ウクライナは独立したとはいえ、西欧に接近する西部とロシアとの関係を重視する東部が分裂気味に共存した国家となり、それが今日のクリミア・東部紛争を誘う導火線となったのである。(2)
(2021/12/18)
『新 地政学』
世界史と時事ニュースが同時にわかる
祝田秀全 長谷川敦 朝日新聞出版 2021/8/20
<対立続くヨーロッパとロシア>
<鳥かごから海へと羽ばたき世界史の主人公となる>
<文化を育むうえで最適な環境>
<ロシア問題とドイツ問題>
・19世紀後半以降、ヨーロッパではロシアとドイツというランドパワーが台頭し、シーパワー一辺倒ではなくなった。マッキンダーはその理由に、鉄道技術の進歩によって、ランドパワーの郵送力が格段に向上したことを挙げている。以後ヨーロッパでは、ロシアやドイツの膨張をいかに抑えるかが課題となっている。
現在のロシアは、ヨーロッパとアジアにまたがる広大な領土を有しているが、15世紀時点ではモスクワ周辺に領土を持つ小さな内陸国に過ぎなかった。周辺には東ヨーロッパ平原が広がっており、自然の要塞となるものがなかったため、常に敵の侵入に怯えなくてはならなかった。そこでロシアは「攻撃は最大の防禦」とばかりに、領土を拡大することで強国になる道を選択した。
<ロシアとヨーロッパの対立の歴史>
・ロシア領土は西欧諸国からの侵攻に脅かされ続けてきた。冷戦期には旧ソ連の衛星国となった東ヨーロッパの国々が緩衝地帯となっていた。
・ロシアの膨張主義は、地政学的な宿命といってもいいだろう。一方ドイツは19世紀末から、領土拡張の野心を露わにし始める。第一次と第ニ次世界大戦が、ドイツの振る舞いが原因で起きた側面が大きかった。
この「ロシア問題」と「ドイツ問題」は、今でもヨーロッパの大きなテーマだ。現在のヨーロッパの安全保障上の一番の課題は、EUとロシアの対立が深刻になっていることである。
<ヨーロッパ統合を目指して東へと拡大を続けるEU>
<EUの中にドイツを取り込む>
・とりわけ軍事同盟のNATOに関しては、ロシアを刺激しないためにも、加盟国はあくまでも旧西側陣営のみに留め、東欧諸国はロシアとの緩衝地帯にするという選択肢もあるはずだった。だが東欧諸国が権力の空白地帯になれば、そこにロシアが入り込んでくる可能性があったため、拡大が選らばれたのだった。
しかしこの選択は、当然西欧諸国とロシアとの間の緊張関係を高めることにつながった。
<ロシアがEUの東方拡大に神経を尖らせる理由>
<独立していった共和国>
・だが1991年にソ連が解体すると、ソ連の継承国は、ロシアに、共和国はそれぞれ独立し、CISを形成した。
<緩衝地帯を失う恐怖>
・敵国から見たときのロシアの地理的特徴は、「入り込んだら大変だが、入り込みやすい地形」であることだ。ロシアは、自然環境が厳しく広大なハートランドを有しているため、深く入り込むほど兵站線が長く延び、兵士は疲弊してしまう。
・だからこそ東西冷戦期のソ連は、東欧諸国をソ連寄りの緩衝地帯にすることで、国土を侵攻されるリスクを下げようとしたのだ。こうした地理的特徴と歴史を見れば、ロシアがEUとNATOの東方拡大に神経を尖らせるのは必然だといえる。
<国際ルールを破ってでもロシアがクリミアを死守する理由>
<クリミアの併合を宣言>
・ところがソ連の解体とともに、ウクライナは独立を遂げた。ソ連の継承国であるロシアは、セヴァストーポリの海軍基地だけは失いたくなかったため、ウクライナに借地料を払って、港湾を使用してきた。
冷戦後のロシアとウクライナの関係に、決定的な変化が生じたのは2014年のことである。ウクライナでEUやNATOへの加盟を主張する親西欧派が誕生。すると親ロシア派が多いクリミアの住民が、住民投票を経て、ウクライナからの独立とロシアへの編入を決定。これを受けてロシアもクリミアの併合を宣言した。ウクライナ政府はこの事態を認めなかったため、ウクライナは内戦状態に陥ったのである。
クリミアに親ロシア派が多いのは、ロシア人や、ロシア語を母語とするウクライナ人が多く住んでいるからだ。また宗教的にも、ウクライナの西部はカトリック教徒が多いのに対して、クリミアも含めた東部はロシアと同じ正教徒が多く住んでいる。
