(宇宙友好協会)の活動> <「実際に宇宙人に出会った」> ・松村の復活の原動力となったのは、やはり、「実際に宇宙人に出会った」という、そのトランセンデンタルな一事であろう。それがどんなに荒唐無稽でも、いや、荒唐無稽であればこそ、先の『それでも円盤は飛ぶ!』の中道氏や小林氏のようなじれったさに、程度の差こそあれ、さいなまれていたUFOファンにとっては、松村雄亮という人物は、ヒーローだったのである。 <面白UFO講演で信者を獲得> ・「自分のコンタクトはアダムスキーのとは違う性質のものだ」と言い放つほどアダムスキーとは距離を置いていたが、それでもなお、アダムスキーの盟友であるウィリアムスンを招聘したモトは十二分にとった。ウィリアムスンのお墨付きをもらうかたちで、CBAは、北海道のアイヌの文化神であるオキクルミカムイが、古代に宇宙からやってきた宇宙人である、という説を会の基本学説として採用したのである。 <北海道に建設された巨大なUFO神殿> ・着工からわずか1年半の短期間で、彼らは、北海道の地、オキクルミカムイ降臨伝承のある平取郊外沙流川のほとりに、直系15メートルの太陽円盤マーク花壇、全長7メートルのオベリスクを中心とした、記念公園ハヨピラを完成させたのである。松村の得意はいかばかりだったろう。 ・『全宇宙の真実 来るべき時に向かって』の著者、楓月悠元は、この時の模様をこう記す。「1965年6月24日、太陽円盤を象った円形の巨大花壇の前において、厳聖なるセレモニーが開始された。このときである。いまだかつてない、無慮数百機の巨大な母船群、または円盤が次々と出現し、のべ千名をこえる人々によって目撃された。この現象こそ、かつて聖書に記述され、また描写されていた“天と地の契約”の証であったのである」   ・まるで映画『未知との遭遇』のクライマックスシーンのようではないか。読者のみなさんは、この光景を、楓月氏が作って書いていると思われるだろうか。私は、氏の目には、そして大部分の、公園建設に関係したCBA会員の目には、本当に見えた光景であると信じる。もちろん、人間は“そこにないもの”を見てしまう動物である、と規定した上で、だが。 <UFO学の鬼っ子> ・私は、日本の草創期UFO研究家たちが、CBA事件を一日も早く世間の耳目から遠ざけ、過去のものにしてしまいたい、と思った気持ちもわからないではない。日本にユーフォロジー(UFO学)を、一日も早く確立させたい、好事家の道楽、という位置づけから脱して正式な学問の範疇に入れ、出来れば一流の大学に、UFO学の講座を開設させるく らいにまでもっていきたい、と願っていたであろう荒井氏や高梨氏の思いから行けば、ただでさえアヤシゲと思われている空飛ぶ円盤を、アヤシゲばかりでなくアブナゲなものとして認知させかねないCBAの存在は、邪悪なものでしかないのである。   ・この立場は、明治日本に民俗学を確立させようと努力していた、柳田国男の立場に似ているように思う。柳田氏は、民俗学の学問としての確立こそ、自らの使命と信じ、折口信夫や南方熊楠氏といった在野の人間たちに、次々に自分の主宰する民俗学研究誌『郷土研究』に執筆させるなどして、人材確保につとめていた。 <三島由紀夫もUFO小説を書いていた!> ・その、最も大きいものは、何といっても三島由紀夫の傑作小説『美しい星』であろう。三島作品の中でも最も奇妙な作品であり、まともな三島研究家はその分析に手をつけかねている作品でもあるこの『美しい星』について、私は以前『トンデモ本の世界R』(太田出版)の中である程度詳細な分析を試みたことがある。 ・なので、そちらを参照していただきたいが、この作品は、主人公の大杉重一郎が所属する団体が「宇宙有朋協会」と、CBA(宇宙友好協会)の1文字違いであることをはじめ、大杉と、作品の後半、延々と数十ページにもわたって論争を行う白鳥座61番星の宇宙人というのが3人組の黒衣の男であるというMIBのパロディなど、当時のUFOブームがその背景となっている。 ・「お父さん、僕は満員電車に揉まれていても、前のように腹が立ちませんね。僕はずっと高いところから、この人たちを瞰下ろしているように感じるから。僕の目だけは澄み、僕の耳だけは天上の音楽を聴くことができると思うから。この汗くさい奴らは何も知らないが、こいつらの運命は本当のところ、僕の腕一つにかかっているんだものな」  ……これは多分、松村雄亮及びCBA会員たちの思考と、ほぼパラレルなものなのではあるまいか。まあ三島自身、その8年後に、UFOでこそないものの、憂国というある種のオカルティックな感情に自らのアイデンティティを寄りかからせて自らを世間から乖離させ、派手派手しい死を遂げる。UFOという“幻視”にからめとられていく自我というテーマを選んだ時点で、三島は自分の行く先を予見していたのかも知れない。 

0コメント

  • 1000 / 1000