<NATOに黒海を渡さない>
・ロシアの強引なクリミアの併合に対して、西欧諸国はその姿勢を激しく非難。一時はNATOとロシアの間で軍事衝突の危機も高まった。またロシアに対して経済制裁を科した。しかし現在もロシアはクリミアの実効支配を続けている。
ロシアが制裁による経済的ダメージを受けてでも、クリミアに固執するのは、とりわけ黒海に面する不凍港、セヴァストーポリを死守したいからである。
黒海の南岸に位置するトルコもNATOに加盟しているため、セヴァストーポリも失えば、黒海は完全にNATOの内海になってしまう。そういう意味でのロシアのクリミアでの振る舞いは、国際ルールには明らかに反しているが、きわめて地政学的な判断だったといえる。
<東西で揺れるウクライナ情勢>
・(ハルキウ) ロシア編入を求め、ハリコフ人民共和国が独立するも、ウクライナ政府軍に鎮圧。
・(ドネツク) ドンバス地方と呼ばれる二州は、ロシア編入を求め独立。ウクライナ政府と停戦合意を結ぶも、紛争が絶えない。
<新 地政学>
・いままで「地政学」と名のついた本はたくさんありましたが、ほとんどが国際的な時事ニュースの解説書で、地政学とは言いがたいものです。地政学とは、各国それぞれの歴史的な政治経験をたたき台にして、国益に沿って行われる対外研究から発展したものです。その研究事情と行動は世界史とつながっています。「今日の出来事=時事ニュース」は、世界史の延長線上にあるからです。いま起こっていることは、世界史という巨大な水脈から湧き出たものなのです。
<「気候」が農業や人口、国力に及ぼす影響とは ⁉>
<地政学的に有利な四つの気候>
・(POINT);気候によって耕作に適している地域と適さない地域があり、これが人口の維持や国力にも大きな影響を及ぼしている。
・気候学者のケッペンは、降水量と気温をもとに、世界の気候を13に区分した。このうち農業に適しているのは、地中海性気候、温暖冬季少雨気候、温暖湿潤気候、西岸海洋性気候の四つである。
マッキンダーは「ハートランドを制する者が世界を制する」と述べたが、スパイクマンは気候の視点からこれに異を唱えた。ハートランドの大部分は冷帯湿潤気候に属しており、耕作に適していないからだ。
<気候変動が世界史を動かす>
・人類は世界中のあらゆるところで生活を営んでいるが、強力な国家へと発展した国々の多くは、農作物の安定的な収穫が可能な4区分の気候に属している。しかし気候の特徴は、数百年単位の比較的短期間で変動することだ。気候変動は、各国の地政学的条件や、国際情勢に大きな影響を及ぼしてきた。
・3世紀頃から始まった中央アジアの乾燥化は、シルクロードを衰退させただけではなかった。モンゴル高原に住んでいたフン族が、豊かな土地を求めてヨーロッパ東部に移動。するとその圧迫を受けて、ゲルマン人の大移動も始まった。
ゲルマン人はローマ帝国にも侵入し、帝国の衰退を招くことになる。そして西ローマ帝国は476年に滅亡した。これにより世界史は古代から中世へと転換したのだ。現在進行している地球温暖化は、世界の地政学的状況にどのような変化をもたらすのだろうか。
<世界は昔も今も「宗教」を巡って対立している>
<世界の歴史は宗教戦争の歴史>
・(POINT);世界は今も宗教を原因とする対立が数多く起きており、国際情勢を分析する際には「宗教」の視点が絶対に欠かせない。
・世界の戦争の歴史は、宗教戦争の歴史だったと言っても過言ではない。十字軍の遠征のようにキリスト教とイスラーム教が激突した戦いもあれば、16世紀のユグノー戦争のように、キリスト教内のカトリックとプロテスタント間の戦争もある。
<グローバル化と宗教の問題>
・また近年起きた事件では、イスラーム過激派による欧米諸国でのテロを思い浮かべる人も多いことだろう。実行犯の多くは移民の二世、三世であり、EU各国の移民政策の行き詰まりを象徴する事件となった。
グローバル化とは、異なる宗教的価値観を持つ人たちが、同じ空間の中で暮らすようになることを意味する。宗教間の対立をどう回避し、融和を図るかが、これまで以上に重要なテーマになっているといえる。
<「バランス・オブ・パワー」で国際秩序は成り立っている>
・国際社会の中には、現状の国際秩序に対して、その維持を望む国もあれば、拡張主義的な政策を取り、現状変更を企てようとする国もある。このように外交政策における思惑は、国ごとに大きく異なるため、国際社会は常に不安定な状態に置かれがちだ。そんな中で編み出されたのが、バランス・オブ・パワー(勢力均衡)の考え方。これは文字通り、対立する勢力同士の力を均衡させて国際社会の平和を維持しようというもので、17世紀のウェストファリア体制によって広がった。
・またヨーロッパでは冷戦終結後、EUやNATOの東方拡大が進んだことで、冷戦期の二極型の勢力均衡が崩れてしまった。これにロシアは反発を隠しておらず、ヨーロッパの不安定要因の一つとなっている。ヨーロッパの勢力均衡をどう確立していくかも大きな課題だ。
<ナチ党にも影響を与えたドイツ系地政学の系譜>
・ドイツ系地政学の創始者は、地理学者であり生物学者でもあったラッツェルである。ラッツェルは19世紀末に発表した論文の中で、国家は生物と同じ有機的な存在であるとする「国家有機体説」を唱えた。そして国家が生き残るためには、実力を行使してでも生存権を確保する必要があると考えた。彼の思想は、当時の帝国時代の風潮に合致していた。
スウェーデンの地理学者だったチェーレンは、このラッツェルの考え方を継承し、「国家が存続するためには、必要な物資や資源を域内ですべて自給自足できる状態を作らなければいけない」とする説を唱えた。
・ハウスホーファーは1913年に発表した著書の中で、植民地を「持たざる国」が「持てる国」に対抗して生存権を確保するために、ドイツ、オーストリア、ロシア、日本が同盟を結び、世界を分割支配するという大陸ブロック論を提唱した。
ハウスホーファーの大陸ブロック論は、初期のナチ党政権の拡張政策に理論的根拠を与えることになった。ヒトラーの著書『わが闘争』の中にも、生存権の確保について言及した章がある。また日本の大東亜共栄圏構想にも影響を与えたとされている。
・ただし実際には、ナチ党は「ロシアと連携すべきだ」というハウスホーファーの主張を無視し、独ソ戦に踏み切った。
ともあれ戦後のドイツや日本では、「戦争に導いた学問」として地政学の研究が回避されるようになった。世界的にも米英の地政学が主流となり、ドイツ地政学は過去の遺物となっていった。
<四方を海に囲まれたシーパワーの国・日本>
<日本が独立を維持できた理由>
・(POINT);日本は「海」に守られて独立を維持してきたシーパワーの国。ただしかつてはランドパワーを志向したこともあった。
・日本の地理的特徴は、いうまでもなく島国であることだ。四周を「海」という天然の要塞に囲まれているため、航行手段が帆船しかなかった時代、他国が日本を攻めるためには、大量の軍船や兵糧を用意したうえで、長い航海を行う必要があった。
・植民地獲得競争において、ヨーロッパ諸国はアジアではまずインドや東南アジアを植民地化し、次に中国の清王朝に目を向けた。清よりもさらに東にある日本は後回しにされた、その間に日本は情報を収集し、国を固め、列強の脅威に備えることができた。
<社会主義勢力の防波堤となる>
・迫りくるロシアとの全面対決に備えて、日本はイギリスと日英同盟を締結することを選択する。イギリスは日本と同じシーパワーの国であり、やはりロシアの勢力拡大を警戒していた。
・ところが日露戦争後の日本は、迷走を始める。本来はシーパワーであるにもかかわらず、大陸への進出を推し進めることで、ランドパワーの強国にもなることを志向したからだ、地政学では「シーパワーとランドパワーは両立できない」ことがセオリーとされている。日本は第2次世界大戦において、大陸ではランドパワーの中国と戦い、太平洋上ではシーパワーの米英と戦うという無謀な挑戦を行い、敗北に追い込まれた。
戦後の日本は、東西冷戦構造の中で西側陣営に組み込まれた。
・そんな中でアメリカが日本に求めたのは、社会主義勢力の拡大を防ぐ防波堤であり、資本主義の成功例になることだった。
・日本は東アジアの地政学的状況を的確に分析しながら、自らの進むべき道を選択する必要に迫られている。
<韓国との関係悪化の要因と今後の日韓関係の行方>
<戦前からの禍根が今も残る>
・(POINT);日本は緩衝地帯だった朝鮮半島を影響下に収めるために、朝鮮を支配。この過去が、現在も日韓関係に影を落としている。
・いわば韓国としては、反日感情は捨てがたいものではあるが、一方で同じアメリカと同盟を結ぶ国として日本と連携しなくてはいけないというアンビバレントな状態に置かれることになったわけだ。
<米中の動きにも注視が必要>
・日韓関係は、単に二国間の関係ではなく、アメリカと中国の動きも意識しつつ見ていく必要がある。
<なぜ日米は同盟関係を結び 米軍は日本に駐留するのか>
<日本は東アジア防衛の拠点>
・(POINT);アメリカにとって日本は、ロシアや中国の外洋進出を封じるうえで重要な位置にあり、同盟を結ぶ意義は大きい。
・そこでアメリカは、かつては敵国であった日本との同盟を選択した。日本は中ソと距離的に近く、ここに米軍基地を置けば有事の際にはすぐに現地に到着できる。
中ソが外洋に出るときに通過しなくてはいけない宗谷海峡や津軽海峡、対馬海峡、南西諸島等を有しており、米軍はここを押さえれば、中ソの動きを封じ込めることができる。
・また日本は、自国の防衛の多くを在日米軍に担ってもらうことで防衛費を削減。そのぶんを経済政策に回すことで、高度経済成長を実現した。
<米軍が日本の石油を守る>
・アメリカは世界各地に自国の軍隊を駐留させているが、その中でも最も兵士の駐留人数が多いのが日本だ。在日米軍は、東アジアだけでなく、太平洋からインド洋の一帯を監視する役割を担っているからだ。
・アメリカは日本を失えば、この地域での軍事的影響力が低下し、日本はアメリカを失えば、国防も経済も危機に瀕する。それが同盟を強固なものにしている。
<沖縄が米軍の重要な軍事拠点になっている理由>
<戦後もアメリカの施政権下に>
・(POINT);東アジアの各地域に最短距離で向かうことができる沖縄は、軍事上極めて好立地であり、基地が集中する要因になっている。
・戦後の沖縄は、米軍から「太平洋の要石」と呼ばれてきた。米軍は沖縄本島の全面積の約14%を自軍の基地にしているが、これも沖縄を地政学的な「要」と考えているからだ。
・戦後になって冷戦が始まると、今度は沖縄は中国やソ連などの社会主義勢力に対抗するための最前線基地になった。
<東アジアをカバーできる場所>
・次に大陸間弾道弾ミサイルの射程範囲である半径1万㎞の園を描いてみると、中南米やアフリカを除く世界の主要地域をほぼカバーしていることが分かる。実は世界中のこれだけの範囲をカバーできる場所はけっして多くない。
<中国の封じ込めの拠点>
・さらに沖縄は対中国の前線基地としても重要な地理的位置に存在している。中国の艦隊が東シナ海から太平洋に抜けるときには、琉球諸島の間を通るルートか、台湾海峡を通るルートが現実的だ。そのため沖縄に基地を配置しておけば、このうち琉球諸島の間を通るルートを封じ込めることが可能になるのだ。
また台湾で有事があった際にも、沖縄であれば、日本本土からよりはずっと早く駆けつけることができる。青島にある中国の北海艦隊や、寧波にある東海艦隊にもにらみを利かすことができる。軍事上極めて好立地であるといえるのだ。
これが沖縄の人たちが「基地なき島」を悲願としているにもかかわらず、その願いがなかなか実現できない大きな理由となっている。
<なぜ北方領土は解決が困難なのか>
<噛み合わない日ロの主張>
・(POINT);ロシアにとって北方四島を失うことは、地政学上のダメージが大きいことが、交渉が膠着している大きな要因となっている。
・北方領土とは、歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島の四島のこと。ロシア(当時ソ連)は、日本が第2次世界大戦においてポツダム宣言を受諾したあとにこの北方四島を占領し、今も実効支配を続けている。
<米軍の進出を警戒するロシア>
・日本はロシアとこれまでも何度も北方四島の返還交渉を行ってきたが、いまだに実現していない。実はロシアは2000年代以降、中国やノルウェーなどとの間で、次々と領土問題を解決している。そんな中で北方四島の交渉が難航しているのは、地政学的な理由がある。
冷戦終結時、ソ連を構成していたバルト3国が独立したことで、ロシアはバルト海に面する港の多くを失った。これに加えてもし国後島や択捉島を日本に渡せば、冬でも海が凍結せず、オホーツク海から太平洋へと抜け出せる国後水道を失うことになり、ダメージは大きい。
・逆にロシアは択捉島に地対空ミサイル、択捉島と国後島に艦艇攻撃用ミサイルを実戦配備するなど、北方領土の軍事基地化を進めている。
2020年には、さらにこの問題の解決が遠のく出来事がロシアで起きた。外国への領土割譲の禁止が盛り込まれた憲法改正案が、全国投票によって承認されたのだ。ただしこの禁止条項には、「隣国との国境画定作業は除く」という例外規定が設けられたため、交渉の道が完全に閉ざされたわけではない。とはいえ現時点では、状況の打開はかなり厳しいと言わざるを得ないだろう。
<「インド太平洋」構想で日本が目指していることとは>
<インド太平洋の自由を守る>
・(POINT);日本は「自由で開かれたインド太平洋」構想で、この地域の民主主義の維持や、航行の自由などの構想を打ち出している。
・2016年、当時の安倍晋三首相は、「自由で開かれたインド太平洋」という構想を打ち出す。これはインド洋・太平洋地域において、「民主主義や人権といった普遍的価値を基盤とする地域秩序の維持強化」「航行の自由の確保」「自由貿易をベースとしつつ、経済援助や連携も行いながら、地域全体の経済的繁栄を実現」等について、関係国が協力して取り組んでいこうというものだ。
<日米豪印の4ヵ国が主軸>
・「開かれたインド太平洋」の中心を担うのは、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4ヵ国である。
この4ヵ国による対話の枠組みのことをQuad(日米豪印戦略対話)と呼び、Quadも2006年に当時の安倍首相が提唱したことで始まった。
<東アジアの地形が育んだランドパワー大国・中国>
<共通点が多い東アジアの国々>
・(POINT);山脈、砂漠、海によって閉ざされた空間であることが、東アジア独自の文化を育むうえでの母体となった。
・ユーラシア大陸の東端にある東アジアの国々は、漢字文化圏に属していることや、社会や人々の価値観が儒教の影響を色濃く受けていることなど、共通点も多い。
<大陸の意識が強い中国>
・東アジアのうち、面積の約8割、人口の約9割を占めているのが中国である。中国もまた、東アジアの地理的環境が生み出した国家であるといえる。
中国は、黄河文明が古代四大文明の一つとされているように、古くより文明が栄えてきた。
・この北方からの異民族の侵入の脅威に絶えず脅かされてきたことが、中国の歴代の為政者の意識を自然と陸へと向かわせた。中国は東シナ海と南シナ海という豊かな海を持ちながらも、シーパワーではなく、ランドパワーとしての勢力の拡充に力を注がざるを得なかったのである。
・現在の中国は「一帯一路」を掲げた積極的な海洋進出を行っている。この背景には、冷戦の終結とともにソ連が崩壊し、大陸方面の脅威が減じたことが大きい。現在ロシアとはひとまず良好な関係を保っている。
・同じランドパワー勢力でも、ロシアが不凍港を求めて苦難の歴史を歩んできたのに対して、政治的環境さえ整えば、すぐに海へと出られることも、中国の地理的な強みである。
<朝鮮半島の地政学的宿命>
・朝鮮半島は、地政学的にはランドパワー勢力とシーパワー勢力がぶつかり合うリムランドに位置する。
とりわけ朝鮮半島は、ランドパワーの中国の圧力を受け続けてきた。中国と朝鮮半島の間を流れる鴨緑江と豆満江は、渡るのが容易で、ほとんど防御の機能を担うことができなかった。近代に至るまで、朝鮮が中国の柵封体制に組み込まれたのは、地政学的な宿命とも言えた。
<なぜ中国は是が非でも台湾を手に入れたいのか>
<台湾は「国」ではなく「地域」>
・(POINT);中国は第一列島線の中を「内海」にしたいと考えているが、列島線の内側に位置する台湾が、その野望の障壁となっている。
・近年、海洋進出を図る中国は、太平洋西部に第一列島線と第二列島線という二つの防衛線を設定している。
・ところがこの第一列島線の内側で、中国の内海化を阻む位置に存在しているのが台湾だ。
そもそも台湾は、「国」ではなく「地域」であるとされている。
・一方国際社会も、1971年に中国が国連に加盟し、入れ替わるように台湾が国連を脱退したときから、中華人民共和国を中国の代表であると認め、台湾は「地域」であるとみなすようになったのだ。
ちなみに台湾の人たち自身は、独立派と親中派に分かれるが、近年は「自分は中国人ではなく台湾人だ」と考える人が増えているとされる。
<台湾をめぐる米中の攻防>
・中国は第一列島線を内海にするためにも、是が非でも台湾を中国の体制に組み込み、文字通り「中国を一つ」にしたいと考えている。近年は、台湾と国交がある国に経済援助をちらつかせることで台湾と断交させ、台湾を国際的に孤立した状態に追い込もうとしてきた。また台湾周辺で軍事行動も活発化させている。
<北朝鮮にとっての中国 中国にとっての北朝鮮とは>
<最大の貿易相手国だが……>
・(POINT);中国と北朝鮮は一枚板ではなく、時には反目し合ったこともあった。だが様々な思惑から、友好関係を保っている。
・ところが冷戦の終結とともに、1990年にソ連が敵国であるはずの韓国との国交を正常化。その2年後には中国も韓国と国交を結んだ。北朝鮮から見れば、北の中国、ロシアと南の韓国から挟み撃ちにされた状態になった。そこで北朝鮮が自国の生存を図るために採用したのが、核兵器の開発だった。
<北朝鮮は外交カードの一つ>
・一方中国にとって北朝鮮は、冷戦期には自由資本主義勢力の拡大から中国を守る防波堤の役割を担ってきた。だが1990年代に韓国と国交が結ばれると、その重要性は低下した。
<大国に挟まれた韓国の難しい立場>
<「クジラに挟まれたエビ」>
・(POINT);冷戦終結後の韓国は、中国とアメリカの双方に目配りした外交政策を展開せざるを得ない地政学的状況に置かれている。
・韓国は地政学的には、「クジラに挟まれたエビ」によく喩えられる。何しろ周辺を中国、ロシア、日本というクジラのような強国に囲まれており、歴史的にもこの3国に領土を脅かされ続けてきたからだ。
・つまりアメリカというもう一つの巨大なクジラにも挟まれている。
そのため韓国は、クジラに飲み込まれてしまわないように、それぞれの国とどのような距離感でつきあっていくか、苦慮せざるを得ない地理的環境にある。
<中国を敵に回したとされるときの脅威>
・現在、韓国の最大の貿易相手国は中国である。政治的にも首脳会談が頻繁に行われている。
・ただし韓国は依然として西側陣営の一員でもあり、アメリカとの関係にも配慮する必要がある。2016年には、中国との関係悪化を覚悟したうえで、アメリカの要請に従いTHAADを国内に配備したこともあった。
韓国は米中双方に目配りした「二股外交」とも揶揄される外交を、今後も続けざるを得ないだろう。
<ランドパワー大国の中ロは接近と反目を繰り返してきた>
<核戦争の危機に陥った国境紛争>
・(POINT);陸地で長い国境を接する中ロは、長年国境問題で対立してきた。だが今は「資源」で両者の思惑が一致。親密な関係にある。
・ユーラシア大陸のランドパワー大国である中国とロシア。その国境線は、約4300㎞にも及ぶ。
ロシアの南に位置する国々は、その多くが18世紀から50世紀初頭にかけてロシアの南下政策の影響を被ったが、中国も例外ではなかった。陸地で長い国境を接する中ロは、地政学的には敵対しやすい関係にある。
・その後ロシアはソ連となり、中国では共産党政権が成立すると、中ソは蜜月関係に入ったが、それも長くは続かなかった。1950年代以降、ソ連が中国の指導者だった毛沢東の大躍進政策や人民公社運動を批判したことなどから溝が深まり、協定が破棄されていった。1969年、国境線が未画定だったダマンスキー島をめぐって、ついに軍事衝突が発生。その後も対立は続き、一時は核戦争の危機すら危ぶまれるほどだった。再び和解へと向かうのは、冷戦の終結の間際まで待たなくてはいけなかった。
<「資源」が中ロを近づける>
・現在の中ロは親密な関係にある。懸案事項だった国境問題も、2004年にすべての国境が画定された。
両者を結ぶキーワードは「資源」である。ロシアは世界有数の石油と天然ガスの産出国であり、中国は世界最大のエネルギー消費国である。ウクライナ問題によりEUから経済制裁を受けている大型顧客はありがたい。
<中国とインドは本当に犬猿の仲なのか>
<チベット問題から関係が悪化>
・(POINT);インドは国境問題で中国と対立しながらも、上海協力機構では中国と協力するなど、したたかな外交戦略を展開している。
・しかし1950年、中印関係がにわかに緊迫化する事件が起きた。独自の政府を有していたチベットを中国が併合。国家元首ダライ=ラマ14世がインドに亡命したのだ。これによりチベットという両国の緩衝地帯がなくなり、中国の勢力がヒマラヤ山脈にまで及ぶようになった。この中国とインドの対立は、1962年には国境紛争にまで発展した。
<インド洋を脅かす中国>
・2000年代以降、中国が海洋進出を本格化させると、両国は海でも対立を深めるようになる。
・これに対しインドは、アメリカ、日本、オーストラリアとQuad(日米豪印戦略対話)を形成することで、インド洋での中国の膨張を牽制しようとしている。ただし対中包囲網色が過度に強いものになることは望んでいない。
なぜならインドは、中国やロシアなどとの間では上海協力機構を形成しているからだ。
<少数民族のウイグル族を中国政府が弾圧する理由>
<多数のウイグル族を強制収容>
・(POINT);地政学上、新疆ウイグル自治区を失いたくない中国は、ウイグル族を弾圧することで、反乱の芽を摘み取ろうとしている。
・今、国際社会では、中国による新疆ウイグル自治区で暮らすイスラーム教徒の少数民族ウイグル族への弾圧を問題視する声が高まっている。
中国政府は近年、職業技能教育訓練センターを設置。ここに100万人単位のウイグル族を強制収容し、共産党の意に沿った人間にするために、信仰を捨てさせるなどの思想教育を実施。その過程では拷問も行われているとされる。
ただし中国は、国連の調査団の受け入れを阻んでいるため、施設の全容は明らかになっていない。
<新疆は地理的には中央アジア>
・新疆が中国の版図に組み込まれたのは、清朝の時代のことだ。しかし中国とは文化も言語も民族も異なるため、ウイグル族の独立への志向は強く、実際には1933年から34年、44年から50年には、東トルキスタン共和国が樹立されたこともあった。だが中国軍の侵攻によって独立の夢は打ち砕かれた。
・また新疆には、豊富な石油資源が埋蔵されている。さらにはカザフスタンなどの油田から中国沿岸地域までのパイプラインが新疆を通っている。新疆は「一帯一路」構想のルートに含まれており、政府はユーラシア経済の中継地の役割を新疆に担わせようとしている。中国は新疆を失うわけにはいかないのだ。
<なぜ不法移民は自国を捨ててアメリカを目指すのか>
<トランプの不法移民対策>
・(POINT);中米北部三角地帯と呼ばれる地域からのアメリカへの不法移民が絶えない理由を知るには、この地域の歴史を見る必要がある。
・不法滞在者としてアメリカで拘束された人をメキシコに送り返すことをメキシコ政府に認めさせるなど、徹底的な移民の締め出しを図った。
その背景には、トランプを支持する白人保守層の間で、「移民のせいで、自分たちの仕事や生活が脅かされている」という不満や不安が留まっていることが挙げられる。
<移民増加の理由はアメリカ ⁉>
・国境を不法に超えてアメリカに入国してくるのは、かつてはメキシコ人が多かったが、近年は中米北部三角地帯と呼ばれるグアテマラ、ホンジュラス、エルサルバドルの人たちが急増している。
・三角地帯は、地形的には南米と北米を結ぶつなぎ目にあたる。そのため現在この地帯は、コロンビアなどの南米で生産された麻薬を、消費地のアメリカに輸送する際の中継ルートに使われている。現地では国際犯罪組織が活動し、若者たちを強引に組織に入れ、拒否すると殺されることもある。またマラスと呼ばれるギャングも、住民から金を巻き上げ、若者や子どもには組織に入るように脅迫する。そのため命の危険を感じた人々たちが、遠くアメリカにまで逃れようとするのだ。
つまり不法移民の増加を招いた責任は、アメリカにもあるといえる。
<サイバーパワーは地政学の理論を無効にするか>
・サイバー空間(サイバーパワー)は国家や軍にとって、今世紀に入ってから陸(ランドパワー)、海(シーパワー)、空(エアパワー)、宇宙(スぺースパワー)に続く第5の作戦領域になっている。
・だがむしろサイバーパワーは、地政学的な思考に基づいて活用したときに、最大限の効果を発揮すると考えるべきだろう。サイバー攻撃が行われる際には、攻め手はどの国・地域のどんな施設を攻撃すれば地政学的に有効か、逆に守り手はどの地域のどんな施設が、地政学的に脆弱かを分析したうえで、戦略を練る必要があるからだ。
またサイバー攻撃だけで戦争に勝ち、相手国を統治することは不可能で、ランドパワーやシーパワー、エアパワーとの連携が不可欠になる。サイバーパワーがどんなに進化しても、地政学が失効することはないと考えられる。
<なぜイギリスはEUから離脱したのか>
<国民投票で離脱派が勝利>
・(POINT);EUからの離脱を決めたイギリスは、そもそもこれまでもヨーロッパから距離を置いた外交政策を取り続けてきた。
・その後イギリスは、離脱協定案に関する国内での調整やEUとの交渉を経て、2020年1月、ついに正式にEUから離脱した。
国民投票で離脱に賛成票を投じたのは、中高年やブルーカラーが中心だった。彼らは東欧からの移民が自分たちの仕事を奪っていると感じており、その原因は域内での自由な人の流れを認めているEUにあると考え、離脱に賛成したのだった。
<ユーロも採用しなかった>
・そのためEUに関しても、加盟時から距離を置いていた。EUの単一通貨であるユーロを用いずにポンドを使い続けたし、出入国検査なしで国境を超えることができるシェンゲン協定にも加入していなかった。
・こうして見ていくと、イギリスのEUからの離脱は、決して不可能なことではないといえるだろう。
<経済格差の深刻化により暗雲が立ちこめるEUの未来>
<通貨ユーロがもたらした明暗>
・(POINT);「ヨーロッパを一つにする」という理念のもとに誕生したEUは、西欧と南欧、東欧との経済格差が問題になっている。
・この経済格差が、「ヨーロッパを一つにする」という理念のもとに生まれたEUの行く末を危ういものにしている。
EUでは統一通貨のユーロが使われており、当然金利も為替レートも同一だ。また域内は無関税である。
これは製造業を中心に高い国際競争力を持つドイツに有利に働いた。ドイツの経済力から見れば低い為替レートで、しかも無税でユーロ圏内に製品を輸出することで、莫大な利益を手にできたからである。
<ポピュリズム政党の台頭>
・ただしポピュリズム政党は、東欧や南欧だけでなく、EU内では勝ち組であるはずの西欧でも、無視できない存在になっている。これは地域を問わず、特に労働者層の間で、「EUに加盟してから、グローバル化によって経済格差が進み、また移民が増えたことで、かえって自分たちの生活は悪くなった」と感じる人が増えているためだ。
もし今後イギリスに続いてEUから離脱する国が現れれば、EUは存続の危機に瀕することになる。
<パレスチナ問題に対して強硬な姿勢を取るイスラエル>
<住む場所を追われて難民に>
・(POINT);パレスチナ人はイスラエルの管理の下に十分な自治を認められず、狭い地域に押し込められて暮らしている。
・中東の混乱の一要因であるパレスチナ問題が起きたのは、第2次世界大戦後すぐのことである。
・そのためにますます多くのパレスチナ難民が生まれ、難民でない人たちも、三重県程度の面積のヨルダン川西岸地区と、福岡市より広い程度のガザの地区に押し込められて暮らしている。現在、この2地区には約500万人のパレスチナ人が暮らしている。パレスチナ人はパレスチナ国家の建設どころか、自治も十分に認められていない。
一方パレスチナ側も、イスラエルとの共存を目指すパレスチナ自治政府の政党のファタハと、共存を否定する政党のハマースに分裂しており、一枚板とは言い難い。
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